ホシノが先生と一緒にクジラに会いに行くお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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一話 10万円

最近また、ユメ先輩の事が頭に浮かぶ。

 

先輩が死んでしまった事。あんな別れ方になってしまった事。先輩が遺したメモ帳が今でも見つからない事。この結果をもたらしたのは全て、自分のせいである事。

 

どれだけ後悔してもしきれない事が沢山あって、でもそんな暗いものを抱えてでも前を向いて歩こう。先輩として、後輩の手を引ける存在でいよう。心にそう強く誓えたのは他でも無い先生と、アビドスの皆のお陰だ。

 

それでも最近、ユメ先輩のことが頭に浮かぶ。ただ今回は「先輩に謝りたい」とか「自分のせいで」とか、まるで髪の毛に強く絡みついて前に進ませようとしないみたいな、暗くて冷たい感情じゃなくて、「死んだ人はどうなるんだろう」とか「先輩は亡くなっても私のこと、覚えていてくれるのかな」とか、そんな事を考えている。

 

これってやっぱり、私は変われていないってことなのかな...?それとも―

 

 

 

 

 

「先輩!!」

 

今日も今日とて誰もいない教室で地平線の彼方に続く砂漠をぼんやりと眺めていたせいで、声をかけられるまで後輩達の存在に気付けなかったホシノはびっくりして姿勢を正す。

 

「うえ...!?ご、ごめんセリカちゃん、もう会議の時間だっけ...?」

 

「今日は会議はお休みの日ですよ、先輩」

 

アヤネにそう言われ、ホシノは教室にかけられたカレンダーを見る。時期は3月。未だ活気が弱いアビドスにも、春の訪れが感じられる頃だ。それはそれとしてアヤネの言う通り、予定していた対策会議は今日では無く、明日だったことをホシノは思い出す。

 

「え、あ、そ、そうだったね~。いやあ、物忘れもするなんて、おじさんもいよいよかな~」

 

いつも通りの、ホシノのおじさんジョーク。普段なら軽いツッコミを入れるかスルーする後輩達ではあるが、今回ばかりはそうではなかった。

 

(あれ、なんか変な事言ったかな...?)

 

自分を心配そうに見下ろす後輩達を、ホシノは困惑した様子で眺める。ノノミ、セリカ、アヤネは勿論の事、シロコまで。皆眉をひそめ、まるで重い病気に罹った病人を見るかのような視線をこちらに送っていた。

 

更に四人はその表情のまま互いの顔を見合わせる。そして何かを決心したように強く頷いた。

 

「ん、先輩。これ受け取って」

 

シロコはいつも肩にかけている鞄に徐に手を突っ込むと、そこから何かを取り出し、ホシノの机に置いた。

 

「...え?」

 

置かれたものを見て、ホシノは思考が一瞬停止してしまった。シロコが取り出したもの、それは「10万円」と帯に書かれた、札束だった。

 

「これは私達からのプレゼント。受け取って」

 

「いやいやいやいやシロコちゃん!!??」

 

とんでもない大金をポンと渡され、眠気が一瞬で吹き飛んだホシノは普段の彼女からは想像もつかないスピードで立ち上がり、まるでそのお金が危険物であるかのように一瞬で距離を置いた。

 

「ん、先輩。臨戦状態に入らないで」

 

「ちょ、ちょっとシロコ先輩...!そんなこと言って先輩も引き金に指かかってるじゃない...!」

 

「シロコちゃん、とりあえずこのお金の意味を先に伝えましょう」

 

「...そうだね。順番が悪かった」

 

ノノミとセリカに宥められ、シロコは指が勝手に外していたライフルの安全装置を元に戻す。あの動きのホシノ先輩を見たら一瞬たりとも油断するな。これまで幾度となく仕掛けて来た勝負で得たその経験が記憶だけでなく肉体にも刻み込まれている証だ。

 

「ホシノ先輩、最近またぼうっとすることが多くなっていませんか...?しかも以前の列車砲の時のように居眠りもせず...」

 

「え...?い、いやあ気のせいじゃないかなあ。おじさんは基本的にいつもぼんやり無気力だから...」

 

席に戻った後に告げられたノノミのその言葉に内心ぎくりとしたホシノは、何時もの調子でお茶を濁そうとする。しかし

 

「先輩、正直に言って下さい」

 

「ん。皆には分かってる」

 

「誤魔化さないでよね。今のホシノ先輩、あの時と同じ目をしているんだから」

 

「三度目は無しですよ?もう絶対に、一人で抱え込まないで下さい」

 

どうやら後輩達には全て筒抜けだったようだ。いや、寧ろ今まで何度も迷惑をかけてきたのだから、気付かないほうがおかしいか。

 

(相変わらず、私は不器用だな...)

 

もう言い逃れは出来ない。ホシノは腹の内で自嘲しつつ、今の心境を後輩達に洗いざらい話した。もう同じ過ちを、繰り返さない為にも。

 

「やっぱりユメ先輩の事、今でも気になるんですね...」

 

ホシノは小さく、こくんと頷く。

 

「...そうだね。でも今は先輩のことだけじゃなくて、『人って死んだらどうなるんだろう』とか『亡くなった後でも私達のことは分かるのかな』とか、死生観、って言うのかな?そういうことも考えるようになったんだ。ごめんね、めんどくさい先輩で」

 

力無く笑うホシノを見て、四人は更に眉をひそめた。

 

「わわっ...!皆そんな顔しないで...!確かに変な事考えてるけど、もう一人で解決しようとかは絶対に...」

 

「分かってる。でもユメ先輩の事は私達にはどうしようもない。あの時のホシノ先輩を、止められなかったから」

 

シロコの言葉に、今度はホシノの表情に影が差す。今でもあの時の記憶は朧気で、セリカがアイドルになると宣言したことしか覚えていない。だからこそなのだろうか、あの時はっきりと覚えているのは、果てしなく広がる砂漠の海の前で、優しく自分を抱きしめてくれたユメ先輩の確かな温もりと、言葉だけだ。

 

テラー化した自分が新たな決意を胸に戻って来れたのはユメ先輩のお陰であって、差し伸べてくれた後輩達の手は、決定打では無かった。認めたくはないがその事実は、「心の傷は、最後は自分自身で塞ぐしかない」ということを、ホシノだけでなく後輩達にも嫌という程知らしめていた。

 

「でもだからといって何もしないという訳にはいきません!だからホシノ先輩、お願いがあります!」

 

しかしそんな湿った空気を吹き飛ばすかのように、ノノミはビシッと、机の上の札束を指さす。

 

「先輩は今日から一週間お休みを取り、私達が稼いだこの10万円を使って思いっきり羽を伸ばしてきて下さい!!」

 

「...へ?」

 

ホシノの口から、疑問と戸惑いが混じった声が漏れた。

 

「私達今年の冬からずっと計画していたんです!名付けて『先輩に好きなようにバカンスを楽しんでもらう計画』です!!」

 

「ん。我ながら良いネーミング」

 

「捻りが無さすぎない?ってツッコミ、やっぱりもう一回だけやっていいかしら...?」

 

「ま、まぁ分かりやすいのは良い事ですし...」

 

「じゃあホントにこのお金、皆が稼いだの...?」

 

ホシノは再び机の上の札束に視線を移す。10万円。普段億単位の借金の返済に奮闘している自分達からすればはした金もいいところだが、それを目の前に置かれ自由に使っていいと言われたら、流石に混乱してしまう。

 

「そうよ!大将が冬は稼ぎ時だからって、シフトを沢山入れさせて貰えたの!」

 

「私も実は商店街の外れの金物店で少しだけアルバイトをしていたんです」

 

「私は家の私物を整理するついでに要らないものをリサイクルショップに売りました!」

 

「私は...ま、待って先輩、これは盗んだお金じゃない...」

 

それぞれ稼いだ方法を話す中、明らか他のメンバーとは異なる視線を向けられたシロコは慌てた様子でホシノが言わんとしていることを否定する。

 

「シロコちゃんホント?」

 

「本当。私は釣りをして、釣れた魚を売って稼いだ。それに銀行強盗するなら少なくとも100万円は盗らないと割に合わない...」

 

「シロコちゃん?」

 

「ん、何でもない...」

 

手癖の悪い後輩に改めて釘を刺した後、ホシノは小さくため息を吐いた。中々とんでもないサプライズをしてくれたものだ。

 

「一週間のお休みはおじさんにとっては嬉しい限りだけど...10万円かあ...。こんな大金、流石に一人じゃ使い切れないよ...」

 

「勿論絶対に使い切る必要はありませんよ。ただもう一つだけ、お願いがあるんです」

 

そこでノノミは腰を少し落とし、ホシノと同じ目線になった。

 

「これからのお休み、先輩は出来るだけ私達無しで過ごして欲しいんです」

 

「...へ?それじゃ一人でお休みを楽しめってこと?」

 

「そうです」と、ノノミは強く頷く。

 

「これはホシノ先輩の心を癒す為の計画。さっきシロコちゃんが言ったようにユメ先輩とホシノ先輩のことを私達が根本から解決することは出来ません。それならいっそのこと、私達はいないほうが良いと思ったんです。傍に私達がいれば、余計な事を考えてしまうかもしれないから。だから、そのことだけは、守って欲しいんです」

 

「...ノノミちゃん」

 

ノノミに見つめられ、札束を握る手に自然と力が入る。

 

 

 

後輩達から突如として渡された大金と、一週間という長い休み。でも本当にこれで、自分は前に進めるのだろうか。ホシノの心には後輩達の想いが、プレッシャーにも感じられた。

 

 

 

ホシノの残金 100000円

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