三星回廊   作:佐竹福太郎

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軽空母ユーデス

 黒いコートの少女は、ポケットからラムネ瓶を取り出すと、二人にそっと投げ渡した。瓶は微妙にぬるく、手に残る温もりが妙に生々しい。

 

「私はジョルユ、第3機動艦隊の司令をしている。よく来てくれたね」

 

 まるで鴉のような少女だ、とポキフは思う。静かな視線が、空の残り香を運んでくるようだ。

 

「出迎えありがとうございます。私はポキフ、こちらは後輩のパムです」

「は、はい。えっと、出迎えありがとうございます……」

 

 ジョルユはパムを見て目を細める。パムの小さな手の中で、ラムネ瓶が不安げに揺れた。

 

「ふむ、君がパムか。よろしく頼むよ」

「え、えっと、はい……?」

 

 ポキフは軽空母ユーデスの方へ視線を移す。“軽”の名に相応しく、空母としては控えめな体躯だ。錆の影が、静かに息づいている。

 

「上は、あれを完成させるつもりですか?」

 

 ジョルユはポキフの質問にため息をついた。

 

「本来なら、8年くらい前に終わってるはずだったんだけどね。議会の連中は、目先の甘い話しか眼中にない。困ったもんだよ」

 

 軽空母ユーデス。ポキフは細部までは知らないが、概要は耳にしていた。10年前の増強計画で生まれたはずの艦艇だったが、総司令部と議会の“方針転換”で未成のまま放置された。

 

「まぁ、こんな所で話をするのもなんだ。司令部に案内しよう」

「ありがとうございます」

 

 ポキフはパムをちらりと見る。彼女はラムネ瓶の蓋に悪戦苦闘中だ。道理で、静かだったわけだ。ふと、固まっていた顔に笑みがこぼれた。

 

 

◇◆◇

 

 

 司令部のジョルユの部屋は、一言でゴミ屋敷だった。ゴミのほとんどがラムネ瓶と吸い殻。室内に、ラムネの甘い残り香と煙草の渋い霧が、静かに混ざり合う。

 

「あー、椅子が無いな。適当にその辺の書類を使ってくれ」

 

 床に所狭しと書類の山。埃のヴェールが、それらを優しく覆っている。

 

「げ、これも機密資料……」

 

 パムが呟く。中には、ヤバめのものも。

 

「さて、君たちは第3機動艦隊の現状について、どれくらい知っている?」

「わ、私はあんまり知りませんが……先輩はどうなんですか?」

 

 ポキフが答える。

 

「事実上の欠番状態の艦隊だとは聞いたことはある。予算打ち切りで未完成だとしか」

「常識程度はあるようだね」

 

 ジョルユがホログラムを起動する。そこに、第3機動艦隊の“全て”が、淡く浮かぶ。

 

「軽空母ユーデス、護衛の駆逐艦が2隻、無人偵察機30機。これが今の第3機動艦隊だ」

「え、少なくないですか?」

 

 機動艦隊は、連盟の切り札。スーパーキャリアに100機のハミング、重厚な巡洋艦と駆逐艦の群れ。重工機構の巨艦すら沈める、海と空の要塞。それが、標準だ。

 

「予算不足だからね、仕方ないね」

 

 ジョルユが肩をすくめる。どこかで瓶が倒れ、静かな音を立てた。

 

「本来は、もっと多くの艦艇を配備する予定だったんだが、議会と総司令部で色々と騒動があった。その後、総司令部の目は第4・第5機動艦隊へ。我々は放置。ユーデスは性能の割に高くてね、恐らくそれを出汁に誰かが止めたんだろう。おかげで第3機動艦隊は年中有休、私はここでゴロゴロ、というわけ」

「それは司令官としてどうなの……?」

 

 パムのツッコミに、ジョルユはどこ吹く風。

 

「まぁ、別に私は与えられた仕事をしていただけだ」

 

 だが、ジョルユの少女らしい飄々とした空気が、ふと霧散する。

 

「だが、先日の第5機動艦隊の壊滅で、状況が変わった」

「っ!」

 

 ホログラムが切り替わる。空母アヌボスには、歴然と「喪失」の文字が刻まれていた。空母アヌボス、巡洋艦1、駆逐艦6被撃沈。巡洋艦・駆逐艦1大破。艦載機98機喪失。唯一の稼働艦は駆逐艦1隻。それが、第5機動艦隊の現状だった。

 

「自由航路連盟は先日の“渡り鳥”との交戦で、完成してから2年しか経っていない最新鋭空母を含めたアセットを失った。大損害だ。アヌボスは向こう半世紀、自由航路連盟の中核を占める予定の艦だったからね」

 

 アヌボスの喪失は、その文字以上に大きな意味を持つ。自由航路連盟は巡洋艦や駆逐艦の喪失には耐えられても、竜骨たる空母が折れては、支柱たる他の艦艇は無意味。

 

「総司令部はこう思っただろうねぇ。『沈んだのがアヌボスではなく、ユーデスであれば良かった』。あぁ、もちろん私もそう思うよ」

 

 そんなことは起こりえない。ジョルユは言外にそう言っていた。ユーデスは第1管区に引きこもっているのだから、沈没する理由がない。少なくとも、それは数十年後……の予定だった。

 

「だが、そんな総司令部は、今はそのユーデスに頼るしかないのさ。まったく、哀れな連中だ」

 

 まるで他人事のようにジョルユは嗤う。

 

「でもその、ユーデスはアヌボスの代わりにはなれないんじゃ……?」

「当たり前だろう? パムちゃん」

「ぱ、ぱむちゃん……」

 

 ホログラムに、ユーデスのモデルが投影される。外見上では、さきほど造船区画で見たものと大して違いはないように見える。

 

「アヌボスの代わりは、また別の機動艦隊が務める。重工機構や群狼条約への戦略を、根底から揺るがすほどじゃない」

「じゃあ、このモデルは何だ? ただの青写真ではないだろう」

「まさか。我々には無駄なデータを保管しておくスペースなんてないよ」

 

 それにしては、瓶と吸い殻が多いような、とパムは思うが、口を閉ざす。

 

「総司令部は、ユーデスに近代化改修を施す決定した。ようやく、未成の空母を完成させるとさ」

「つまり、あの工事は本当に」

「そう、ようやく予算が下りたってわけだ」

 

 いくら老朽化した第1管区でも、貴重な造船ドックを何年も完成しない艦艇のためにとって置いたりはしない。軽空母ユーデスがあそこで工事を受けていたのは、自由航路連盟が彼女を、ようやく空母として産み落とすことを決意したからだった。

 

「格納庫区画を削る代わりに、カタパルトを装備。レーダーは、アヌボスから引き揚げたものを再利用する方針だそうだ」

「随分と大掛かりだな……まさか、ハミングを載せるつもりか?」

 

 ジョルユがニヤリと笑う。

 ユーデスのモデルが揺らぎ、甲板上にハミング迎撃戦闘機が所狭しと並べられる。

 

「10機程度だが、ハミングとその他固定翼艦載機を搭載する」

「いや、だいぶ小さいですね」

「これでも無理した方だ」

 

 パムはモデルを見ながら、ふと疑問に思う。これほどの改修を施すなら、新規で空母を建造するよりは安いだろうが、決して気楽に決定できるものではない。恐らく、第5機動艦隊の維持費を使ったのだろうが……

 

「その、何でハミングなんですか?」

「おや、何かな? パムちゃん」

「そ、そのパムちゃんって呼び方なんですか」

「いいだろ、可愛いから」

「か、かわいい?!」

 

 ジョルユはその不気味な笑みを絶やすことはなかったが、「可愛いけど、意外と鋭いよね」と言いながらホログラムを弄る。

 

「こ、これは……?」

「なるほど、そういうことか」

 

 ホログラムに映るものは、非常によく見覚えのあるものだった。何なら、パムはさっきまでよく読み込んでいた。

 

「XRF-25“オルフェ”。ユーデスと同じく、未成に終わった特殊戦闘機」

 

 やはり、似ている。マニュアルの時よりも、はっきりと分かる。

 

「……渡り鳥」

 

 そこには、黒い鏃が映っていた。

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