新・光神話パルテナの鏡〜雷霆の歌姫〜   作:織姫ミグル

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第7章

 

 

『行きますよピット!!』

 

「はい!! パルテナ様!!」

 

 

不意に天界にいるパルテナが叫び、すぐさま応答するピット。

 

 

『前方から強大な力を感じます────これがおそらくゼウス様の神器【雷霆ケラウノス】です。さらにその付近からも微かに神器の力を感じます』

 

「付近に別の神器ですか? 何でこんなところに?」

 

『力が弱すぎて何の神器かは解析できず不明ですが、その力を行使しているのは人間のようです。人の身で神器を使える理屈は現段階では分かりませんが、双方がぶつかり合っているのは確かです』

 

 

その言葉が終わると同時に、視界を遮っていた大きな雨の塊がさっと切れた。

 

雨の中突っ切って、限界まで速度を保って飛んでいたピットの眼下に急に雨ではない無数の『何か』がいっぱいに広がる。

 

地面を這うように跋扈している無数の怪物。

 

一匹一匹がそれぞれ違う形をしてフォーメーションを作り、それらがライブ会場に密集して地面を占領する様は異様と言えよう。

 

視線を奴らが見ている先へと振る。

 

円形の小さな舞台が見える。

 

ぽつりと横たわっているのは人間だろうか。黄金色の鎧を着て、その周囲には色とりどりの防具で身を固めた人間達が兵器を手に持って怪物達に勇敢に立ち向かっている。まるで日曜の朝に放送されていた戦隊ヒーローの撮影現場にも見えた。

 

だが。 

 

今目の前で起きているのはそんなフィクションのような甘い光景ではない。

 

あの怪物達、一目見ただけでもわかる。

 

あれは────触れたら即ヤラレテしまうような危険な存在だ。

 

もちろん、体の周囲に電流というヤバいものを纏っているというのもあるが、それ以前の問題だ。あの怪物達が通った場所を見ると炭のように分解されており、あれに触れたら危険だとわかっているのか人間達は飛び道具で応戦している。

 

けれど。

 

それでもかなり苦戦しているのか、怪物達の猛攻に押されているのは明らかだった。

 

 

『あれは────!?』

 

「パルテナ様?」

 

 

すると突然、頭の中からパルテナが驚愕するような声が聞こえてきた。

 

今起きている光景はピットの月桂樹を通して天界に生中継されているんだろうから、当然パルテナもたった今現場の状況を知ったとこだ。

 

それを見て、パルテナは声を荒げていた。

 

戦っている人間達────“鎧を身に纏った少女達”が一体何者なのかを知っているかのような口調でピットに命令する。

 

 

『急いで助けなさいピット! “彼女達”を死なせてはなりません!!』

 

「は、はい!!」

 

 

疑問なんて感じる暇もない状態でそれだけ言い、返事を聞いたパルテナはピットの背中の翼を鋭角に畳んで、舞台上目指して急角度のダイブに入らせる。

 

翼を思い切り震わせて猛烈な加速を生み出し、一気に音速の域に達する。

 

再び音速の壁に顔を叩かれたピットが一瞬目を閉じ、辛うじて目を開けた時には、今まさに倒れていた黄金の鎧を着た少女が再起した所だった。

 

後ろにいる蒼い女性とスーツを着た男を守るように立ち上がるが、その姿はあまりにも脆そうに見える。既に満身創痍のようで、だがそんなの関係ないというかのように笑っていた。

 

両手を広げて守ろうとする姿に他の少女達も声を荒げている。

 

手を伸ばし、必死に助けようと駆け出していたが、間に合うわけがない。

 

もう攻撃は眼前に迫っている。

 

雷の鎧を纏った男の手によって、死の直前の静けさが一瞬世界を包む。 

 

指先から放たれる閃光が、直撃する。

 

──────その瞬間。

 

 

 

ドドォォォオオオオオオオオオン!! 

 

 

 

爆音が大気を揺るがす。

 

対峙する両者の中央、そこに巨大な土煙が上がった。

 

パルテナの手によって隕石と化したピットが速度を緩めずに胴体着陸したのだ。その際に生まれた衝撃によって、その場にいる全ての者が時間を停止させたように動きを止めた。一体何が起きたのか、そこにいる全員が理解していなかった。

 

だが。

 

全ての視線が中央に集まった時、皆が同じようなことを考えていた。

 

 

 

「ウリャリャリャリャリャリャリャリャッ!!!!!!」 

 

 

 

聞こえた一つの声。

 

少年のような、若々しく正義感あふれるような、だが何故だか既視感のある声。

 

声を聞いた瞬間に、目の前にいる者の姿が“誰か”と重なった。

 

それはかつて、ツヴァイウィングの片翼として隣で一緒に歌ってくれた声。

それはかつて、自分を犠牲にしてまで少女を救う為の歌を歌ってくれた声。

 

そんな聞き覚えのある声を出しながら、目の前に降り立った人影は迷わずに手に持っている『黄金の弓』を振り回し、まるで『天使の輪』と思わせる美しく神秘的な光景を少女達の瞳に映し出す。

 

──────“天使”

 

聞き慣れた声の主は今まさに後ろにいる少女に迫っていたレーザーを四方八方へ飛び散らせ、だが完全に消し去ることはできていない。

 

消しても消してもキリがない感じで、地面につけた両足がじりじりと後ろへ下がっている。

 

 

(お、重い·········ッ!!)

 

 

武器を回す両手からビリビリと痛みを発した。ぎこぎこがりがりと、まるで歯の表面を鉄のヤスリで削り取っているような激痛が両腕全体を内側から舐め回すように走り回る。

 

攻撃を受け止める、などという感覚じゃない。 

 

弾いている中でわずかに突破してくる電流が体を蝕んでいるかのような、絶望的な力がギリギリと加わってくる。感電しないのはそうなる前にピットが電流を弾いているからで、その技はとある乱闘でも一◯万ボルトもの電力を発生させる電気ネズミの電撃を跳ね返すことだってできたほどだ。だが彼の防御も完璧ではなく、弾く際の動作の中にあるわずかな隙を突いて、ミリ単位の電流が彼の体を痺れさせている。

 

このまま疲労し、体力が尽きた瞬間に彼の体は電流に焼かれて真っ黒焦げになるだろう。

 

だがピットは退かない。

 

守るべき人間達を死なせないように、懸命に踏み留まる。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

ピットは振り返らない。 

 

振り返るだけの余裕もないし、何より人の命が懸かっているんだ。今この場で少しでも体勢を崩したら、それだけで致命傷だ。

 

だからピットは振り返らないまま叫んだ。

 

 

「え──────?」 

 

 

理解が未だに追いついていないのか、後ろにいる少女はピットを眺めて心臓が止まったような顔をしている。

 

目の前の光景が信じられないのだ。

 

相手が背中を見せているせいか嫌でも目に入ってくるその“翼”。コスプレにしては異様に質感が本物っぽく、彼が攻撃を受け止める場所、つまり風上に立っているせいか白い羽毛が弾く際の衝撃波で飛ばされてきて少女の頬にぶつかる。

 

今日の補習で習ったギリシャでの伝統的な服装に身を包んだ少年は、まさしく“天使”。

 

自分よりもかなり年下な見た目をした少年は、あの時自分を助けてくれた歌姫である“天羽奏”と同じように、眼前に迫るレーザーを弾き返していた。どうやって弾き返しているのかは分からない。その光景を現在進行形で目の当たりにしているのに、理解するための処理が追いついていないのだ。あらゆる事件に関わってきた彼女でも、目の前の光景は流石に初めてだ。

 

古代の亡霊に聖遺物の怪物、錬金術師に人形、そして神と戦った彼女でさえも理解できない、圧倒的に常識を超えた異次元の風景。

 

神話の中から飛び出してきた天使の少年は自分達を守ろうと奮闘している。

 

けれど。

 

 

「ふん」

 

 

攻撃を放っているローブの男は一瞬驚きはしたもののすぐに正気を取り戻したように表情を余裕で埋め尽くし、攻撃の威力はそのままに、だがそのレーザーを放つスピードを倍加させて更にピットの足を後ろに下がらせる。

 

 

「くッ!!」

 

「誰だか知らんが、愚かだな。この力に勝てるわけがないのに、身の程も弁えずに突っ込んでくるとは」

 

 

天使であるピットのことをただの少年としか思っていないのか、何にしても男は確かにこの場にいる全員が束になっても勝つことができない程の強大な力を手にしている。

 

 

主神ゼウスの神器──────【雷霆ケラウノス】

 

 

その威力はティターン神族を次々に駆逐するほどで、雷霆を放った瞬間に空間を満たし、威力は勿論のことティターン達は強烈な光で目をやられるのにも苦しめられたという。たった一撃で世界を滅ぼすほどの威力を持つオリンポス最強の武器である。

 

それを手にしている以上は余裕の態度でいられるのも、ある意味納得のいくことだった。

 

今ピットが手にしている神器は完全聖遺物ではあるものの、神々の世界の価値で測るとそれは人間の世界で言うところの拳銃程度のちっぽけな武器だ。

 

まさに天と地の差。

 

何もかも桁違いである。

 

しかし。

 

だからといってこの場を退くわけにはいかない。

 

 

「········ッ!!」

 

 

無理矢理電流のレーザーを押さえ続ける神器から悲鳴が聞こえようと、諦めるわけにはいかない。

 

 

「パルテナさまァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

『おまかせを!! 反射盤!!』 

 

 

ピットが叫ぶと同時、頭の月桂樹からパルテナの声が聞こえ、直後に目の前に“光り輝く壁”が出現。

 

その壁は破壊力に耐えきれず一瞬で崩れ去るが、効果は無事に発動された。

 

刹那、()()()()()()()()()()()()()()()()()、逆再生されるようにレーザーは主人の元へと戻っていく。

 

 

「!?」

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

驚愕する男、そして少女達。

 

突然の出来事に頭が追いつかなかった。

 

自分が放っていた攻撃がどういうわけか反射し、今まで少女達を苦しめていた一撃が襲いかかる。もちろん、体に電気を帯びている以上はその攻撃はあまり効果はない。だが、電気による感電の効果はなくとも、物理的な攻撃は通る。

 

その一撃は世界を滅ぼすほどの威力を持つ、オリンポス最強の武器。

 

ドン!! という衝撃によって全ての指の爪に亀裂が入り、真っ赤な鮮血が飛び散った。それを通過して顔面にまで打ち込まれた衝撃に耐えきれなかった男はそのまま後ろに倒れ込む。貫通した一撃はそのまま夜空に漂う漆黒の雷雲にまで到達し、雷鳴が轟く。

 

 

「な、に·······ッ!?」

 

 

突き刺さったのは、今まで自分が放っていた神の如く強大な力。

 

その威力は嫌というほど見てきたはずだ。その力でこのライブ会場を滅茶苦茶にし、何人もの命を奪ってきた。

 

だから。

 

そんな力を手にした者でも、その力をそのまま跳ね返されたら一溜まりもないだろう。

 

跳ね返したのは、ピットでもなく、ましてや理解が追いついていない少女達でもない。

 

 

『無事ですかピット!?』

 

「はい!! この通り何ともないです!! それよりもパルテナ様!! 助けてくれてありがとうございます!!」

 

 

元気いっぱいとでも言うように腕をぶん回しているが、傍から見たら少年が独り言を喋っているようにしか見えない。

 

周囲にいる少女達が訝しげな視線を向けていても、ピットはお構いなしに自分の主が“奇跡”を使って窮地を救ってくれたことを感謝していた。

 

パルテナ達、神々が使える加護の技──────“奇跡”

 

その効果は様々で、回復や攻撃、強化に変化、中にはそれいつ使うんだよっていうネタ的なものまである。

 

今使われたのは、弾を跳ね返す障壁を発生させる“反射盤”という奇跡。たとえ雷霆ケラウノスという凄まじい威力を誇る神器であろうと、奇跡の効果は発動する。無論、反射盤だって耐久度もあるので威力が高ければ高いほど壊れやすくなるが、それでも少しは跳ね返せる。

 

神の一撃が刺さったことでローブの男は顔面を思いっきり殴られたような無様な姿となり、鼻血を派手に噴き出していた。そして今まで余裕の態度でいられたからこそ、その事実が耐えられなかった。神として相応しい存在となった自分が、こんな天使のコスプレをしたようなガキにやられるなんて、プライドが激しく傷つき、怒りのあまり空間に電流が走り抜ける。

 

ズキズキと。

 

鼻を潰すような未知の痛みが男の集中をさらに削ぎ落とす。

 

 

「このクソガキがァァァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

吼える男の手から再び雷が飛び出してくる。

 

その力について男はまだ何も理解していないのか、一体どこからやってきたものなのかすら理解していないのに、人の身でまともにその力を振るおうとすれば神器の力に呑み込まれるのは明白だ。

 

つまり。

 

男は今、自我を失っているのだ。

 

一見すると自我を保っているように見えるが、あれは抑えていた本能が剥き出しになっている状態であり、普段の思考を塗り潰し、ただ破壊することだけを優先的に考えている。

 

力の正体を理解せず、自分を見失ってただ使っている状態。

 

だから形振り構わずに放てばその威力の反動を支えきれず、手の狙いは大きく外れてライブ会場のあちこちに雷が放出される。

 

その力によって怪物達を操っているのか、だが神器の力に耐えきれずに暴走を開始、主人の制御から外れて各々好きなように破壊していく。会場内のあちこちが分解されていき、外へと出ようとしているのがわかる。

 

 

「パ、パルテナ様!? アイツら一体何を!?」

 

『あれは“ノイズ”と呼ばれる、人類を脅かす認定特異災害です。元は互いの殲滅を選んだ先史文明期の人類により作り出された【人間だけを殺す兵器】でしたが、太古に建造された【バビロニアの宝物庫】が消滅してからというものオリジナルのノイズは絶滅しました。ですが、とある錬金術師に手によってその存在を再現し、今あちこちにいるノイズは“アルカ・ノイズ”と呼ばれる亜種的なものです』

 

「アルカ・ノイズ·······」

 

 

ピットは初耳という顔をする。

 

そんな太古からいた存在なのに気付かなかったのは、やはり出番がなくなってから地上の様子を見なくなったせいか。自分達が全く地上に干渉しなくなってから人間達はそんな恐ろしい怪物達を生み出していたのか。

 

パルテナはノイズ達の説明を続ける。

 

 

『ノイズは人間のみを殺すことを考えているため、おそらくこの会場の外にいる人々を分解しに行こうとしているのでしょう』

 

「何ですって!?」

 

『ノイズの特徴は、触れてしまえば一瞬で炭素化してしまうというもので、たとえあなたでも少し擦っただけでヤラレちゃいますよ』

 

「そ、それは恐ろしい·······ッ!!」

 

『ですがオリジナルのノイズと比較すれば防御性能が損なわれているため、触れてもすぐには死にませんが、それでも触れれば分解されてしまいます。何より、あのノイズ達は雷霆ケラウノスの力によって全身に電気を纏っています。触れたら分解される前に感電死する恐れもありますので、接近戦だけは避けなさい!!』

 

「了解です!!」

 

 

ならば優先順位は変更だ。

 

まずは危険なノイズ達を片付ける。

 

制御を離れたノイズ達は本能のまま動き、会場の外にいる人間たちの元へと進軍を開始。そうなる前にピットが喰い止めるべくジャンプして敵軍のど真ん中へと降り立つ。ざっと広場を殺気が埋めた。両者の間に、周囲はおびただしい数のノイズによって包囲されていたのである。誰も武器なんか手にしていない、にも拘らず、その誰一人でも、人間の一人や二人は簡単に処分することができると知れる恐るべき雰囲気が奴らにはあった。

 

包囲網がじりじりと狭まってくる。 

 

どこに目があるか分からないノイズ達からさえ感じる、突き刺さるような視線。 

 

本能が殺気となって発散されているようだ。 

 

その無数の殺意全てが自分に向けられている。紛れもない殺人兵器達がこちらに進軍している中で、ピットは何をしていたか。

 

 

「ここから一歩も外には出さないぞ!! 全員まとめてボクが倒してやる!!」

 

 

彼は恐れを抱かず、勇敢に立ち向かうつもりだ。

 

しかし、ノイズは命を奪うとなったら容赦しない。

 

本能のまま、そして神器の加護を受けて強化されたノイズは雑音まみれの咆哮を上げて跳躍した。 

 

全体的に楕円形で、そのくせ腹の方だけは平べったく現代的な液晶ディスプレイを思わせる部位があった。体は極端に短かったが、ピット目掛けてそれがぐうっと伸びた。体全体を溶かし、そして矢のように放たれるが如く迫り来る。

 

触れただけで感電、直後に骨ごと肉が塵と化してもっていかれる。 

 

 

「あ·······っ!!」

 

 

今声を漏らしたのは、少女達の中の誰かによるどよめきだったろうか。 

 

危険な状況に陥ったピットのことを案じてのことだろうが、そもそも彼女達は天使の少年の名を知らない。

 

だからこそ、そんな声しか出せなかったみたいである。

 

しかし、

 

 

「ふっ!!」

 

 

ピットとノイズの眼光が交差した瞬間、目にも止まらぬ速さで迸った閃光を何名かが目撃した瞬間にまた黙ってしまう。いや、彼女らはピットの一閃を喰らわす寸前、確かにノイズが五体満足の状態であったのを見た。

 

ノイズは銃弾も通さぬ高圧電流に覆われ、手も足もバネ仕掛けのごとく伸縮するのであった。 

 

 

そんなノイズが──────ピットを通過したと同時に爆ぜた。 

 

 

頭も、液晶ディスプレイみたいな首も腹も、全身まで全てが崩壊し、ノイズは塵と化して消え去った。

 

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

驚愕した表情を浮かべる少女達。

 

そこで初めて、彼女達はピットの右手に光っているものを見た。 

 

ピットは先程と変わらずに左手に黄金の弓を持っているだけで、もう片方の手には放つべき矢がなかった。

 

なのに。

 

急に何もないところから蒼く輝く“光の矢”が出現し、それをノイズが自分の体に触れる直前に放ってみせた。光の矢がノイズに突き刺さった瞬間、その体の制御機能は失われ、崩壊しながらピットを通過して消え去ったのだ。

 

 

「な!?」

 

 

その光景に男も愕然。

 

通常のノイズは一般銃火器は効かず、聖遺物の欠片を組み込んだシンフォギアという兵器でないと太刀打ちできず、だがアルカ・ノイズは分解能力を発揮するために位相差障壁のエネルギーを解剖器官に回す必要があったので防御性能が従来型よりも劣り、よって普通の武器でも駆逐可能という欠点を持つ。

 

とはいえ、分解機能がある以上は通常物理法則に対しては圧倒的に有利に立っている事に相違は無い。だから銃弾でも当たれば弾丸は分解され、マシンガンのような処理しきれぬほどの量を浴びせない限りはアルカ・ノイズは死なない。

 

しかし、この少年はたった一本の矢で倒した。

 

分解させることもなく、まるでシンフォギアと同じように倒してみせたのだ。

 

であれば、あの武器。

 

あれはおそらく男が持っているものと、そして少女達が身に纏っているシンフォギアと同じ聖遺物だろう。

 

その力をもって、天使の少年は全方位にいるノイズ達の殲滅を開始する。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

空高く跳躍したピット。

 

少女達には当たらぬように、下にいるノイズ達の位置のみを正確に把握し、弓を構えて迎撃体勢に入る。

 

直後。

 

激しい戦闘が全方位で聞こえ、すぐ雑音という名の悲鳴に変わった。 

 

地面の砂をはじき飛ばしてノイズの列が交差し、大穴つくられたその上空で少年が元気よくにこやかに微笑んでいた。

 

ピットのその誰でも微笑み返したくなるようなやる気に満ちた顔は、まさに天使を思わす笑みであった。 

 

だが、その下から立ち昇る悪臭は倒されたノイズの塵からあがる煙のものだ。一体あの聖遺物にはどのようなエネルギーが篭っているのか、倒されたノイズがいた場所には周囲を分解させなお炎を上げる見事な勝利を形作っていた。 

 

たった一つの弓から数千の矢が放たれたのではないかと錯覚するほどの圧倒的な連射速度。

 

目にも止まらぬ速さで一匹残らず殲滅。

 

悲鳴の跡も残さず、ノイズ達を消し去った。

 

 

「ッ!!」

 

 

男はもはや奥歯を噛み締めるだけで終わった。

 

あれだけの力を有しておきながら、使役していたノイズが一匹残らず倒され、そしてそれをやってみせた天使の少年が地面に舞い降りる。

 

天使を象徴する翼が彼の背でゆったりと羽ばたき、その神々しさに男の喉が砂漠のように干上がった。

 

常識的に考えれば、自分はあの少年には絶対に負けることはない力を持っている。

 

なのに。

 

体の隅々が、軋んだような危険信号を発していた。

 

常人だった頃の部分が本能を一生懸命に働かせているのはわかる。しかし、神の如き力を手にしたプライドがそれを認めようとしない。

 

男が感じた『恐怖』と『戸惑い』は、全て『怒り』へと変換される。

 

そんな怒りを抱いても、降り立った少年の神々しさに勝ることはない。

 

あらゆる現象を目にしてきても、まるで今まで自分が使ってきた常識が全部通用しないような、まったくもって別の法則が支配しているような────そんな妙な感覚が電流のように背筋を走り抜ける。

 

一目で分かる。

 

目の前にやって来たのは、“本物”だ。

 

神話に出てくるような、“本物の天使”だ。

 

人が動ける以上の速度で一斉掃射してみせた時点で、そいつは人間ではない。

 

 

「さあ!!」

 

「!?」

 

「ゼウス様の神器────“雷霆ケラウノス”を返してもらおう!!」

 

 

ビュオォ!! という風圧の爆音が鳴り響いた。 

 

ピットの背の翼が輝き、男から失われた神器を取り戻すために音速の領域に入ったのだ。

 

それ以上は何も言わず、神器を取り戻すための天使の手が男の胸の真ん中へと、 

 

────当たらなかった。

 

 

「あれ·······うわ!?」 

 

 

何もない虚空を突っ切って、ピットは驚愕に目を見開く。

 

そのまま壁に激突し、ピットの頭に星が舞う。

 

一体何が起こったのか、ピットの翼を操作するパルテナが狙いを間違えたのではない。 

 

突如として、男の体が消えたのだ。

 

 

「雷霆ケラウノス·······ギリシャ神話に出てくるゼウスの武器か」

 

「は!?」

 

「なるほどそうか·······これはいいことを聞かせてもらった」

 

 

頭上から聞こえてくる声。

 

ピットの慌てる様子を楽しげに眺める視線を追って上を見ると、青白い閃光を身に纏った男が宙に浮いていた。

 

その力の正体はすぐにわかった。

 

雷霆ケラウノスの力で電光石火の如く上空へ退避したのだ。

 

 

「この力は偶然手に入れたわけだが、まさかその力が世界をも滅ぼすことができる聖遺物であったとは。これは流石に予想外だ」

 

「今すぐその神器を返せ!! その神器の力は人間じゃ耐えられないほど強力なんだ!! このままだといずれ────」

 

「知ったことか」

 

「え?」

 

 

淡々とした声。

 

男は天使であるピットをジロリと見下し、

 

 

「世界を滅ぼす力を手にしておいてそれを手放す愚か者がいると思うか? せっかく手に入れたというのに、それを充分に使いもせずに素直に返すほど馬鹿じゃないんでね」

 

 

ピットが口にした力の正体を知ってから、男の表情はさらに愉快なものへと変貌した。

 

そんな男にピットは再び警告。

 

 

「それは────ボクだけじゃなく天界にいる神々に対する宣戦布告に等しいことなんだぞ? 今すぐに返さないと、怒ったゼウス様が地上を滅ぼすかもしれないんだぞ!?」

 

「ならばそのまま共に朽ち果てるさ。そもそもこの世界に未練なんてない。唯一あるとすれば·······()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

男の視線を追うように背後を振り返るピット。

 

あの戦隊ヒーローみたいな鎧を身に纏った少女達は、ピットと男の会話を聞いて目を見開いていた。世界を滅ぼすことができる神器を手にしているというのだから、あんな顔になるのも当然か。

 

首を横に振ったピットは一旦彼女達のことは置いておいて、男の方に視線を戻して叫ぶ。

 

 

「そんな自己中心的な理由で手放さないっていうのか!? このままじゃ、この世界が神の手によって滅ぼされちゃうんだぞ!?」

 

「しつこいな。だからこそ、未練を残さないようにこの力で復讐するのだ。というか、そもそも神話の中の存在であるゼウスが実在するのか? 仮にいたとしても、聖遺物が手元にない以上どうやって世界を滅ぼす?」

 

「·······ッ!!」

 

「今ゼウスの武器は我の手にある。雷霆ケラウノスは全宇宙を焼き尽くす威力を持つとされる絶対的な力。それがあれば、たとえゼウスでも我に敵う筈がない」

 

「驕り高ぶるのもいい加減にしろ!! お前一人の勝手な私情で善良なる人々を巻き込むな!! 返さないっていうのなら、力尽くで奪い返してやる!!」

 

 

ピットが駆け出す。

 

まるで飛行機が離陸するための助走をつける時のように勢いよく走り出して、天界にいる女神に叫ぶ。

 

 

「パルテナ様!!」

 

『飛翔の奇跡!!』

 

 

飛び出すように空中にいる男へと突っ込んでいくピット。ロケットのような体勢で弓を構え、光の矢を出現させて発射。音もなく空間を渡った光の矢は直線的な距離を無視して、速度を上げてダイレクトに男の浮遊位置に直撃する。

 

狙いは男の両肩と両足。

 

関節は狙わず丁寧に攻撃を放つ。 

 

たとえ傲慢な態度をとって人々を苦しめたとしても、相手が人間である以上は命を取る真似はしない。だが、天罰とも言える一撃は受けてもらう。

 

矢を致命傷にならない箇所に命中させて無力化したところで、神器を奪い返す。 

 

ピットは弓の名手、その腕前によって幾多もの怪物達を浄化していったのだから、確実に当たらなければおかしい。

 

けれども、

 

 

「!?」 

 

 

ピットは思わず声をあげる。 

 

バラバラと。

 

矢が男に当たる直前、高圧電流による激しい熱によって攻撃が無力化された。光の矢は電流に焼かれて塵と化す。

 

男はそれを確認したあと、優位性を取り戻したように、無礼にも本物の天使に刃向かった。

 

雷霆ケラウノスによる絶対的な力を使い、ピットの前まで空間移動したかのように距離を詰める。

 

 

「ふん!!」

 

「ぶッ!?」

 

 

ピットの顔面。

 

そこから衝撃が走り、その痛覚が電気信号によって脳に送られ、激痛を実感させられる。

 

ただ殴られただけで地面へと落とされ、だが雷霆ケラウノスの力の前では流石のピットでも敵わない。電気を纏った拳によって地面に叩きつけられた後、立ち上がろうとしても全身が痺れて力が抜けていく。両足がカクンと折れて、そのまま跪くように地面に倒れ込んだ。

 

奇しくも、天使である自分が下の人間に屈するように。

 

 

「たとえ天使であろうと、雷霆ケラウノスにはやはり勝てないようだな」

 

「く·······つッ!!」

 

「神々が世界を滅ぼすだと? 上等だ。ならば我はこの力を持って神々に挑み、そして打ち勝ってみせ、新世界の神となってみせよう!!」

 

 

馬鹿げた夢を小物っぽく語り出す男は、だがそれを実現できるほどの力を手にしたのも事実。

 

だからこそ、男は身の程も弁えずに神々への宣戦布告をした。

 

それが天界に届いたのか、それとも男の手に持つ雷霆ケラウノスの力の影響か、頭上に浮かぶ雷雲から雷鳴が轟いた。

 

────いや、違った。

 

 

「ウオリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」 

 

 

轟音を響かせたのは、少女だった。

 

少女が勇敢にも雷霆ケラウノスの力を手にした男に向かって、槍の如く突貫してきたからだ。

 

 

ドゴォォオオオオオオオオッ!!! と。

 

 

感電するリスクを承知で突っ込んできた少女は、その手に『何か』を掴んだまま男を吹き飛ばす。

 

瓦礫だった。

 

馬鹿力とも言えるほどの力を有した少女は、感電しないように会場内の瓦礫を持ち上げ、ぶつかる直前で投げつけて吹き飛ばしたのだ。

 

それは圧倒的で、

 

ピットには、これだけの状況で勇敢にも突っ込んできた人間が冗談のようにすら思えた。

 

人の身で瓦礫を持ち上げるほどの力があったとしても、相手は世界を滅ぼすほどの神器を所有しているのだから、挑むだけ無駄だと嫌でもわかっているはず。

 

────だとしても。

 

少女は、少女達は。

 

そんな事情を碌に把握していなくても、世界の危機となれば当然のように立ち向かうのだ。

 

 

「·······あなたが私達に酷い恨みを抱いているのはわかった」

 

 

少女の目がわずかに細くなり、

 

 

「だけど、そんな理由でみんなを巻き込むのだけは許せない!! 私達に復讐したいのなら、私達だけを狙ってよ!! 他のみんなは関係ないんだから、これ以上みんなを苦しませな────!!」

 

「お前達の事情に何故こちらが気を遣わないといけない?」

 

「え?」

 

 

少女の言葉に男は簡単に遮った。

 

瓦礫を電磁波によって退かし、無傷の状態で姿を現した男は少女を睥睨し、

 

 

「こちらの目的は確かに復讐だが、ただ復讐するだけでは物足りんのだ。お前達が苦しめば苦しむほど、ちゃんと復讐できていると実感できる。そのためならば、他の奴らがどうなろうと知ったことではない。むしろ、それで更にお前達が苦しむのならば、喜んで殺してやろう」

 

「そ、んな·······やめてよ。私達はみんなを守りたいから戦ったのに、なんで関係のない人を巻き込むの? 復讐したいなら、私達だけを狙えばそれで充分でしょ·······?」

 

「違うな、我の復讐はお前達ではなく────()()()()()()()

 

「!?」

 

 

男は薄く笑っている。

 

 

「お前達がこれまで守ってきたもの、そしてお前達が築き上げた平和さえも、我々“パヴァリア光明結社”にとっては不快極まりないものだ。お前達が我々から奪ったものと引き換えに平和となったというのならば、それを奪い返すことが何よりの復讐となる。居場所を奪い、存在さえも奪ったお前らには当然の報いだ」

 

「それ以外に·······戦う以外に·······私達があなたから全てを奪った罪を償う方法はないの!? 私達はちゃんと会話できるんだし、話し合って手を取り合えばきっと────!!」

 

「この期に及んでまだそんな燻った考えを捨てきれないとは·······やはり人間は人間である以上、どこまでいっても愚かな生き物だな」

 

 

少女の訴えに男があっさりと否定し、懐から何かを取り出す。

 

それを地面に叩きつけると、ノイズ達が出現した時と同じ魔法陣のような紋様が展開。

 

電流が走る恐ろしい外見をした男は少女を睨みつけ、

 

 

「それ以外の方法で償う方法はないか? あぁ、そうだな······強いて言うのならば────」

 

 

そして残酷な笑みを浮かべた。

 

 

「────冥府の奥底に叩き落とされるほどに深く絶望するがいい」

 

 

直後、男の姿が虚空へ消えた。

 

最強の神器、雷霆ケラウノスと共に。

 

 

「··············」

 

 

少女は拳を強く握りしめて周囲を見回した。

 

当然ながら、目に見えるような場所には移動していないだろう。奴ら、パヴァリア光明結社の錬金術師は陰から暗躍し、表に顔を出さないことで有名だ。今回は堂々と自分達の前に現れたが、隠れることに関しては奴らはプロの域を越え、存在自体を疑ってしまうほどにどこかに消え去った。

 

 

「··············くそ!!」

 

『大丈夫ですかピット?』

 

「はい。でもケラウノスが··············ッ!!」

 

『それについては心配いりません。先程も説明しましたがあの力は雷そのもので、世界各地で稲妻が発生していない中で、それでも発生している場所にあの人間がいるということ。居場所についてはこちらで調べますから、あなたは一度こちらへ帰還を』

 

「·········わかりました」

 

 

そうパルテナに指示され、ピットは落ち込みながらも頷いた。

 

すると突然、そこにだけ朝日のような陽光が射し込むように天から光が降り注いだ。

 

雷雲が広がる中でそこだけ晴れ、まるで天からお迎えが来たような光景には慣れたもので、

 

ピットの体は光に包まれ、無重力状態となり、そのまま天界へ──────

 

 

「ま、待ってぇッッッ!!!!」 

 

「え?」

 

 

目の前から声。

 

同時に、

 

 

「ふごっ!?」

 

「さっき言っていたこと詳しく聞かせ────」

 

 

などと言う少女だったが、ピットに抱き着いてきた時にはもう転送は始まっており、

 

瞬間、

 

ピットは少女に抱きつかれたまま、優しい光に導かれて天へと昇っていった。

 

その光景をただ見ていることしかできなかった他の少女達は『響!?』『『響さん!?』』『立花!?』『どこに行きやがったあの馬鹿!?』という声が交錯し、年長者である外国の女性とスーツを着た男は慌てながらも通信機を取り出してどこかに連絡を取る。

 

天使と共に、天に召されるように消えた“立花響”。

 

後に残されたのは、強大な神器の力によって瓦礫まみれと化した、悲惨なライブ会場だけであった。

 

 

 

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