「ふぅ、やっぱりレッドウィンターの近くは寒すぎますね……あっ、マコト先輩近付き過ぎですよ。イブキ、私、マコト先輩の順でお願いします」
「イブキは良いとして、さりげなくお前は議長を差し置くな!」
「はぁ……オレを暖炉代わりにしてんじゃねえぞ」
フレイザードの左半身側の熱で暖を取るイロハ達に容赦なく右半身を向けて冷気を発射。「ぎゃーっ!」と言いながら蜘蛛の子を散らすように離れていく。
「にしても、随分と田舎にあるもんだぜ」
レッドウィンター連邦学園。
キヴォトスの中でも北端にある学園であり、その学園領土はキヴォトス最大とも言われているが人口は校舎周辺に集中している。
何でも一年中雪が積もっている僻地のため、その立地上連邦生徒会の影響力も低く、その結果として文化も独自の発展を遂げていた。
フレイザード、そして万魔殿のマコト、イロハ、イブキはレッドウィンター連邦学園に向かおうと戦車――超無敵鉄甲『虎丸』を走らせていたが、戦車の性質上、雪の大地と森林、きつい傾斜に向いておらず進まなくなったところで立ち往生。
「やはり輸送機に入れてそのまま来るべきでしたね……マコト先輩が威厳を示すためだとか言わなければこんなことにはならなかったのですが」
「ち、チクチクと刺すんじゃない。虎丸は我らの最大兵器、交渉事には武力を見せることも重要だ」
「結局、虎丸を置いて動けなくなってるじゃないですか……」
「さむ~い……」
雪山の麓から少ししたところで現状、歩いて行くしかない。
しかし、他の生徒よりも幼いイブキにこの寒さは厳しいようでフレイザードは仕方ないと息を吐く。
「オラ、これでも服の中に入れとけ」
言って、自身の左半身に手を突っ込んで小さめの炎岩石を一つ取り出してイブキに軽く投げ渡す。
炎を内蔵した石はフレイザードが力を込めない限りは人間にとって程良い温かさとなって、防寒には十分だろう。
「ありがとう先生っ!」
「……イブキには随分と優しいんですね。やはり先生もイブキの魅力に魅了されたのでは?」
「バカも大概にしやがれ。メダル持ってんのがイブキなんだから死なれたら行っても意味ねえだろうが」
そう言っているうちに早速服の中に炎岩石を忍ばせるイブキ、だがマコトやイロハを見ると、
「先生、マコト先輩とイロハ先輩の分もお願い! 二人とも寒そうだし……」
「キキキッ、心配には及ばんぞイブキ。これから対等な関係を結ぶというのにおいそれと施しなど受けられるか!」
「――だそうだ、すげえなお前の先輩たちは。厚着もしねえでこれから何時間歩くかわかんねえ場所まで頑張るそうだ。気合い入ってんじゃねえか」
「すみません。普通に寒いのでもらっていいですか?」
両手のひらを合わせて即座に懇願してくるイロハ。
プライドを示す時とそうでない時を明確に分けており、こういったタイプの方が世の中を上手く渡れるだろう。
というより勝手に左半身に手を突っ込んで取ってくる。
イロハは怠惰な割に肝は座っているようで、こちらが何も抵抗しないことを良いことに手頃な炎岩石を勝手に取った。
「先生の身体って、てっきり炎と氷だけでできてると思いましたけど、中に素体……って言ったら良いんですかね。とにかく、ゴツゴツと実体のある身体なんですね」
そして、少々燃えた手をすぐ傍にある雪で消火。手に取った炎岩石で暖を取る。
「これはぬくぬくです。ゲヘナの方でも冬が来た時用にもらっていてもいいですか?」
「いいわけねえだろ。今すぐにでも返せ」
「残念です。もう私のですから返しません」
「そっちこそ残念だったな。そいつぁオレの一部、いつだって操れるんだぜ?」
試しにイロハが取った炎岩石を浮遊させて軽く小突かせれば、イロハはやや不機嫌そうにジト目で見てきて、
「先生は見た目にそぐわずケチです」
「自分の身体で考えてみろ、肉片千切ってよこせって言われてんのと変わらねえからな? ……ってオイ! 名前書くんじゃねえ!!」
仕返しか、油性ペンで炎岩石に『イロハ』と書き出すイロハ。
追いかけるもこれまた意外に素早く捉えられない。無駄なことをしていると諦めたところでフレイザードの視界に入ったのはマコトで、
「はぁ……欲しいなら欲しいって素直に言えよめんどくせぇな……」
鼻水垂らして震えるトップがあるか、とフレイザードは強めに炎岩石をマコトへと投げる。「うごっ!?」と素っ頓狂な声が聞こえたが、今度ばかりはイロハも振り返らず、現状の問題へ目をやる。
「それにしても、動かせない以上虎丸はここに置いていくしかなさそうですね」
「こんなモン持ち上げて運べねえしな。諦めろ」
「ハッチを閉じて施錠しておけば、少なくとも滞在中は盗まれることなどないだろう。こんな辺鄙な地だしな!」
「今は良いですけど辺鄙な地なんてレッドウィンター内で絶対言わないでくださいね……って、イブキは何をしてるんですか?」
「イロハ先輩見て見て! 何だろこれ?」
いつの間にかイブキが手にしていたのは暗色が強い筒だった。
見せられたイロハも手に取って蓋らしき部分を引き抜こうとしてもビクともしない。流石に怪訝そうに首を傾げ、
「見せかけの筒……ですかね?」
「ちょっと貸してみろ。マコト様に開けられない筒はうぎぎぎぎ……」
開閉機構がどこにもないため、次に挑戦したマコトも結局開けられない。
しかし、フレイザードには見覚えがあった。
「見間違いじゃなけりゃそりゃ『魔法の筒』だな。いくら力を入れようが中身が出ることはねえよ」
マコトから魔法の筒を受け取るとフレイザードは改めてその装飾に目をやる。
やはり、間違いなく自分が元いた世界にあった魔法の筒そのものであり、フレイザードの見立てが正しいのなら――
「デルパ!」
誰もいない場所に向けてそう唱えれば、煙と共に中身が飛び出す。
興味津々だったイブキが目をキラキラさせて見ると、そこにあったのは人一人以上の大きさを誇る壺だった。
「すごーいっ! ホントに魔法だ!」
「先生、今のは?」
「魔法の筒は一つにつき一つ生き物か道具を封じ込めることができるんだよ。入れる時はイルイル、出す時はデルパって感じでなぁ」
「キキッ、それは本当か? ならば、その筒を使えば風紀委員会をぎゃふんと言わせてやることも――」
「――イルイル」
試しにマコトに向かって呪文を唱えれば魔法の筒から煙が出て、マコトを包んだかと思えば中に収納してしまう。
「マコト先輩が消えちゃった!?」
「まっ、一種の封印術でもあるな。魔力を持った者が呪文を唱えない限り、中に入ったものは一生外には出られない」
「でしたら、今の状況だと万魔殿のメンバーから考えて次の議長はイブキになりますね。マコト先輩は……残念でした」
「マコト先輩がいなくなったらイブキ寂しいよ! 先生、出して出して!」
「わーったわーった。デルパ!」
「な、何とも言い難い体験だったな……酷いぞ先生!」
「デモンストレーションってのが必要だろ? トップが部下の手本にならなくてどうすんだ?」
「……それもそうだな! キキキッ! しっかり見ていたかイブキ! イロハ!」
「はい。あと少しで万魔殿の議長の座はイブキだと思っていたぐらいには」
「私の命に対して諦めが早すぎないか!?」
いまいち慕われているのかわからないが、乗せれば簡単に調子づくのでこれ以上に使いやすいことはない。
だが、問題なのは魔法の筒から出てきた巨大な壺。
イブキもその中身が気になるようだがフレイザードの見立てが正しければまともな物ではない。
何せ、魔法の筒の色は魔王軍で使用されていたものと同じだからだ。
「お前らちょっと離れてろ。絶対にろくなモンじゃねえからよ」
言って、イブキたちを遠ざけるとフレイザードは閉じられた蓋を開ける。
そして、中から漂うにおいはやはり――毒物。
壺の中を満杯にするほどの量で、どう見たって一人相手に使うものでもない。
試しに木の枝を掴んで浸けてみると腐りはしない。
そうなると腐食目的ではなく神経毒の類。そして、こんなものを作る者となれば――候補は限られてくる。
蓋を閉じてイブキたちへ振り返ると、マコトも気になったようで、
「で、先生。中身は何だったんだ?」
「オレが元いた世界にあった毒物だな。一滴でもまともに喰らえば人間なんて簡単にくたばるか操れるシロモノだ」
「どうしてそんなものがレッドウィンターに……?」
「簡単な話だろ。お前ら以外にここをどうにかしてやろうって思ってやがる悪党がいるわけだ。どうやらオレらは覚悟した方がイイみて~だぜ? とびっきりスリリングな冒険になるってよ~」
邪悪な笑みを浮かべるフレイザードにこれから先巻き起こる面倒ごとを予見して肩を竦めるイロハ。
だが、イロハはそれ以上に気になることがある様子で、
「さっき魔力がどうこう言ってましたけど……先生って、もしかして魔法が使えるんですか?」
「あ? 逆に聞くがお前らは魔法使えないのか?」
そう思えば、とフレイザードも疑問を口にする。
フレイザードがこの世界にやってきて一度戦闘を行ったがその時も相手が魔法を使ってくることはなかった。周りで使っている様子もなく、フレイザードこそ不思議に思っていたほどだ。
フレイザードの問いにイロハはため息交じりに答える。
「憧れる人はいますが魔法なんて使える人いませんよ。だから私たちは銃や戦車みたいな兵器を使ってるんです」
「じゃあ、もう一つ聞くが魔物は存在するか?」
「……? いえ、動物はいますけど先生が言うような魔物はいないと思います」
「なるほどなぁ……魔法がある世界からやってきた魔物のオレはまさに『異物』ってところだな。まあいい。それだったらお前らに面白いモン見せてやるよ――ド派手な魔法だ」
「えっホント! わーいっ、見たーいっ!」
「マコト先輩、とりあえずイブキを連れて離れましょう。絶対危ないです!」
「ここで下がればトップとして名折れ、トップとは常に部下へ尊大な背中を見せるものだ!」
「じゃ、遠慮なく私とイブキは離れますね」
笑って仁王立ちしているマコトを置いてイロハはすぐさまイブキの手を引いて木陰に身を隠す。
振り返ることもなくフレイザードは指先に炎を灯せば――
「メラゾーマッ!!」
放たれた炎は塊となって壺を包めばそこから莫大な火柱が噴き上がった。
壺の中身は炭化して気化すら許さない火力、まさに氷炎将軍フレイザードの戦闘能力の高さを如実に示していた。
壺があった場所を中心に爆発的な風圧は周囲の木々を激しく薙ぎ、木陰から見ていたイロハは自身の帽子とイブキが飛ばされないように急いで手で押さえる。
「重火器みたいな威力ですね……っ」
「すごいすごーいっ!」
「というか、マコト先輩は? あれだけ近くにいたら……って言わんこっちゃないですね」
いつの間にかいなくなっていたマコトは雪から足だけを出して埋まってしまっていた。
イロハがイブキと協力してマコトを掘り起こすと、雪の中でもマコトは嬉しそうに笑っていた。
「こうでなくてはな! 我ら万魔殿の協力者として申し分ないぞ!」
「誰がいつ協力者になったってんだ……つうか、いつまでもここで駄弁ってても仕方ねえ。イルイル!」
空になった魔法の筒を虎丸に向ければ呪文を唱え、虎丸は煙と共に魔法の筒へと収納される。これで虎丸を置いていく必要はなくなった。
これから先、戦力は一つでも多い方が良い。
何せ――
「この世界にやってきたのはオレだけじゃねえみてえだからな」
結局のところ、武人のクロコダインほどではないが魔王軍、それも幹部になればなるほど、ほとんどが正面から戦うことを得意とする。
それは実際、自身の戦闘能力に絶対の自信を持つからであり、毒など姑息な手を使う者は意外と少ない。フレイザードでさえ、搦め手として結界呪法を使うことはあるが最終的に自らがトドメを刺す。
毒、しかも強力なものとなれば、作れる人物はかなり限られてくる。さらに狡猾で策略家となれば、ほぼ一択だろう。
「テメェもオレの後に死んでやがったってことか」
そんなことを口にしながら、フレイザードはさりげなく左半身でなおも温まろうとする万魔殿のメンバーに冷気を浴びせながら進むのだった――
魔法の筒に関してはアニメ版の生き物、物問わず封印できる方だと思っていただけると幸いです!