訓練航海
「ラダーからムルカコントロールへ、カタパルト固定完了、発艦準備完了」
「ムルカコントロールからラダーへ、発艦を許可する。後からゴールド隊が続く、誘導を任せる」
「ラダーからムルカコントロールへ、了解。発艦する」
甲板要員たちがバタバタと足音を立てながら退避が完了すると、後から増設されたJBDが直立する。ユーデスは近代化改修により、カタパルトを1基装備、オルフェ1機とハミング9機、無人機10機を運用する軽空母となっていた。
オルフェが静かに轟音を震わせ、パムの骨身を染み渡らせると、カタパルトが機体を加速させる。あっという間に加速すると、パムとポキフはユーデスから射出され、青い空が広がった。
「ラダーからムルカコントロールへ、発艦成功、高度1万まで上昇する」
「ムルカコントロールからラダーへ、了解。オルフェは模擬戦終了後、直ちに帰還せよ」
「ラダーからムルカコントロールへ、了解」
発艦後、高度を取るために上昇していくと、眼下に第3機動艦隊の全貌が見えてくる。ユーデスの12時方向、距離約1000の地点には巡洋艦「ラ・ボイカ」が見えた。彼女は先日の渡り鳥との交戦で大破、修理中に第5から第3へ異動となり、現在はユーデスの直衛艦を務めている。ラ・ボイカを先頭に、周囲を4隻の駆逐艦が固めていた。
「一応、艦隊行動はできてますね……」
「元第5の奴もいるからな。逆にできないと困る」
「アハハ……最初の頃のことは忘れましょうか」
第3機動艦隊が再編されてから3か月。何年も実質的な予備役状態だった乗組員たちの練度は底を割っていた。当然である。パムが最近よく話している整備員は、3か月前は中央区のホットドッグショップでアルバイトをしていたという。第3機動艦隊の乗組員たちは、第5機動艦隊から異動してきた者たちを除いて、そのような連中ばかりだった。
そのため、最初の頃は――
「そこ! 駆逐艦アルシ、艦列から離れるな! 誰が操艦してる?!」
「ちょっと待て、俺たちもどっち行ってる!」
面舵と取舵を間違えた駆逐艦数隻が謎の回転運動をしたり――
「ムルカコントロールからゴールド3へ、少し言いにくいのだが……」
「ゴールド3からムルカコントロールへ、何だ?」
「貴機、翼が折り畳まれたまま飛んでるぞ」
「はぁぁぁ?!」
整備員たちが翼を展開し忘れたまま、ハミングを射出してしまい(なぜ?!)
「ヒューリー発射されました?!」
「誰が発射していいと言った!」
「や、やらなければ、やられます。砲雷長……」
「お前は何を言ってるんだ……??」
誤って対潜ロケットが発射されたりと、散々であった。
「それで、今日は模擬戦でしたっけ?」
「ああ、私たちが“渡り鳥”役だ」
「うーん、何か嫌ですね」
パムはHMD越しにレーダースコープを見る。既にゴールド隊は展開を終えつつあった。
「研究はしてますけど、正直再現度は低いですよ?」
「それでも、お前が渡り鳥に一番近い存在足りえるという総司令部の判断だ。模擬戦で初めて分かることもあるだろう」
「それは、そうですけど……」
上昇しきったオルフェを水平飛行に戻すと、パムは機体を加速させる。あっという間にマッハ5近くに到達すると、通信が入る。
「ゴールド1からラダーへ、こちらは所定の位置についた。そちらのタイミングで始めてくれ」
「……ラダーからゴールド1へ、了解。所定の位置で待機していてください」
パムは深呼吸をすると、操縦スティックを握り直す。オルフェが拾った風のささやきが、耳元で低く響く。
「ポキフ先輩、行きますよ」
「ああ、派手にかましてやれ」
「了解しました!」
◇◆◇
HMDの隅で戦闘シミュレーションが立ち上がる。リンクが同期し、仮想兵装・判定ロジック・電子戦環境が重なる。実弾はない。だが、警報は本物のように鳴るようになっている。正面に三つの青――ゴールド隊が“照射”ラインに乗る。
「リンク確立。判定系、同期」
ポキフの声が落ち着いて落ちる。パムはスロットルを押し込み、ヘッドオンへ機首を合わせた。
模擬戦上のオルフェの兵装は簡素だ。渡り鳥のレーザー砲を模した、簡素なレーザー照射機。それだけだ。
最初の警報。シミュレーション上の長距離AAMが連続でゴールド隊から発射され、レーダーロックの数字が跳ね上がる。しかし、ミサイルシーカーの照射角は回避できないほど広くはない。
一本目は角度が足りない。パムは機首を針先ほどだけ当て、白い線を弾頭へ乗せ、レーザーを照射する。照射機が短く瞬き、ミサイルは消える。
二本目は高角。避けるために急降下へ移る。三本目は、低角。照射。
四本目は連続で来る。浅い弧で線を外し、ビーム機動――一瞬だけ揺れる白線をミサイルの腹へ滑らせ、撃墜。警報がまだ続く。海面が近づく。機体の角度を変えず押し下げ、最後の一本を高度差と速度で殺す。
全弾回避。風が骨を叩く。
「……抜けた。加速、続けます」
「その調子で続けろ。大丈夫だ」
速度の尾が伸びる。照射の射程に入る直前、ゴールド隊が散開。左右へ“線”がほどけ、包囲の弧へオルフェを閉じ始めようとする。赤外線誘導弾の圧力が強まり、オルフェの防御システムが警報を短い間隔で鳴らす。
パムは真正面へ突っ込むのをやめ、浅い弧のまま更に加速する。ハミング3機が作る包囲は軽い。だが、弧が重なるとオルフェの出口が消える。だから、自慢の速度で出口を作る。オルフェは弧を千切り、包囲の口を無理やり開く。
一瞬の隙間。機首を滑らせ、距離を取り、振り返りざまに白い線を置く。照射。ゴールド3の表示が一瞬だけ赤に滲み、灰色へ落ちる。線が1本途切れる。短い吐息が無線の向こうで崩れた。
3時方向の圧が強まる。ゴールド2が近距離の間合いへ入り、赤外線誘導の圧を継続する。浅い弧では、次の角で詰められる。速度で外せばいい――それが最善だと、オルフェは教えてくる。だが、相手の読みは、こちらの“最善”を前提に揺さぶっている。ならば、その最善を外す。
「格闘戦するつもりか……? いいだろう。そのままやれ」
「はい」
パムはスロットルを抜き、機首を針先ほどだけ外へ振る――そして、オルフェの機体特性に逆らうように、急旋回へ踏み込む。重い。骨がきしむ。速度が落ちる。ハミング由来の翼は深い旋回には不向きだ。だが、誰も同じ瞬間には来ない。ゴールド2の赤外線誘導弾は、こちらが“速さで逃げ場を作る”読みで発射される。急旋回は想定外。追尾角が跳ね、相手のミサイルの射線がずれる。
その短い空隙に、白い線をはハミングの土手っ腹へ滑らせる――照射。赤が瞬く。ゴールド2が灰色へ沈む。警報が消え、骨に残った振動だけが続く。機体は息を吐くように、速度を取り戻し始めた。
正面に残る隊長機、ゴールド1は散開の中からオルフェの死角へ入り、線を殺す旋回を置き続け、“出口”で待つ。双方の機体は重く、速い。線が重なる直前を崩し続ける動きは、渡り鳥の記憶に最も近い。
「注意しろ。あいつ、まだ槍を残してやがる」
「流石、隊長機――っ、ですね?!」
背後でレーダー波誘導が立ち上がる。やはり、まだ長距離AAMを残している。速度差で追尾角を削るため、パムは一度、射線を合わせに行かず、加速だけで死角から離れる。警報は細くなり、消える。距離が戻り、レーザーの射程の端がちらつく。閾値表示がHMDの隅で揺れる。照射の溜めは短い。機首を針先ほど合わせ、線が乗る瞬間を待つ。相手の読みを狂わせる。出口のさらに外で線を保つ。
ゴールド1は乗らない。角を置き直し、出口をずらす。白い線は重ならなず、時間が伸びる。風が肩を叩く。呼吸が浅くなる。背後の警報がまた鳴る。長距離のレーダー誘導が、速度差を埋めに来る。パムはスロットルを押し込み、オルフェの加速で尾を伸ばす。追尾角が崩れる。警報が消えかける縁で、隊長機が斜めに落としてくる。線の出口を殺しに来る動き。重い。だが、速い。
ここで“最善”に戻す。パムは浅い弧を二枚重ねる。一枚目は重ならないぎりぎり、並走。二枚目は遅らせる。遅れを針先ほどに。相手の旋回の出口へ遅れ線を立ち上げる。同時に、加速を一つ積む。白い線が閾値を跨ぎそうで跨がないまま、視界の中心へ寄っていく。
隊長機が次の角を置く瞬間――白い線が閾値を跨ぐ。引き金を引く。赤い円が灯る。操縦系の電装品に破壊判定。表示が灰色へ落ちる。息が止まり、短い呼吸だけが無線の向こうに残る。
「ふぅ……」
「お疲れ、よくやった」
風の音がヘルメットの内側で薄く流れる。戦場表示が消える。指先はまだ熱い。スロットルをわずかに戻し、高度を整える。
「ラダーへ、模擬戦終了。帰投せよ」
ムルカコントロールの音声が滲む。
「了解、帰投する」
機首をユーデスへ向ける。両脇から、撃墜判定を受けたゴールド隊たちが集まってくる。パムが接近してきたゴールド1をふと見ると、グラスキャノピー越しにゴールド1がサムズアップしているのが見えた。パムも手を振ろうとしたが、オルフェのキャノピーは光を透過しないので止めた。代わりに、パムは通信回線を開いた。
「ラダーからゴールド1へ、お疲れ様です!」
「ははは、最後のはやられたよ! パムちゃんも成長したねぇ」
ゴールド1の声が無線に響き、パムは相手に見えない笑みを無邪気に浮かべる。
「いえ、オルフェのおかげ――「どうだ、私の一番弟子はぁ!」――ちょっと先輩?!」
ポキフの挑発に、ゴールド1が獰猛な声を上げる。
「おお、やんのかぁ?」
「あぁ? ウチのパムに勝てるとでも?」
唐突な後席と隊長機の暴走に、パムと他2機はあたふたする。
「ちょっとやめてくださいよ! というか、私を使わないでください!」
「隊長も落ち着いて――」
このあと、ポキフとゴールド1が言い争っていること以外は平和に、4機はユーデスに帰投した。
◇◆◇
訓練を終えたパムは、自室の床に寝転がり、天井の電灯をぼんやり見つめていた。
「うああ……疲れた」
だらりと伸ばした腕が、壁に掛けた小物入れをゆらす。
廊下を隔てた向こうから、ポキフの足音が近づいてきた。
「ただいまー。ほい、縦長キャンディーだぞ」
戻ってきたポキフはビニール袋を取り出し、その中から背丈並みの包みを取り出す。パムは反射的に上体を起こし、きらりと輝く包装紙をはがす。
「これって……高かったんじゃ?」
「気にすんな。あいつから奪ってきただけだ」
「……ああ」
裏返しの包み紙越しに、パムは誰から奪ったかをすべて察した。どうやら、着艦した後もやりあっていたようだ。顔をしかめながらも、口に放り込めば表情は途端に緩む。
「そういえば、司令が次の寄港地をオプレクに決めたとのことだ」
ポキフが傍らの簡易テーブルをひょいと蹴り、話を続ける。
パムは飴を口の中で溶かしながら目を細めた。
「オプレク……どんなとこかぜんぜん知らないです……」
「連盟きっての工業都市だ。陸戦兵器の大半があそこ製造だな。煙突とクレーン天国。私たちが使っている拳銃も、そこで造られている」
パムは小物入れに一瞬だけ視線を向け――飴を頬に詰め込み、うなずく。
「露店のジャンクフードがうまいって話は聞いたことあります。食べ歩きしないと」
「お前、食い物のことしか考えてねぇな……」
ポキフは苦笑しつつ部屋を出ていった。残されたパムは、床に散らばったキャンディーの包みをそっと抱え込む。
「そういえば、これもオプレク製……?」
流石にそんなことはなかった。