ホシノが先生と一緒にクジラに会いに行くお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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三話 アクアリウムにて

「ごちそうさまでした!シャーベット、とっても美味しかったよ!」

 

「おう毎度あり!楽しんできなよ!!」

 

ラーメンとシャーベットをペロリと平らげ、大将にごちそうさまを告げたホシノは再び暖簾をくぐり、良く晴れたアビドスの空の下で深呼吸をする。この付近は大将がラーメン屋を屋台で営める位には砂の影響も少なく、故にホシノも、心地の良い乾いた空気を好きなだけ吸うことが出来た。

 

「それじゃあ、行きますか~」

 

腹ごしらえも終え、気分転換も済ませたホシノは、のそのそマイペースな歩みで最寄りの駅へと向かう。時間はもうすぐで正午になる。今から海に向かうのでは流石に時間も準備も足りない。だからホシノが足を運ぼうとしているのは、海や川でなくてもそこで暮らす生き物達と触れ合える場所だった。

 

 

 

チケットを買い、ゲートを通る。映画館を思わせる薄暗い通路を進んだ先に広がっていたのは、沢山のグロテスクな深海魚が泳ぐ、冷たく暗い大きな水槽だった。ホシノはワクワクが止まらない心に従い、小さな子供のようにその水槽を覗き込んだ。ホシノの目の前を、顎が異様に突き出したエイリアンみたいな魚がゆらゆらと泳ぎ去っていく。

 

「相変わらずあなた達は変な形しているね~」

 

ホシノがラーメン屋の次に訪れた場所。それは以前先生と来た水族館(アクアリウム)であった。今ホシノがいる深海魚館だけでなく、熱帯魚館やペンギン館、外洋に住むサメやマグロ等の大型の生物を展示している海のトンネルや、定番のイルカショーまで、多種多様な展示があるこの水族館は、以前かなり駆け足で回ったにも関わらず、全ての水槽を見ることは叶わない程大規模なものだ。故に今回ここに足を運んだのはその時見れなかった水槽を見る為...だけでは無かった。

 

ホシノは暫く水槽に張り付いていたが、やがてそこから離れ次の水槽に向かう...のではなく水槽の端に設置された魚の説明を熱心に読み始める。

 

(魚に沢山触れるって決めたんだから、この位は読んでおかないと...)

 

魚の姿を追うのに夢中で、以前来た時の自分も含めた多くの人がスルーするか軽く読むに留めるような、魚達の生態が記載されたパネル。しかしいざ真面目に読んでみると「この魚は何故こんな姿をしているのか」とか「どんなものを食べているのか」とか、魚に対する興味を高めてくれるような情報ばかりで、何時しかホシノはパネルと水槽を何度も交互に見返し、説明を読んでは水槽の中からその魚を見つけて心の中で一言感想を呟く、という行為を始める程に熱中していた。

 

(えっとこの魚は...あ、見つけた!アブラボウズなんて変な名前だけど、見た目は大きくて怖いね...)

 

水槽の奥のほうでじっと動かない、体長2メートルはあろうかという巨大魚を最後に見つけ、ホシノは深海魚館を後にした。留まった時間は以前の倍以上だろうか。しかし大好きな魚の知識を深められたお陰か、二回目の訪問であるにも関わらず、得られた満足感は負けず劣らずだった。

 

「そしたら次は...確かこの前は熱帯魚館のほうを先生と見たからこっちに行こうかな」

 

分岐路に来たホシノは以前時間が無くて回ることが出来なかった「サンゴ礁館」の案内が立つ順路を進んだ。エメラルドグリーンの光が漏れる曲がり角を通り過ぎ、ホシノは未知の展示に辿り着く。そしてそこに広がる光景に、息を飲んだ。

 

「きれい...」

 

キヴォトスの空と見紛うような、どこまでも澄みきった水。そんな透明なパレットを鮮やかに彩るのは、様々な形のサンゴと魚達。サンゴは脳みそのような丸っこいものや木の枝のように枝分かれしたもの、更に岩のようにゴツゴツしたものからスポンジのように柔らかそうなものまで、色や形、見た目すら十人十色だ。そんなサンゴたちの隙間を、これまた色とりどりの魚達が自由気ままに泳いでいる。水があまりにも透明な為、遠目では宙に浮いているように見えた。

 

更にサンゴと魚が暮らす水槽の底には真っ白な砂が敷き詰められ、水面から注ぐ木漏れ日のような光を反射してキラキラと輝いている。魚とサンゴに更なる彩りを与えているその砂は、見るのも嫌になるアビドス砂漠の黄色い砂とは異なり、見ているだけで心が和らぐ、美しさと神秘さを帯びたものだった。

 

「きれい...」

 

ホシノはゆっくりと水槽に歩み寄りながら、うわ言のように再びそう呟いた。

 

 

どうしてこの前こっちに来なかったんだろう。こんな綺麗なものを、私はスルーしていたんだ...

 

 

別に熱帯魚館がつまらなかったとか、そういう訳では決してない。ただ、直感でそう思わせてしまう程、サンゴと魚が織りなす絵画のような光景に、ホシノは心奪われていた。

 

空色の小さな魚達が群れになり、サンゴの上を舞う。先程のアブラボウズと同じ位大きい、顎と頭が飛び出た極彩色の魚が水面付近を悠々と泳ぐ。それが生み出した影に驚いたのか、砂の上で休憩していた平べったい魚がぴょこんと泳ぎ出し、岩の隙間に素早く身を隠す。一方で同じように砂の上でのっぺりと佇んでいたナマコとヒトデは微動だにせず、水面で絶えず形を変える波の影をその身体に落としている。

 

夜のように静かだった深海魚達とは大きく異なり、ここの魚達は皆生命力に溢れ、活発に動き回っていた。そんな魚達の姿を、過ぎる時間も忘れて追っていると

 

「ホシノ...?」

 

不意に背後から声をかけられた。この声は、良く知っている声だ。馬鹿でどうしようもない自分をいつも傍で支えてくれる、深い海のような優しさを持った声。その主は勿論...

 

「ユメ先輩...?」

 

「え...?」

 

ぼんやりと振り返った先にいたのは、私服に身を纏った先生だった。連邦生徒会の制服をきっちり着こなしている普段とは大きく異なり、ジーパンにパーカーという、随分とラフでカジュアルな服装をしている。

 

「あ、あれ...あれ!?どうして先生がここに!?」

 

「それは私の台詞だよ!今日平日なのに、どうしてここにホシノがいるの!?普通に制服着てるし!」

 

予想だにしていなかった出会いに、互いに目をぱちくりさせる二人。その驚きのせいなのかは分からないが、先生は自分をユメだと勘違いしたことについて、何も言及しなかった。

 

「まさか会議サボって一人でお出かけに来た訳じゃないでしょうね...?」

 

「そんな事したらアヤネちゃんに殺されちゃうって!これには深い訳があるんだよ...」

 

先生にあらぬ疑いをかけられたホシノは慌てて事の次第を説明する。

 

「なるほどね...。だから息抜きの為にまずは水族館に来たってことか。ホシノ、海の生き物好きだもんね」

 

ホシノはこくんと頷く。

 

「そっかそっか。疑ってごめんね。それにしても休暇だけでなくお金まで用意してくれるなんて、ホシノは本当、良い後輩を持ったね」

 

「そうだね~。先輩冥利に尽きるとはこの事だよ~。それはそれとして、何で先生がここにいるのか、そろそろおじさんに教えて貰ってもいいかい?」

 

先程先生自身が言ったように、今日は平日だ。普段ならシャーレの業務に忙殺されてヒイヒイ言っている彼女がここにいるのは、ホシノと同じように不自然なことだ。

 

「それはねホシノ。実は先生も今日から有給休暇で、一週間のお休みに入っているからなのだよ!」

 

「うへ~!?というかシャーレって、有給なんてあったんだ」

 

奇遇にも先生と全く同じ期間で長期の休暇を取れた。それを知ったホシノが開口一番に放ったのはそのことに対する喜びではなく、シャーレの希薄な福利厚生についてだった。

 

「ツッコむのそこかい!シャーレも流石にそこまでブラックじゃないよ。というか流石にその位の休みが無いと、おばさん過労で死んじゃう...」

 

「お互い大変だね~」

 

女子高生と20代後半の女性のやり取りとは到底思えない、言葉の節々から日頃の疲れが漏れ出ている会話を、二人はサンゴの水槽の前で繰り広げる。それぞれが放つ生命力の温度差で、風邪を引きそうだ。

 

「それじゃ先生も海の生き物を見て癒される為にここに来たんだね?」

 

「そうだね。でもこの水族館は私にとって、それ以上の意味があるかな...」

 

先生はホシノの横をゆっくりと横切り、ホシノがついさっきまで心奪われていた水槽の表面に指でそっと触れる。

 

「実は先生、このキヴォトスに来る前はね、趣味でスキューバダイビングをしていたんだ。だから私にとってこの水族館は、今じゃもう中々見られない海中世界を味わえる、ただ一つの場所なんだ」

 

そう告げて来た先生の横顔は、少しだけ寂しそうだった。

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