それは突然やって来た。人が寝静まった午前0時、迅悠一はベッドから飛び上がった。
「何だ…………今のは………」
これに応えるものはいない。迅が気付いた時には、体から汗がびっしょりとかいていた。迅はとりあえずベッドから降りて、一階へと階段を降りる。リビングのドアを開けて、キッチンの方へ進んでいく。
(と、とりあえず水を………)
迅は頭が混乱しながらも、水を飲んで自分を落ち着かせる。深呼吸したのち、彼は自分の身に起きた出来事を整理し始める。
(今、俺のサイドエフェクトが発動した。何故だ……)
迅のサイドエフェクト、それは『未来視』。見た相手の未来を予知する彼の副作用。ほぼ確定している未来は、年単位で先まで見えており、逆に予知で介入することができる不確定な未来は、近い未来までしか見えていない。ただ、ここで一つ疑問が残る。
(問題は、さっきまで寝ていて誰も見ていないはずなのに俺のサイドエフェクトが動いたこと、そして俺がさっき『見た』最悪の未来)
『未来視』で迅の目に映った光景は、言葉にすることも憚れる、とても悲惨な光景であった。三門市が火の海に包まれていた。ボーダー本部は破壊されて、その原型を留めていなかった。迫り来る侵略者にボーダーの仲間達は次々と倒れていく。そして、倒れる仲間達の中心に佇むのは、黄金の鎧に身を包んだあの男。
「ヤバイ、非常にヤバイ………」
今まで『見た』中で、一番最悪な未来。到底一人では抱えきれるものでは無い。迅がそう思うのには理由があった。信じられない出来事があった。彼が『未来視』で観測した未来の映像の一部で、あの黄金の男と目があったのだ。本来ならばあり得ない事が起きている。未来の人物が現在の人物に介入することなど出来はしない。だがあの男は、自分と目が合い、そして笑っていたのだ。
(あの男と目が合った、それでサイドエフェクトが発動したのか)
黄金の男と目が合った未来の光景には、傍に氷見亜季、辻新之助、犬飼澄晴の三人が映っていた。それもテーブルを囲んで会話をしていた。何故二宮隊がと思ったが、迅が知りたいのはそこでは無い。自分のサイドエフェクトがどのように発動したか。
(考えられる事として、現在の時点から少し先の未来で、二宮さんを除く二宮隊のメンバーの誰かと接触して、その時に『見た』先の未来から、あの黄金の男と目が合った)
まだしっくりとこない。迅はさらに思考を巡らせる。
(二宮隊の誰かと会うことは「確定した未来」だった。その「確定した未来」で俺が『見た』先の未来であの男が介入して、現在の俺と目が合った、と言う事か)
ならば午前0時になった瞬間に、この先の未来で二宮隊の誰かと会うことが確定したのだ。そしてサイドエフェクトが発動した。
「謎はわかったけど、それでどうする………」
『未来視』に干渉してくるのならば、自分のその後の動きが読まれる可能性がある。この先、「確定した未来」にあの男がいるのならば、自分が覗き込まれてしまう。
「だけど、あの最悪な未来を起こさせるわけにはいかない」
ボーダーの為にも、みんなの未来の為にも、今日も迅悠一は、一人未来に苦悩しながら戦っている。
ここはボーダー本部にあるA級嵐山隊の隊室。隊長の嵐山准と時枝充は、メディア対策室長の根付栄蔵に呼ばれて不在である。今いるのは、木虎藍、佐鳥賢、綾辻遥の三名である。特に集まって何をするわけでもなく、それぞれがゆったりとしていた。嵐山隊はボーダーの広告担当であり、他の隊員よりも忙しい為、自由な時間はありがたい。するとそこへ、
「邪魔するぞー」
A級1位太刀川隊の隊長、太刀川慶が入って来たのだ。
「あれ太刀川さん、どうしました?」
入ってきた太刀川に声を掛けたのは佐鳥だった。綾辻は太刀川の為にお茶を入れようと立ち上がるが、
「あっ、長居はしないからお茶はいいよ」
「ならどう言った要件ですか?」
今度は木虎が質問する。だが要件は何となく分かっていた。太刀川は木虎を見ると、ニヤリと笑った。
「木虎、お前暇してるだろう、俺とソロランク戦しようぜ」
「やっぱり………」
太刀川慶はボーダーNo. 1アタッカーであり、総合でも1位もぎ取るボーダー最強クラスの一人。彼はほぼ毎日誰かをソロランク戦に誘って戦っている。その為に学校の勉強をサボリにサボりまくり、バカな男としても皆から周知されている。またの名を、「勉学を捨てた男」とも言われている。
「嫌ですよ私、村上先輩あたりに誘って来てください」
「えー、何でだよやろうぜー、木虎ー」
駄々を捏ねる太刀川に、「子供か…」と思う嵐山隊の一同。
「今日の俺はいつも以上にやる気があるんだからよ」
太刀川は早く誰かと戦いたくて、体がウズウズしているようだ。しまいには、その場でスクワットを始める始末。
「何でそんなやる気に満ちてるんですか?」
木虎が太刀川に質問する。
「ボーダーに来る途中、スゲー奴にあったんだよ」
「スゲー奴?」
「いいとこのどら焼きが売ってる和菓子屋のすぐ近くの道を歩いてたらよ、頭が金髪でイケメンな男とすれ違ったんだよ」
金髪でイケメン、何だか聞いた事のある単語が出で来たなと、綾辻は太刀川の話を聞きながらそう思っていた。
「金髪でイケメン?外国人ですか?」
今度は太刀川の話に興味を持った佐鳥が、太刀川に質問を投げる。
「ああ、スゲーイケメンだったぜ。あの烏丸よりもイケメンだぜアレは」
「マジすか!?」
ボーダー内で男女問わず、多くのファンがいて、ボーダーで新しい派閥、烏丸派が出来上がるのではないかと言われていた、あの烏丸京介よりもイケメンとは、一体前世でどれだけの徳を積んで生まれて来たのか。
「それで、スゲーというのは、その外国人らしき人がイケメンだという事ですか?」
木虎は太刀川の話の鳥丸よりもイケメンという部分に思う所があったが、話が脱線しそうなので内にとどめて「スゲー」という部分が何なのか聞く事にした。
「いや違う。そのイケメンが纏っていた気配?オーラみたいな奴だよ」
「オーラ?」
「見た瞬間分かったぜ、アイツはかなり強い。横を通り過ぎた時、アイツから伝わって来た只者でない感じが、俺の肌にピリピリと来たぜ」
「…………」
ボーダー屈指の実力者である太刀川がかなり強いと評価したという事は、忍田さんクラスではないかと推察する。
「声は掛けなかったんですか?」
「俺もそう思ったんだけど、とても話しかけれるオーラじゃなかったんだよな」
太刀川は頭を掻きながらそう言った。その男、一体何者なのか。木虎は武道の心得がある人で、何かの有段者なのかもしれないと考えているが、それは間違いである。
「まあとりあえず、私は戦わないので他の人をあたってください」
「分かったよ、フロアにいる奴に適当に誘ってみるか……」
太刀川は嵐山隊の隊室から去って行った。長居はしないと言っておきながら、結構長く居たものである。
「鳥丸よりもイケメンなのか、一度でいいから会ってみたいなー」
「本当かどうか疑わしいですよ、あの鳥丸先輩よりもイケメンだなんて、この地球上ほとんどいませんよ」
「そ、そこまで………」
木虎と佐鳥が会話している中、綾辻は一人、先程の太刀川の話を思い返していた。
(やっぱりあの人だよね、太刀川さんが言っていたのは………)
数日前、学校の正門で出会ったあの男、戦闘経験のない綾辻の目から見ても只者でない雰囲気を感じ取っていた。
(なんか、またどこかで会う気がするなー)
根拠のないその考えは数日後、事実となって目の前に現れる。