後輩君呼び先輩が彼女になるまで   作:ニゲンライ

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2話 21gの再会

 

 もう、戻ることはないと思っていた。

 

 青い春はとうの昔に終わりを告げている。

 夏と秋はついぞ来ることがなく、ボクの心象世界に雪化粧が彩られてから久しい。

 いずれ、ボクは雪解け水の味も温度も知らぬまま、身体が冷たくなるのだろう。

 

 いまだ四半世紀も生きてはいない。

 君と過ごした時間は、生きた年数の10分の1も満たしていない。

 

 それでも、ボクの21gのほとんどは、君が占めている。

 今はもう後悔の名に代わって。

 

 もう、戻ることはないと思っていた。

 

 春が、また。

 

 

 

 

 

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 都会から地方都市まで、日本全国いたるところにあるいたって普通のファミリーレストラン。

 

 高校を卒業後に地元の会社に就職、半年ほどでドロップアウトをしたボクは今。

 ファミレスでバイトをするフリーターになっていた。

 

 

「そういえば店長、今日から新人さんが来るんでしたよね? 」

 

 平日の朝。比較的に客も少なく体力もまだ余っている時間帯。

 客側から見えないキッチンでの仕事の手を止めずに、店長へとボクは質問をする。

 始めの頃は仕事と会話の両立が難しかったけれど、今では慣れたものだ。

 

 店長の年齢は年齢は40~50ぐらい? 

 初めて会ったときは年上の男の人怖いと思ったけれど、今では気のいいおっさんと認識できている。

 この間、バツイチで娘がいたと自虐ボケをしていた。

 それを聞いた時は、何というか……すごく、反応に困った。

 

「うん、そう。時間的にもうすぐ来ると思うから、来たら高嶋(たかしま)さんには仕事を教えてもらうからね」

 

 そんな店長がふざけた事を言い始めた。

 そんな話聞いてないが? 

 

「え゛、聞いてないんですけど⁉ 」

 

 声が出るついでに、思わず店長に向けて凄く嫌そうな顔を向けてしまった。

 

 前職の職場にいたお局が相手なら「文句ばかりこれだから最近の若者は」と嫌味の一つや二つ言われるところ。

 役職のわりに仕事も出来ないくせに、社長の妻だからって偉そうにしやがって。

 ボクは忘れてないからな、あんの意志薄弱老害クソババア。

 

 けれど今のボクの上司は、毎日クソみたいなお客様を相手にしてきた百戦錬磨の日高(ひだか)店長。

 店長なら許してくれるだろう。

 なんだかんだ店長はボクに甘いところがあるし。

 なんだか娘扱いされている気もする。

 娘に接する父親はこんな感じなのだろうか。

 

 ……思考がズレた所に行ってたけど、ボクが新人教育をするの?

 自分で言うのもなんだけどボクで大丈夫か? 

 というかせめて事前に連絡はしてよ。

 

 ボクの反発に店長は笑顔を浮かべて返答する。

 

「だって言ってないからね」

 

 どうやら連絡がなかったのは計画通りだったらしい。

 マジかよこの人。

 気のいいおっさんからサプライズおっさんへ評価を修正しないといけないかもしれない。

 ……自分で言っておいてなんだが、サプライズおっさんってなんだ。

 

「あ、お客さん来たから行ってくるね」

 

 店長はニコニコと笑いながら厨房からレジ側へ逃げるように立ち去る。

 たつ鳥は跡を濁さないというけど、店長は爆弾を落として去った。

 もしくは産業廃棄物を不法投棄あたりが言い得て妙かもしれない。

 

「逃げたな」

 

 ちょうど客の姿が見えたからって体よく逃げやがって。

 そんな風に思いながら、ボクは1人空しく残された。

 

 

 

 

 

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 厨房には自分ひとり。

 いつも通りなら、時折外から注文が飛んでくるが基本的に自分ひとりで完結する。そんな時間帯。

 

 ボクはこの時間が結構好きだ。

 だってこの空間にいるのはボク1人だから。

 

 ボクはボッチだ。

 友達はいない。1人には慣れている。

 

 これでも幼い頃であれば、友達といえるであろう存在はいた。

 しかし、年を重ねるにつれ疎遠になり今では顔も名前も思い出せない。

 

 新たな友人を作ることも出来なかった。作ろうとはしたんだよ?

 けれど話がかみ合わず、言いたいことが伝わらず、流行に疎いから相手が出した話題も良く分からない。

 

 「あのこ変わっているよね」陰でそんな事を話されているのを聞いた時、ボクは友達を作るのを諦めた。

 

 だからボクに友達はいない。

 ……いや、1人だけいた。

 

 厳密には友達、というより後輩が。

 当時のボクは高校2年生。少し遅い厨二病を患っていた。

 だから一々回りくどい言い回しと、時折ポーズも決めながらかっこいい先輩を演じていた。

 

 思い出したらケバブでも焼けそうなほど顔が熱い。

 ここはファミレスだからそんなメニューはないけれど。

 今、ボクの顔は真っ赤に染まっているだろう。

 

 そんな先輩の話でも彼は楽しそうに聞いてくれた。

 かるて母に似てるんです、と話してくれた瞳でボクを見つめながら。

 

 

 あれから4年たった今だからこそ思う。

 

「何であの時のボクは、かっこつけて連絡先を交換しなかったんだ……‼ 」

 

 絞り出すような声を出しながら思い出すのは、高校の卒業式のあの日。

 当時のボクは気が付いたら儚く消える、ミステリアスな先輩を演じていた。

 だからボクには別れの挨拶は似合わない。

 そんな生ごみとして捨てるべき幼稚な考えで、別れの挨拶もなしに家に帰った。

 

 あの日、いつもの教室で待っていてくれたかもしれない。

 ボクを探してくれていたかも知れない。

 そんな唯一慕ってくれていた後輩を残して、ボクは帰ってしまった。

 

「なぜあの時のボクは、挨拶なしに帰ったんだ……‼ 」

 

 台の上に両手を置き、罪悪感からボクはプルプルと震えていた。

 ほとんど同じ内容の独り言を零す、哀れな成人女性が厨房に1人。

 

 

 自責の念を感じた後、冷静になった頭で自分を顧みてみる。

 今のボクはフリーターだ。

 高校卒業後、正社員で就職した会社は半年と少しで退職。その後ニート生活を送った後にバイトを始め、フリーターとして社会復帰を果たした。

 そして現在バイト中。

 もうミステリアスな先輩など、どこにもいない。

 

「今のボクを知ったら、もうあんな目は向けてくれないだろうな」

 

 自虐の笑みが自然と浮かぶ。

 

 たくさんの気持ちと、尊敬が乗せられていたあの瞳。

 黒系統を基調とした虹彩。溢れんばかりの感情の色。

 幼い頃からの習慣で。

 人の顔色ばかり窺っていたボクには、悪意を持たぬあの瞳が、ただ心地よかった。

 

 あの時、連絡先を交換して今でもやり取りを続けていたら。

 当時行っていた交換日記を手紙でも良いから続けていたら。

 

 もしかしたら交際なんかもしていたかも知れない。

 

 もしもの選択による淡い妄想を想いながら、そうならなかった現実が着々と脳内の気温を下げていく。

 

 いつだってそうだ。後悔と現実は後から訪ねて来る。

 

 

 

 

 

 冷静になって気づくことが出来た。

 厨房の外から誰かが近づいて来る足音がする。

 

 店長が出す疲れた中年男性特有の足音だけではない。

 まだ体力が衰えてなく、体幹が安定している。若者が放つ事が多い軽く、一定のリズムで放たれる足音。

 かつ、ボクより体格が大きいことが予想できる一歩ごとの足音の間隔。

 つまり、推定として若い男性が店長と一緒に厨房に近づいて来ている。

 恐らく、この足音の主が新人さんと見た。多分ね。

 

 真実はいつも観測者の数だけある!

 

高嶋(たかしま)さん。新人の人来たよー」

 

 店長が声掛けをしながら厨房に入ってくる。

 既にボクは身体を厨房のドアの方に向け、少しだけ台に身体を預けている。

 腕も組んでいる。

 

 これで先輩のポーズは取れた。

 答え合わせといこうじゃないか。

 

 

 くだんの新人さんの姿を確認する。

 瞬間。

 答え合わせなどという俗な考えは、ボクの意識から宇宙の彼方へ飛び出した。

 

「この人が高嶋(たかしま)さん。君に仕事を教えてもらう人だよ」

 

 店長が新人さんにボクのことを紹介してくれている。

 ボクの紹介など、どうでもいい。どうでもよくはないけれど!

 知らない。いや、知ってるけど!

 

 今それどころじゃないから!!

 

 先ほどから思考が驚天動地だ。

 ボクの口はさっきから、池の鯉みたいにパクパクしている。

 

 いつまでも黙り込む訳にはいかない。

 何か喋らないと、そう思いながら口を開いては閉じを繰り返している。

 決して餌が欲しいわけじゃない。

 

 その新人は予想通り、若かった。

 その新人は予想通り、ボクより背が高かった。

 その新人は予想通り、若い男性だった。

 

 その新人の名は。

 

「あ、秋月(あきづき)ぃ……なの……? 」

 

 混乱したボクの脳みそはどうやら確認することを選んだらしい。

 

 ボクが彼を見間違えるはずがないというのに。

 君を忘れるはずなんかないというのに。

 

 しかもなんて情けない声なんだ。

 

「あ、やっぱり。高嶋(たかしま)先輩じゃないですか! 」

 

 あぁ。やっぱり覚えている。

 人は人を忘れるとき、声から忘れるというけれど。

 ボクの記憶と心は、彼の声すら忘れちゃいない。

 

「そうです! 秋月(あきづき)です。今日からここで働くことになりました。またよろしくお願いします! 」

 

 店長が連れてきた新人。

 それはかつて、ボクを慕ってくれていた唯一の後輩だった。

 

 

 

 

 

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 情けない再会も終わり、ボクは秋月君に仕事内容を教えていた。

 

「─────という訳で、一通りの仕事はこんな感じだよ、こ……秋月(あきづき)君」

 

 あぶない。あやうく当時のノリで後輩君呼ばわりするところだった。

 今は立派とまでは言えなくても、社会人なのだからキチンと名前で呼ばないと。

 

 かつてと同じ、二人だけの空間。

 店長は何かを察して場を外してくれている。多分、ホールの仕事。

 ホールの仕事を教えるのは後日で問題ないだろう。まずは裏方に慣れないとね。

 

 

 あぁ、懐かしいな。

 かつてもこうして、秋月(あきづき)君に勉強を教えていた。

 

 放課後の空き教室。

 備品の机を寄せ合って、教科書とノートを広げて。

 まだ秋月君が授業で習っていない内容を得意げに教えていた。

 先輩風を吹かせたかったのを覚えている。

 

 秋月(あきづき)君は優秀だったから、逆にボクが教わる時もあったけれど。

 ……今思えば、後輩に勉強を教わる先輩ってだいぶカッコ悪いな。

 

 

 それにしても、昔は勉強だったのが、今では仕事の内容かぁ。

 

 秋月(あきづき)君も同じだと思うけれど。

 時間の流れと共に、ボクも随分と変わってしまった。

 

 昔のボクは秋月(あきづき)君と話す時、もっと自信を持っていたはずだ。

 

 今はどうだ。

 先ほどから君と目を合わせられない。

 言葉だけは取り繕えているけど、君を直視できない。

 

 バイトを始めたころはともかく、今では客とだって目を合わせて接客できる。

 クレーマー客に怒鳴られても、裏で中指を立てて愚痴を言えるぐらい精神も強かになった。

 店長にだって成長したねって褒められた。

 間違いなく、1日の会話相手が後輩と家族しかいなかった高校時代よりも、社会性もコミュ力も成長している。

 

 それなのに。

 君の瞳と、向き合うことが出来ない。

 

 もう、カッコいい先輩などどこにもいない。

 

 

 秋月(あきづき)君が、ボクの教えた仕事のやり方を、メモしている。

 今時の世代としては珍しい紙のメモ。

 

 その紙に記す音と、換気扇。それと外から聞こえてくる客の話声だけが鼓膜を刺激する。

 

 今のボクの虹彩には、秋月(あきづき)君の手が反射していそうだ。

 

 顔ではなく、君の手しか映せない情けなさと静寂の待ち時間が恥ずかしい。

 気付けば、口を開いていた。

 

「高校の時……さ。放課後に空き教室で会っていた事、覚えてる? 」

 

 果たして後輩は覚えてくれているだろうか。

 君の先輩にとっては忘れられない思い出になっているけれど。

 

「そりゃあ覚えてますよ。忘れられるわけないじゃないですか」

 

 当時よりも更に開いた身長差から繰り出される、斜め上方向からの返事。

 ボクは伸びなかったけど、君はあれからも身長が伸びていたんだね。さすが男の子。

 

「楽しかった思い出ですよ。互いにラノベをおススメしたり、毎日会っているのに手紙を渡したり、交換日記をしたり色々と遊びましたよね」

 

 秋月(あきづき)君からの返答に喜びの感情が踊りだす。

 ボクと同じ、楽しかった思い出として覚えてくれていたことに。

 

 だけど、あからさまに喜ぶのは恥ずかしいから。

 付き合ってもない女がはしゃぐのは重いだろうから。

 内心を悟られぬように小ボケを挟もう。

 

「覚えてくれてて良かったよ。もう昔の女のことなんて覚えてませんって言われるかと思ってたよ……」

 

 擬音を付けるならヨヨヨ……かな。

 涙を拭くような動作をしながら話す。

 あからさまに演技臭く、冗談だよと強調できるように。

 

 もう先輩としての威厳なんてないだろうけれど、弱いところは見せたくない。

 そんな風に、思いながら。

 

「……先輩がそれ、言います? 」

 

 不満気な声色を乗せながら秋月君が言った。

 

 空気が変わる。

 

 しじまが宿る。

 先ほどまでしていた様々な音が嘘のように。

 

 匂いが隠れる。

 天敵の鳴き声を聞いた草食動物のように。

 

 五感の認識に制限がかかるほど。

 

 空気が変わる音がする。

 

「先輩の卒業式、挨拶しようと思って校舎中探し回ったんですよ。いつもの空き教室にはいくら待っても来ないし」

 

 秋月(あきづき)君からの言葉に、思考が止まる。

 

 それはまさしく、ボク自身が後悔していたこと。

 

 時が圧縮したかのような感覚の中で音が響く、それが心臓の鼓動音だとすぐに分かった。

 

 先ほどまでの冗談が言える雰囲気は影も形もない。

 罪悪感が身も心も硬直させる。

 蛇に睨まれた蛙、あるいは親に叩かれる前の子供のように。

 

 声色から秋月(あきづき)君の怒った顔が脳内に浮かんだ。

 

「……ごめん」

 

 気が付けば、謝罪の言葉は紡がれていた。

 

 けれど。

 

「ん~~と~。それだとまだ誠意が足りないので許せないですかね」

 

 秋月(あきづき)君は少しだけ悩んだ声の後に、拒否の回答。

 反射で出た言葉なのだから当然だと、納得がボクの脳細胞を占める。

 

「前日にまた明日とか言っておきながら、当日勝手に帰ってすみませんでした」

 

 腰を曲げて、頭を下げて今度は正式に謝罪する。

 下がった目線から秋月(あきづき)君の足が見える。

 いつの間にかボクの事を正面から見据えていたみたいだ。

 

「違います、そういう事じゃないですよ高嶋(たかしま)先輩。顔を上げてこっちを見てください」

 

 頭を上げる。

 そうして、初めて視線が交差する。

 高校の時より少し大人びた顔。

 けれど、あの頃と変わらない瞳。

 

 秋月(あきづき)君は片側の口角を少し上げていた。

 まさしく、困った先輩を見るような目でボクを見ながら笑っていた。

 ボクが想像していた怒った顔はどこにもなく。

 

「やっと目があいましたね」

 

 かつて惹かれた瞳には今も同じようにたくさんの感情と尊敬が乗っていた。

 

「ぶっちゃけ、謝罪の言葉なんて求めてないんですよ。まぁ謝ってくれるというのなら一応受け取っときます」

 

 ボクのやらかしたことは無くならないけれど。

 ボクの心を支配していた罪悪感が救われ始める。

 

「ただ、いくつかお願いしても良いですか? 」

 

 かつてのボクがしていたカッコつける時によくしていた笑顔を。

 今度は目の前の後輩が真似しながら話してくれている。

 

「また遊びましょう。あと連絡先を交換しておきましょうよ、今度は連絡が取れるように」

 

 秋月(あきづき)君の言葉が紡がれるたびに理解していった。

 

「それと、あの頃みたいに後輩君って呼んでくれても良いですよ」

 

 この後輩は、あの日の続きを行いたいのだと。

 まだ、ボクの事を慕ってくれているだと。

 

 かつての楽しかったあの日々は。

 もう、戻ることは無いと思っていた。

 

 秋月(あきづき)君の笑みを真似してボクも笑う。

 

「君は人を誑し込む才能があるね。後輩君」

 

 秋月(あきづき)君が一瞬だけ呆けた顔をした。

 その後の反応を見る前に、ボクは君に背を向ける。

 

「ちょっとロッカーからスマホ取ってくるから待ってて。それと……ありがとう」

 

 ……少し、顔が赤くなっている気がする。

 

 本当は仕事中にスマホを弄るのは店長に怒られちゃうけど。

 もう、同じ後悔はしたくないから。

 

 今度は軽くカッコつけながら、一時的な別れを後輩君に告げた。

 

 

 




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