艦隊が入港したからといって、すぐに休暇が来るわけではない。艦や装備の点検、補給、果ては入港時の政治的パフォーマンスなど、原因は様々だ。オプレクの錆びた港に接岸した第3機動艦隊も、例外ではなかった。潮風が甲板を撫で、油と鉄の匂いが、静かに空気を満たす。
パムも、勿論それに巻き込まれる側だった。
「うぅ、私パイロットなのに何で……」
上陸できたと思ったら、待っていたのは食べ歩きではなく物資の積み込み。いつも隣にいるポキフはオルフェの調整に回され、ひとり残されたパムは、運悪くジョルユに目をつけられ、荷役に駆り出されていた。でなければ、早朝から人気のない区画で物を運んだりはしない。額に汗が滲み、腕に積荷の重さが染みる。遠くの煙突から吐き出される蒸気が、朝霧のように空をぼやかす。
「別に」
「仕方」
「ないだろ」
聞きなれない金属音が、すぐ横で響く。パムは少し視線をやり、声の主を見る。
「そして貴方たちは何なんですか?」
そこには、よく分からない4本脚の機械たちがいた。亀が無理やり立ち上がって歩き出したような――正直、ちょっとキモい――姿。緑色の塗装が、港の薄暗い光を鈍く反射し、“甲羅”のラックとアームに荷物を吊り下げ、頭部の複眼センサーが赤く瞬く。パムは彼らの面倒をみることを指示されていた。多分、あの司令がサボりたいだけなのだが。
「さっき」
「説明した」
「歩兵支援協働戦闘システム“マル”」
「その最新型」
「今は」
「補給任務」
「ちゅう」
「名前長いよぉ……もう少し短くできないの?」
パムの不満に、亀たちは「甲羅」のアームを器用に動かし、荷物を吊り下げながら複眼を互いに見合わせる。カチカチと関節が鳴り、まるで相談するように一瞬止まる。
「歩兵協働戦闘――」
「却下!」
「理不尽だ」
「酷い」
パムは運んでいた積荷を下ろし、目の前で作業を続ける機械たちを見、ため息をつく。数十分、一緒に作業して分かったことは、彼らは意外と単純だが馬鹿ではない、ということだけ。タラップを上り、艦内に荷物を置く。マルたちは4本の脚を器用に動かし、積荷をブロックのように几帳面に積み上げていく。金属の擦れ音が、潮風に混じり、静かなリズムを刻む。
「とりあえず、マルでいい?」
「気に食わないが」
「話が進まないので」
「賛成」
「それなら最初からマルでいいじゃん……」
パムはげんなりしつつ、積荷を再び持ち上げる。腕の疲れが、じんわりと染み、油の匂いが鼻腔をくすぐる。彼らとの会話は平行線を辿り、もどかしい思いが胸に溜まる。マルたちの複眼が、赤く瞬き、作業の合間にこちらをじっと見つめる。ちょっと、気味が悪い。
「貴方たち、それ楽しいの?」
「楽しい」
「必要」
「任務」
何だか聞くだけ無駄だった気がした。パムは肩を落とし、タラップを再び上る。マルたちの脚音が、背後でカチカチと続き、格納庫のざわめきに溶け込む。遠くのオプレクの煙突が蒸気を吐き、かすかな軋みが港の空気を震わせた。
◇◆◇
「指定された分の積み込み終わりましたよー……」
「終わった」
「完了」
「100パーセント」
「ん、お疲れぇ。パムちゃん」
飛行甲板でピクニックをしているジョルユに、疲労困憊のパムは報告する。目の前でアイスクリームを食べている司令が羨ましかった。潮風が甘い匂いを運び、甲板の金属を優しく冷やす。
「いやぁ、やってくれる奴がいなくてねー。助かったよ」
「だからといって、何でパイロットの私に単純労働をやらせるんですかぁ……」
パムの言葉を聞いたジョルユが心外な顔をし、アイスを口から離す。
「あれ、私荷物運べとか言ったっけな?」
「いやだって、言いませんでしたか? 『この荷物入れといてって』、しかも『こいつらの面倒もよく見といて』って。大変だったんですよ。この子たち言ってることよく分からなくて……」
「ちゃんと」
「会話した」
「異常ナシ」
ジョルユが沈黙する。複眼の赤が静かに瞬く。
「いや、だってこいつらが運んでくれるじゃないか」
「えっ?」
何だろう、猛烈にこの先の話を聞きたくないのは何故なのだろうか。パムは深呼吸をしてから、意を決して頭の中に芽生えた質問を口にする。潮風が、パムの青い髪を優しく乱した。
「……司令、もしかして『荷物を運べで』ではなく、この子たちを使って荷物を運べ、ということですか……」
「そう、それだ」
パムは頭が痛くなってきた。数時間の悪戦苦闘は何だったのだ……? いや、早とちりした自分も悪いのだが。
そう、確かに司令は荷物を運べとは言っていたが、パム自身が運べとは言っていなかったのだ。それにしても、もう少しはっきりと分かりやすく言ってくれれば……パムは何も知らない顔をする艦隊の最高責任者を見た。
数ヶ月の訓練航海で分かったことなのだが、この司令、有能なのだがオフの時はとことん馬鹿なのだ。この亀たちは話たちが通じない有能なのだが、今の彼女は話が通じる馬鹿だ。ジョルユはアイスクリームを舐め、満足げに目を細める。
「司令……次から指令を口頭で伝えるのは止めてください」
「何故だい? 面倒くさいだろう」
こりゃあ駄目だ。生後25年のパムでも、この司令官が欠陥品だということが分かってしまった。恐らく、今何を言っても「面倒くさい」の一言で終わるだろう。彼女は言葉を発することすら億劫らしい。甲板の軋みが微かに響き、静かに苛立ちを増幅する。
「じゃあせめて、補佐の人でも雇ったらどうですか……?」
「あ、それいいね。次の補給の時に総司令部に頼もうかね」
「いや、補佐の人は物品ではないと思います……」
やはり人には温情というものがないのだろうか。パムはため息を吐き、遠くの煙突を見つめる。蒸気が、昼間の明るい空に静かに溶けていく。
「そういえば司令、あの子たちって一体何なんですか? 昨日までいなかったと思うんですが」
「え、知らないのかい。歩兵協働戦闘――「すいません、それはもういいです」――む、そうか」
パムは少し離れたところで積み木遊びを始めた3体の“マル”を見る。複眼の赤い光が静かに瞬き、脚の関節がカチカチと小さな音を立てる。
「昨日受領した陸上ドローンだよ。荷物運んだり、銃を撃ったり、大体なんでもしれくれる奴らさ」
「陸上ドローン? ドローンって、空を飛ぶんじゃないですか?」
ジョルユは鞄をゴソゴソと漁り、ラムネ瓶を取り出すと呆れた顔をする。微妙にうざい。ラムネ瓶を開ける炭酸の音が静かに弾ける。
「ドローンは聖書に書かれている神々の眷属の総称。どうやら、言語学者によると雄バチの名前が由来の可能性が高いらしいけど」
「雄バチって……ハチ? ハチミツを生み出す虫さんの?」
「そうだぞー、パムちゃんは食べ物に関しては物知りだねぇ」
パムは少しムッとしたが抑える。プライドはどうでもいいものだ。油っぽい潮風が頰を撫でる。
「まぁつまり、勝手に動いたり指示を受けて動く機械だよ。あいつらはあくまで自律してるから、自律ドローンというべきかな。いやはや、でも自律ドローンというのも矛盾だね。まるで“熱いアイス”だ」
「司令がよくわからないことを言い始めた……」
年上の人間というのは、どうも話が長い。ジョルユはラムネをぐびぐびと飲むと、長い話を続ける。
「ドローンは君たちパイロットが初等教育で使うようなものだけじゃないんだよ。あいつらみたいに、陸を走るものも、それこそ“海の中を進むやつ”もね……」
「へぇー、まぁ、そうなんですか……」
パムは第一惑星カルミに来てからは、航空機操縦に関する教育しか受けていない。学園管理機構でも、あまり「授業」というものはしてくれなかった。マルたちの影が、せわしない飛行甲板に長く伸びる。
「オプレクの一部では最近、ああいう陸上ドローンの開発にお熱な所も多いんだよ。それでも、少し融通が効かないお馬鹿なところも多いんだが」
それは今の貴方には言われたくないと思う。パムは心の中で呟き、ジョルユの気怠げな視線を横目で捉える。
「オプレクは連盟結成時にカルミの統一運動に陸戦兵器を提供した一大工業都市だからね。ドローンだけじゃなくて、戦車とかいう大物もよく造る。いや、寧ろそちらの方が主流だが」
「何か、分かるような分からないような……」
パムには、オプレクは煙突と工場、屋台と小屋、錆鉄が軋む音の印象しかない。港を見る限りは、ただのボロい洋上プラットフォームだ。ジョルユはラムネを飲み終えると、鞄から出した枕に飛び込む。黒いコートの裾が甲板に静かに広がる。
「まぁ、あと少ししたらこの面倒くさい保守点検も終わるしぃ……パムちゃんは休息がてらに、少し社会勉強でもしてくればいいさぁ。まだ若いんだし」
「そういう司令は何歳なんですか?」
ジョルユが薄目を開ける。瞳はとろんと溶けた卵の黄身のようだった。
「……600歳さぁ」
多分嘘だ。パムはそう思った。甲板が少し軋む音がした。