「やっと着いた~!」
山道を歩くこと一時間以上、到着したレッドウィンター連邦学園の正門に一番乗りしたイブキ。その後にはフレイザードとやや疲れた様子のマコトとイロハが続く。
「おいおい、最年少が頑張ってんだぞ? 年長者がヘバってどうすんだよ」
「す、優れた支配者は基本デスクワークしかしないのだから仕方ないだろう……」
「トップは部下に背中を見せるもんじゃねえのかよ」
「私も正直疲れました……次があるなら本当に輸送機で来ましょう。それでマコト先輩、ここに来る前に言っていた崇高な計画って何なんですか?」
「キキキッ……それはすぐにわかる。と、出迎えが来たようだな」
「ようこそ、レッドウィンター連邦学園へ。私はレッドウィンター事務局の秘書室長の佐城トモエと申します」
マコトの視線の先にいたのは長身の少女――トモエだった。
整えられた制服の襟元には深紅のリボンがきっちりと結ばれ、一線の乱れもない。桃色の髪は肩甲骨あたりから二つに分けられ、腰下まで続くようにそれぞれ三つ編みにされている。
整然とした所作、上品さを感じさせるトモエは一礼した後、視線をフレイザードへと向ける。
「あなたはもしかしてシャーレの先生……でしょうか? どうして万魔殿の方々と一緒に?」
「物の成り行きってヤツだな。作って欲しいモンがあって、こいつらについてきた」
「なるほど、それでしたら先生もチェリノ様へとご案内させていただきます。ゲヘナとレッドウィンターの交流会、そこに先生も加わるとなればチェリノ様もお喜びになられますし、腕利きの職人も紹介していただけるでしょう」
それではこちらへどうぞ、とトモエに招かれ、フレイザードたち万魔殿一行はレッドウィンター連邦学園の本校舎へと入っていく。
見る限り校舎の壁は厚い石造りで、恐らく外から襲い来る吹雪に耐えるために重厚な作りとなっている。
その作りは廊下の各所にも見えていた。窓は小さめで、冷気を防ぐために二重構造となっている。
それでも冷気が差し込むためにヒーターが各所に置かれているが校舎全体の寒さは隠しきれない。
中央広間は天井が高く、会議や集会に使われる場所。装飾は控えめで雪景色を背にした学園の威厳を象徴している。
温かさよりも防寒と機能性が優先され、学園に漂うのは静かでどこか厳粛な雰囲気だ。
トモエの案内が続き、フレイザードたちは一際荘厳な扉の前に立つ。明らかに権力者がいるであろう一室を前にして、トモエがノックをすると「入るがいい」と声が返ってくる。
中に入るとレッドウィンター連邦学園のトップに相応しい執務室の光景が広がる。
その奥で荘厳な装飾が成された椅子に座っているのは――一人の小学生くらいの少女だった。
「よく来たな、万魔殿の議長たちにシャ……シャーベットの先生だったか」
「チェリノ様、シャーレの先生です」
連河チェリノ――レッドウィンター連邦学園の書記長。ぱっと見は、学園に迷い込んだ小さな少女のような風貌だ。
丸い頬に透き通るような白い肌。少し大きめの瞳が輝いており、権力者とはとても縁遠い幼いもの。しかし、その威厳を少しでも見せるためか、鼻下には不自然な白い付け髭がちょこんと付いている。
それが子供らしい顔立ちとのギャップが妙な存在感を放っている。肩書きは長ったらしかったが、とりあえず学園の書記長としての威厳をこれで保とうとしているあたり、どう見ても背伸びしている感が否めない。
その姿を見るなりトモエは恭しく両手でチェリノを指し示すと、
「このお方こそ、我がレッドウィンター連邦学園の生徒会長であり、環境美化部部長兼、書記長兼、運動部代表兼、清掃部部長兼、風紀委員長兼、給食部部長兼、今年のMVP,今週のMVP、今日のMVPに輝いたチェリノ様でございます」
「わー、すごい! マコト先輩よりも役職いっぱいだね!」
「そうだ、我は偉い人なのだぞ!」
イブキの歓声にチェリノはまんざらでもない様子で胸を張る。
しかし、フレイザードは壁に立てかけられていた絵画へと目をやった。そこに描かれていたのは恐らくチェリノなのだが、少女ではなくもはや漢。巨漢に筋骨隆々とした姿で描かれている。
明らかに同一人物とは思えないが、触れるだけ無駄だろうとフレイザードは黙っておくことにした。
だが、そこまで聞いたところで何故かマコトが「キキッ!」と不敵に笑いだす。
「……どうしたんですかマコト先輩。イブキと私が逃げる段取りをつけたいので早めに説明お願いします」
「私を置いていく前提で話を進めるな。あと見捨てるな。何、ここまで来ればレッドウィンター制圧計画はすでに成功したようなもの!」
「えっ、せ、制圧!?」
あまりに突然出てきた計画にイロハも仰天。イブキも当然知らず、レッドウィンター側のチェリノやトモエと同じく頭に疑問符を浮かべていた。
「長きに渡り、私はクーデターを企てている内紛のクーデターを利用した! つまり、万魔殿は保安委員会と組んでレッドウィンター全域の支配に乗り出すのだ!!」
「あら、クーデターですか?」
「恐れたところでもう遅い! すでに保安委員長も部隊をまとめて動き出しておるわ!」
「ふむ、確かに朝から姿が見えないと思っていたがまたクーデターか」
「……また?」
「レッドウィンターでクーデターは日常茶飯事です。先月だと未遂が三件、成功が二件でしたね。一度は失墜したチェリノちゃんが山中で出会ったクマの背に乗って駆け回る姿は素敵でした」
「クマさんに乗るなんてすごいね! イブキもいつかやってみたいな!」
「あ、あれは今思い出してもちょっと怖かったが……と、まあこの偉大なチェリノ様にとってクーデターなどおやつ前だということがわかっただろう?」
どうやらレッドウィンター連邦学園は他の学園と違って支配者が転々とする地のようだ。それにクーデターを起こされてもチェリノが殺されてないあたり、フレイザードが想像する殺伐としたものではないらしい。
だが、トモエは冷静に考えて、
「でも、レッドウィンターの戦力はほぼ保安委員会ですから現状そのままやってこられたらまたチェリノ様は失墜しますね」
「えっ、それは……まずくないか?」
「逃げるしかありませんね。とりあえず、マリナ保安委員長が攻めてくる前にこちらも一旦退いて態勢を作りましょうか」
「むむ……せっかくの客人たちを案内してやりたいが仕方あるまい。逃げるわけではないからな!」
「残念……イブキ、レッドウィンターの人たちと仲良くなりたかったなぁ」
「仕方ありませんよ、イブキ。これも保安委員長と裏でクーデターを企てたマコト先輩が悪いんですから」
正直、クーデターなどどっちでもいいイロハだがイブキのことになるとジト目で、イブキもうるうるとした瞳でマコトを見つめる。
イブキに見られて一秒もせず、マコトはパンッと両手を合わせ、
「――はい、やめたぁ!! マコト様の崇高な制圧計画は中止! これより万魔殿はチェリノ会長と共にクーデター鎮圧に協力する!!」
「わーいっ! ありがとう、マコト先輩っ!」
「マコト先輩の良いところはその切り替えの早さだと思いますよ」
とは言ったところ、万魔殿の三人が加わってもフレイザードたちにできることは逃げの一手なわけだが――
■
フレイザードたちがレッドウィンター連邦学園に辿り着く少し前――
「キ~ッヒッヒッヒ! これにて準備は万端、レッドウィンター連邦学園よ……我が新魔王軍の礎となるがいいわ」
レッドウィンター連邦学園近辺に存在する洞窟の奥にて、怪しげな笑みと共にしわがれた声を持つ老人が佇んでいた。
ザボエラ――その名を聞くだけで前世界では多種多様な反応が見られる。
恐れる者、怒れる者、呆れる者、見下す者……あまりに多種多様な反応こそ、この男の本質を何より示していた。
彼の身体は小柄で、背は人間の幼児ほどしかない。
骨ばった手足は枯れ枝のように細く、指は異様に長い。爪はまるで錆びた刃物のように黄ばみ、緑がかっている。
皮膚は皺とシミの地図のようで、どこが陰でどこが皺なのか分からない。まるで乾いた蛙の皮のように鈍い光を放つ。
目は黄ばんだガラス玉のように濁っており、心の底に住まう毒蛇を垣間見せている。笑うとその目がさらに細まり、頬が引き攣って『喜び』ではなく『愉悦』が顔の筋肉全てを引っ張っていた。
ザボエラの衣服は、まるで老いた賢者を装った妖怪のようだ。
だが、老いていることや魔法の杖をついているとはいえ、その背筋は意外にも曲がり切っていない。長年の狡猾さや執念が、彼の肉体を未だに立たせているのだろう。
「それでマリナ、ワシが言った通り『壺』は配置したんじゃろうな?」
ザボエラが視線を向ければ白い軍服の麗人が立っていた。
――池倉マリナ。
レッドウィンター連邦学園事務局の保安委員長を務め、連河チェリノの側近の一人だ。
生徒としては背が高い方で、すらりと伸びた脚が制服のズボンに直線を描いている。
彼女の髪は短いピクシーカット。色は淡い金、緑青を微かに含んだような寒色の輝きが、陽の光を受けても陰ることなく跳ね返す。
赤みを含んだ瞳はまるで凍てついた朝焼けのようなすづロさがあり、赤いアイシャドウと口紅がその表情を際立たせ、上位権限者としての風格に彩りを与えている。
制服はレッドウィンター連邦学園のものを着こなしていた。真っ白な軍用シャツに赤い縁取り、肩章や襟、袖口のラインには統制された赤のアクセントが走っている。
彼女の全体像は潔癖と栄誉、規律を重んじた冷徹者の印象を抱かせた。
だが、ザボエラに問われたマリナの開口一番はというと――
「むっ、アレか? デンデルだかデドルだかわからんが何を唱えたところで何も出てこなかったから麓に埋めておいたぞ?」
「何をしとるんじゃバカタレが!!」
早速、想定外の事態が発生。
今回、レッドウィンター連邦学園を支配するにあたって、あの壺の中身が何よりも重要だったというのに台無しどころか始まりすらしない。
マリナにも重々説明をし、しきりに頷いていたのでその重要性を理解していたと思っていた。だが、その見た目に反して知能はザボエラが思っていた十分の一程度だったのかもしれない。
そもそもザボエラがマリナと組んだのは、この世界にやってきた際に拠点を欲していたところ、何やら一人で悩んでいるマリナを見つけたのだ。
何でも粛清レベルの失態を晒したらしく、このままではトップであるチェリノにバレるのは時間の問題。そこで、部下たちと共にクーデターを目論んでいるらしい。
それを聞いて、ザボエラは即座に利用できると考えた。
前世界も戦乱の世だったが、この世界もまさに同じ。ならば魔王軍司令補佐にまで登り詰めたザボエラの知識が存分に活かされる。
そして、共同戦線を張ることになった。
表立っての行動はマリナに任せ、その背後で糸を操る……これも前世界と同じ立ち回りだ。
一度は終わった人生、再スタートするにはちょうど良い。
――と思っていたが、結果はこれである。
ザボエラが作成した人心掌握の神経毒は軽く、壺を開ければすぐに気化して浮き上がる性質を持つ。
幸いレッドウィンター連邦学園近郊の山岳地帯ではある一定間隔で山道から学園に向かって収束するように風が吹き上がる。
その時を狙って、まずは学園を毒に侵してからマリナたち保安委員を雪崩れ込ませて丸ごと制圧するつもりでいた。
「し、仕方あるまい。魔法の筒は魔力を持つ……麓まで瞬間移動呪文を使えばワシの探知能力で何とか見つかるじゃろ」
とにかく、壺がなければマリナのクーデターが成功したとしてもマリナたちごと支配することができない。
本当に重い腰を上げてザボエラが動こうとした矢先――大地を揺るがすほどの轟音が響き渡る。
「な、何じゃ!? 何事だ!?」
慌てて洞窟から外に出てみれば、麓の方から火柱が上がっている。しかもその方角は先ほどマリナに壺を仕掛けさせにいったところと同じだ。
「まさか――」
遠目でもわかる。見覚えのある毒素の煙が火炎の奔流に飲み込まれ、あっという間に消え去っていく。
本作戦の要が誰かの手によって無に帰した瞬間である。
それを確認したザボエラは一度目が点になり、思考が追いつかなくなる。
マリナができなかった魔法の筒からの取り出しを行い、壺の中身を一片も残さず消し去るほどの火炎魔法。絶対に自分と同じ世界から来た者がいることは確かだ。
さらに言えば、あの火炎魔法の威力は相当な手練れの証。魔法でザボエラが劣ることは早々ないが、イレギュラーな存在であることは間違いない。
ここですべきなのは態勢の立て直し、幸い戦闘に使える駒は揃っているため、そう時間はかけないはず――
「なるほど、今のが狼煙というわけだな! 全軍、我々に敵はない! 今よりレッドウィンター連邦学園へ戻り革命を起こすぞ!!」
『おぉーっ!!』
「待て待て待てぇい! 狼煙なわけあるか、バカ共めが!!」
「……何だ、ザボエラ殿。せっかく皆の気が最高潮に達しているというのに」
「気が達しただけで策略が成功すれば何の苦労もせんわ! たった今、作戦の要である毒の壺が爆発して消し去ったんじゃぞ!? このまま進軍したところで勝てる見込みなどないわ!」
「戦術の基本はやられる前にやる、策略を謳う割に基本的なことを忘れているな!」
「相手の戦力が不明な以上、やられる前にやったところでやられるのは自明の理じゃろうて」
「……? ちょっと何を言っているのかわからないぞ? チェリノ会長の戦力は我々保安委員会がほぼ全て。つまり、保安委員全員がこの場にいる時点で敵戦力はゼロじゃないか」
「そういう重大なことは先に言え!!」
突然の新情報にザボエラは横転する。
つまり、レッドウィンター連邦学園は現在守る者が誰もいないということ。敵本陣はガラ空きだったのだ。
「だから先ほど我々に敵はないと言っただろう。それに我々にはさらに援軍もいる。この革命は必ず成功すると言ってもいいぞ!」
「援軍? それこそ聞いておらん話じゃが――」
「話は後だ。気を取り直して――保安委員会はこれより行動を開始する! 私に続け!!」
『おぉ~っ!!』
「もう好きにせい……」
勇猛と駆け出したマリナ率いる保安委員会たちの背を見送ってザボエラは深く息を吐く。
やはりバカと話したところで時間の無駄だ。マリナたちの革命はザボエラにとって手段のひとつでしかなく、成功すれば手柄に相乗り。そうでなくても消耗したところで別の策を弄する。
「キィ~ッヒッヒッヒ! そうっ! 今度こそ風はワシに吹いておるわ! いや、吹かせるのじゃよ!!」
思い浮かぶはかつての記憶。
見捨てられ、起死回生の一手も潰され無様に敗北したあの瞬間――