時は、今よりはるか昔。
神様と人間が一緒に生活していた時代。
慈悲深き女神が統治する天界都市、“エンジェランド”と呼ばれる国があった。
その国は、人間を愛し、光を司り、慈愛を与える聖なる女神がいた。
その名を、“パルテナ”。
そしてもう一人、そんな女神とは正反対の闇を支配する、“メデューサ”と呼ばれる邪悪な女神。
天界都市はそんな二人の美しい女神によって治められていた。
光の女神であるパルテナは天空の神殿に住んでおり、日々人間が幸福で暮らしていけるように『奇跡』の加護を注いでいた。その女神の奇跡によって人間達は作物を育て、平和に暮らしていた。
だが、闇の女神メデューサは違った。
メデューサはとにかく人間を嫌い、嫌がらせとして作物を枯らしたり、人間を石像に変えて遊ぶという残酷非道な行為を繰り返していた。
無論、パルテナはそのことを許すことはできず、彼女を醜い化け物へと変えてしまった。
あの美しい姿はどこにもなく、綺麗な髪は蛇に、顔は見るのも恐ろしいほどに醜悪な見た目へと変え、地下深い冥府界へと追放した。
そんな醜い姿に変えられ、冥府界に閉じ込められたメデューサはパルテナを恨み、呪った。
だから。
パルテナの住む天空の神殿を乗っ取るために冥府界の怪物や悪霊と手を組んで、復讐という計画を企てた。彼女の力は邪悪すぎて、もはやパルテナ軍を凌ぐほどに脅威となった。そして、パルテナ軍との戦いに挑むメデューサは天界の象徴とも言える『鏡の盾』と『光の矢』に『ペガサスの翼』の『三種の神器』を奪い取り、そこにいた多くの人々をメデューサの魔力で石像に変えてしまった。
もはや成す術もなく、防戦一方だったパルテナは天空の神殿の奥深くに閉じ込められてしまう。
平和な国だったエンジェランド。
そこは恐ろしい怪物達に支配され、メデューサによって闇の国へと変えられた。
パルテナはそんな状況をどうにかしようと最後の力を振り絞り、地下深い冥府界に囚われの身となっている『
その天使の名は、“ピット”。
彼はパルテナ軍親衛隊の隊長を勤めていた勇者であり、幽閉されていた彼に弓矢の神器を与え、冥府界が手薄になっているチャンスを狙って脱出し、光を取り戻してもらうように天界にまで辿り着くように願った。
見事に冥府界、地上界、天空界の怪物を倒していったピットは奪われた『三種の神器』を取り戻し、その全てを装備してメデューサとの最終決戦に挑み、そして勝利した。
光を取り戻し、天界に平和をもたらした英雄ピット。
だが、二五年の刻を経て倒したはずの冥界の女王メデューサは、以前よりも統率の取れた冥府軍を率いて復活した。
地上と天界を支配してパルテナへの復讐を狙うメデューサ。
それを食い止めるために、ピットはまた立ち上がる。
彼だって以前より強くなっていた。
昔は弓しか使えなかったが、現在は『撃剣』、『狙杖』、『射爪』、『破掌』、『巨塔』、『爆筒』、『衛星』、『豪腕』といった数々の神器を使いこなし、再度メデューサを撃退する。
けれども、それはただの序章でしかなかった。
彼女を裏で操っていた、真の黒幕が姿を現したのだ。
そいつの名は、冥府界の神“ハデス”。
神々業界において指折りの実力者であり、血も凍るような恐ろしい存在─────ではあるが、口調や性格はひたすら軽くて、どこか遊び半分のように見える。常にふざけておちょくるような言動を見せてきて、黒幕でありながら享楽的な傍観者としての行動や会話が多くて、こっちの調子が狂わせられる。
しかし、ハデスの狙いもメデューサと同じく地上界や天界の混沌。
道楽および糧となる魂を得るためとして破滅と混沌をもたらすのを阻止するため、ピットはまた冥府界との戦いに挑む。
『真・三種の神器』を身に纏ったピットと激闘の勝負の繰り広げ、しかし彼の絶対的な余裕はいついかなる時でも崩れることなはく、いとも簡単に『真・三種の神器』をハエでも潰すかのような感覚で破壊した。
そして追い詰められたピットは最早絶体絶命という状況に陥ってしまったが、そこで予想外なことが起きたのである。
なんと、あの冥界の女王メデューサが横槍を入れるようにしてハデスに渾身の一撃を入れたのである。
助けに入った理由は大体想像が付くが、それでも敵対していたあのメデューサが窮地に陥ったピットを救ったのには誰もが驚いた。
彼女はそのまま力が及ばずにハデスの手によって消えていったが、そのチャンスを逃さなかったピット達は辛うじて損壊を免れた真・三種の神器の砲塔を用い、パルテナの『チャージの奇跡』により放たれたフルパワーの砲撃を受け、遂にハデスを消し去ったのである。
冥府軍を倒し、世界に平和を取り戻した天使ピットと女神パルテナ。
彼の英雄的伝説は語り継がれ、後世に名を残すこととなった。
そんな伝説となった彼らだが、その存在は次第に忘れていった。
冥府軍からの侵攻もなく平和になってしまった今、神や天使という存在は不要となり、彼らの中で信仰心というものは薄れていった。
ピットはかつて、自然の女神である“ナチュレ”にこう問われたことがある。
『なぜ人間の味方をしているのか』
その問いに彼は、『人間達は生き物の中で唯一“心”を持ち、信仰心を持っている。神を信じ、敬うのは人間だけ』と。
その信仰というものが薄れた今、彼らの伝説は半ば御伽話となり、風化していった。
神話となって残されても、その存在は人間には感知できない。
信ずる心を忘れた彼らには、ピット達など架空の存在。
だから女神パルテナ達はそれ以降地上に現れることはなく、人間達の平和な日々が過ぎ去っていくのを見守っていた。
いつかまた、冥府軍のような悪き存在が彼らを苦しめた時、またピット達は救うために現れるだろう。
やがて。
途方もない歳月が過ぎ、いくつもの国が滅び、作り直し、世界の形を変えていった現在。
彼らはまた神話の中でしか語られなかった存在を認識できるようになった。
神々が残した、『聖遺物』
それを人間達が見つけ、研究し、人類の発展を願って活用しようとした。
だが。
神が使う神器を人間が扱えるはずもない。
故に彼らは知恵を振り絞って上手く使えないかと聖遺物に手を加えた。
その代表例が、とある女性科学者が作ったシステム、『シンフォギア』
聖遺物の欠片のエネルギーを用いて構成される武装であり、“聖詠”と呼ばれる起動用の『歌』を聖遺物の欠片が感知することで発動する装備品。
現代の地球。
人類は、この聖遺物を巡って数々の事件を引き起こしている。
どれも規模が大きく、世界を滅ぼしかねないほどにまで発展している。
パルテナはかつてこう言っていた。
『欲に生まれ、欲に生きる、愚かで小さな怪物········まるで神様みたいだと思いませんか?』
これの意味がよくわからなかったが、今ならわかる気がする。
かつて神々だって、自分たちの欲のために戦いを起こしたではないか。
始まりは二人の女神だ。
元女神メデューサは趣味のために人間をいじめ、それに怒ったパルテナが彼女を醜い姿に変えて冥府に追放しなければ、冥府界に地上界と天界が戦争に巻き込まれるなんてことはなかった。そもそも、冥府界に落とさなければあのハデスにだって目をつけられなかった。
ナチュレだって、人間は醜いからと世界をあるべき姿に戻すために初期化爆弾を落としたりした。
それに、だ。
そのせいで、
つまり、神様だって人間と同じ、ワガママな存在なのだ。
だからこそ、だ。
彼らはどんなに愚かだと思っていても、自分たちに近い存在である人間達を、決して見捨てたりはしない。
そして。
今日もまた、そんな神様が起こしたワガママによって。
世界はまた混沌を極めていた。
これは人間と神。
その二つの存在が再び交差する物語。
少女の胸の歌。
女神と天使の再臨。
神話となる物語が。
今、始まる。
♡♥♡♥♡
「···············何か申し開きはあるか?」
「···············ッ!!」
晴れ。
とある山の頂上。
人間がやって来ることは出来ないその山には、神秘的な神殿があった。
法と秩序、この世のあらゆる出来事を管理するそんな神殿に『十二人』の人影が玉座に座っていた。
白石の円柱が並んで三角屋根が載り、その神秘的な建物の中央に通された『神々の伝令使』を待っていたのは、いつも以上に高圧的な『主神様』の不機嫌そうなお顔だった。
「め、面目次第もございません··············ッ!!」
もはや言い訳などできぬ状況、床に正座しながら顔中に脂汗を浮かべてボソボソと言う。
石造りの大広間は歴史ある織物で彩られ、外からは眩いほどの陽が差す。
太陽を通した光が照り返す美しい石材を磨き上げた神殿には、
貴婦人、戦乙女、拳闘士、恋愛マスター、戦人、狩人、豊穣、鍛冶屋、海王、聖火────様々な者達が螺旋階段のように設置された玉座に座っている。
この世界に生きる者であるならば、生まれた時から知っていなければならない。
地球の誕生以来、この世界を治めている『十二人の最高神』達。
中でも一番高い位置の玉座に腰を下ろしている『主神』。
見た目はまさに主神に相応しく、白く立派な口髭と顎鬚を生やした神秘的な男なのだが、その顔は不快そのものを表すように血管が浮き上がっている。
そんな主神に見下ろされているそいつは真ん中に座らされており、周囲に着席した神達たちから視線を浴びせられていた。
被告として法廷にでも立っている気分である。
本当ならお得意の嘘でこの場を切り抜けたいが、目の前の主神にそれは通じない。全知全能とまで言われ全宇宙の支配者という天空神に嘘をついたところですぐ見抜かれる。牛を五◯頭盗んだ時もすぐに犯人だとバレて『裁きの雷』を喰らったこともあるほどだ。
神々の伝令使は気圧されながらも全力で抗弁を試みようとするも、主神はその前に親指と中指を合わせてパチンと弾く。
「··············」
「ヒッ!?」
その動作の意味をわかっていたのか、思わず目を瞑って顔を庇う。
だが、いくら経っても何も起こらず、その場は静寂に包まれる。
異様なほど冷たくなった空間で、高い位置に座っている神は告げる。
「貴様の犯した失態のせいで、ワシは今力を失った。全知全能と言われたこの私が、だ。今では世界の流れさえも見えない。これがどういうことなのか、わかっていような?」
「は、はい··············ッ!!」
「つまりこういうことか? 貴様はワシの力の源である『神器』の持ち運びの最中に、うっかり転んでしまってよりにもよって地上へと落としてしまった··············と?」
「そ··············その通りでございます」
「··············」
無言。
その静寂が語っている。
予想はしていたが、大変ご立腹のようだ。
それもそのはず。
目の前にいる奴は笑い事では済まないような失態を犯したのだから。
「言ったはずだ·······どんな物よりも丁重に扱え、と。ワシにとって命にも等しい『神器』を、よりにもよって欺瞞に満ちた人間どもが跋扈する地上界に落としてしまった? 随分と思い切ったことをしてくれたものだ」
「い、今すぐこの私が探しに行ってまいりま─────」
「もう良い黙れ」
と、彼は手を振って話を遮った。
これ以上の話し合いは無駄と悟ったのであろう、彼はそいつを睨んだだけで動くことを禁じさせた。
苛立ちと諦め、そして、激昂。
「“ゼウス”·············地上へ落としたとなったら、私たちが回収するのは困難になる」
「··············わかっている」
“ゼウス”。
そう呼ばれた彼の隣の玉座に座っていた妻の“ヘラ”が、わかりきっていることを得意げな口調で言った。
だが──それは事実である。
地上への干渉をせず傍観の立場として世界を見守っていた神々が、何食わぬ顔で地面に足をつけるなどあってはならぬこと。
神聖なこの神が自ら出向いて、人間達が住む地上界に足を下ろすことなど、不愉快極まりない。
ゼウスは一息を吐いた。
ここの所、地上は騒動が続くばかりだ。
『先史文明の巫女の亡霊』
『月の落下』
『全世界分解』
『神の力の強奪』
まったく、平和な世の中というものは遠い。
そんな愚かな人間達が起こした地上に降り立つことすら嘆かわしい。
「となると、ここはあの『
海を治める神。
そんな彼の呟きに反対する者はいない。かつて彼も昔『あの女神』に力を貸した。故に『彼女』の実力を認めているつもりだ。
一同は顔を見合わせ、頷き合う。
鬼札を切るべき時は切るべきだ。彼女が拒まないのであればの話だが。
あの女神がまだこの世に存在していて良かった。
先の『冥府の神』との戦いの折、人々に恵みを与えていた女神は乱心して地上界を襲った事がある。
正気を取り戻してからは乱心していた間の償いというか、冥府軍の残党を浄化して回ったり等々していたが、民たちは一向に心を開いてくれようとしなかった。信頼関係は崩すのは一瞬だが積み直すのに相当な時間を要する········まったくもってその通りである。
ただ、そのせいで信仰心が薄れ、彼女の存在は忘れられつつある。
世界を救ったとしても、彼女が犯した罪が全て許されるわけではない。
しかし。
地上に降り立つことが許される唯一の存在。
その配下。
英雄と称えられた、『天使』
それに賭けてみるのも悪くない。
─────だが。
「もしワシのこの手に戻らず、人間共の手に渡るようなことがあれば、その愚かな人間と、あの女神と、その配下の天使共を冥界の底に突き落としてやる」
瞬間、世界に流れる『風』が一点へ集中した。
山の頂上、だけでなく世界中に。
そこへ暴風が集められた瞬間に雲は雷雲へと変わり、世界中の空が漆黒で覆われる。
周囲の全てが、闇に染まる。
神の怒りの余波が、地上だけでなく神々の皮膚に火傷のようなジリジリした痛みを植え付ける。
ゼウスは黙らせていた使えない伝令使を睨みつけ、
「あの女神に連絡を入れろ···········良いな?」
轟! という風のうなりと共に、いきなり頭上に浮かぶ雷雲が弾けた。
神の怒り。
その雲から発生するはずの『雷鳴』が轟くことはなく、代わりに世界中に怒号のような大雨が降り注いでいく。
♡♥♡♥♡
夜の闇が世界に広がっていた。
まばらな光源しかないその広大な空間は、かえって闇の色を強調しているようにも見える。
そんな世界の一部のとある場所。
遺跡が並ぶ光景。
そこは今もなお多くの謎が残されている。観光スポットにはなっているものの、その島の遺跡の中に入ることは禁じられている。遺跡からやや離れた辺りまでが観光スペースとして足を降ろすことを許されている。大体五百メートル四方といったところだろうか。
しかし今、周囲に人の気配がないのは、“稲妻”がその遺跡の周囲に瞬いているからだろうか?
完全聖遺物。
現代の技術では製造不可能で、遺跡から発掘される物は破損が激しい欠片の状態のものが大半を占めており、従来の力を遺した物はほとんど存在しない。しかし、損傷が少なくほぼ完全な姿を保っている『完全聖遺物』と呼ばれるものが僅かに存在する。
その一つ。
今まで見つからなかったのが不思議なほど、その聖遺物は光り輝いている。
バチッ! バリッ! ビリッ!!
迸る青白い閃光。
それは人によって見え方が変わる。
槍、杖、剣、矢。
どう表現しても構わないが、一番妥当なもので譬えるのならば、“雷”。
光が周囲に走ってから、一瞬遅れて轟音が鳴り響く。
空気を破る衝撃波に、そこにいた奴は耳を塞ぐ。
時代遅れなローブを着込んだ男。
異常現象の調査に来たというには少々不似合いな格好。しかしこれが『彼ら』にとっての正装だ。
「···············」
そいつはとある組織の生き残り。
古い時代から存在し、歴史の陰で暗躍してきた、謂わば秘密結社。
外部の人間に異端技術やその産物を提供し、同盟関係を結ぶこともあるが必要となれば容赦なく切り捨ててしまう。
いくつもの事件に関わっていた裏の存在。
しかし、
トップや最高幹部たちが死亡した事で組織は瓦解し、世界各地の残党も各国当局により検挙されていったが、全てが捕まったわけではない。
こいつもその一人。
あの忌まわしい小娘共によって追われる身となり、今では人に知られぬように隠れ家を転々としている。そんな隠れ家の一つがある場所で密かに暮らしていたところ、たまたまそれを見つけたといった感じだった。
こいつもかつては数々の事件の首謀者に裏で支援する形で深く関与してきた。
だから、今目の前にあるものがなんなのかは大体わかっている。
────手を出してはならぬもの。
それなのに無意識に手を伸ばしてしまうのは好奇心に駆られる欲か、あるいはその美しい光景に目を奪われてしまったか。
そいつは『それ』を掴む。
「!?」
瞬間、身体中の意識が奪われる。
思考が真っ黒に染まっていく。
意識が、巨大な何かに呑み込まれる。
「ああ──────ッ!!」
喉を震わせる。
「あああああああああああああああ──────」
地に轟くように。
「あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
天に響くように。
自分の頭を麻痺させ、自我を摩滅させるような感覚。
各地に散っていく力の余波。
血管がとんでもない力に蝕まれる。
全身に帯電する火花はもはや体の内側に留めておけず、余剰部分の青白い電流の蛇は手近な手すりや地面などに次々と散っていく。
「は···············ははッ!!」
そいつの唇の端が、歪む。
瞳が人外のように輝く。
溢れ出た火花は奇妙な軌跡を描き、金属製のものへ繫がって霧散される。
火花の凶暴な音色に驚いたのか、近くに留まっていた野鳥は急いで離れていく。
そいつは孤独の中で、歌うように言った。
「素晴らしい力だ···············これさえあれば世界だってッ!!」
楽しい夢でも語るように舌を滑らして。
それが自我ではないものであるということを知らずに。
強大な力に乗っ取られて、聖遺物を手にした瞬間に壊れたように笑うその姿が、覆い被さる闇のように見える。
引き裂いたような笑みが視界いっぱいに広がる。
よだれでもこぼしそうなほど大きく開いた口が何か罵声を放っている。
そこから先は、そいつの独壇場だった。
ゆらゆら、と。
死体のように歩いていくそいつは、もはや正気ではない。
光り輝く物体を手にして、
この島に大型台風もかくやというほどの稲妻を走らせる。