「先生にとっても悪くない話だろう? キヴォトスを征服した暁には土地の半分の支配権を先生にくれてやる! これでどうだ!?」
「いらねぇよ、こんな世界」
あれから万魔殿の一般生徒の頑張りによって、一応フレイザードはソファに腰をかけていた。そのまま座ると焼くと凍らせるの半々になってしまうので、クッション代わりに石板が敷かれている。
呆れた顔のフレイザードにマコトはテーブルをバンッと叩いて力説するも、フレイザードの心にはまるで響かなかった。
フレイザードは戦うために生まれてきた。
激情の赴くままに村々を焼き尽くし、老若男女問わず焼き尽くし、冷徹に策を弄する――魔王軍として一軍を率いる将軍として尽力を尽くしてきた。
だが、それは己の心を満たすためだった。
自分の存在証明、その一心で勝ち続け、手柄を挙げ続けるつもりだった。それがあんな中途半端なところで終わるとは思わなかった。
そんな状態でこの世界を手に入れたところでどうするというのだ。
キヴォトスにおいてフレイザードが求められているのは破壊でも蹂躙でもなく、生徒を導くということ。支配したところで、何をしたいわけでもない。
自分の心はそんなものでは満たされないだろうと、フレイザード自身も理解していた。
「じゃあ、マコト先輩のお話は終わりだよね! 先生、イブキと遊ぼ!」
人の気持ちも知らないで、強引に話を終わらせたイブキは足を組んで座っているフレイザードの右足へと座り込む。
氷であることとどこからか用意したブランケットのおかげで、イブキは影響を受けておらずに座れている。
氷と炎の身体、それを何一つ恐れずに接してこられるのは初めての体験だった。イブキは何も考えていないだろうが。
フレイザードにとって、人間から向けられる視線はいつも同じだった。
恐れ、怒り、いつだって負の感情そのもの。だからこそ、フレイザードの人間に対する行動はいつだって変わらない。
叩き潰す。焼き殺す。凍り砕く。違うのはそのバリエーションだけ。考えることが必要ないシンプルなものばかりだった。
だが、今は違う。無邪気な笑顔を浮かべたイブキに遊びを求められている。周囲にいるマコトもイロハもイブキと戯れるフレイザードを見るその双眸はとても『バケモノ』を見るものとは違う。
「チッ……調子が狂うぜ」
生まれて初めての体験にフレイザードは舌打ちをする。
しかし、それでも気にしないのがイブキだった。
「何して遊ぶー? ぬいぐるみとかボードゲームとか、お絵かきだってできるよ?」
「どれもオレが触れちまったら燃えるだけだ。宝物もあるんだろ? だったら、無闇に触らせるのはやめとけ」
「う~ん……だったら、先生のお話聞かせてっ! 先生が先生をする前って何をしてたの?」
「オレの話か……」
語れる物語もない存在、自分自身の評価はそんなものだった。
それでもイブキから期待の眼差しが嫌なほど突き刺さってくる。
やがて、根負けしたフレイザードは小さく口を開いた。
「つまんねえ話さ。自分の存在を証明することしか考えてこず、勝利の栄光に目が眩んで死んだ負け犬のよ」
「……?」
イブキに理解できるかどうか、とはもう考えなかった。
一度開いた口は閉じず、フレイザードは独白していく。
「オレはハドラー様っていう魔王に造られて生まれた。まだ生まれて一年足らずしか経っていないオレは手柄が欲しかった。何もねえオレ自身の証明のためにな。戦って、殺して、その先に得られる勝利の快感だけが……周りから受ける羨望の眼差しだけが、オレの心を満たしてくれていたんだ」
軍を率いて人間を殺して得た勝利の快感は今だって忘れられない。一瞬だとしても、それで良かった。
フレイザードは自分の胸元へと目をやる。
そこには大魔王バーンより授かったかつての栄光の証――暴魔のメダルはない。
自分で捨てたのだから当たり前か、とフレイザードは一度だけ息を吐く。
魔王軍の拠点、鬼岩城の完成の日。
魔王軍六大団長が初めて一堂に会した時に、大魔王バーンが特別な褒美だと燃え盛る轟炎の中に忠誠の証として用意したものこそ、暴魔のメダル。
あまりの熱量に他の六大団長が一瞬怯んだ先、フレイザードは右半身が溶けることも構わずに手に取った。
大魔王バーンより受けた称賛の言葉、他の六大団長からの驚愕と羨望の眼差し、あの時の快感は今だって鮮明に覚えている。
だが、フレイザードは過去の栄光を捨ててダイに挑んだ。
自分の命を著しく削る最終闘法、それを使用してなお――ダイには勝てなかった。
「暴魔のメダルを捨てて、全てを失ったとしても、あの時はオレの勝利だけは守りたかった。その結果は散々だったがな……」
空裂斬に核を砕かれ、ミストバーンに利用され、最後は踏み潰された。それがフレイザードが歩んだ人生の終結だった。
「オレは誰も文句の付け所がねぇくらいの人格が欲しかった。オレがオレでいていい理由が欲しくて戦ってたのかもしれねぇな……今となっちゃ、そんなもんクソでしかねぇがな」
「…………」
フレイザードが話を終えて、室内は一瞬静寂に包まれる。
娯楽にならない何一つ面白くない話だ。
「こんな話しちまってワリィな。オレにはお前が思うような楽しい話はねぇよ」
「イブキにはちょっと難しくてわかんないことあったけど……でも、先生のこと少しわかったよ!」
「……あ?」
「先生はとってもがんばり屋さんだったんだね! だったら、ごほうびをあげないと!」
と、止める暇なく膝の上から下りたと思えばイブキは執務室の端にある自分のデスクをごそごそと漁り始める。
やがて持ってきたのは折り紙とテープ。そしてクレヨンとハサミ。
イロハが見守る中、イブキは真剣な様子でせっせと工作を始める。
それから二十分ほど経過したか、達成感に満ち溢れたイブキがフレイザードの前にあるテーブルに代物を置く。
金色の紙を中心に何度か折って円形に近づけており、中心には白い紙が貼られていて、何かの絵が描いてある。
しっかり見た上でフレイザードから出た感想と言えば、
「……何だこりゃ、ゴミか?」
「ゴミじゃないよ! メ・ダ・ル!!」
ぷんすかと怒るイブキに、フレイザードは再度机に置かれたゴミことメダルに目をやる。
確かに言われてみればメダルと言えなくともない。さらに絵をよく見てみるとデフォルトされたイブキ自身を模したデザインだった。
「ぼーまのメダル? が、どんなものかわからないけど、先生にとって大事だったんでしょ? 代わりになれるかわかんないけど、がんばったで賞としてイブキからのプレゼント!」
「こんなもの――」
「羨ましい! 羨ましすぎるぞ先生っ!!」
「……正直、私も羨ましいです。私ももらったことないので」
何の価値もない――そう口にしそうになった瞬間、二つの声が響く。
勝利も名誉も力も、何一つ見せていないのに渡された代物。なのに、マコトとイロハからは羨望の眼差しと声が向けられる。
フレイザードにとって、羨望とは支配と征服の結果として得る者だった。
きっとそれは生まれや持つ力、そして、身を置いていた魔王軍の環境によってねじ曲がり凝り固まった考えになってしまっていたのだろう。
「そうか……こんな手に入れ方もあるのか」
自分が欲しかったものを手に入れる方法は一つではない。単純だと思って重視していなかった交流の果てに手に入れられることもある。
自分の生まれた理由、存在価値、全てを失ってやってきたキヴォトスの地でまさかそんな答えが得られるとは。
「ククク……クカカカカカッー!!」
思わず、フレイザードは声を上げて笑った。
きょとんとするイブキに自分の右足にかかっていたブランケットを被せ、乱雑に右手でイブキの頭を撫でる。
「よくよく考えりゃオレとしたことが随分と無駄な悩みをしてたぜ! 死んだら地獄行きだと思ってたがこんなチャンスを掴むとはなぁ!!」
考えてみればそうだ。
何故だ何故だと考える前に行動してきたではないか。
たかが一度の敗北。それが死に繋がっていたとしても、こうして別の世界で生きている。
これが偶然か必然かなどどうだっていい。
問題なのはこれから何をするか、だ。一度は終わった人生の再スタートにはキヴォトスという地も今の『先生』という立場も利用するにはちょうど良い。
「と、いうことは私とキヴォトス征服をするつもりになっ――」
「やらねぇっつっただろ。そんなもんより今は大事なモンがあんだよ」
今の状態でキヴォトス征服などしようものならまた元いた世界で味わった敗北と同じような目に遭うだろう。少なくとも今はその予感がしてならない。
イブキから得たこの感覚は必ず自らの強さに繋がる。
いや、正確にはこのキヴォトスという地がフレイザードに何かしらの影響を与える確信がある。
これを利用しない手ははない。
フレイザードは確信を持って、拳を握り締める。
「オレに必要なのは"積み重ね"だ! 力を手にして何をするかはさておき、ダイにあってオレになかったモンだからよぉ!!」
ダイはフレイザードと戦った際、すでに六大団長の二人、クロコダインとヒュンケル。そして、それ以外にも戦闘を積み重ねてきていた。
自分と同等以上の強者との戦闘はフレイザードにとって欠けていたもの。だからこそ、土壇場で逆転を許してしまった。
キヴォトスの地でするべきことは決まった。
ただ、具体的に何をするかが問題だ。そう考えながら、ふとイブキがくれたメダル――イブキのメダルに目をやる。
「せっかくイブキがくれたモンだが……紙だからなぁ」
暴魔のメダルを失い、すっかり寂しくなった胸元を見て代わりになるかと思ったが紙製であるために触れた瞬間、灰になる。
イブキはメダルを手に取って残念そうな表情になるも、ここまで話を聞いていたマコトが「キキキッ!」と笑い始める。
「何ですかマコト先輩、すでに嫌な予感はしますが……」
「何を言うか、常に先を読み行動するこのマコト様の計画に隙があるとでも? せっかくイブキが先生のために作った代物、無駄になどさせるものか!」
「マコト先輩、いいアイデアあるの?」
「あるとも! 先生の身体に触れて燃えるのならば、そうさせない材質でカバーしてやればいいだけのこと。すなわち、そういう技術に長けた者に頼めばいい」
「そんなこと急に言ったって流石にゲヘナではいないような……」
「もっと視野を広めて考えろイロハ。ゲヘナにいないのならば外部に目を向ける。かねてより交流を図ろうと考えてはいたが、ちょうど良いタイミングだ!」
「何やら面倒な予感……」
「それで、そのアテは何なんだ?」
「レッドウィンター連邦学園、マコト様による崇高な計画が水面下ですでに動き出している……正直、もうそろそろ出発しないと会合に間に合わない! イロハ、先生! すぐにでも出発するぞ! イブキはお留守番だ!!」
「え~っ!?」
「もうこれで面倒な予感と嫌な予感は二つとも的中しそうですね……というか、どれだけタイトなスケジュールでやってたんですか」
「イブキも行く!」
「……イブキ、ほぼ間違いなくロクな目に遭いませんし私もお留守番してた方がいいと思いますけど」
「絶対行くもん! 先生がメダル付けるところ見たい!!」
拳をきゅっと握り締めてバタバタ振って懸命に意思を見せるイブキ、イロハは一度マコトと目を合わせるも『任せた!』と瞬きを受けるだけ。
イブキの眼差し、上司からの丸投げ、二つに挟まれたイロハは肩を落として息を吐き、
「……わかりました。イブキ護衛のために虎丸の準備をしてきます。マコト先輩はレッドウィンターに戦車持ち込みの理由を適当でもいいんで事前説明をお願いします」
こうして、レッドウィンター連邦学園行きが決まった――