先輩がおあつらえ向きの女すぎる   作:散髪どっこいしょ野郎

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僕と先輩

 朝は決まって両親より早く起きる。両手に消毒液を塗布してから、行動を始めた。

 

 

「……」

 

 

 朝食は摂らない主義だった。個人的にそうした方が集中できる。

 

 僕の通っている高校には学食がない。しかし弁当を用意する必要はなかった。朝やることと言えばシャワーを浴びて歯を磨くこと、後は所持品のチェックくらいだ。

 

 

「……」

 

 

 それらが終わった後は定刻が来るまで部屋でじっとしている。リビングは両親のテリトリーなため、なるべく行きたくなかった。

 

 ……時間だ。

 

 

「いってらっしゃい。頑張ってね!」

 

「……いってきます」

 

 

 ああ、今日もだ。母親からの舐め回すような視線を感じながら家を出た。

 

 

「おはよう、歯車くん」

 

「おはようございます」

 

 

 歯車。『回流(まわる) 歯車(はぐるま)』。それが僕の名前だ。

 

 玄関先で僕を待っていたのは先輩、

山紫(さんし) 水明(すいめい)』先輩。四字熟語がそのまま名前になっているという、実に覚えやすい人だ。

 

 さて、そんな先輩だが、僕とは中学時代からの付き合い(非恋愛的な意味で)だ。そして先輩は、僕にとって実に都合のいい存在だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「起立、礼」

 

 

 委員長の声に従い僕を含めた生徒たちが頭を下げる。辺りには円満な雰囲気が漂っていた。それもそうだ、今から昼休憩なのだから。

 

 教師が教室を出て行くと同時にざわめきの声が広がる。繰り返すがこの学校に学食は無いため、ほとんどの生徒が弁当を持参していた。

 

 席を合わせる音や教室を後にする足音など、青春特有の瑞々しさに満ち溢れている空間だ。

 

 そんな中、僕は一人で廊下を歩いていく。一応購買で簡単な軽食を購入できるが、そことは真反対の方向に歩いていた。

 

 

「先輩、入りますよ」

 

「うん」

 

 

 僕の所属する部活、天文部。その部室。先輩はいつも僕より早くそこにいた。

 

 

「はいこれ、お弁当」

 

「ありがとうございます」

 

 

 僕の昼食は先輩が作ってきた弁当。休日以外は毎日これだった。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 そして食事はいつも、二人きりの部室で。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「美味しかった?」

 

「はい。この上なく」

 

 

 その言葉に嘘はない。先輩は料理が抜群に上手く、贔屓目抜きに見てもそこらのレストランを優に超えている。

 

 食事が終わっても昼休憩はまだ二十分程ある。ではどうするのかというと、

 

 

「先輩、肩揉んでくれませんか」

 

「いいよ」

 

 

 先輩を顎で使ったり、

 

 

「先輩、お金出すんで焼きそばパン買ってきてくれませんか」

 

「いいよ。お弁当足りなかった?」

 

「いえ、好きなんです。焼きそばパン」

 

 

 先輩を顎で使ったりする。

 

 罪悪感が無いわけではない。他人をぞんざいに扱って晴れやかな気分になれる程Sじゃないし、そういう趣味があるわけでもない。

 

 ただこれは、先輩が望んだことだった。

 

 

『私のことは道具と思っていい。自由に使って』

 

 

 初めてそう言われた時は思わず目を剥いた。

 

 

『どうしてそんな、道具だなんて』

 

 

 戸惑いが含まれた僕の問いに、先輩は凜として答えた。

 

 

『私は、歯車くんのモノになりたい。利用されたい。歯車くんの望む私になりたい』

 

『…………』

 

 

 変な人だなあと思った。今でも思っている。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「起立、礼」

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

 面倒な授業とHR(ホームルーム)が終わり、生徒各々は方々に散っていく。後は校内清掃ぐらいしかやることがないため皆晴れやかな顔つきだった。

 

 家に帰れる。それは多くの人にとって喜ばしいことなのだろうが、僕はその例に漏れる。なんなら学校に住みたいくらいだ。

 

 元々高校生になったらひとり暮らしをする予定だったのだが、両親が許してくれなかったため家からの通学になっている。

 

 

「…………」

 

 

 無心で部室に向かっているとついあのことを思い出す。

 

 家に帰れば、温かい食事がある。ふかふかのベッドがある。

 

 生きている両親がいる。それはきっと幸せなことなのだろうが、僕はどうしても嫌悪感が拭えなかった。

 

 小さい頃からそうだった。

 

 両親は、恐らく僕のことを性的な目で見ている。

 

 小学校に上がった頃辺りから違和感を感じていた。不必要に体を触り、つむじからつま先までジロジロと視姦する。

 

 両親の情事に遭遇したことがある。同じような経験をした者は探せばすぐに見つかりそうだが、肝心なのはここからだ。僕の両親は硬直する我が子に向かって度肝を抜く発言を飛ばした。

 

 

『歯車もする?』

 

 

 心の底から、怖気が立った。両親への嫌悪感が頂点に達した。

 

 中学時代反抗してもあらあらと笑っていた両親。僕からも愛されてると信じきっている、理由なき信頼感。全てが気持ち悪かった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 嫌なことを思い出してしまった。こんな時は星座早見盤でも見るに限る。

 

 部室のドアを開けた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「今日は曇りだから部活は中止だね」

 

「……そうですか」

 

 

 また、あの両親の元へ帰らなければならない。

 

 

「帰りたくないの?」

 

「……まあ、そうですね」

 

 

 先輩に僕の家庭事情は伝えていない。あんな気持ち悪い記憶を、誰かに話すわけにはいかなかった。

 

 しかし何らかの理由で僕が両親を嫌っていることは知っている。普段の態度から察したのだろう。

 

 

「じゃあ今日はあそこのファミレスに行く?奢るけど」

 

「先輩がいいなら、お願いします。それと、お金は自分で出しますよ」

 

 

 先輩は訳あって多額の資金を得ている。ことある毎に奢ろうとしてくるのは便利だが、まるでヒモにでもなったようで嫌だから自分の分は自分で払っていた。

 

 今日はバイトがオフの日だ。時間潰しに付き合ってくれる先輩は、やはり僕にとって便利な人だった。

 

 

「ねえ歯車くん」

 

「はい?」

 

 

 夕飯は要らないことをコミュニケーションアプリで両親に伝え、行きつけのファミレスに向かっていると先輩から声をかけられた。

 

 

「まだ、怖い?」

 

「……はい」

 

 

 高校生にもなれば嫌でも性欲が噴出してくる。そういった行為に興味が無いわけではない。

 

 いつかの日、先輩は僕の道具になりたいと言っていた。それは当然──そういう意味も含まれている。

 

 だが僕は誰かに触れるのが恐ろしくてしかたなかった。両親の温もりがフラッシュバックして、自分を保てなくなる。

 

 性欲はあるのに性行為に対する恐怖が抜けない。人間として致命的だった。

 

 常に何かを考えなくてはあの入り乱れる獣のような姿が想起される。今でも二人の息遣いや照明の暗さは克明に思い出せる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「「いただきます」」

 

 

 安価なことで有名なファミレスに転がり込み適当な料理を注文する。僕は料理が届くのを待つ間も建物の内装を鮮明に記録していた。

 

 僕には完全記憶能力がある。一目見れば大抵何でも覚えられる。だからあの両親がなおのこと苦手だった。

 

 完全記憶能力には個人差があるらしいが僕は簡単に扱えた。勉強面では大いに助けられた。しかしトラウマだけはどれだけコントロールしようとしても無理だった。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 

 支払いを済ませ場を後にする。食事が終わった頃にはすっかり太陽も沈み、携帯電話のライトを頼りに夜道を歩いていた。

 

 

「それじゃ、また明日」

 

「はい。今日はありがとうございました」

 

 

 二手に分かれて歩き出してからも僕はとりとめのない思考を繰り返していた。

 

 僕がこうして誰かに向けるようなモノローグを吐露するのは、そうすることで少しでも両親のことを忘れたいから。

 

 ああ、本当に、早く大学生になりたい。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 二人の出会いは中学生時代までに遡る。

 

 きっかけは部活動のテニスから。

 

 

『はぁ……はぁ……なんだあの先輩。強すぎんだろ!』

 

 

 山紫水明は百戦錬磨の勢いで勝ち続けていた。

 

 男女関係なしに徹底的なまでに叩きのめすスタイル。当然、心折れる者もいた。

 

 

『お、おいやめとけって歯車。お前一回負けただろ?』

 

『大丈夫。一回見たから、もう覚えた』

 

 

 ──圧巻だった、とその場に立ち会わせたテニス部員は記録している。

 

 三年生にもポイントを譲らなかった山紫水明から、回流歯車は勝利をもぎ取った。

 

 彼の才は、完全記憶能力のみではない。

 

 完全記憶能力と脳内でイメージした動きを完璧に実行できる運動神経持ち。更に特筆すべきは圧倒的集中力と情報処理能力。

 

 湧き水のように溢れる記憶をその時に応じて最適に、そして瞬時にはじき出すことができる。

 

 唯一の弱点は応用力の低さだが、これは膨大な記憶でカバーしている。例えば面倒な応用問題があった場合は問題自体、そして解を幾重にも渡って記録することで補完していた。

 

 彼の才は勉学面に於いても強烈だった。自分が書いたミスすらも記憶しているため、修正してしまえばなんてことはなく。常に学園トップだった。

 

 一方で、山紫水明。

 

 彼女は幼い頃から非凡の叡智を閃かせ、資金運用の教育として始めさせられた株式投資で巨万の富を築き、学業面でも他の追随を許さなかった。

 

 そんな中初めて、回流歯車に敗北を味わわされた。

 

 近づいた理由は、興味本位。或いは自分という人間に溺れさせて壊すため。今となってはどちらが本当の理由かも分からない。

 

 しかし歯車が自分以上に優秀だったことと飾らない人柄に惹かれ即墜ち。件の道具になりたい宣言は彼女の卒業間近に言ったことである。

 

 未来の話をしてしまうと生涯所得で言えば山紫水明が圧倒的に優れているのだが、恋は盲目とはよく言ったもので頑なに歯車が優れていると信じて疑わない。

 

 以上の理由で、山紫水明は回流歯車に偏執的な愛情を向けていた。

 

 

「…………」

 

 

 彼女は高校生に上がってからひとり暮らしをしている。これも、自主性を育てるための方策である。

 

 

「……歯車くん」

 

 

 彼女は回想する。今日の回流歯車はどんな様子だったか。どんな要望を頼まれたか。どんなことを述べていたか。

 

 彼女は感情を表に出さない。出す理由が無いから。

 

 しかしその狂気とも呼べる愛情は、日に日に増していく。それが爆発するか、沈静化するか。それは山紫水明本人ですら与り知らぬことであった。

 

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