三星回廊   作:佐竹福太郎

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第3機動艦隊
未成艦隊


 パムは自室のベッドに腰掛け、そわそわと膝を揺らしていた。目の前のホログラムが淡く光り、手元の書類に視線を這わせる。「自由航路連盟総合艦隊司令部」の印章が、冷たく輝いていた。この惑星で、無視できる生徒などほとんどいない。

 

「パム、帰ったぞー」

「あ、ポキフ先輩、おかえりなさい!」

 

 ドアがガタガタと開くと、パムは目を輝かせ――書類を蹴散らしながら――ポキフに飛びつく。

 

「おおっと……おいおい、私はまだケガ人だぞ」

「あ……その、すいません……」

 

 左目周りの包帯を見て、パムは慌てて腕を解く。手持ち無沙汰の両手が空を掻く。どうやら、何も考えていなかったらしい。ポキフは右目を細め、ため息をついた。

 

「はぁ、いいよ。ただいま、パム」

「?! は、はい……!」

 

 ポキフがそっと抱きしめると、パムの顔が綻ぶ。彼女はポキフの腹に頰をすり寄せた。

 

「はぁ、やれやれ、一週間入院しただけだろ。大げさだな」

「だ、だって」

「だってもクソもねぇ。ほら、アイス買ってきたから、食べるぞ」

 

 少女の表情が、瞬時に小動物からハイエナへ変わる。

 

「お皿持って来まーす!」

「はいはい、走るな」

 

 台所へ駆け去るパムを、ポキフは呆れた顔で見送った。

 

「やれやれ、やはり変わらないか」

 

 もちろん、その言葉は彼女には届かない。

 

 

◇◆◇

 

 

「うへへ、うへえ……この固さがたまんない」

「何だそのだらしない顔……」

 

 ポキフは、皿にアイスクリームを盛り付けるパムを眺める。彼女は固いアイスを口の中でじわじわ溶かすのが好きだ。

 

「それで、これは異動命令か」

「あー、昨日指令は来てましたけど、書類は今日ですね」

 

 ホログラムには、パムの第5機動艦隊から第3機動艦隊への転属が記されていた。

 

「やれやれ、第3機動艦隊か……」

「有名なんですか?」

 

 ポキフは固いアイスを掬い、口に放り込む。

 

「あぁ、予算不足で未成に終わった空母機動部隊だ。ほとんど第1区に引きこもってるはず」

「げぇ、おんぼろ艦隊じゃないですか、それ」

「そういうことだ」

 

 パムはアイスを頰張り、瞬時に飲み込む。

 

「ちなみに、私もそこに異動だ」

「えぇ?! というか、先輩、知ってましたね!」

 

 ポキフが意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「知ってるも何も、お前の転属先を決めたのは私だぞ」

「ぶぶっ、そ、そうなんですか?」

「あぁ」

 

 飛び散ったアイスを掻き込むパムが、何とも言えない顔をする。

 

「私が同じ隊にいて……その、迷惑になりませんか?」

「迷惑って……25年生で私並みにハミングを扱えるのはお前くらいだ。迷惑になるわけがないだろ」

 

 少女は溶けかけたアイスを弄ぶ。

 

「寧ろ、必要不可欠だ」

「え?」

 

 ポキフが左目を指さす。包帯が痛々しく巻かれていた。

 

「私はしばらく、前のように操縦できない。だから、操縦はお前に任せて、私は後席で補助に回る」

「こ、後席って、ハミングは単座機ですよ。何に乗るんですか?」

 

 分厚い冊子が飛んでくる。慌ててキャッチすると、操縦マニュアルだった。ハミングのものより、はるかに厚い。

 

「それ読んどけ。異動先で必要だ」

「ちょっと、どこまで話を進めてるんですか?!」

 

 それでも、二人はアイスを掻き込む。時間は有限だ。

 

「私も詳しくは知らん。でも、これは上の意向だ。彼らはラダー隊を遊ばせておかないようだ」

「そんなぁ、飛行サークルに行こうと思ってたのに……」

「また今度な」

 

 アイスを平らげたパムが、マニュアルを開く。何故か、ページが重い。

 

「ちなみに、それ機密資料だから無くすなよ」

「アイスの席で出すもんじゃないでしょ、それ!」

 

 ポキフが鞄から結露したカップを取り出す。

 

「アイスティーしかないけど、飲むか?」

「飲みます!」

 

 パムは食べ物に弱い。

 

 

◇◆◇

 

 

 小型艇の窓から、パムは外を眺めていた。海は穏やかだった。だが、その底に沈むアヌボスの残骸が、静かに疼く。

 

「……先輩、あの時、私……」

「言うな。今度は、できるさ」

 

 ポキフは包帯の下の左目をそっと押さえた。

 

「あれは私の判断ミスだ。相手の能力を研究せず、ドッグファイトを挑んだ。当然の帰結だ」

「ですが……」

「そんな辛気臭い顔をするな」

 

 ポキフの手が、パムの小さな肩を撫でる。

 

「お前は与えられた義務を果たした。私が撃墜されたのも、アヌボスが沈んだのも、お前のせいじゃない」

 

 分かっている筈だ。パムは馬鹿じゃない。ただ、システムの脆弱さを責めても、現場の人間は何を改善すればいいのか。言ったところで、何になるのか。

 

「渡り鳥に対して、第5機動艦隊の戦闘システムは脆弱だった。それだけだ」

 

 パムは黙った。

 

「そろそろ着くぞ。第1管区だ」

「ここが……ですか?」

 

 窓外に、錆びついた造船区画が広がる。老朽化した洋上プラットフォームは、波に揺れながら息を潜めていた。小型艇は閑散とした桟橋に接岸する。二人は操舵手に敬礼し、錆鉄の迷路へ踏み込んだ。

 

 歩を進めるうち、鉄に油の匂いが混じる。生きている区画だ。

 

「せ、先輩、あれって……」

「あぁ、あれは」

 

 一際広い場所に、“ソレ”が鎮座していた。技師たちの群れ――数十人の生徒が、汗だくで工事を進める。

 

「軽空母ユーデス。我々、第3機動艦隊の旗艦だ」

「え?」

 

 予想外の声に、パムは振り返る。そこに、黒いコートを纏った――パムより小さな少女が立っていた。腕を組み、偉そうに。ニヤリと笑う唇が、鋭い。

 

「ようこそ、ラダー隊。“未成艦隊”へ」

 

 その名は、確かにショボかった。だが、少女の瞳には、錆びた鉄の向こうに潜む、何か鋭い光が宿っていた。

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