ホシノが先生と一緒にクジラに会いに行くお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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二話 柴関ラーメンへ

今日から休み、と言われたのでホシノは皆に礼と「それじゃ一週間後ね~。お土産期待してて~」という軽い別れを告げ、ひとまず学校を後にした。校舎を出た瞬間、風が運んで来た砂が鼻に入り、ホシノは小さくくしゃみをする。

 

「う~ん、どうしようかなぁ...」

 

10万円。これだけのお金があればかなりの贅沢が出来るだろう。広告で良く見る、百鬼夜行にある高級旅館に泊まることだって、スイーツ店をひたすらにハシゴすることも夢じゃない。

 

「でも、そうじゃないよね...」

 

これは自分の心を癒す休暇なのだ。ノノミ達は自由に過ごしてくれとは言ってくれたものの、ふかふかの布団でお昼寝をしたり、美味しい料理やスイーツをたらふく食べたところで、心の傷が癒えるとは到底思えない。そんなことでユメ先輩の死を乗り越えられるなら、良くも悪くも今の自分はここにはいないのだから。

 

一瞬「お金は一切使わず返済に回し、休みが終わるまで自宅に引きこもってようか」とも考えたが、それはそれで疲れそうだし、何より皆が用意してくれたお金を使わないというのも失礼に当たる気がする。

 

「とりあえず、何か食べよかな。あそこなら話を聞いてくれる人もいるし」

 

これ以上ごちゃごちゃ考えていても何も始まらない。そう考えたホシノは普段皆と腹ごしらえをしている”あの店”に向かった。

 

 

 

「お、いらっしゃい。こんな時間にホシノちゃん一人ってことは、もしかして例の計画が始まったのかい?」

 

暖簾をくぐると、柴大将の景気の良い声がホシノの耳を通り抜けた。彼女が向かった店、それは勿論柴関ラーメンの屋台だ。お昼にはまだ早いこともあり、誰も座っていないカウンター席の一つにホシノは「よっこいしょ」と座る。

 

「あれ、大将知ってるの。もしかしてセリカちゃんが何か言ってた?」

 

「あの子が聞いてもいないのに自分から言って来たんだよ。それはそれは嬉しそうな顔でさ」

 

「相変わらずセリカちゃんは可愛いね~」

 

ツンデレ後輩の見えないデレをまた一つ知り、ホシノはにまにましながら大将からコップとメニュー表を受け取る。

 

「何にしよっかな~」

 

「たらふく食っていっていいんだぜ、お金持ちさん?」

 

どうやらホシノが大金を持っていることも知っているのか、大将は潰れていない片方の目でいたずらっぽくウインクをした。

 

「うへ~。おじさんの胃袋じゃラーメン一杯が関の山だよ~。柴関ラーメンだけに」

 

本物のおじさんの如くしょうもないギャグをかましつつ、ホシノは見慣れたメニューを眺める。

 

オーソドックスな柴関ラーメン580円。それに味玉をこれでもかと乗せた味玉ラーメン650円や、チャーシューが山になっているチャーシュー麺750円。そしてそんなトッピングが全て乗った、柴関ラーメン特盛1000円。

 

常に金欠なアビドスのお財布にも優しい、リーズナブルな価格設定の柴関ラーメン。けれど今言ったように、小柄なホシノでは普通のラーメンだけでお腹いっぱいだ。お世話になっている大将にお金を落としたい気持ちはあるけれど、それで無理をして残すようでは本末転倒なので、ホシノは大人しく普通のラーメンを一杯だけ頼むことにした。

 

「それじゃいつも通り柴関ラーメン一つ...あれ?」

 

しかしメニューの写真を指さした時、ホシノは隅っこに見慣れないものがあるのに気付く。

 

「期間限定のシャーベット...?」

 

「あぁそいつかい?」

 

大将は少し困ったように鼻を掻く。

 

「実は最近親戚がアイスのキッチンカーを始めてね。店の宣伝も兼ねて、うちに何種類かメニューとして置いてくれって頼まれたんだ。お客さんからはしょっぱいラーメンの後にはぴったりだって好評なんだけど、ラーメン一筋でやってきた身としてはこんなお洒落なものをうちで出していいものかって、ちょっと複雑な気分さ。でもま、身内が作ったものが評価されるのは嬉しいから、良かったらホシノちゃんも食べてみてくれ!」

 

ホシノの顔がぱっと明るくなる。先程ラーメン1杯が関の山とは言ったが、おじさんを自称していようと心は女子高生。甘いものは別腹だ。

 

「本当!?それじゃラーメンとこのイチゴのシャーベット下さい!」

 

「スイーツに喜ぶ当たり、やっぱりこの子も普通の女の子だな」と思いつつ、大将は「あいよ!」と気前よく返事し、早速調理に取り掛かった。ラーメンとシャーベットを待つ間、ホシノはまだ肌寒い風に時折肩を震わせながら、足をぶらぶらさせている。しかしラーメンを一玉茹で始めた時大将が

 

「なぁホシノちゃん。この後の予定は何か決まってるのかい?」

 

と、聞いて来た。

 

「ううん、何も。でも一週間もあるし、流石に何処かにお出かけはしようかなとは思ってるよ」

 

「そうかい」

 

大将は、手持ち無沙汰な様子でコップに付いた結露を指先で拭うホシノを見下ろす。

 

 

 

「ホシノ先輩が幸せな時間を過ごせるように、私達全員でお金を稼いでいるんです!」

 

 

 

それ以上のことはセリカは何も言わなかったし、大将自身も詮索をするような真似はしなかった。でも、わざわざお金を用意し長期の休暇を設けてまで休ませようとするのだから、この少女の心に何かがあったのは、間違いではないだろう。

 

進んで行く砂漠化。減っていく人。それとは反対に減らない借金。そしてついこの間キヴォトスを覆った、赤く焼けた空...。大人ですら到底背負いきれない責任と厄介事を、この子達は互いに手を取り合いながら解決しようとしている。心を病まないほうが、おかしいくらいだ。

 

しかし、だからといってそこから逃げろ、なんて無責任なことを簡単に言うことも出来ない。対策委員会としての活動は彼女達のたった一つの居場所なのだから。故に大将は麺がゆで上がる間、ホシノにこんなことを話した。

 

「なぁホシノちゃん。ホシノちゃんは『セロトニン』ってホルモンを知ってるかい?」

 

「せろとにん...?」

 

聞き慣れない言葉に、ホシノは首を傾げた。

 

「いや、俺も前にちょろっと本で読んだだけだから詳しいことは分からないんだがね。人の身体は色んなホルモンがあって、それが感情とか身体の調子に関わってくるっていうだろ?その一つがセロトニンってやつなんだが、こいつは別名『幸せホルモン』と呼ばれていてね。精神を安定させてくれたり、睡眠の質を高めたり、色んな効果があるらしいんだ」

 

心臓の奥のほうが、僅かにつきんと痛んだ。精神が安定、睡眠の質が高い。かつての自分とは真反対の状態だ。いや、過去と比べればマシになっただけで、今も大して変わってはいないけれど。

 

「そしてこいつを増やす方法として運動や日光浴、旅行やお出かけをすると良いって言われているんだ。だからホシノちゃん、お節介だったら申し訳ないんだけど、この休暇でそういうことをやってみたらどうかな?例えば登山をしてみるとか、砂浜でのんびり読書をしてみるとか。ホシノちゃんは若いからあちこち色んなところを見て回りたいかもしれないけど、敢えて一つのところに留まって流れる時間に身を任せるのも、中々乙なものさ」

 

そこまで言い終えた大将は「おっと麺が...」とラーメンのほうに注意を向け、それ以上何も語らなかった。

 

(のんびり、流れる時間に身を任せる...か...)

 

ホシノは結露がすっかり落ちたコップをそっと握った。ひんやりとした感触が掌全体に伝わって気持ち良い。

 

(でもお昼寝とかはいつも教室でやってるしなぁ...)

 

ただひたすらに、のんびりと。それは彼女の専売特許と言っても過言では無い。普段からやってることにわざわざ取り組んでも、貴重なお休みを無為に消費するような気がしてならない。でも他に良い案がある訳でもないので、ホシノはラーメンが出て来る間、柴大将のアドバイスを軸に色々考えてみることにした。

 

(登山とかは疲れるだろうけど、砂浜で読書とかは何か良い感じかも!砂浜だったら目の前に海もあるし...。あれ、海...?)

 

そこでホシノは目を見開く。そうだ、何で今まで気付かなかったんだろう。

 

海。それは自分の大好きな魚が沢山いる場所。そして去年の夏、先生と皆で遊びに行った、思い出の場所。今の時期では流石に泳ぐことは出来ない。だけど、優しい波の音を子守歌にしてお昼寝したり、沈む夕陽や、その上に瞬く星を眺めたあの時間は確かに、普段のごたごたを全て忘れ、穏やかな時間を過ごすことが出来ていた。

 

あの時間をまた経験することが出来れば、自分の中の何かが変わるかもしれない。そう考えたら、決断は早かった。

 

(決めた...!この一週間、私の大好きなお魚さんや海に沢山触れてみよう!)

 

「ほいお待たせ。ラーメンね...どうしたんだい、ホシノちゃん?何処か行きたい場所でも見つかったのかい?」

 

喜びが表情に表れていたのだろう。ラーメンを渡して来た時、大将がそう聞いて来た。

 

「うん!ありがとう大将!それに今日の予定ももう決まったんだ!」

 

「そいつは良かった。じゃ、さっさとラーメン食べちまわないとな。シャーベットはラーメンを食べ終わった後でいいかい?」

 

「お願いします!」

 

ホシノは晴れやかな笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

使ったお金

紫関ラーメン 580円

イチゴのジェラート 420円

 

ホシノの残金 99000円

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