ホシノが先生と一緒にクジラに会いに行くお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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十三話 ノノミ、ウツボを獲る

ホシノと先生が布団の中で眠れぬ夜を過ごした一方、シロコの魚料理でお腹いっぱいになった後輩達は東屋の周りにテントを張り、寝袋の中で心地良い夜を過ごした。そして翌朝―

 

「ん~よく寝た~」

 

テントから這い出たセリカは欠伸をした後、大きく背伸びをする。見上げると、周囲の木々の隙間から差す木漏れ日が、東屋と、蛍光色のカラフルなテントを優しく照らしている。砂漠化のせいで、緑に囲まれる機会なんて滅多にないセリカはその光景に思わず

 

「綺麗ね...」

 

と、溢す。水族館で先生が言っていた、「見られるものと言えば豊かな自然だけなんだけど、それが最高の景色らしいの!」という発言は、どうやら海だけを指す訳では無いようだ。

 

「セリカちゃんおはよう」

 

「おはようございます~」

 

朝の涼しい空気を軽く吸い込んでいると、すぐ横のテントからメガネを外したアヤネと、お団子を解いて髪を全て伸ばしたノノミが出て来た。二人共、まだ少し眠そうだ。

 

「あれ。セリカちゃん、もう身だしなみ整えたんですか?髪も結んであるし」

 

セリカと同じように伸びをしたノノミは、彼女のアイデンティティである大きなツインテールが既に結ばれていることに気付く。

 

「あ、これ?実は昨日、解かずにそのまま寝ちゃったんだよね...」

 

「え~、だらしないよセリカちゃん」

 

メガネをかけながら、アヤネはズボラな同級生に口を尖らせる。

 

「し、仕方ないじゃない。昨日は朝早かったんだし、それに野宿も初めてだったから...」

 

「そうですね。私のせいで余計に疲れさせたこともありますし、あんまり強く言ってあげないで下さい、アヤネちゃん」

 

自分のせいで。そう言いつつも、ノノミの声色は昨日と比べ随分と明るくなっていた。

 

「それもそうですね...ってあれ、シロコ先輩は...?」

 

そこでアヤネ達は初めて、シロコのテントが空になっていることに気付く。

 

「もう魚獲りに行ったのかな...?」

 

「でもテントの横に道具がありますよ?」

 

「あ、ホントだ」

 

ノノミの言う通り、シロコのテントには未だにポタポタと海水を滴らせているウエットスーツや銛がかけられていた。これらを置いてシロコが海に行くとは、考えにくい。

 

「だったら一体何処に...」

 

「私ならここに居るよ」

 

その時セリカのテントの影からシロコがひょっこりと顔を出した。びっくり仰天したセリカは

 

「ちょッ!?シロコ先輩いつからそこ居たのよ!?」

 

と、その場で大きく飛び跳ねる。

 

「シロコちゃん、こんなに朝早くから何処行ってたんですか?」

 

シロコはノノミの問いに答える代わりに背に背負っていた、自分の身体と同じ位大きいメッシュバッグを足元に置く。バッグのジッパーを開き、そこからシロコが取り出したもの。それは三人分のウエットスーツとシュノーケルマスク、足ヒレだった。

 

「シロコ先輩、これって...」

 

「これを借りに、また村のダイビングショップに行ってた。これで皆、海に入れるよ」

 

ウエットスーツをえっちらおっちら引っ張り出しながら、目をキラキラさせるシロコ。まるで主人に褒めてもらえるのを待っている犬のようだ。

 

「そ、それじゃ私達も密漁するってこと...?」

 

「ううん。皆で素潜りしたら危ないし、何より島の人に見つかりやすくなる。だから私が沖に行っている間、皆はこれ着て浅い所で遊んでて。私だけ海に入るのも、何だか不公平だから」

 

「わ~!シロコちゃんありがとうございます!これで私達も海に入れますね!」

 

ノノミはウキウキ顔で、渡されたウエットスーツを広げる。それに続き、セリカとアヤネも

 

「これがウエットスーツか...何か変な臭い...」

 

「あ、メガネ外さないとゴーグル付けられない...」

 

と、各々の装備を手に取った。こんな朝早くに「借りて来た」のだから、シロコ自身の装備含め、このウエットスーツ達が無断で持ち出されたことは想像に難くないが、既にシロコが獲った魚を口にしてしまっている以上、そのことに言及する者は誰もいなかった。

 

「そしたら皆で海行こう。準備運動、忘れないでね」

 

「ちょ、シロコ先輩ここで着替えないで...!」

 

ほくほく顔で制服を脱ぎ始めたシロコを、セリカが慌てて止める。秘密のキャンプ生活の二日目、スタートだ。

 

 

 

シロコに連れられて三人が訪れたのは周囲を切り立った岩壁に囲われた砂浜だった。沖に泳いでいくシロコを見送った後、三人は砂浜の上で足ヒレとマスクを着け、エメラルドグリーンの海に繰り出す。

 

「皆さん見て下さい!サンゴが沢山あります!」

 

砂浜を離れ、足ヒレの先端が底に触れるか触れないか程度の深さまで来た時、顔を上げたノノミが歓声を上げる。水深2メートル程しか無い浅瀬でも、そこには美しいサンゴと魚達が暮らしていたのだ。

 

「魚もいっぱい泳いでるわ!ほら、アヤネちゃん見て!あの魚、一昨日水族館で見たやつじゃない!?」

 

「ごめんセリカちゃん、メガネ着けてないからよく見えないんだ...」

 

セリカが指さした先を見ようと、アヤネは目を凝らす。しかし残念なことにメガネが無い状態では、足元のサンゴもセリカが指さす魚も、ぼんやりとしか見えなかった。

 

「だったら私が捕まえてくるわ!待ってて!!」

 

するとセリカはシュノーケルを咥え、岩の上をのんびり泳ぐ魚目掛けて潜水しようとする。しかし海底に向かって勢いよく身体を曲げたはいいものの、セリカは水面で足をバタバタさせるだけで、一向に潜っていく気配が無い。やがて息が続かなくなったセリカは荒い息を上げながら海面に顔を出した。

 

「ぷはぁ...!はぁ、はぁ...、ぜ、全然潜れない...」

 

「こんな浅い所じゃ無理だよセリカちゃん。ウエットスーツの浮力もあるんだし...」

 

「いや、諦めないわ!」

 

セリカは息を整えると、その後何度も潜水を試みた。足ヒレが激しく海面を叩くせいで、近くにいた魚達は驚いて皆逃げてしまったが、もはや魚を捕まえる事などどうでもよくなったセリカはそんな事お構いなしに足を動かす。

 

そして数十回目のトライにして、遂にセリカの身体は完全に海に沈んだ。浮力に抗って必死にヒレを上下させるセリカ。しかしそれも長くは続かず、セリカは海底に軽く触れただけで直ぐに浮き上がって来た。

 

「で、出来た...!私もシロコ先輩みたいに潜れたわ!!」

 

「セリカちゃん凄いです!」

 

「アヤネちゃんこれお土産!」

 

セリカは横に浮かぶアヤネの肩に何かをポンと置いた。

 

「お土産って...うわッ、ナマコッ!!」

 

肩の上でどろりと伸びる黒い物体を見た瞬間、アヤネは大きな悲鳴を上げる。以前海に行った時、セリカが不注意で投げ捨てたナマコが頭の上に乗り、髪の毛にねばつく内臓を吐かれて以来、ナマコは大の苦手だ。

 

「あっはは!やっぱりアヤネちゃんはナマコが似合うね!」

 

「ちょっとそれどういう事!?」

 

怒ったアヤネはナマコを引っ掴むと、ゲラゲラ笑うセリカの顔面目掛けて投げつけた。ナマコはセリカのマスクにクリーンヒットし彼女の視界を完全に奪う。

 

「うわ気持ち悪いッ!!」

 

セリカはナマコをひっぺがし、思いっきり遠くに放り投げる。哀れなナマコは空中をくるくる回り、小さな水飛沫を立てて海の中に戻って行った。

 

「もう!ナマコじゃなくてサンゴの欠片とか、もっと綺麗なもの取って来てよ!」

 

「ごめんごめん!それじゃ今度はサンゴ取って来るわ!さっき脳みそみたいな大きいサンゴが落ちてたから!」

 

セリカは再び潜行する。先程の潜水でコツを掴んだのか驚く程スムーズに海底に到着したセリカは岩の隙間に転がっている、掌サイズのサンゴに手を伸ばす。

 

しかし次の瞬間、隙間の奥から突然大きなウツボが顔を出し、セリカの手に噛みついてきた!驚いたセリカはシュノーケルを放してしまい海水を思いっきり飲んでしまう。

 

「ゲホゲホッ!な、何なのよコイツ!」

 

海面に戻って来た途端、まるで溺れたように暴れ回るセリカ。その手に噛みつくウツボを見た途端、ノノミとアヤネは目を丸くする。

 

「セリカちゃんそれウツボだよ!何でウツボに手出しちゃったの!?」

 

「知らないわよ!穴の奥から急に噛みついて来て、い、痛い痛い痛いッ!」

 

セリカがどれだけ腕を振り回してもウツボは顎の力を緩めない。それどころかセリカの手を噛み千切ろうとするかのようにウツボは全身をくねらせ始める。

 

「ここは私に任せて下さい!可愛い後輩に悪戯する悪い子は、こうです!!」

 

ノノミは暴れ回るセリカの腕をむんずと掴んで動きを強引に止める。そしてボコッと突き出たウツボの額目掛けて思いっきり拳を振り抜いた!ぎょろりとしたウツボの目に、ノノミの鉄拳が映る―

 

 

バキッ!

 

 

明らかに骨が折れた音が響いた後、ウツボはあっさりと口を離し、海面をプカプカと漂い始める。どうやら、致命傷だったようだ。

 

「あ、ありがとうノノミ先輩...」

 

「怪我はありませんか!?」

 

「大丈夫、ちょっと赤くなってるだけ...」

 

キヴォトスの住民なだけあり、ウツボに思いきり噛みつかれたにもかかわらずセリカの手は出血すらしていなかった。それに加え、ウツボを一撃で葬った先輩の怪力を目の前で見せつけられたことで、痛みもすっかり引っ込んでしまった。

 

「良かった...。ウツボって見た目とは裏腹に臆病な性格らしいですけど、不用意に近づいたり手を伸ばしたりしたら流石に噛みつかれてしまうので気を付けて下さいね?」

 

「う、うん...」

 

その時、波に揺られていたウツボの亡骸がセリカの胸に当たった。セリカは黒と黄色の縞々模様の身体を両手で持ち上げる。

 

「そしたらこのウツボは身を守ろうとして私の手に噛みついて来たのね。何だか、悪い事しちゃったな...」

 

「あ。だったらこのウツボさん、持って帰ってシロコちゃんに料理して貰うってのはどうでしょうか?しっかり食べてあげれば命を粗末にしたことにはならないですし、こんな見た目ですけど、案外美味しいかもしれないですよ?」

 

『...え?』

 

ウツボを仕留めた張本人からの提案に、二人は思わずノノミの顔を見た。

 

 

 

「出来たよ。ウツボとカワハギの海水煮」

 

シロコが開けたフライパンから湯気がこれでもか立ち昇る。今日の食事はシロコが海で獲って来たけばけばしい色のカワハギと、ノノミ達が獲って(?)来たウツボを海水で煮たワイルドな料理だ。

 

「ウツボなんて捌くの初めてだったから、骨とか結構残ってるかもしれない。それに身も硬かったから火を通すのにも時間かかっちゃった。ごめんね」

 

「全然大丈夫です先輩!良い匂い...早く食べましょう!」

 

「ん、そうだね」

 

アヤネに急かされ、少し自信なさげだったシロコの表情がぱっと明るくなる。

 

『頂きまーす』

 

四人は再び東屋の下でフライパンを囲み、各々中の白身を口に運ぶ。

 

「美味しい!優しい口当たりですね~」

 

「海水で煮るとこんな味になるんですね。あっさりしてて美味しいです」

 

「ウツボもカワハギもフワフワ!流石シロコ先輩ね!」

 

「ありがとう皆」

 

昨日と変わらずの美味しさに、四人はまたあっという間にフライパンを空にしてしまった。

 

「ごちそうさまでした!お腹一杯!」

 

「良かった。今日は魚一匹しか獲れなかったから、ノノミ達がウツボを獲って来てくれて助かった」

 

「まぁ獲ったというかなんというか...。でも先輩、今日は何で魚一匹で帰って来たの?」

 

「海の中でホシノ先輩を見たから」

 

その言葉に、三人は凄い形相でシロコを見る。皆、「なんでそんな大切な事今まで黙っていたんだ」と言わんばかりの表情だ。

 

「ん、皆怖い顔しないで」

 

「う、海の中で見たって...!それって私達がここにいる事がバレたってことじゃ...!?」

 

「大丈夫。かなり遠くにいたから、多分私ってことはバレてない」

 

その言葉に三人はほっと胸を撫で下ろす。

 

「良かったです...。海の中の先輩、どんな感じでした?」

 

「凄く楽しそうだった。熱帯魚と遊んだり、時々宙返りしたり。先輩魚好きだから、遠くから見てるだけでも幸せそうなのが伝わって来たよ」

 

楽しそうだった。幸せそうだった。シロコの言葉に、胸の奥から温かいものが込み上げて来るのをノノミは感じる。叶うなら、そんなホシノ先輩を直接見たいけど、残念ながらそれは叶わぬ夢だ。

 

「でもまたホシノ先輩に会ったら不味いから、明日は漁の仕方を変えなくちゃだね」

 

「漁の仕方を、ですか?」

 

そこでシロコは期待に満ちた顔でこう答えた。

 

「うん。明日から私、夜の海で密漁をしてくる。夜なら先輩も潜らないだろうし、夜しか獲れない魚介類もいるみたいだから」

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