未成艦隊
パムは自室のベッドに腰掛け、そわそわと膝を揺らしていた。目の前のホログラムが淡く光り、手元の書類に視線を這わせる。「自由航路連盟総合艦隊司令部」の印章が、冷たく輝いていた。この惑星で、無視できる生徒などほとんどいない。
「パム、帰ったぞー」
「あ、ポキフ先輩、おかえりなさい!」
ドアがガタガタと開くと、パムは目を輝かせ――書類を蹴散らしながら――ポキフに飛びつく。
「おおっと……おいおい、私はまだケガ人だぞ」
「あ……その、すいません……」
左目周りの包帯を見て、パムは慌てて腕を解く。手持ち無沙汰の両手が空を掻く。どうやら、何も考えていなかったらしい。ポキフは右目を細め、ため息をついた。
「はぁ、いいよ。ただいま、パム」
「?! は、はい……!」
ポキフがそっと抱きしめると、パムの顔が綻ぶ。彼女はポキフの腹に頰をすり寄せた。
「はぁ、やれやれ、一週間入院しただけだろ。大げさだな」
「だ、だって」
「だってもクソもねぇ。ほら、アイス買ってきたから、食べるぞ」
少女の表情が、瞬時に小動物からハイエナへ変わる。
「お皿持って来まーす!」
「はいはい、走るな」
台所へ駆け去るパムを、ポキフは呆れた顔で見送った。
「やれやれ、やはり変わらないか」
もちろん、その言葉は彼女には届かない。
◇◆◇
「うへへ、うへえ……この固さがたまんない」
「何だそのだらしない顔……」
ポキフは、皿にアイスクリームを盛り付けるパムを眺める。彼女は固いアイスを口の中でじわじわ溶かすのが好きだ。
「それで、これは異動命令か」
「あー、昨日指令は来てましたけど、書類は今日ですね」
ホログラムには、パムの第5機動艦隊から第3機動艦隊への転属が記されていた。
「やれやれ、第3機動艦隊か……」
「有名なんですか?」
ポキフは固いアイスを掬い、口に放り込む。
「あぁ、予算不足で未成に終わった空母機動部隊だ。ほとんど第1区に引きこもってるはず」
「げぇ、おんぼろ艦隊じゃないですか、それ」
「そういうことだ」
パムはアイスを頰張り、瞬時に飲み込む。
「ちなみに、私もそこに異動だ」
「えぇ?! というか、先輩、知ってましたね!」
ポキフが意地の悪い笑みを浮かべる。
「知ってるも何も、お前の転属先を決めたのは私だぞ」
「ぶぶっ、そ、そうなんですか?」
「あぁ」
飛び散ったアイスを掻き込むパムが、何とも言えない顔をする。
「私が同じ隊にいて……その、迷惑になりませんか?」
「迷惑って……25年生で私並みにハミングを扱えるのはお前くらいだ。迷惑になるわけがないだろ」
少女は溶けかけたアイスを弄ぶ。
「寧ろ、必要不可欠だ」
「え?」
ポキフが左目を指さす。包帯が痛々しく巻かれていた。
「私はしばらく、前のように操縦できない。だから、操縦はお前に任せて、私は後席で補助に回る」
「こ、後席って、ハミングは単座機ですよ。何に乗るんですか?」
分厚い冊子が飛んでくる。慌ててキャッチすると、操縦マニュアルだった。ハミングのものより、はるかに厚い。
「それ読んどけ。異動先で必要だ」
「ちょっと、どこまで話を進めてるんですか?!」
それでも、二人はアイスを掻き込む。時間は有限だ。
「私も詳しくは知らん。でも、これは上の意向だ。彼らはラダー隊を遊ばせておかないようだ」
「そんなぁ、飛行サークルに行こうと思ってたのに……」
「また今度な」
アイスを平らげたパムが、マニュアルを開く。何故か、ページが重い。
「ちなみに、それ機密資料だから無くすなよ」
「アイスの席で出すもんじゃないでしょ、それ!」
ポキフが鞄から結露したカップを取り出す。
「アイスティーしかないけど、飲むか?」
「飲みます!」
パムは食べ物に弱い。
◇◆◇
小型艇の窓から、パムは外を眺めていた。海は穏やかだった。だが、その底に沈むアヌボスの残骸が、静かに疼く。
「……先輩、あの時、私……」
「言うな。今度は、できるさ」
ポキフは包帯の下の左目をそっと押さえた。
「あれは私の判断ミスだ。相手の能力を研究せず、ドッグファイトを挑んだ。当然の帰結だ」
「ですが……」
「そんな辛気臭い顔をするな」
ポキフの手が、パムの小さな肩を撫でる。
「お前は与えられた義務を果たした。私が撃墜されたのも、アヌボスが沈んだのも、お前のせいじゃない」
分かっている筈だ。パムは馬鹿じゃない。ただ、システムの脆弱さを責めても、現場の人間は何を改善すればいいのか。言ったところで、何になるのか。
「渡り鳥に対して、第5機動艦隊の戦闘システムは脆弱だった。それだけだ」
パムは黙った。
「そろそろ着くぞ。第1管区だ」
「ここが……ですか?」
窓外に、錆びついた造船区画が広がる。老朽化した洋上プラットフォームは、波に揺れながら息を潜めていた。小型艇は閑散とした桟橋に接岸する。二人は操舵手に敬礼し、錆鉄の迷路へ踏み込んだ。
歩を進めるうち、鉄に油の匂いが混じる。生きている区画だ。
「せ、先輩、あれって……」
「あぁ、あれは」
一際広い場所に、“ソレ”が鎮座していた。技師たちの群れ――数十人の生徒が、汗だくで工事を進める。
「軽空母ユーデス。我々、第3機動艦隊の旗艦だ」
「え?」
予想外の声に、パムは振り返る。そこに、黒いコートを纏った――パムより小さな少女が立っていた。腕を組み、偉そうに。ニヤリと笑う唇が、鋭い。
「ようこそ、ラダー隊。“未成艦隊”へ」
その名は、確かにショボかった。だが、少女の瞳には、錆びた鉄の向こうに潜む、何か鋭い光が宿っていた。