第九十三話 教会にて
───アガペレ修道教会・中央大聖堂。王都の中心地区に居を構える大教会は、平民の治療から王族の冠婚葬祭まで扱う国にとっても重要な施設だ。
教会は基本的に何処の勢力(もろちんテロリストは例外だが)とも分け隔てなく友好関係を築いている。強いて言えば冒険者ギルドには有力パーティやクランに治癒士を派遣するなど、特に力を入れている節がある。
セレストゲイル経由でアポイントを取った俺たちは、現在徒歩で教会に向かっている。いつもなら馬車の出番だけど、今の政情だと少しでも身軽に動ける方を優先した。もし何かあった際に、御者さんを巻き込む訳にもいかないしな。
「───たしか『治癒士』がまだ【魔導士】って『天職』で呼ばれてた時に興った組織なんだっけ?」
「ええ、とある修験僧さまが不遇を囲っていた魔導士達を纏め上げたのが始まりだそうです。当時はまだ戦乱の時代で、今よりずっと人心が荒んでいたとか」
分かりやすく言えば、俺がやってくる前のノア少年みたいなもんか。アレが世間的に当たり前って相当ヤバいよな。戦乱の時代ってことは、ヴィブギヨル王国がまだ大国になる前の話か。
けどまあそうなるメカニズムは理解出来る。【魔導士】はただでさえ【浄血】っていう完全上位互換が居る。そこにきて攻撃魔法を持たない光属性にしか適応が無いんじゃ悪目立ちもしやすいよな。
傷の治癒や体力回復は冒険者にとって必需品だ。だけど力尽くで確実に勝てる相手に、破落戸が金を払うかって話だ。何らかの相互扶助組織を立ち上げて、数の力で身を守ろうとするのは自然な流れだろうな。
「しかし修験僧っていうと、お山で修行でもしてたのか?」
「・・・・・・カーツさん、【天門僧衆】という組織を覚えておいでですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あっ」
めっっっちゃ忘れてた!?そうだった、南部に居るときに紹介するって言われてたなそういえば!!
それからドタバタしまくってた所為でお流れになってたんだった。クインに言われるまで思い出すことすらなかったわ。
「思い出していただけて何よりです。その修験僧さまは【天門僧衆】の開祖でもある方で、魔導士達を教え子という形で庇護したそうです」
「へー、回復役を扱き使いたい連中を黙らせられてたんだ。相当な使い手だったんだろうな」
大聖堂まではそれなりに距離もある。俺たちは道すがら教会について復習しながら向かうことにした。これから世話になる相手を全く知らないってのは失礼だからな。
しかし想像してたよりアグレッシブな成り立ちだな。寧ろ此処からどうやってギルドと懇ろになったんだ??
「───あれ、そういや【天門僧衆】は教会の分派って言ってなかったっけ?」
「ええっ、その辺りも事情があるみたいです。【天門僧衆】は非常に禁欲的な組織なようで、『治癒士』の庇護者として世俗と関わるには不自由だったとのことです。そこで大衆向けに立ち上げたアガペレ修道教会を本家として体制を維持したとか」
ほうほう、政教分離がしっかりした組織だことで。教会の方も変に政治へ首突っ込んではいないようだし、かなりクリーンな運営をやってるっぽいな。
とはいえ油断は禁物か。組織の腐敗ってのにはここ最近滅茶苦茶苦労させられてるし。出来るだけ先入観は無しで行かないとな。
そんな風に喋ってると、厳かな神殿を思わせる建物が見えてきた。神聖さを感じさせる見事な造りだが、不思議と近寄りがたさは感じさせないな。
「───お待ちしておりました、ユークレス卿。本日はお越しいただき感謝致しますわ」
「此方こそお出迎えいただき恐縮です、イーグレットさん。お誘いを受け取っておきながら遅くなり申し訳ありません」
入り口で待っててくれたのは【明星】の治癒士であるトゥエルブ・イーグレットさんだ。相変わらず感情の載らない瞳だが、此方へ向ける笑みには暖かさを感じられた。
そのまま流れるように奥の一室へと通される。やっと人目がなくなって首を回していると、クスリとイーグレットさんが微笑ましそうに笑った。
「───失礼、そうしておられると初めてお会いした時を思い出してつい。ご立派になられましたね」
「えぇ、あの頃はこんなことになるなんて想像すらしてませんでしたが」
「不思議と懐かしく感じますわ。突然無償で治癒を始めだしたり、まさかその相手が『蒼の防人』さまだったなんて・・・・・・」
「・・・・・・・・・忘れてください」
荷馬車の揺れを思い出してしまったのか、クインが恥ずかしそうに腰を摩っている。もしあの時声を掛けてなかったら、今の景色はなかったかと思うと感慨深くなる。
このまま昔話に花を咲かせるのも悪くないが、残念ながらまた今度だ。本題に入ろうとする気配を感じて、イーグレットさんも表情を改める。
「今回の御用向きは、資料の閲覧でお間違いございませんか?」
「はい、主に医療方面での人体の知識。それから此方は追加になりますが、精神干渉の解除および対策の資料もお願いします」
「───精神の、ですか。察するに
「・・・・・・はい、ご明察です」
イーグレットさんには経緯を掻い摘んで説明する。人造迷宮については触れず、あくまで迷宮の遺物に影響されたってことにしたが。
あの一件は世間には全く公表されていない。そこそこの地震もあったし怪我人も出てる筈なんだけどな。結構な力技で関係各所を黙らせてるようだし、そうなると下手に情報を漏らしたら迷惑にしかならないだろう。
「───なるほど、迷宮が具現化する物には失われた技術も珍しくありません。貴方が触れてしまった呪詛もその類いでしょう。確か貴方は解呪は不得手でしたね」
「はい、お恥ずかしながら・・・・・・暗示の解除は得意なんですがね」
"故郷"のお土地柄上、スピリチュアルなものは守備範囲かと思ってたんだがな。自己分析だが、どうもかつての恩師から教わった『"呪い"とは自分が毒を呑んで他人に苦しめと叫ぶようなもの』って認識が抜けないらしい。
我ながら頭が固くて困ったもんだ。実際に今日まであれこれ試行錯誤してみたが成果はゼロだった。和やかにやってきた俺たちだが、此処で収穫が得られないと割と不味かったりする。
「───畏まりました。司教猊下のご裁可は既にいただいております。確約は致しかねますが、今から聖堂の筆頭治癒士に施術を依頼しておきます」
「ありがとうございます。実際に治療を受けられるなら話が早い。俺自身良い経験になります」
大聖堂の筆頭となると、ヴィブギヨルでも随一の腕前ってことだ。俺の拙い技術に頼るよりよほど結果を期待出来る。
本来なら此方で依頼を出すべきなんだが、そうし辛い事情がある。彼らはその腕前ゆえに、中央地方問わず治療の予約が詰まってる。王都が法外な滞在費を設定出来る理由の一つって言われてるくらいだしな。
セレストゲイルの名を出せば割り込ませてくれるかもだが、このご時世でそんな軽挙は犯せない。だから知識を借りられるだけで御の字だったんだが・・・・・・やっぱり持つべきものは良縁ってことか。
「・・・・・・ですが老婆心を一つ。遺物による呪詛は未発見の技術も多く、大聖堂の治癒士でも一筋縄ではいかないこともございます。不安を煽るつもりはありませんが、完治を前提とされるのはいささか危険かと」
「それは・・・・・・・・・そうですね。簡単に考えるべきではありませんね。少し浮かれていました」
"バシュム"の呪詛もそうだったな。【漆烙の汚泥】の対抗策を開発出来たのもサンプルを確保してからだった。
まして今回は異世界の化け物が作った代物だ。治せない前提で動いた方が賢明だよな。イーグレットさんにも言ったけど、予想外の申し出でつい浮かれてたな。
「───ユークレス卿、一つ提案があるのですが聞いていただけますか?」
「提案、ですか。何でしょうか?」
「お伺いしたところ、精神干渉に特化した呪詛とお見受けしました。そうであれば、一つだけ私に心当たりがあります」
イーグレットさんはそう言って───
「【天門僧衆】の総本山・・・・・・関係者からは開祖に因んで『カラレスの御山』も呼ばれております。紹介状をご用意致しますわ」
「『カラレスの御山』・・・・・・?」
「はい、其処には開祖が発見した『精神を洗い清める遺跡』があると伝わっております。【硬気丹術】発祥の地でもございますし、もし此処で治療が成ったとしても足を運ぶ価値があるのでは?」
ふむ・・・・・・そう言われれば興味が湧いてくる。ノア少年が解放されて以来、俺はいまだに【硬気丹術】を再習得出来ないでいる。そろそろテコ入れが欲しいと思ってたところだ。
場所が何処だとか、治療するとすればどのくらい時間が必要なのか・・・・・・色々聞かなきゃいけないことは沢山あるが、とりあえずクインに予定を押さえてもらっとこう。