渡り鳥
「んー! ポキフ先輩、一番槍譲ってくださいよ~!」
「どーどー、落ち着け落ち着け。まだ訓練飛行まで先だぞ」
空母「アヌボス」の待機室で、大きめの少女が小さめの少女を宥めていた。
アヌボスは、いつものパトロール任務のルーティンの中にいる。
「そういって、私がいっつも二番目じゃないですか! 時々は一番目くらい……」
「まぁ泣くなって、ほら、帰ったらアイスクリーム奢るからさ」
小さな少女――パム――の顔がとたんに明るくなる。
「ホントですか?! じゃあ、今週限定の――」
「総員、第二種戦闘配置、繰り返す、総員、第二種戦闘配置。本艦隊は不明機を探知した。ゴールド・ラダー各隊は、直ちに緊急発艦準備にかかれ」
途端に、艦内が騒がしくなる。今までまどろんでいた艦が、ようやく起きたのだ。
「えぇ……、ラダーって、私たちの隊ですよね」
「あぁ、そうだな。それっ、ぼさっとしてないで準備しろ! 訓練とは違うからな!」
「わかってますよ!」とパムは大声で返すと、ヘルメットを抱えて連絡路を走り出す。後ろから、ポキフが見守るように付いていった。
「しかし、不明機って何でしょうね? アヌボスのレーダーなら、大体のものは分かる筈なのに」
「……喋る暇があったら足を動かせ。ラッコアイスがお預けになるぞ」
「えぇっ?! それは嫌ですぅ」
連絡通路は真新しく、汚れ一つも見当たらない。二人がエスカレーターを駆け抜けると、青い空が広がった。
「おいラダー隊、こっちだ! 早くしろ!」
「言われなくても分かってるぞ!」
ポキフが整備員に言い返すと、既に二機のハミング迎撃戦闘機(IF-25B:自由航路連盟の重ジェット戦闘機)がカタパルトにアクセスしていた。
「ゴールド1からメインコントロールへ、カタパルト固定確認、発艦準備完了」
「メインコントロール、ゴールド1、発艦を許可する。発艦後、ヤタガラスの誘導に従え」
「ゴールド1からメインコントロールへ、了解。発艦する」
ジェット・ブラスト・ディフレクター(JBD:ジェットエンジンの噴射から人体を守る機器)が直立し、ハミングの双発エンジンが轟音をあげる。刹那、鋼鉄の鳥は空を舞った。
「ヤタガラスからゴールド1へ、指定された誘導に従え」
「ゴールド1からヤタガラスへ、了解、貴機の誘導に従う」
一方飛行甲板では、パムとポキフはコックピットに乗り込んで始動準備を始めていた。
「電源、エンジン、操縦、航法、電戦、異常なし!」
「あ、こら、誘導に従え! バカ、逆噴射するなぁ! あちぃ?!」
「あ、ごめーん!」
パム――ラダー2――がトーイングカーを無視して逆噴射し始めたのも含めて、いつも通りの光景が広がっている。
「おい、ポキフ、あいつどうにかできないのか」
「いや、もうあそこまでいったら戻る方が危ないでしょ……」
整備員に話しかけられたポキフが、ヘルメットの下で諦観の表情を浮かべていた。
ラダー2は、逆噴射してその巨体を方向転換させると、カタパルトに向かってタキシングを始める。周りの誘導員たちは「またか」という感じで誘導棒を振ることすら止めていた。
「ラダー2、カタパルトにアクセスします!」
「……発艦を許可する、もう勝手にやれ」
「はーい!」
パムの機体がカタパルトに固定される。
ジェットエンジンの振動が、座席を通じて彼女の背骨に響いた。
「ラダー1、一番槍もらいますよー!」
「うん、まぁ、帰ったら激辛麻婆豆腐奢るよ」
「げぇっ」
甲板要員がラダー2のカタパルトへの固定を完了する。
「おら、射出するぞ、さっさと行ってこい一番槍」
「え、ちょ、ま、話と――うわぁぁぁ?!」
哀れ、ラダー2はそのままアヌボスから発艦した。
「ラダー1からメインコントロールへ、カタパルト固定確認、発艦準備完了」
「メインコントロールからラダー1へ、発艦を許可する。すでにゴールド隊が先行している。ラダー隊はバックアップに回れ。発艦後はヤタガラスの誘導に従うこと」
「ラダー1、了解、発艦する」
ポキフは上昇していくラダー2を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「なまじっか、才能があるだけ困るんだよねぇ」
それが誰かに聞こえることはなかった。
◇◆◇
「ヤタガラスからゴールド1・2へ、そろそろレーダーコンタクトできるか?」
「ゴールド1からヤタガラスへ、ネガティブコンタクト。駄目だ、ノイズすら映らない」
先行するゴールド隊は、ヤタガラスのレーダーに辛うじて映る機影を捉えられていなかった。
ヤタガラス――早期警戒管制機「オイフェ」――の管制員は、少女の端正な顔をしかめた。
「管制長、駄目です。ハミングのレーダーでは捕捉できないようです」
「ちっ、幽霊が。アヌボスのレーダーには映ってるんだよな?」
管制員はアヌボスに回線を繋ぐ。
「ヤタガラスからメインコントロールへ、そちらで不明機の機種は分かるか?」
「メインコントロールからヤタガラスへ、分かるわけないだろう。電紋と速度から、恐らく例の“渡り鳥”の可能性が高いが、それ以外は分からない」
管制員は噛んでいたガムを飲み込む。渡り鳥、つい最近目撃され始めた、所属不明の戦闘機。
惑星の各所に一日と経たずに神出鬼没に出現し、密輸船や海賊船を悉く狩り尽くす猛禽。
「どうしますか、管制長。ゴールド隊にこれ以上接近させますか? ハミングでは、この不明機相手に息切れする可能性が高いです……こいつ、ハミングより足が速いようです」
「……仕方ない。ゴールド隊を目視可能距離まで接近させろ。せめて相手の正体くらいは明らかにしないとな」
「了解。ヤタガラスからゴールド1・2へ。目標とアイコンタクトしろ。スーパークルーズの使用を許可する」
「ゴールド1からヤタガラスへ、了解。スーパークルーズを使用し、目標と接触する」
ゴールド1・2のエンジンに青白い火が灯る。ハミングのボディは即座に、音速の3倍……4倍……5倍に達していく。
“迎撃”戦闘機として生まれたハミングは、このような高速飛行を得意とする、自由航路連盟唯一の機体だった。
「おお! ポキフ先輩、見ましたか?! ハミングのスパークルーズですよ!」
「ラダー2、任務中に私語は止めろ……」
「は、はーい……」
後方10キロのところでは、ラダー隊がバックアップとして待機していた。
ハミングの鈍い灰色の塗装が、陽光によってその汚れを際立たせている。
「しっかし、データリンクには映ってますけど、レーダーに全然映りませんね。よほど、観測性が低いんですね」
「おい、携帯電話で話しかけてくるな」
「こっちの方が音質いいですし」
「あのなぁ……」
ポキフは開いた口が塞がらなかったが、この少女には今更何を言っても無駄だと思い出し、結局口が塞がった。
「噂の“渡り鳥”かもな。まぁ十中八九、どこかの生徒たちの手の込んだ悪戯だと思うけどな」
「あー、何かニュースサイトで解説されてましたね。僅か数時間後に、1万キロ離れた地点で別の目撃情報があったんでしたっけ」
「あぁ」
戦闘機の最高速度とは、飾りのようなものだ。ハミングの最高速度はマッハ5に迫っているが、そのような速度1時間以上も出せば、ガス欠になって墜落する。未熟なパムでも、ハミングの飛行特性を散々教えられた為、それくらいは常識だった。
「常にマッハ5で1万キロくらいで飛べる戦闘機なんて、もはやバケモノですもんね。ロケットかって感じです」
「といっても、機体の詳細を見た奴はいないから、何とも言えないけどな」
パムは微動だにせずに答える。
「私は飛行サークルの仕業に一票ですけど」
「言ったな? そうじゃなかったら、枕に薪を入れておいてやるよ」
ポキフはにやりと笑う。
「“まき”って何ですか?」
「そこからかよ」
一転、笑みが呆れに変わる。
「木を細分化して、燃料にした加工物のことだよ。といっても、そりゃあ見たことないか……」
「あー、木ですか! 木って燃料になるんですね、でも勿体なくないですか? 家具とかにすれば高く売れるのに」
「木が有り余ってる大陸惑星とかだと、そっちの方が手軽だったりするんだよ」
「へぇー」
パムにとっての“木”は高級素材の一種でしかなかった。軽くて弱いけど、いい匂いと触り心地がするもの。出生は学園管理機構、育ちは第2惑星「ユース」の彼女は、三星から、星系からも出たことはなかった。つまり、窓から見える宇宙、海と空しか知らなかった。
「……先輩、薪入れてもらってもいいですか?」
「なにバカなこと言ってんだ」
ポキフは余計な知識を吹き込んだことを、少し後悔した。
◇◆◇
「ゴールド1よりヤタガラス、不明機とアイコンタクト……あれが、目標か?」
ヤタガラスの管制室に、緊張が走った。
「映像、入ります!」
スクリーンに投影されたのは、青空を切り裂く一筋の閃光だった。機影は細く、鋭く、まるで空そのものを裂く刃のように見えた。
「……速すぎる。あれが、航空機か?」
管制員の声が震える。機体の輪郭は、既存のどの機種にも一致しなかった。識別信号は皆無。熱源も、電磁波も、まるで“そこにいない”かのように希薄だった。ただ、黒い鏃が静かに空を切り裂いている。
「ゴールド1より警告。こちら自由航路連盟所属、第五機動艦隊。貴機は飛行規則に反した飛行をしている。識別信号を送信せよ。繰り返す、識別信号を送信せよ」
応答はない。
「ゴールド2よりヤタガラスへ、補足。目標、こちらの警告に反応なし。進路変更もなし。……ただ、こっちを見てる」
「見ている……?」
管制長が眉をひそめた。
「ヤタガラスからメインコントロールへ。不明機、識別不能。映像はそちらも見えていますよね。不明機から応答なし。どうしますか?」
数秒の沈黙の後、アヌボスからの通信が届いた。
「メインコントロールからヤタガラスへ、。総合艦隊司令部より通達。目標機は“渡り鳥”の可能性が高い。撃墜を許可する。繰り返す、撃墜を許可する」
管制室が静まり返った。
「……マジかよ」
管制長が、低く呟いた。
「ヤタガラスよりゴールド1・2へ。目標機に対し、交戦を開始せよ。撃墜を許可する。全兵装使用許可。繰り返す、全兵装使用許可」
「……ゴールド1からヤタガラスへ、すまない、もう一度言ってくれ」
その声には、明らかな戸惑いがあった。
管制員は、緊張する声を押しつぶして、繰り返す。
「ヤタガラスよりゴールド1・2へ。目標機に対し、交戦を開始せよ。撃墜を許可する。全兵装使用許可。繰り返す、撃墜を許可する」
「……了解。交戦開始する。FOX――」
次の瞬間、空が閃いた。
ゴールド1の機体が、爆ぜた。
「ゴールド1、ベイルアウト!」
「ゴールド2、回避行動に移行! くそっ、どこいった?! 状況知らせ――」
通信が、途切れた。
「ゴールド2、応答せよ。……応答せよ!」
レーダースコープには、光点が一つだけ。
「……両機、ベイルアウトしました。恐らく、撃墜されたかと……」
管制長は、無言で拳を握りしめた。
「敵機、進路変更。この方角は……アヌボスに向かって接近中!」
「距離、あと一〇〇〇……九七〇……九三〇」
「ヤタガラスからメインコントロールへ、不明機を敵機と識別! そちらに向かっている!」
「メインコントロールからヤタガラスへ、分かってる! ラダー隊を迎撃に回せ、こちらもプリズム隊を出す!」
アヌボスの直衛たちから続々と艦隊空ミサイルが発射されていく。しかし、どういうわけかそれらが頼りなく思えてしまった。
「ヤタガラスよりラダー1・2へ。敵機が母艦に接近中。迎撃に移れ。繰り返す、迎撃に移れ。母艦に近づけるな」
パムの喉が、音もなく鳴った。
「……ゴールド隊、やられたんですか?」
「……あぁ。全滅だ」
ポキフの声は、いつになく低かった。
「ラダー1からヤタガラスへ、、了解。これより迎撃に移行する」
パムは、操縦スティックを握り直した。手のひらが、じっとりと汗ばんでいる。
「先輩……あれ、本当に“渡り鳥”なんですか?」
「さあな。でも、あれが何であれ――」
ポキフの声が、通信越しに響いた。
「――俺たちが止めなきゃ、アヌボスが危ない。勝算が無ければ、空母に突っ込むわけがねぇ」
パムは、唇を噛んだ。
「ラダー2からヤタガラスへ、了解。こちらも迎撃に移行します」
空が、静かに震え始めていた。
◇◆◇
「ラダー1からヤタガラスへ、敵機捕捉! 距離、八〇! スーパークルーズ移行、ミサイル発射準備完了!」
ポキフの声が、通信回線に鋭く響く。ハミングのエンジンが咆哮を上げ、ラダー1の機体が空気を裂くように加速する。マッハ5の限界速度が、機体のフレームを震わせる。隣を並走するラダー2――パム――も、必死に追従しようとスティックを握りしめていた。
「ラダー2、こちらも捕捉! ……先輩、速い……速すぎますよ、あれ!」
パムの視界に、ようやく渡り鳥の機影が捉えられた。黒い影は、まるで空の裂け目のように、予測不能な軌道を描きながら前進している。レーダーはノイズにまみれ、データリンクだけが辛うじて位置を示す。渡り鳥の速度は、こちらの最高速度を上回っている――いや、常時マッハ4を維持し、急加速でマッハ5を超える瞬間すら見える。
「ヤタガラスからラダー1・2へ、敵機の回避パターンが異常。LAAM(長距離空対空ミサイル)を使用せよ。既に全兵装の使用許可が出ている。ロックオン確認後、即時発射しろ」
ヤタガラスの管制長の声が、緊迫を帯びて響く。早期警戒機の管制室では、複数のスクリーンが渡り鳥の軌跡を追跡し、予測線を引いている。だが、線はすぐに乱れ、管制員の額に汗が浮かぶ。
「管制長、敵機の機動が……ランダムすぎます。AAMの誘導が追いつかない可能性が!」
「構わん、撃て! 一発でもあれば、機動性を削げるはずだ!」
一方、空母アヌボスの戦闘指揮所(CIC)は、赤い警報灯に照らされ、緊迫の空気に包まれていた。司令官が巨大なホログラムディスプレイを睨みつけ、護衛艦からの報告を次々と受ける。
「CICから全艦へ、敵機接近中! ポラリス攻撃始め! プリズム隊、即時発進! ラダー隊の援護を待たず、迎撃態勢を整えろ!」
護衛の巡洋艦と駆逐艦から、煙の尾を引く長距離SAM(艦隊空ミサイル)が次々と発射される。数十本のミサイルが、青空を白い軌跡で埋め尽くす。CICのスクリーンでは、それらが渡り鳥に向かって収束する様子が映し出される。
「ラダー1、FOX3!」
ポキフのハミングから、最初の一発が放たれる。続いてパムの機からも、ミサイルが飛び出す。高速で飛翔するミサイルは、渡り鳥の尾を追うようにロックオンを維持するが――。
「回避された! 敵機、急旋回! マッハ5超えの機動で……信じられない!」
渡り鳥の機体が、まるで意志を持った生き物のように身を翻す。ミサイルの爆風が空を焦がすが、黒い影は一瞬の隙も見せず、進路を維持したまま加速する。ラダー隊のミサイルも、護衛艦からの一斉射も、全て空を切る。
「くそっ、何だあれは……! ヤタガラス、ラダー1、追撃続行! ドッグファイトに移行する!」
ポキフの判断は素早かった。距離を詰め、渡り鳥の死角に回り込もうと、ラダー1が旋回を始める。パムも追従し、二機のハミングが渡り鳥を挟み撃ちにしようとする。だが、渡り鳥の反応は人間離れしていた。
「ヤタガラスからラダー1・2へ、敵機の旋回半径が異常! ハミングの維持旋回性能では追いつけない! 距離を保て、ミサイルを温存――」
管制長の警告は、遅かった。 渡り鳥が急減速し、ポキフの機首を狙って反転する。黒い機影が、ラダー1の鼻先を掠めるように旋回。瞬間、渡り鳥の主砲――対空レーザー砲が閃光を放つ。
「ラダー1、回避! ――ぐあっ!」
ポキフの悲鳴が通信に響く。ハミングの右翼が、溶断されたように吹き飛ぶ。機体は制御を失い、煙を吐きながら回転を始める。
「先輩! ポキフ先輩! 応答してください!」
パムの声が、甲高く叫ぶ。ヤタガラスの管制室では、管制員がパニックに陥りかける。
「ラダー1、ベイルアウト確認! 敵機、ラダー2を無視して母艦方面へ! ラダー2、追撃を許可するが、無理はするな! ラダー1の二の舞になるぞ!」
渡り鳥は、撃墜したラダー1を一瞥もせず、直進する。ポキフの機体が海面に墜落するのを尻目に、第五機動艦隊の中心――空母アヌボス――に向かう。その機動性は、まるで空を泳ぐ鯨のように優雅で、残虐だった。 CICでは、司令官の顔が青ざめる。
「敵機、プリズム隊と接触! プリズム隊、全機迎撃! 近接防御システムが展開開始!」
アヌボスから飛び立ったプリズム隊――大型戦闘機の編隊――が、渡り鳥を迎え撃つ。十機近いジェットが、ミサイルと機関砲で網を張る。だが、渡り鳥はそれを嘲笑うように、超音速で機群を掻い潜る。一機、また一機と、ハミングが爆炎に包まれる。レーザーの閃光が、空を切り裂く。
「プリズム3、ロスト! プリズム5、ロスト! 全機、散開を――あぁっ!」
通信が次々と途切れる。渡り鳥は、まるで獲物を狩る猛禽のように、編隊を蹴散らし、艦隊に迫る。
「待って……待ってよ、先輩! 私、一人じゃ……!」
パムは、震える手でアクセルを押し込む。ラダー2のハミングが、最高速度で渡り鳥を追う。だが、機体の限界が近づき、警告灯が点滅する。渡り鳥の影は、どんどん遠ざかる。
「ヤタガラスからラダー2へ、追いつけない! 艦隊の防空網に任せろ! ベイルアウトしたラダー1の捜索を優先――」
「嫌です! アヌボスが……みんなが!」
パムの叫びを遮るように、護衛艦からのミサイルが再び放たれる。数十本の尾が、渡り鳥を包囲する。CICのディスプレイでは、ミサイルの軌道が交錯し、渡り鳥の進路を塞ぐ。
「全弾命中! ……いや、回避! 全弾回避された! どうやって……!」
渡り鳥の機体が、ミサイルの網を縫うようにロールとピッチを繰り返す。爆風が機体を揺らすが、傷一つ付かない。シールド発生器が、淡い光の膜を張り、破片を弾き返す。
渡り鳥は第五機動艦隊の懐に潜り込んでいく。護衛の駆逐艦と巡洋艦が、近接防御システム(CIWS)の機関砲を一斉射撃する。20mm砲弾の雨が、渡り鳥を襲う。アヌボスの甲板からも、対空砲火が上がる。
「命中! ……効かない! シールド?! 何だ、あの機体は……!」
CICの声が、絶望に染まる。砲弾は渡り鳥の周囲で火花を散らすが、機体に触れることすらできない。対デブリシールドだ。星系規模の宇宙戦で使われる技術を、航空機に凝縮していた。
そして、渡り鳥の反撃が始まる。大出力レーザー砲が、青白い光線を吐き出す。一閃で、護衛駆逐艦の艦体が真っ二つになり、次の閃光で、巡洋艦の艦上構造物が串刺しになる。艦隊は次々と炎上し、断末魔をあげていく。
「第一から第三甲板大破! 火災発生! 全艦、退避を――」
アヌボスのダメージコントロールの叫びが、爆音に掻き消される。飛行甲板がレーザーの熱で歪み、艦体が傾く。スーパーキャリアの巨体が、バターのように切断される。
ようやく追いついたパムは、燃え盛る艦隊を呆然と見下ろす。渡り鳥が、アヌボスの残骸を背に、未だに反撃を続ける駆逐艦に向けて旋回し始めていく。
「あなた……! みんなを……!」
怒りが、恐怖を上回る。パムは、残存のミサイルを全て発射し、機関砲を連射する。渡り鳥の進路を塞ぎ、わずかに機体を逸らすことに成功する。妨害は、ほんの一瞬――だが、それで十分だった。
「ラダー2、よくやった! だが、退け! 敵機が――」
渡り鳥が反転し、パムのハミングにレーザーを浴びせる。機体のコックピットが熱くなり、計器が次々と故障する。
「熱源上昇! 回避を――あっ!」
パムの機体が、翼を失い、制御を失う。炎に包まれ、海面に向かって墜落する。
「ラダー2、脱出! 緊急脱出しろ!」
パムのハミングが、パイロットを補助する最期の仕事をする。カタパルトが作動し、彼女の体を空に放り出す。パラシュートが開く衝撃で、視界が揺れる。意識が薄れゆく中、パムは見た。
黒い渡り鳥が、静かに旋回し、遠くの空へ消えていく。まるで、何事もなかったかのように。
海風が、彼女の頰を撫でる。すべてが、終わった。