ホシノが先生と一緒にクジラに会いに行くお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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九話 シロコ、密漁をする

放心状態で店の棚に商品を全て戻し終えたノノミは店を後にし、小さな駐車場の隅で隠れるようにして自分を待っていたシロコ達に事の重大さを伝えた。

 

「え~ッ!?じゃ、じゃあ私達、帰りの船まで飲まず食わずってコト...!?」

 

「せ、セリカちゃん、声が大きい...」

 

つい大きな声を出してしまったセリカと、彼女を嗜めるアヤネ。そんな二人の横で、シロコは力無くふらふらと横に揺れるノノミを心配する。

 

「...ノノミ、大丈夫?」

 

「あはは...。これからどうしましょう私達...。それに私が、ショッピングに失敗するなんて信じられません...」

 

うわ言のようにそう呟いた後、何とノノミはそのまま意識を失い、背中から後ろに倒れ始めた!ひび割れたアスファルトに彼女の後頭部が打ち付けられる前に、辛うじてシロコが体を支える。

 

「う、嘘ッ...!?ノノミ先輩、気絶しちゃった、の...?」

 

「うん。買い物が出来なかったのが、ショックだったみたい」

 

「庶民には分からない感覚ね...」

 

「ここまで来るともう庶民とかお金持ちとか関係ない気が...」

 

シロコはノノミをひょいと担ぎ上げると自分のキャリーケースを枕にして彼女をそっと寝かせ、ホシノに貰ったマフラーを間に挟んだ。目を覚ますまで、こうしておく他ないだろう。

 

「さて、皆。これからどうしようか」

 

ノノミを安置したシロコは二人に問いかける。今、自分達が置かれている状況がノノミが伝えた通りならば、かなり不味い。

 

「私、普段からスマホ決済使っているから、私も現金の持ち合わせが無いんです...。今回の旅はノノミ先輩に任せてたから猶更...」

 

「私も...。シロコ先輩はどう?」

 

「ちょっと見てみるね」

 

シロコは制服のポケットに手を突っ込んで少しくたびれた財布を取り出すと、中身を確かめた。

 

「全部で540円...」

 

嫌な沈黙が、三人を包む。四人で一週間近くを凌ぐのには、足りな過ぎる所持金だ。

 

「ね、ねぇ!ホシノ先輩には先生が付いてるし、私達が見守る必要なんてもうないんじゃないかしら...!?だから先に...」

 

「こことキヴォトスからの船、六日に一回しか出てないみたいですよ...」

 

ため息交じりに、呟くようにして漏らしたアヤネの言葉に「嘘...」と固まるセリカ。

 

「やっぱりもう、先生に頼るしか...」

 

「それはダメ!」

 

しかしアヤネのその提案を、シロコは強い言葉で拒否する。

 

「私達抜きでホシノ先輩に休日を楽しんで欲しいって言ったのはノノミ。なのに気絶してる間に私達がここに居ることがホシノ先輩にバレたって分かったら、ノノミ絶対に悲しむ。だからそれだけは、しちゃいけないと思う」

 

そう。シロコの言う通り、そもそもこの計画の立案者はノノミだった。ユメ先輩を失ってからのホシノと最も長く関わって来た彼女だからこそ、先輩を想う心は人一倍強かったのだろう。それなのに自分の知らない内にその計画が破綻したとしたら、より一層悲しんでしまうのは分かりきったことだ。

 

「だったらもう覚悟を決めましょう!私達はこれから本当に飲まず食わずで...」

 

「ん、その必要は無い。帰るまでお腹空かずに過ごす方法はある」

 

そこでシロコはやたらとキリッとした表情になった。「本当!?」と、パッと表情を明るくしたセリカと対照的に、嫌な予感がしたアヤネはゆっくりと目を細める。

 

『シロコ先輩、その方法って...?』

 

二人同時に尋ねたその問いに、シロコは一呼吸を置いた後、こう答えた。

 

「私が密漁をする」

 

「だからっ!!どうしてそうなるんですか!?」

 

先程と負けず劣らずの声量で声を荒げながら、アヤネはシロコの両肩に力強く手を置いた。

 

「でも他に方法ある?お金が無いからって島の人に助けてもらったりなんてしたら、それこそ先輩にバレちゃうよ?」

 

「...ッ!それは、そうですけど...!」

 

食糧確保の為という後ろ盾があるせいか、今度はアヤネに迫られても引き下がらない。怯んだアヤネに、シロコは畳みかける。

 

「大丈夫。海の環境を壊すようなことはしないから。私達がこれから学校に帰るまで、お腹を空かさずにいられるだけの魚を獲るだけ」

 

アヤネは何も言わない。しかし、自分の肩を握る手が、少し弱まったのをシロコは確かに感じる。

 

「ねぇアヤネちゃん。ここはシロコ先輩に任せてみない...?確かに密漁って犯罪だけど、私達もう銀行強盗っていう前科がある訳だし、それに比べれば密漁って可愛いものだと思うわ...」

 

「そういう問題じゃありません...!」

 

そう言いつつも、アヤネは深いため息を漏らしながらシロコの肩から両手を放す。

 

「アヤネ、任せてくれる?」

 

アヤネは両の瞳をこれでもかとときめかせているシロコの顔をじっと見る。残念ながら今の自分に、この型破りな先輩を押さえつけていられるだけの”札”は無い。自分だってこれから一週間近く飲まず食わずで過ごすのはごめんだ。それを遂に悟ったアヤネは仕方なさそうにこう告げた。

 

「...分かりました。シロコ先輩、よろしくお願いします。でもくれぐれも気を付けて下さいね?」

 

「ん。ありがとうアヤネ」

 

アヤネの同意を得たシロコは満足げに頷く。

 

「そしたらそろそろ人目の無いとこ移動しよう。荷物置いたら私、海行って来るね。お昼ご飯、期待してて」

 

 

 

そうして島の小山に登り、そこで東屋を見つけたアヤネ達はその東屋を仮の拠点にした上で、目を覚ましたノノミと共にシロコが帰って来るのを待っていた。そして時刻が12時を回った頃

 

「ん、ただいま」

 

と、いつものポーカーフェイスで、シロコが帰って来た。山を降りて行った時は身に着けていなかった水色のウエットスーツに身を包み、首からシュノーケルマスクをかけ、右手に銛と、左手に大きな足ヒレを持って。

 

「シロコ先輩、その装備...」

 

「村の中にあったダイビングショップから借りて来た。大丈夫、帰る前に返すから」

 

盗んだ訳じゃないと言うかのように、アヤネの問いに早口で答えると、腰にぶら下げていた大きな網を地面に置く。

 

「これが獲って来た魚ね!見せて見せて!」

 

セリカは興味津々と言った様子で網を覗き込む。

 

「うん。久しぶりに潜ったからあんまり沢山獲れなかったけど、今日の分の食事には困らない」

 

そう言ってシロコは、中に入った三匹の魚を取り出す。

 

「ハリセンボンと...右手の二匹は何て言う魚ですか...?というか、魚...?」

 

シロコの今回の漁獲。それは一匹の大きな大きなハリセンボンと、ぱっと見では苔の生えた大きな石にしか見えない、ずんぐりむっくりな体形の変な形の魚だった。ノノミが疑問に思うのも無理は無い。

 

「これはオニダルマオコゼっていう魚。身体に苔がついてたりこんな形をしてるのは、普段は砂や岩の上でじっと動かずにいるから...。あ、セリカ気を付けて。この魚背びれに毒針があるから。刺されたら洒落にならない」

 

シロコの説明を聞きながら、横でオニダルマオコゼを何気なく指で突いてたセリカは

 

「ちょっ、そういうことは先に言ってよ!」

 

と、猫のような素早さで手を引っこめる。

 

「というか、そんな毒持っている魚食べられるの?ハリセンボンもフグみたいなものだし...」

 

「セリカちゃん、ハリセンボンに毒はないんですよ」

 

「え、そうなの?」

 

はい、とノノミは頷く。

 

「前に本で読んだんですけど、ハリセンボンもフグの仲間だけど全身の棘があるから、天敵から身を守る為の毒は必要ないんです。それに普通のフグも最初から猛毒を持っている訳じゃなくて、毒を持っている生き物を食べて、それで少しずつ毒を溜め込んでいくんです。だから赤ちゃんの頃から与える餌に気を配れば毒の無いフグを育てることも出来るらしいですよ」

 

「ノノミの言う通り。それにオニダルマオコゼの毒はフグ毒と違って、火を通せば無毒化出来る。そもそも毒があるのは背びれだけだから、そこを除いちゃえば生でも普通に食べられる」

 

「へ、へ~。知らなかったわ...」

 

魚の知識を一つ披露したところで、シロコはもぞもぞとウエットスーツを脱ぐ。ウエットスーツの下には、以前皆で海に遊びに行った時に着ていた競泳用の水着を身に着けている。

 

「そしたらこの魚達料理するからもう少しだけ待ってて。セリカ、頼んでたやつ、買ってきてくれた?」

 

「勿論!バター、先輩のお金でギリギリ買えたわ!先輩の荷物の上にある袋に入ってるから」

 

「ありがとう」

 

シロコは魚を握ったまま、意気揚々と自分の荷物に歩み寄って行く。その様を、ノノミは目をぱちくりさせながら見ていた。

 

「え、シロコちゃんが料理するんですか...?」

 

「はい。ホシノ先輩へのお金を稼いでいた時、魚を買ってくれていた魚屋さんから捌き方とか美味しい食べ方とか、色々教えて貰っていたらしいんです。その時に要らない包丁とかまな板も貰って来たみたいで...」

 

シロコはここに来る途中で立ち寄った公園の水飲み場から汲んできた真水で手を洗うと、荷物から使い込まれたまな板と包丁を取り出す。

 

それぞれ危険な針を持つハリセンボンとオニダルマオコゼ。その上形も普通の魚とは大きく異なる彼らを、シロコは手際よく捌いていく。まず初めに皮を剥いで、針を含んだ食べられない部分を取り除き、次に腹を裂いて内臓やえらを外していく。体内に残った血を洗い流し、綺麗になった身を包丁を使っておろしていく。三匹の魚がみるみるうちに一口大の白身になっていく様を、三人は感心した様子で眺めていた。

 

「ん、出来た。アヤネ、ガスコンロとフライパンをお願い」

 

「分かりました」

 

アヤネが持って来てくれたガスコンロに火をつけるとフライパンに薄くバターを引き、魚達をそこに放り込む。

 

「美味しそう...」

 

辺りに漂う魚介類とバターが混じった良い香りに、セリカは思わず鼻をクンクンとさせる。そして―

 

「完成したよ。ハリセンボンとオニダルマオコゼのバター焼き」

 

火を止めたシロコは湯気が立ち昇るフライパンを東屋の中にある小さなテーブルの上に置き、それを皆と囲む。

 

『頂きまーす...』

 

一同、セリカがスーパーから持ってきてくれた割り箸で魚を口に放り込む。初めて食べる、シロコの手料理。果たしてお味のほうは...

 

『美味しいッ!!』

 

ハリセンボンとオニダルマオコゼはいずれも白身魚らしい、ほろほろとした食感の上品な味わいで、そこにバターの風味と塩味が程よく混ざり合っており、幾らでも食べられる位に絶品だった。あまりの美味しさに、5人はものの数分でフライパンを空にしてしまう。

 

「はぁ~っ、美味しかった!」

 

お腹いっぱいといった様子で、セリカは満足げに東屋の天井を見上げる。

 

「シロコちゃんにこんな料理スキルがあったなんて知らなかったです!」

 

「とっても美味しかったですシロコ先輩!出来れば普通に獲られた魚を食べたかったですけど...」

 

ノノミとアヤネの言葉に、水着姿のシロコは気持ちいい位のドヤ顔をして見せる。

 

「この位なら朝飯前。皆、これからの食事は任せてね」

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