その日、氷見亜季はボーダーから家に帰る途中だった。今日の防衛任務が夜まで続いた事で、空はすっかり暗くなっていた。街灯が暗くなった世界を照らす。氷見亜季はいつも家に帰るルートを小走りで進んでいく。親はきっと心配しているだろう。
(早く帰んなきゃ………)
明日も学校があるのだ。高校生である氷見は、ボーダーと学生生活を両立させている。それは氷見だけで無く、ボーダーにいるほとんどが学生の身分である。氷見が所属している二宮隊も、一人は大学生、三人(氷見を含む)は高校生。本当はもう一人居たのだが、彼女はネーバーフットへ行ってしまった。その責任として、二宮隊はA級からB級は降格させられたのは、最近の話である。氷見亜季はボーダーで働く事を大変だとは思わない。むしろ楽しいくらいだ。楽しいという言葉が、市民を守るボーダーにとって適しているかは分からないが、友達も増えたし、自分自身も成長する事ができた。欠点であったあがり症も克服できた。
(誰かいる………?)
氷見亜季の帰る道の途中には小さな公園がある。小さいといっても、ブランコ、鉄棒、ジャングルジムなどが設置されており、度々子供が遊んでいる姿を目にする。だが、今は時間は夜。子供が遊んでいい時間帯ではないし、大人が公園にいる事もない。しかし、今日は違った。氷見は、ジャングルジムの上に登って座り込んでいる人間を見かけた。
(金髪、、不良かな?)
薄暗くて顔ははっきりと見えないが、その人の頭は金髪であった。金髪なだけで不良と判断するのはこれいかに。だが、その髪は何故か輝いて見えた。
「そこの女、何を見ている?」
(気づかれてた!)
声から判断するに男性であることが分かる。そして「女」とは自分のことであることも理解した。何故なら他に誰も居ないから。
「すいません!別に何かあるわけでは……」
「良い良い、我の顔に見惚れていたのだろう?」
「え?」
氷見は疑問の声を上げた。見惚れていた?私が?氷見は頭の中で一つの結論に至った。
(この男、ナルシストか?)
非常にめんどくさい男と遭遇してしまったと後悔した。さっさと帰ればいいものを、立ち止まって見てしまったために、ナルシストな男に声をかけられてしまった。
「おいおい、そんな面倒くさそうな顔をするでない。この我の顔を拝謁できる事など滅多にないのだから」
ナルシストの男が、ジャングルジムから降りて氷見に近づいて来る。氷見は咄嗟に身構えた。もしもの時は、ポケットの中でスマホを操作して警察呼ぼう。そう思っていた氷見だったが、その考えはすぐに吹き飛んだ。
(カッコイイ……………)
血の色の様な真っ赤な瞳。そして左右対称、黄金比である顔。スタイルも美しく、まさに芸術。年は自分よりも上に見える。先程の不良発言を訂正したい。ボーダーにいる男性は、もれなく顔が整っているが、それでも目の前の男はそれを凌駕している。
「フンッ、今日の我は気分が良い。存分に我の顔を見るが良い!そして、それを貴様の子、そして孫にも我の美しさを後世に語り伝えよ!」
男は氷見にカッコよくポージングするのだが、これに対し氷見は少し引いてしまった。
(カッココイけど、言動が変な人だな………)
氷見は目の前の男を、残念なイケメンと認識した。
「あの、あなたは外国の方ですか?」
氷見は質問する。目の前の男は明らかに日本人顔ではないため、どこかの国の、それも裕福な家系の人ではないかと推察した。
「外国?……ふむ、まあそんな所だ」
男は一瞬考え込んだが、氷見の話に合わせるかの様に、そう答えた。
「こんな所で何してたんですか?」
「何をしていたか?それは、あの美しく輝くものを見ていたに過ぎん」
男は空を指差し答えた。氷見はその指の向く方を、空を見上げた。真っ暗な空に光を放つ、それは月であった。今日は満月。
「あれはウルクに持ち帰る事はできん。手に入らないからこその美しさがあるものよ」
月を持ち帰るだなんておかしな事を言う。
(やはり変な人だ………)
もはや氷見の中で、目の前の男は変人と定着されている。
「今度はこちらの番だ。女、お前はこんな夜更けに何をしている?」
「私は、その、アルバイトの帰りです」
ボーダーで働いている事を言いふらすつもりは無い。適当に会話を合わせる。
「後、女って言うのはやめて下さい」
「我はお前の名を知らん」
「…………」
それは当然の言葉であるが、女は無いだろうと心の中で思う。
「……私の名前は、氷見亜季です。あなたの名は?」
次はあなたの番だと、氷見は目の前の男の目を見る。その赤い目が少し細めた。
「ほう、我の名を聞きたいか?ならば教えてやろう、我の名はギルガメッシュである!」
バーンッと効果音が聞こえて来る様な自己紹介であった。
「ギルガメッシュ?苗字はなんですか?」
「苗字?家の名の事か?そんなものは無い」
「……………」
はて、一体どこの国の人なのか、氷見は顎に手を当てて考え込んだ。というか、苗字が無い人間がいるのかと疑問に思っていた。
「アキよ、お前はこの国の者か?」
「え?あ、うん。そうです(いきなり呼び捨て………)」
考え込んでいた氷見の頭の上からギルガメッシュの質問が飛んできた。氷見はとっさに顔を上げた。後、いきなり呼び捨てな事に内心少し驚く。
「ならば、あの建物が何かわかるか?」
ギルガメッシュは遠くの建物に指をさす。
「あそこは………」
ギルガメッシュが指を指したところは、先程まで氷見がいた場所。ボーダー本部である。
(なんて説明しようかな………)
氷見は再び考え込む。ギルガメッシュは三門市に来て日が浅いのだろう。一から説明するのも面倒くさいので、子供でもわかりやすい様に説明する。
「あの建物はですね、悪い奴らから街を守るために集まった人達が、日々助ける仕事をしている場所なんです」
「フム………」
今の説明で分かったかどうかギルガメッシュの顔を見るが、何やら顎に手を当てて、ハッキリとしなさそうな顔をしている。
(説明が足りなかったかな………)
ネイバーの話もした方が良かったのかも知れないと思ったが、その話をしたら「ネイバーとはなんだ?」と言う事になりかねない。
「なるほど…‥大体理解した。ミデンの者たちも発展している様だな」
ニヤリと笑うギルガメッシュに、氷見は首を傾げる。
(ミデンって何?)
氷見はまだ、自分が住むこの地球を、他の星の者からミデンと呼ばれている事をまだ知らない。
「さて、我は帰るとしよう。アキよ、お前はどうするのだ?」
「どうするって、もちろん……あっ!早く帰んないと親に怒られちゃう!」
ギルガメッシュと長く話していた事に今更ながら気付いた氷見は、その場から走って家に目指す。その前に、
「じゃあねギルガメッシュさん」
氷見はギルガメッシュに手を振ってから、公園を出て歩道を走っていく。その後ろ姿をギルガメッシュはじっと見つめていた。
「フッ、まったく、この我をさん付けとはな。我の臣下が聞いたら即座に首を刎ねられるだろうに」
自分の正体を知った時、あの少女がどんな顔をするのか、想像するだけでも愉快な事である。
「さて、少しばかり、この我が直々にミデンを見学するとしようか」
少し寄り道