氷見亜季は、友人の宇佐美栞と共に出掛けていた。今日は休日、ボーダーの仕事は休日でもある時はあるが、幸運にも二人の予定は空いていた。
「ねぇ、ひゃみちゃん、次は何処に行く?」
「そうね………」
目的の洋服も買えた事だし、やる事が無くなってしまった。だけどせっかくの休日、ここで別れるのも惜しい。どうしたものかと歩いていると、宇佐美が氷見の肩を叩く。
「どうしたの栞?」
「ひゃみちゃん、ひゃみちゃん、あそこにいる男の人、ものすごいイケメンじゃない?」
「どこ?」
「すごい」ではなく「ものすごい」ときたか。少し前に氷見も、ものすごい美形の男性と出会ったのだが、果たしてその男性とどちらが上なのか。氷見は宇佐美が指差す方をジッと見ると、そこにいたのは………。
「ギルガメッシュさん?」
なんと先日会ったギルガメッシュその人であった。遠くからでも、ギルガメッシュは目立つ。顔立ちもそうだが、立ち振る舞いに気品が感じられる。何かを考えている仕草にも、見惚れる女性は多いだろう。
「ひゃみちゃん、あの人と知り合いなの?」
あんなイケメンとどこで会ったのか、宇佐美は氷見を問い詰める。
「いや、知り合いと言うほどじゃあ………」
知り合いと言ってもいいのかも分からないので、困った顔をする。ギルガメッシュと話したのは、たったの5分程である。
「あれ?あの人こっちに近づいて来るよ?」
「え?」
氷見は宇佐美からギルガメッシュに視線を移すと、先程まで何かを見て考えていた男は、二人の側まで近付いていた。
「数日ぶりだな、アキよ」
「そうですね、ギルガメッシュさん」
互いに挨拶をする。ギルガメッシュの服装は初めて会った時と同じ服をしていた。柄のない無地の白。黒のズボン。
(もっと着る服はいっぱいあるだろうに…………)
氷見は少し惜しいなと思ったりした。
「今日は連れもいるようだな?アキよ」
「あ、私は氷見亜季の友達の宇佐美栞と言います」
宇佐美はペコリと頭を下げる。いつもはそんな事をしない宇佐美だが、ギルガメッシュの神々しいオーラに当てられて、何故か畏まった形をとった。それに氷見は隠れて笑う。
「それでギルガメッシュさん、ここで何してるんですか?」
「いやなに、我はそこの食べ物が気になってな」
ギルガメッシュの視線の先には、大きくたい焼きと書かれた看板が飾られていた。あそこのたい焼きは美味しいと有名だ。
「ギルガメッシュさんは、たい焼きを食べに来たんですか?」
「たい焼きか………なるほど珍妙な名だ」
「たい焼きが珍妙……?」
ギルガメッシュの言葉に首を傾げる宇佐美。まだ三門市、というよりも日本に来たのが最近なんだろうと氷見は考えた。
「そうだ、我はたい焼きを食べたいのだ。だが今手持ちがなくてな、丁度良いところに来た。アキよ、我にあのたい焼きを与えよ」
「「…………」」
なんて上からの態度。とても買ってもらう人の態度とは思えない。驚きを通り越して、呆れて言葉を失う。
「何を阿呆な顔をしておるのだ。早く我にたい焼きを「イヤよ」……何だと?」
氷見の言葉に、ギルガメッシュは眉間に皺を寄せる。自分の命を断るなど、あってはならない事。即刻、首を落として然るべき。だが、目の前の少女は、腕を組んでギルガメッシュの前に立たずむ。
「人に頼む時は、ちゃんとした誠意を見せるべきよ。今のあなたの言葉には、誠意のカケラもないわ」
「この我に頭を下げろと?」
「そこまでは言っていないわ。だけど、ちゃんとした言葉がある筈よ、もしかして知らないの?」
「ぐぬぬ…………」
まさかこんな小娘に自分が正論を言われるとは屈辱ではであるが、ここで折れずに突っかかるならば、自分は王として失格である。ここは素直に目の前の少女の言う通りに誠意を見せるべきだ。
「……お願い………します」
言った。言ってしまった。言わせてしまった。あのギルガメッシュに、「お願いします」と言わせるなど、この世界でただ唯一の人間だろう。その凄さを氷見は理解しているのだろうか。
「うむ、わかった」
氷見はその耳にしかと聞き入れた。氷見は財布からお金を取り出して、たい焼きを一個、ギルガメッシュのために購入したのだ。
「はい、あげる」
氷見はギルガメッシュにたい焼きを差し出した。
「ほう、これがたい焼きか、今にも動きそうな見た目をしておる。それに温かい、もしかして生きておるのではないか?」
まだ食べ始めていないが、ギルガメッシュのたい焼きに対する印象に、氷見と宇佐美は笑いが込み上げてきた。
「フフ、生きてるわけないよ。やっぱりおかしい人」
「プッ、生きてるって言ってる人、初めて見た」
笑っている二人にギルガメッシュはムッとするが、買ってもらった恩があるので不問とした。ギルガメッシュは二人を置いて、たい焼きを口に運ぶ。
「こ、これは……」
初めて食べるたい焼きの感想はいかに。
「なんたる美味!この中に入っている黒いものから伝わる甘さ、素晴らしい。この食べ物をミデンの者は普段から食しておるのか!」
ギルガメッシュは大変ご満足したようだ。
「いつもの食べていないよ。たまにくらいかな」
「何!それは本当かアキよ。これを常に食べているわけではないのか!?」
「たい焼きよりも美味しい食べ物はたくさんあるよ」
ギルガメッシュはたい焼きに齧り付く。その姿に氷見は口角を上げて微笑む。
(なんだか面白いな、この人)
日本に来た外国人が、初めて日本の食べ物を食べるとこのような反応をするのか。ギルガメッシュはたい焼きを食べ終わると、目を閉じこう言った。
「なんという事か、ミデンの食文化は我の想像を超えていた」
たい焼き一つでこの有り様では、他の日本の食物を食べた時はどんな反応をするのだろうか。宇佐美は少し見てみたくなった。
「ねえ、ギルガメッシュさん、今度はたこ焼きを食べさせてあげようか?」
「シオリよ、たこ焼きとはなんだ?」
「タコが入った美味しい食べ物だよ」
「ほう美味であるか。是非とも食べてみたいものよ」
ギルガメッシュは、チラチラと氷見を見ながらそう言った。それに気付いていた氷見はハァとため息をついた。
「ギルガメッシュさん、たこ焼き食べたいの?」
「そうともアキよ、我はそのたこ焼きとやらを食してみたい」
ギルガメッシュの赤い瞳の中でキラキラとしたものが光っているように見えた。
「わかった、じゃあたこ焼き屋さんに行こうか」
三人はたこ焼き屋まで歩いて向かうことにした。途中、宇佐美は氷見とギルガメッシュが出会った日のことをを詳しく聞くことになった。
「着いたよ、ここがたこ焼き屋さん」
「ほう、ここがそうか………」
たこ焼き屋を目の前にしてギルガメッシュは目を閉じて、屋台からの匂いを嗅いでいた。
「食欲がそそられる様だ。シオリよ、早く我にたこ焼きを献上せよ!」
「その前に、ギルガメッシュさん、私にいう事があるんじゃない?」
「なっ!……………お願いします」
本日2度目の「お願いします」が、ギルガメッシュからの口から聞いてしまった。彼の臣下がこれを聞いたら、一体どんな反応をするのだろうか。
「ムフフ、仕方ないなー、買ってしんぜよう」
宇佐美はギルガメッシュに「お願いします」を言わせることに、愉悦を覚えたようだ。会った時は、ギルガメッシュの神々しいオーラに圧倒されていたが、今や立場は逆転した。
「はい、ギルガメッシュさん、これがたこ焼きだよ」
「ほう、丸い形をしておる。それに上にかかっている液体のようなもの、なんとも珍妙だ」
「熱いうちにお召し上がりくたさい」
何故か宇佐美が突然、丁寧な言葉を使ったことに、氷見は不思議に思ったが、ギルガメッシュは頷く。
「ふむ、いただこう」
ギルガメッシュは爪楊枝でたこ焼きを刺して、自分の口に運んだ。
「ぬぉ!?外の柔らかい食感と、中に入っているタコというものの硬さが絶妙に合わさっておる!そしてこのソースとかいうもの、これがたこ焼きを更に昇華させておるのか。なんとも美味な………」
これまたギルガメッシュは大喜びになられた。宇佐美と氷見はギルガメッシュの感激した様子に、笑みをこぼす。
「アキ、シオリ、お前たちには褒美をやらねばならないな」
「褒美?」
「これをくれてやろう」
ギルガメッシュがポケットから取り出した物を、氷見の掌の上に置いた。なんだかすごい重みを感じるそれは、とてもピカピカと輝く石だった。
「な、何これ?」
この光輝く石を見たのは、確かテレビに放送していた鑑定士が鑑定していた石とよく似ていた。それもそのはず、何故ならそれは……。
「金だ」
「「金!?」」
氷見と宇佐美は驚き声を上げて、しばらくその口は開いたままだった。
「それを売れば10年は遊んで暮らせるだろう。礼だ、取っておくが良い」
ギルガメッシュは再びたこ焼きを食べ始める。
「いや、無理無理!こんな高価な物貰えないよ!」
「10年‥‥10年って………」
氷見はすぐにこの金をギルガメッシュに返そうとする。宇佐美はその金の価値を、言葉にして噛み締めていた。
「構わん、今日の我は気分が良い。美味な食べ物と出会えたことで、少し奮発してやったのだ」
「ダメだよ、こんなの貰えないよ!」
「気にすることはない。それは我の財のほんの一部、はした金よ」
「は、はした金…………」
氷見の掌の上にあるこの金は、ギルガメッシュのはした金。ならば、ギルガメッシュの財は一体どれくらいなのか想像もつかない。
「今回、我は大変満足した。そろそろ帰るとしよう、さらばだアキ、シオリ」
ギルガメッシュはたこ焼きを食べながら、どこかへ言ってしまった。宇佐美と氷見はただその様子を眺めていた。そして………。
「「ど、どうしよう……」」
二人はこの金を一体どうしたのかは、二人だけの秘密である。