宝狭の銀閃姫 作:黒庵
「ッ、すうちゃん、避け──────っ!?」
避けられるはずがない。
解っていながら、口から咄嗟に出たのは悲鳴にも似た幼馴染の身を案じる言葉だった。
しかし無駄。
水琴が初めて男と出逢った時と同じ、指向性のある霊力が一瞬で水琴の幼馴染─────羽咲折 翠実を貫いていた。
既に手遅れだった。
龍神にとって現状、『生贄』となるのは水琴だけで事足りている。件の約束のこともあり、この少女が水琴の意思で生贄に連れて来られたのなら生かす選択もあっただろうが、退魔師として生き続けようとしている彼女に理由も無くそんな選択は存在しないだろう。
となれば、生贄に必要にもなく、龍神の存在を観測し、その結果水琴は間違いなく逃がそうとするのは目に見えている。
故にこの行動はどれだけ理不尽なものであっても、既に思考をごく自然に完結させた龍神にとって至極当然の結果に過ぎなかった。
「……ほう?」
龍神が想定の外に至った現実に、目を向ける。
「──────え……?」
異常だった。
蛇谷 水琴が知る限り、彼女は一般人であり、一般人である以上は男……龍神の莫大な霊力の奔流に晒された時点で寿命が削られているはずだ。
霊力とはイコール、ヒトの寿命であり退魔師でない凡人にはこれを操る能力も認識する手段すら存在しない。
故に結果はひとつだけ。
この状況で正常なシミュレートは『悪影響を受けた状態となる』という結果のみ。
最悪は死、そうでなくともあれだけの龍神の霊力を浴びた時点で寿命も殆ど削られて倒れていなければ可笑しい。
だが─────
「ソレは、オレには意味ねェよ。というか、効いてたら最初から生きて戻れてねぇし」
水琴の幼馴染はなんでもないような顔で、めんどくさそうにそう言った。
それと同時に、龍神の目の色も……興味の色を持つそれに変わっていた。
■■■
「──────『
「む」
「──────『
翠実が行ったのは術式などではない。
それはただ、自身が過去に経験した"それ"を思い出すためのスイッチというだけ。
だが、それで変わった。
変わっていることを、"世界自体が"認識した。
瞬間。
龍神が、翠実の右拳に殴り飛ばされていた。
「…………はぇ?」
「チッ、滅茶苦茶硬えし、直前にガードしやがったな? テメェ」
龍神が飛ばされたのは20メートル程の後方。
ガードに使った左の掌を眺めながら、何やら爬虫類のような瞳を細めながら思案していた。
展開が早い。
飲み込めない状況に混乱する水琴を余所に、完全にバトルモードに移行している双方は一切を気にせずそのままお互いを『獲物』と認識し合っていた。
「みっちゃん、ちょっと待ってろ。──────今からこいつ、オレがぶっ飛ばしてやるから」
■■■
龍神は目を細める。
なるほど、退魔師としてはまず間違いなく水琴の方が圧倒的に上だろう。龍神から見れば、人間が保有する霊力なぞ透けて見える。その点からして、翠実の霊力は精々が常人より少し高い程度だ。
龍神が、初めて見つけた時の水琴にすら及ばない霊力。それだけだ。
いや、退魔師として仮にも歴史のある名家の派生に産まれたことを考えれば、むしろ翠実は一般人にしては優秀な部類だろうが、どちらにしろ水琴より保有する霊力が圧倒的に低いことに変わりはない。
……だが、違和感がある。
「術式ではないな。それは異能か」
「ん、ああ。……っていうかこっちで知ってる奴いるのか」
「以前はそれなりに居たからな」
──────異能。
それは言ってしまえば、『存在の構造』から発生する、その種族に元々備わった能力から外れたイレギュラーと呼ぶべき力。
龍神の知る限り、それは先天・後天的に身体に異形─────例えば、人間ならば臓器が異常であった結果、『この世界の法則』と偶然的に噛み合い、術式無しに外界に爆発を起こす、生命を凍らせるなどといった霊力とは関係ない固有の能力のことを指す。
これに対して術式は人間、妖魔に関わらず霊力を消費して扱うもの。それ故に異能ほど融通が効かないものではない。そして、異能使いは龍神が知る限り卓越した退魔師を越えるほどの力はまず持つことはない。
当然ではある。
大抵の異能使いの『異常』は肉体の要素で完結している。肉体と霊力の両要素を扱える妖魔・退魔師よりも必然的に弱くなることは仕方のないことだ。
序でに言えば、異能使いは "妖魔を殺せない"。
殺せるのは原則として、一般人と退魔師のみ。
それが常識。
希少種というだけの凡夫、というのが今までの異能使いに対する龍神の認識だった。
「クックック」
だが。
龍神は先程 "削られた" 掌を眺めて、楽しそうに口角を上げる。
龍神は恐らくまだ多くの退魔師すら知らない、現代の異端者を前に気分を高揚させた。