地域の子どもたちの間で囁かれる【合わせ鏡の噂】
好奇心から夜の児童館に集まった仲良し4人組は廃棄された鏡を運び込み、噂の儀式を実行する。

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第1話

 合わせ鏡の怪というものをご存知だろうか。

 

 合わせ鏡は良くない。

 霊、あるいは悪魔の通り道になる。

 深夜0時、2時、3時33分、4時44分等特定の時間になると、未来の自分や過去の自分、自分の死に顔が映る。連なっている自分の顔が徐々に変わっていく。振り向いている。あるいは、全くの別人が紛れ込んでいる。

 等々。

 

 地方のコミュニティ、特に学校の怪談まで含めてしまえばそれこそ膨大な数の怪談が散見されることだろう。

 これから語るのは、その中の一つ。私の住んでいた地方の子どもの間で囁かれていた、それこそ陳腐な作り話だ。

 繰り返しになるが、作り話である。決して地域を特定したり、似たような鏡を探し回ったりすることは止めて頂きたい。

 これから語るのは、作り話なのだから。

 

 

 

 自分の住む地域、正確に言えば子どもたちの間では、とある噂があった。

 

【児童館の玄関正面にある姿見と、その外にある公園に廃棄されている鏡を向かい合わせにすると、何かが起こる】

 

 今考えてみれば、陳腐な話ではないか。

 幽霊が出るでも未来が見えるでもなく、何かが起こる。である。

 

 廃棄されている鏡について付け加えておこう。

 件の児童館には公園が併設されている。当時は規制が今ほど厳しくなかったこともあり、遊具もそれなりの数が揃っていた。

 滑り台。鉄棒。登り棒。シーソー。ジャングルジム。ブランコ。4人乗りのロッキング遊具。

 それらが並ぶ公園の片隅に、それぞれ清掃用具と非常用の道具等が収納されている倉庫がある。

 

 その二つの倉庫の間には30cm程の隙間があるのだが、そこに鏡面を倉庫側にして立てかけられている姿見があった。

 誰も鏡面を見たことがないのに、何故それが姿見だと知っていたのか。ここでは【そういう噂があった】ということにしておく。

 となれば、確かめてみたくなるのが子供心なのは言うまでもあるまい。

 

 きっかけはその児童館で行われた、地域の子供への紙芝居の読み聞かせ会だった。

 いくつか題目があったが、よく覚えているのは悪さをする妖怪を偉いお坊さんがなんとかした、というようなものだったと思う。終わったのは夕方になるかどうか、という時間だった。

 親達は児童館の外に出て世間話に興じ、子どもたちは館内で感想を話し合ったり、活発な子は探検などに夢中になっていた。

 

 最初に誰が言い出したのかは覚えていないが、紙芝居の感想を言い合っている時、ふと冒頭の話題が出た。

 

 そういえば、鏡の噂って知ってる?

「あー、合わせ鏡?にするとなにか起きるみたいな!」

「何それ?」

「分かんない。何か起きるって噂なんだもん」

「へー、丁度いいじゃん、やってみようよ!」

 

 始まってしまえば、止められる者などいない。

 私も含めいつもつるんでいた仲良しの4人(男女2名づつ)で話し合った結果、いま自分たちがいる児童館の一室の窓の鍵を開けておき、一旦解散した後親には秘密でまた集合、その後なんとか倉庫の間にある姿見を持って館内に入り、合わせ鏡を実行するというものだ。

 

 親にはもう一度遊んでくると嘘をつき、先程より濃くなっている朱色の中を児童館まで駆けていく。

 やはり子どもとは単純なもので、親に秘密でこの時間に出歩いているというだけで例えようのない高揚感に包まれていた。

 児童館が近づいてくるにつれ、合わせ鏡を実行したら何が起きるのだろう?と考えると更に胸が高鳴る。よく聞くのは未来の自分の姿が見えるとか、鏡像の一つだけが後ろ向きになっている等だが、そんな程度では面白くない。もっと何か――

 想像を巡らせながら児童館に着いた頃には、既に逢魔ヶ時を迎えていた。

 

 到着したのは私が一番最後だったようで、既に放棄されていた鏡を先に来ていた友人達が運んでいる最中だった。

 長年風雨に晒されていたソレは倉庫の間にあったからまだマシだったものの、やはり相応に汚れていた。

 中に運び込むまでに泥や葉っぱを落とし、館内が汚れて後でバレないように配慮していた。子どもながら小賢しいことである。

 

 姿見を館内に運び込む頃には既に辺りはまばらな街灯と、不気味なほど真円を描く満月、彼に遠慮するかのような星々に照らされるのみとなっていた。

 明かりを点けるとバレてしまうかもしれないという意見から、館内に備え付けてある懐中電灯を使おうという話になった。どうにか懐中電灯を二つ用意し、部屋のカーテンを閉め切るとまずは鏡を見てみようという話になった。

 4人がかりで鏡を部屋に立て、やたらスイッチの硬い懐中電灯を女子二人が持って照らすと漸くその全容を窺うことが出来た。

 

 高さは当時の我々と同じか少し小さいくらいだったが、一般的な姿見より幅が広く、倍はあったのではないかと思う。

 立てるための脚は後付けなのか、廃材のようなものが無理やり据え付けられているようで動かすのに苦労した。

 裏面はひどく汚れてはいたが、触ってみた限りでは模様や細工の類は無いようだ。

 表は布?紙?のようなもので鏡の部分が覆われており、これはひとまず後回しにすることにした。

 その鏡部分を囲う丸い縁には外国語と細かい意匠が彫り込まれており、主に人間が描かれている。

 途方に暮れる者。仲の良さそうな二人が引き裂かれているもの。雨の中に横たわる者。何か大きいものを取り合っている者。燃える棺から顔を出している者。深い川に身を浸している者。砂漠のような場所で大の字に寝ている者。顔が前後逆になってしまっている者。そして、氷漬けになっている者。

 

 他にも色々な人間が彫り込まれていたが、その殆どは激しい苦しみや責め苦を負わされていたように思う。

 最初こそすごい、きれい等の感想が漏れていたが、意匠を懐中電灯で追うに連れて皆の口数は減っていき、一周する頃には何ともいえない空気感が漂っていた。

 

 ……やる?本当にやる?

 

 気のせいではなく、皆の意見は一致していたように思う。だが

 

「ここまで来たんだ、行こう」

 

 という声に、皆渋々といったように鏡を持ち上げ、動かしていく。

 男子2名が鏡を持ち上げ、女子2名がその横から向かう先を懐中電灯で照らす。

 その場には自分たちの足音、荒い呼吸音、衣擦れの音のみが響き渡り、何故自分たちはこんなことをしているのだろうと思う一方、いけないことをしているという不思議な胸の高鳴りに支配されてもいた。

 

「あれだ」

 

 その声に横の2名が明かりを上げると、そこには今日児童館に入る時に見た、あの姿見が懐中電灯に照らされていた。

 ……合わせ鏡を作ると、一体どうなるのか。先程までの不安や恐怖感は今や薄らぎ、徐々に期待感が強くなっていくのを自覚する。恐らく、皆もそうだろう。

 音を立てないように慎重に、合わせ鏡になるような位置に持っていた鏡を置く。

 

「もっと近くに」

 

 全く、持っているのは自分達なのだ、そんなに言うなら手伝ってくれればいいのに。

 言われた通り二人でまた鏡を持ち上げ、近づける。

 

「……破って」

 

 そういえば、鏡の面には紙だか布だかが掛かっているのだった。懐中電灯を持っている二人に照らしてもらうが、破れるようなとっかかりがない。覆っている素材も引っ掻けば破れる程度の薄さではないようだ。

 さて、どうしたものかと考えていたまさにその時

 

カラン

 

 突然の物音に皆が驚いていると、ソレ何?と懐中電灯を持っている子から声がかかる。

 

 ……フォーク?

 

「それ、使って」

 

 確かに、フォークならこの何だかわからない覆いも破れそうだ。持ってきた鏡の足元に転がるそれを手に取ろうとすると、一緒に鏡を持っていた彼が自分がやる!といって先に取り上げてしまった。

 自分もやってみたかったのになと思う間もなく、懐中電灯に照らされた覆い目掛けてフォークが突き刺される。

 

グッ……ググッ……ブスン

 

 一度穴が開いてしまえば、後は簡単だった。彼は姿見の前に立つと、持っていたフォークをしゃがむと同時に力任せに下げていく。

 

ギギギ……バツン

バリバリバリバリ プシュー

 

 途中多少抵抗があったのか手が止まっていたものの、一度動き出せば後はあっという間だった。

 覆いは真っ二つに裂け、その間からは懐中電灯の光が反射している。裂けた覆いの断面のせいか神々しくも、禍々しくも見える。そんな光の模様を、空中に描き出していた。

 

 最後まで裂き終えた彼はフォークを床に置くと、2つに裂けた覆いを手で左右に広げ始めた。

 覆いを左右まで引っ張り、力任せに引きちぎる。まるで一心不乱といったように作業を続け、鏡面が全て露わになろうとしていた。

 

 懐中電灯を持っている2人はいつの間にか片方は玄関の姿見を、片方は持ってきた鏡を照らしており、何が起きるのかを固唾を飲んで見守っていた。

 自分も同じく時が経つのも忘れ、作業に見入っていた。隣の彼も同じようにしている。

 

 ……?

 何か違和感があったような気がしたが、今はそんなことより、合わせ鏡が完成したらどうなるのかで頭が一杯だった。

 

ブチン

 

 鏡の正面にしゃがんで作業をしていた彼の手によって、ついに最後の覆いが剥ぎ取られた。玄関の姿見と、打ち棄てられていた姿見が対面する。

 瞬間、まるで鏡面自体が発光するかのように眩さを増していき、二つの鏡の間にはまるで光のトンネルとでも言うべき、幻想的な光景が形作られていた。

 

 その光量のせいで良く見えないが、既に懐中電灯を持っている2人は腕を下げている。

 にも関わらず光のトンネルは変わらず目の前にあり、まるで中を光そのものが行き来しているかのようにさえ感じられた。

 ……あれ?しゃがんでいた彼は?

 女子の方を見ても彼は居らず、自分も左右を確認するが先程の彼も含め、誰の姿も見当たらない。

 ……先程の彼?

 

カランカランカラン

 

 違和感に向けようとしていた思考は、またも突然の物音で中断された。

 目の前の床に何かが落ちたような物音に視線を戻すと、隣りに居たはずの……いや、最初はいなかったはずの5人目の彼が、光のトンネルの中に立っていた。彼の手には、先程床に転がっていたフォークが握られており、鏡の覆いを破っていた彼の姿は、どこにもなかった。

 その瞬間トンネルを形作っていた光は急速に薄れ、粒子となってそれぞれの姿見に吸い込まれていく。

 まるで蛍の乱舞のようだ……その場の全員が見惚れている中、光の粒子の最後の一抹が消えた後には、誰の姿も残ってはいなかった。

 

コンコン

 

 どこからともなく、硬いものを叩くような音がする。

 その瞬間懐中電灯の明かりも、外から差し込む薄明かりさえ一瞬で消え失せたかと思うと、奪われた視界と意識の端で、何か聞こえた気がした。

 

「ご苦労さん、助かったよ」

 

 

 

 

 

ジリリリ ジリリリ ダンッ

 

 いつも通りの不愉快な音を黙らせると、寝ぼけ眼を擦りながらドアを開けて1階へと向かう。この匂いは目玉焼き?それともスクランブルエッグだろうか。どちらにせよ大好物だ。

 朝食を終え、母にいってきますと挨拶をして玄関を開ける。

 瞬間迎えてくれたのは、雲一つ無い快晴に頬を撫でる風。鳥の鳴き声、子ども達の喧騒。今日もいい天気だ。

 

「あ、おはよー!」

「うん、おはよう。今日は一緒だったんだ?」

「たまたまね。昨日拾った指輪を眺めてたら、ちょっと出るのが遅くなっちゃって」

「何なんだろうね、アレ。文字みたいなのが彫ってあったけど」

「さぁ?私達の指には大きいし、大人になるまで持っておこうよ!」

「いいね、将来同窓会やる時に付けていこうよ!」

「同窓会かぁ……私達、将来どんな仕事をしてるのかな?」

「私は看護師さん!」

「私はお花屋さんがいいなぁ」

「僕は――」

 

 みんなで話しながら歩いていると、学校まではあっという間だ。

 こんな風にいつもの3人で、いつまでも仲良く出来ると良いな。

 

 ふと聞こえたカラスの鳴き声に視線を向けると、児童館の公園で自分たちより小さな子どもたちが、お母さんと一緒に遊んでいた。

 そういえばあの児童館には、とある噂があるらしい。曰く

 

 【児童館の道場脇にある姿見と、その外にある倉庫、その中にある鏡を向かい合わせにすると、何かが起こる】

 

 はは、何かが起こるって。

 

「どうしたのー?早く行こうよ!」

「今日は日直じゃなかったの?」

「うん、今行く!」

 

 前を行く2人に追いつこうと歩みを速めていると、そういえばうちの学校にも七不思議があるらしいよと誰かに聞いた記憶が蘇る。誰に聞いたんだっけな?

 どれも良くありがちなものだったが、一つ面白そうなものがあった。確か……

 

 

 

 何年かに一度、生徒名簿から名前が一つ消える、だったかな?

 


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