ギルガメッシュと別れた氷見は、足どり重く家に帰った。今夜は自分の好きな食べ物が夕飯に出るというのに喉が通らなかった。氷見は先程の会話の事で頭がいっぱいだった。
(近界民…………)
ギルガメッシュは近界民だった。それが分かった時、氷見は驚きはしなかった。今までのギルガメッシュの言動を振り返っても、いくつか疑問点があった。それが近界民だからと言われたら、胸にストンと落ちたのだった。
(上層部に報告した方が良いわよね………)
これは、氷見一人で抱え込むには大きな問題だ。近界民が街堂々とを闊歩しているということに、誰も気が付いていない。
(いや、もしかして迅さんは…………)
未来を見るサイドエフェクトを持っている迅なら、
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『今度、とある人物が氷見ちゃんにご飯を奢ってくれるんだけど、絶対に行ってほしいんだよ』
『はぁ……』
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(迅さんは何か知っている。だけど、教えてくれそうにもないわね)
玉狛は近界民の存在を知ってて放っているのか?そう考える氷見だが全ては憶測の話。氷見自身の選択は限られている。
(明日、上層部にこの事を言う。そうしないと、二宮隊に次はないから)
鳩原が近界(ネイバーフット)に行った時、上層部には二宮隊解散の話も出ていた。隠していてもいい事は何一つない。
(もう寝よ…………)
氷見はベッドの中で、静かに目を瞑った。
「えっ!?ギルガメッシュさんが近界民!?」
「ちょっと遥、声が大きい」
お昼休みの時、屋上では氷見、宇佐美、綾辻の3人が昼食をとっていた。その時氷見は、ギルガメッシュが近界民だと2人に明かしたのだ。
「あの人、近界民だったの………まぁでも、言われてみれば確かにそんな感じはするね」
「玉狛は何か知ってるの?」
「全然。悪巧みは迅さんと本部長の専門だからね」
氷見は問いただすように宇佐美に疑いの目を向けるが、宇佐美からは何も得られなかった。
「上層部にはもう伝えたの?」
「ううん。今日の放課後に伝えるつもりだけど」
綾辻の言葉に氷見は首を振る。
「私達も行った方がいい?一応、ギルガメッシュさんとは面識があるわけだし」
「うーん…………」
宇佐美の言葉に氷見は腕を組んで考えだした。面識があると言ったら辻も犬飼もあるわけで、いっそのこと全員で行った方が良いのかなと思ったりした。
「それを言ったら、嵐山隊の皆んなも一度ギルガメッシュさんと会ってるけど」
「えっ?そうだったの?」
「偶然道であったの。今にしたら、あれは偶然だったのかな?」
嵐山隊とギルガメッシュが出会ったのは本当に偶然なのだが、ボーダー側からしたら何かしらの情報を集めようと思い、偶然を装って会ってたと考えても不思議ではなかった。
「とりあえずは私一人で行く。沢村さんにお願いしてもらって上層部に連絡してもらうわ」
「ちょっと待ってもらえるかな?ひゃみちゃん」
綾辻と宇佐美にそう言った時、屋上の扉から誰かが入ってきた。
「犬飼先輩………」
扉から入ってきたのは犬飼だった。また犬飼の後ろには辻もいる。
「ひゃみちゃん、一人で抱え込む必要はないよ。まずは俺たちに言うのが先なんじゃない?」
氷見に向ける犬飼の目は、人前には滅多に見せない悲しさが現れていた。
「俺たちも巻き込んでよ、ひゃみさん」
「辻くん………」
そうだ、一人で抱え込む必要はなかった。自分のすぐ側には頼れる仲間達がいたじゃないか。氷見は拳を自身の頭にぶつけた。
「ごめん2人とも」
氷見の謝罪に、犬飼と辻は顔を見合わせてクスッと笑った。その様子を、綾辻と宇佐美は微笑ましく眺めていた。
ギルガメッシュは公園で無邪気に遊ぶ子供達をベンチで眺めながら、次の試練について考えていた。
(さて、次は何を奴らにぶつけるか、、、)
そう考えるギルガメッシュだが、切れる手札はそんなに多くはない。ウルクから持ってきたトリオン兵は残り二つ。
(勝手に持ち出した『ケルベロス』を失い、残り二体もそうなれば、流石の我もシドゥリに小言の一つや二つ言われてしまう)
ならば、出せるトリオン兵はあと一体。
(さぁ、どちらにするか)
ギルガメッシュが思案している時、サッカーボールがギルガメッシュの足元まで飛んできた。
「ごめんなさーい!ボール取ってくださーい!」
小さな男の子の声に、ギルガメッシュはベンチから立ち上がってサッカーボールを蹴り、男の子の方へパスする。
「ありがとうございます!」
ボールを受け取った男の子はギルガメッシュに笑顔で感謝して、友達がいる方へ走って行った。ギルガメッシュはそれを見送ったのち、ある方向を向いた。
「我に何の用だ?」
それは公園の外。声をかけられた人物は、気づかれていた事に驚いて身体がビクンと一瞬震えた。ギルガメッシュが視線を向ける先にいたのは、
諏訪隊オペレーターの小佐野瑠衣は、小テストの居残りのせいでボーダー本部に着くのが遅れていた。飴を咥えたまま走っている最中、
(くっそ〜、諏訪さんにまた弄られる)
以前にもテストが良くなかったため、再試を受けた時に諏訪に笑われてしまった記憶が蘇る。今回も言われるだろうなと思いながらボーダー本部を目指していた彼女だったが、
(あれ?あの人………)
小佐野は視界の端に映った、公園のベンチに座っている金髪の男性に目を奪われてしまった。
(あの人、モデルの人なのかな………?)
ボーダーに入る前、小佐野はモデルの仕事をしていた。モデルの仕事をしている時は、顔がカッコいい男性などいくらでも見てきた小佐野だったが、
(外国人?顔整い過ぎじゃない?)
今まで見てき男どもとは比べ物にならないくらいの美形の持ち主で、一枚写真を撮りたいくらいには小佐野は魅了されていた。向かう足を止める程に。
「あ、す、すいません!ジロジロ見てしまって」
ギルガメッシュの眼光に、小佐野はビビりながらも頭を下げる。
(やばい、あの目ちょー怖い……)
一歩ずつ近づいていくギルガメッシュ。小佐野は頭を少し上げてチラッと顔を伺うが、真っ赤な瞳が小佐野を捉えていた。
「そう怖がるでない小娘。この我に見惚れていたのであろう?」
「へ?」
「無理もあるまい。我の美しさに目を奪われるのは必然。この世の理よ」
髪をかき上げそう答えるギルガメッシュに、小佐野は困惑していた。
(あ、この人ヤバいかも………)
その時、小佐野の携帯が振動した。小佐野は携帯を取り出して確認すると、諏訪からのメールが飛んできていた。
『早く来いアホ』
(分かってるっての)
「何だ?この我の顔を見ずにそんな機械をいじり出すとは、不敬にも程があろうに」
ギルガメッシュは少し不快な顔をし出したので、小佐野は咄嗟に言い訳を作る。
「いや、これは………あっ!もし良かったら写真でも撮らせて貰えませんか?」
「何?写真だと?」
「お兄さんの姿を写真に収めたくて…………」
ギルガメッシュの顔色を伺いながらそう答える小佐野に、ギルガメッシュは顎に手を当てて小佐野が手にしている機械に目をやる。
「……なるほど、良い心がけだ。我の姿を収め、後世に我の美しさを語り継ぐがいい」
ギルガメッシュはその場でポージングをし始めた。
(えっと……OKなのかな………?)
「何をしておる?早くせよ」
「は、はい!」
小佐野は写真アプリを起動して、ギルガメッシュの全体像を写し出し、シャッターを切った。
「あ、ありがとうございます」
小佐野はペコペコと頭を下げる。心なしかギルガメッシュも満足そうな顔をしている。
「あっ、もしよろしければ……」
小佐野はポケットから、自分がいつも口に咥えている飴をギルガメッシュに差し出した。
「何だこれは?」
「あ、飴なんですけど………」
差し出された飴と小佐野を交互に見たのち、ギルガメッシュは飴を手に取った。
「献上の品というわけか。まぁよい、これは貰っておくとしよう」
「あ、はい……あの、私そろそろ行かなくちゃいけないので」
小佐野はもう一度頭を下げてその場から逃げるように立ち去った。その走り去る後ろ姿をギルガメッシュは見送ると、
「…………ふむ、悪くない」
飴の包装を外し、ギルガメッシュは棒がついた飴を口に咥えた。思いの外、悪くはなかったようだ。
ボーダー本部に着いた氷見、辻、犬飼が最初にした事は、自分達の隊長である二宮にギルガメッシュについて伝えることだった。三人の話を聞いた二宮の第一声としては、
「………そうか」
という間の空いた一言だけだった。そして顎に手を当ててこう続けた。
「お前達が会ったいう近界民…………ギルガメッシュだったか?そいつは三門市をひいてはこの地球を支配しようとしているのか?」
「……そうなります。そして、数日前に現れた新型トリオン兵もギルガメッシュさんの仕業のようです」
「分かった。まず第一として、お前達に危険が降り掛からなくて幸いだった」
何はともあれ、自分の部下たちの身に何も起こらなかった事を二宮は安堵した。
「即刻、上層部に伝えるべきだ。町に近界民が歩き回っているようでは、ボーダーとしての体裁が保てない。行くぞ」
「「「はい」」」
そう言って二宮は三人を引き連れて、上層部にこの事を伝える為に、まずは本部長室へと向かった。
二宮隊が本部長室へと向かうのと同時刻、嵐山隊の隊室で、綾辻が嵐山達にギルガメッシュが近界民だと伝えていた。
「あの時出会った男、近界民だったんですか?」
木虎の言葉に、綾辻はこくりと頷いた。
「そうみたいなの。今、二宮隊が上層部に伝えていると思うけど」
「確かあの人って迅さんの知り合い?何ですよね?」
佐鳥が嵐山に質問するが、嵐山もよく分からず何とも言えない顔をしていた。
「あの時現れた新型トリオン兵があの男の仕業なら、流石に黙っているわけにはいきませんよ」
「………そうだな」
迅が何を企んでいるのか分からないが、この三門市に危険を及ぼすとなると見過ごすわけには行かない。
「あれ?何処に行くの二宮さん?」
「迅」
本部長室へと向かうため、廊下を歩いていた二宮隊の前に現れたのは迅悠一だった。
「珍しいな、お前が本部に顔を出すとは」
「ちょっとやる事があってね」
玉駒支部の迅がボーダー本部に顔を出すのは滅多にない事だ。
「また悪巧みか?」
「そんなんじゃないよ。それで、二宮さん達は今から何処へ行くの?」
迅は笑って返すが、何故か執拗に何処へ行くのかを聞いてくる。そして焦っている。それを怪しいと思った二宮は、
「お前には関係のない事だ。行くぞ」
そう言って二宮達は、迅の横を通り過ぎようと歩き出した。しかし、
「忍田さんの所に行くんでしょ?」
二宮の前に、迅が道を塞ぐ形で目の前に立った。しかも、何故か自分たちがこれから会いに行く人物までもが迅には筒抜けだった。
「……何のつもりだ?」
「お願いがあるんだけどさ」
頬をかく迅を二宮は「早く言え」と目で訴える。その様子を後ろの三人も無言で見つめていた。
「上層部に伝えるの、待ってもらえないかな?」
「何だと?」
「何のために忍田さんに会いに行くのか、それはもう俺のサイドエフェクトで知ってる。それを待ってもらいたいんだ」
近界民の情報隠蔽。これはボーダーに属する者にはあってはならない事だ。隠蔽していたとなれば、即刻処罰が下されるだろう。最悪の場合、ボーダーを辞めさせられるかもしれない。
「断る」
当然、二宮はこの申し出を拒否する。
「そこを何とか出来ないかな?二宮さん」
「お前が何を企んでいるのか知らないが、俺達を巻き込むな」
当然の主張に迅は「困ったな」と頭をかき始める。
「分かっているのか?もし俺達がお前の思惑に加担したら、俺達に『次』はない」
その言葉に、辻、犬飼、氷見の三人に緊張が走った。『次』はない。それは即ち、このボーダーを辞めなければならないということ。否、それだけじゃない。今までのボーダーの記憶も消されてしまう可能性だって大いにある。
鳩原が原因で二宮隊はA級から降格した二宮隊。今度処罰を下されれば、二宮隊の解散は免れない。そんな事、二宮はさせない。
「どけ」
「お願いだ二宮さん」
「くどいぞ迅」
二宮は迅の前を無理矢理通ろうと肩がぶつかり合った。そして迅を押し退けて歩き始めた。
「行くぞ」
部下達に声を掛けて、三人はオロオロとしながら迅の横を通り過ぎた。
「ダメなんだよ、『今』じゃないんだ」
「どう言うことですか?」
迅のポツリと放った独り言に反応したのは氷見だった。
「まだその時じゃないんだ。ボーダーが一丸となってあの人と対峙するのは、『今』じゃないんだ」
迅は再び二宮の前に立ち塞がった。二宮は睨みを効かせるが、迅はその場で膝をついた。
「何のつもりだ……?」
「俺にはこうするしか出来ない。お願いします」
冷たい廊下に頭をつけて、迅は二宮達に土下座した。その姿に二宮隊の面々は驚愕した。
「ちょっと迅さん、こんな場所で」
「お願いだ二宮さん、上層部に報告するのは待って欲しいんだ」
「………………」
迅の土下座を二宮は黙って見つめていた。迅が何を考えているのか分からない。しかし、こんな事は異常だ。公衆の面前で土下座するなんて。
「迅、お前は『今』じゃないと言ったな。ならいつなら良いんだ?」
「もう一度、三門市に新型トリオン兵が現れる。それを撃退するまで、待って欲しいんだ」
「………………」
「おい、何してるんだ?」
二宮達が進む廊下の奥から歩いて来たのは、太刀川隊の太刀川、出水、国近だった。
「おい二宮、カツアゲしてんのか?」
「迅さん!?」
「えっ!?何で土下座してるの!?」
餅を食べながら現れた太刀川。出水と国近は迅が土下座している姿を驚きを隠せない。めんどくさいのが来たと思い、二宮は太刀川にため息を吐いた。
「オイオイ、人の顔を見てため息吐くなよ」
「チッ」
「舌打ちかよ……」
二宮はうるさい太刀川から視線を外し、迅に声を掛けた。
「迅、俺の隊室に来い。話がある」
「ありがとう二宮さん」
「感謝するのは早いぞ。お前には包み隠さず話してもらう」
「………分かったよ」
二宮が迅に手を差し出して、迅はその手を取って立ち上がった。
「おい迅、二宮、俺も混ぜろよ」
「消えろ太刀川、お前には用はない」
ニヤニヤとする太刀川に、二宮は眉間に皺を寄せて追い払おうとする。隊長達が言い合いしている中、
「ねぇ犬飼君、何があったの?」
国近が聞いてくるが、犬飼は「うーん……」と答え難いように首を捻る。
「まぁここじゃ何だし、とりあえず場所変えよっか」
そうして、二宮達は迅と嫌々ながら太刀川達を連れて隊室まで戻って行った。
夕方、家に帰って来た三上が玄関を開けると、弟の一人がリビングから姿を現した。
「ただいま」
「あっ、お姉ちゃんおかえり!」
「今日も公園でサッカーしてたの?」
「うん!今日ね、公園ですっごくカッコいい人いたんだ!」
弟が嬉々として話しているのを、三上は靴を脱ぎながら聞いていた。
「へぇー、どんなひとなの?」
「凄く背がおっきくて頭が金色だった!」
「金色?」
はて、何処かで聞いたことのあるな。と思う三上。
「そう!飛んでっちゃったサッカーボールを取ってくれたんだ!」
「良かったね。ちゃんとありがとうは言った?」
「うん!」