ホシノが先生と一緒にクジラに会いに行くお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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十六話 神様からの贈り物

「いやっほー!」

 

サビがぽつぽつと湧いた古い自転車に乗ったホシノは海からの心地よい風を浴びながら長い下り坂をかっ飛ばしていた。右手には山の緑、左手には朝日で輝く海。サイクリングには最適の天気と景色だ。

 

ナイトダイビングを終え、気持ち良い目覚めと共に迎えた次の日。夜遅くに帰ってきたこともあり「今日はダイビングはおやすみ」にすることにしたホシノは港で先生達を見送った後、宿の自転車を借りて島をサイクリングしていた。女将さんによると、自転車なら半日もあれば島は1周出来るそうだ。

 

女将さんから貰ったお弁当をクジラのポシェットに入れ、ホシノはアスファルトの道路を進む。車が全く走っていない為、道路のど真ん中を我が物顔で走れるのが爽快だ。

 

スポーツバイクを乗り回すシロコとは違い、途中途中で現れる砂浜に降りて波と戯れたり、暖かい砂に座って休憩したりしながら、ホシノはマイペースにサイクリングを楽しんでいた。そしてちょうど太陽が真上に来た頃、ホシノは山を背にして立つ古びた神社を見つける。

 

「神社なんて初詣以来...あ、猫だ!」

 

くすんだ鳥居を見上げると、そのてっぺんに黒猫が座っていた。猫は大きな欠伸をしながら黄色い丸い目でホシノを見下ろす。

 

「ちょっと待っててね...はいコレ!」

 

ホシノはポシェットから、女将さんから貰った猫用の煮干しを取り出す。宿を出る前、玄関に集まっていた島の猫達にあげたものの残りだ。

 

煮干しを見た途端猫は目の色を変え、軽快な身のこなしでホシノの足元まで降りて来た。

 

「にゃんにゃ~ん。すべすべだね~」

 

黒猫が煮干しをガジガジかじっている間、ホシノは艶々の背中を優しく撫でてやる。その時

 

 

ドサッ!!

 

 

何か重たいものが落ちる音が境内から響いて来た。それに驚いた猫は残りの煮干しを咥え一目散に茂みに隠れてしまった。

 

「木でも倒れたのかな...」

 

音の正体を確かめようと、ホシノは顔を上げる。そして飛び込んで来た光景に目を疑った。

 

「な、何あれ...?」

 

ボロボロになった小さな社の前に、大きな漁網が置かれていた。しかも中には何かが入っているようで、凸凹に膨らんだ網全体がモゾモゾと蠢いているのが分かる。ホシノは鳥居をくぐり恐る恐る網に近付いてみることにした。

 

「イセエビがいっぱい...な、何でこんなトコに...?」

 

ゴツゴツとした大きな体、長い長いヒゲ、扇のように広がった極彩色の尻尾。そこには高級料亭でしか見られないような立派なイセエビがこれでもかと詰まっていた。網の中で窮屈そうに足を動かすエビ達の黒い目と視線が合うホシノ。すると突然

 

『もしもし、そこのお若い人』

 

というしゃがれた声が境内に響いた!

 

「うへえぇっ!!?イセエビが喋った!?」

 

ホシノは恐ろしい速度で真後ろに飛び退いて距離を取った。度重なる戦闘の経験により身体が覚えているのだろう、ホシノは無意識の内に、背に負っていた自分の銃を手に取っていた。

 

『ちょっ、シロ...じゃない、ほっ、ほっほっほ、驚かせてすまなかったのう。お若い人、まずは手に持ったものを下ろしては貰えないかの?そんな物騒なものを向けられては神様の儂でも怖いわい』

 

「か、神、様...?」

 

イセエビを凝視しながら、ホシノはゆっくりと銃を下ろす。

 

『左様。儂はこの神社に住む、島の守り神じゃ。そこのイセエビが喋っている訳では無い。儂は今、お主の決して見えない所から話しかけておるのじゃ~』

 

ホシノは目を白黒させる。素潜り漁師の亡霊、幽霊船と続いて今度は島の神様...。流石に滅茶苦茶が過ぎる。「もしかして自分は今夢を見ていて、この島での出来事は全て夢の中での出来事なのか」と、ホシノは頭の片隅で現実逃避気味に考え始めた。

 

「え、えっと...。島の神様が私に何の用...?」

 

連日の怪現象のせいでかえって冷静になったホシノは島の神様とやらに問いかける。

 

『うむ、良くぞ聞いてくれた。実はこの島に遊びに来てくれたお主に聞きたい事があって儂はお主に話しかけたのじゃ。ズバリ聞こう。お主は今、幸せか?』

 

「え...?」

 

予想外の問いに、ホシノは再び目をぱちくりさせる。今、幸せか?何故神様ともあろう存在が自分なんかにそんなことを尋ねてくるのか。戸惑いながらも、ホシノは口を開ける。

 

「う、う~んどうだろう...。そもそも私にとっての幸せが何なのか分からないから、はっきりとは言えないけど。でも、少なくとも今の私は普段よりずっと幸せだと思う」

 

『その理由を、聞いても良いかの?』

 

ホシノは小さく頷く。

 

「うん。この島に来て、私は今まで知らなかった色んなものに触れられたんだ。南の海の砂浜、スキューバダイビング、沢山のサンゴと魚達。私お魚が大好きだから、それが全部全部綺麗で新鮮で、何だか今まで溜まっていたものが洗い流されていってる感覚がするんだ」

 

ホシノは自分の胸に手を当て、この離島に上陸してからの思い出を振り返ってみる。白い砂浜で拾ったサンゴ、初めての海中世界、オジサン、バナナとり手帳、中性浮力と宙返り、クジラの歌、鳥のように海中を泳ぐ、何故かシロコに似ている漁師の亡霊、夜の海、ウミガメとウミヘビ、星屑みたいな夜光虫、幽霊船...

 

びっくりしたり、心を乱されたこともあった。でもそれ以上に、島で経験したことは確かに、ホシノの心の奥底に膿んで溜まっていたものを清めていた。

 

「それにね!明日は船長がクジラのいる海に連れて行ってくれるみたいなんだ!私、海の生き物の中でもクジラが一番大好きだから本当に楽しみなんだ!神様はクジラ好き?」

 

『う、うむ当然じゃ。儂もこの島の象徴であるクジラが好きじゃ』

 

「じゃあ私と一緒だね!!」

 

気のせいだろうか。神様のしゃがれ声に混じって、鼻をすするような音が聞こえて来たような気がする。

 

「うん。言葉に出してみて、分かった。今の私、とっても幸せだよ」

 

『そ、そうか。それは素晴らしい事じゃ』

 

「ありがとう!でも私がここに来れたのは私の力じゃないんだ。私を旅行に誘ってくれた人や、お休み中の過ごし方を一緒に考えてくれた人。そしてね、私の為にここまでの旅費を稼いでくれた人達がいたから、私はこの島に来れた。本当、どれだけ感謝してもしきれないよ」

 

 

ぐすんっ

 

 

今度は聞き間違いじゃない。今確かに、すすり泣きのような声が聞こえた。

 

「神様どうしたの?」

 

『い、いや何でもない...。お、オホン!ゴホンッ!す、すまんの。最近ちょっと体調が優れなくての...』

 

「へ、へぇ~...神様も風邪引くんだね...」

 

『う、うむ。そうなのじゃ。これも全て、この神社がこんなにボロになってしまったからじゃ。お主、宿に帰ったら島の者に「偶には綺麗にせい」と伝えておいてはくれぬか?』

 

「分かったよ~」

 

ホシノの声にはいつものふにゃふにゃした感じが大分戻っていた。最初こそびっくりしたけど、この神様の声、不思議と懐かしい感覚を覚える。

 

『それではここらで別れとしよう。お主と話せて楽しかったぞ。そこのイセエビは褒美じゃ。宿に持ち帰りせんせ...ゴホンッ、世話になっている者と共に味わうと良い』

 

「良いのっ!?」

 

『勿論じゃ』

 

「うわはぁ~!おじさん、イセエビなんて初めて食べるよ!ありがとう神様!!」

 

ホシノは銃を背負い直すと、イセエビの漁網を意気揚々と担ぎ上げる。女将さんなら全て美味しく料理してくれるだろう。その期待感のお陰で、「どうして禁漁期間なのにこんなにイセエビが獲れているのか」という”無粋”な疑問はホシノの頭には一切浮かばなかった。

 

『うむ。それではさらばじゃ。残りの四日間、楽しむのじゃぞ~』

 

「あ、それがね神様。実は来週は天気がかなり悪いみたいで、連絡船の運航が一日繰り上がったんだ。だから私がこの島にいられるのは今日含めてあと三日...」

 

『なんですっ...!!』

 

 

ガタンッ!!

 

 

瞬間、小さな社が大きく揺れた。そしてそれっきり、神様の声は聞こえなくなる。静寂が再び、狭い境内を包んだ。気のせいだろうか。最後に聞こえた声、セリカにとても良く似ていた気がするような...

 

「ま、気のせいだよね...。あ、そうだ。こんな量のイセエビ、タダで貰うのは悪いから...」

 

ホシノは自分の財布を取り出すと中から一万円札を取り出し、社の前にそっと置いた。風に飛ばされないようその辺の石を上に置いた後、社の前で手を合わせる。

 

「お話してくれてありがとうございました。それは私からの気持ちです」

 

そしてホシノは漁網を担ぎ直し、神社を後にした。自転車を漕ぐ音が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなる。その直後である。社の後ろの藪から四つの影が飛び出して来たのは。

 

「な、何とかバレずに済んだ...。緊張して死ぬかと思ったわ...」

 

今の今まで神様を演じていたセリカは大きく息を吐きながらその場にへたり込む。

 

「素晴らしい演技でしたセリカちゃん...。流石、神社で巫女さんのバイトをしていただけはありますね...ぐすん...」

 

そんな彼女の横では、ホシノの言葉で感極まったノノミが嗚咽を漏らしている。

 

「やっぱり先輩を尾行して正解だった。この一万円があればスーパーで調味料が買える。残りのイセエビ、もっと美味しく食べられる」

 

「そうですね...。先輩が教えてくれなかったら私達、あと一週間近くこの島に滞在する羽目になっていました。私、後で船のチケット売り場行って来ますね。手続きが必要か調べないと」

 

「私はスーパー行って来るね」

 

「ま、待って皆...。もう少し休憩しましょう...」

 

セリカのその提案により、四人はその後も暫く境内で時間を潰していた。

 

シロコが今朝に提案した、「食べきれないイセエビはバレないようにホシノ先輩にプレゼントしよう作戦」。名前は勿論のこと、中々とんでもない形で実行してしまったがまぁ、結果オーライだ。

 

 

 

使ったお金 お賽銭:10000円

 

 

ホシノの残金 88000円...とシロコ達の残金 10000円

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