少女は本当に筋金入りの馬鹿だったようだ。
少女の話を聞けば聞くほど、ポキフはこの少女のあほさ加減にうんざりとしてしまった。路地の埃っぽい空気が、朝の薄光に微かに舞い、少女のスーツケースから溢れんばかりの「幸運のクリスタル」が、静かな虹を散らす中、彼女の言葉は止まらない。
「だからですよ! このクリスタルは、特別なんです! 触れるだけで運気がアップして、悪い夢も見ないんです! ほら、この子なんて、昨日まで風邪引いてたのに、持っただけで元気になりました! 見て見て、輝いてますよね? きっと幸運の証拠ですよ!」
ルクは興奮気味にケースから一粒のクリスタルを取り出し、ポキフの目の前で振り回す。欠片の表面が路地の薄暗い光を乱反射し、少女の瞳をキラキラと輝かせる。ポキフは眉を寄せ、そっと手を伸ばしてそのクリスタルを奪い取った。指先に伝わる感触は、ただの安物の人工ガラス――触媒用として、連盟の工場で量産されるような、ありふれたものだ。加工するには精密なレーザー彫刻や量子安定化が必要だが、物自体は何の価値もない。
「これ……どこで手に入れたんだ?」
ポキフの声は低く、静かに響く。ルクは少しびっくりした顔をし、目をぱちくりさせる。
「え? えっと、街の市場でまとめ買いしたんです! お姉さんが『これで一生安泰だよ』って言って、安くしてくれたんですよ! だから、私もみんなに安泰を届けようと思って……」
「安泰、ね……」
ポキフはクリスタルを指先で転がし、光を透かす。欠片の内部には、安物特有の粗い気泡などは無く、クリスタルとしての品質は良い方なのだろう。ポキフは鑑定家では無いため詳細は分からないが。
触媒として使えなくもないが、幸運の石? そんな胡散臭い売り文句を信じる方がおかしい。頭痛がじんわりと広がる。少女の無邪気さがパムの面影を重ね、苛立ちを倍増させる。
「これ、ただの人工クリスタルだぞ。触媒用だ。加工しなきゃ何の意味もない。運気アップ? そんなもの、科学的に証明されてもいない」
ルクは目を丸くし、ケースの持ち手をそっと抱きしめる。スーツケースの車輪が埃の地面に微かに沈み、静かな軋みを立てる。
「ええ……? そんな……お姉さん、絶対そう言ってたのに……」
少女の肩がしょんぼりと落ち、涙目が路地の薄光に濡れる。ポキフはため息を吐き、クリスタルをケースに戻す。指先の冷たい感触が苛立ちを静かに残す。こんな馬鹿を放っておけばいい――だが、少女の瞳がパムの幼い頃を思い起こさせてしまい、非常に気分が悪い。
「これは買えないよ。他のは無いのか、別に少しくらい何か買ってやってもいいが……」
ルクは首を振り、ケースをぎゅっと抱きしめる。
「でも……これしか持ってないんです……」
「おい待てふざけんな」
ポキフが頭を抱えていると、ちょうどパムが串焼きを両手に抱えて戻ってきた。油の匂いがポキフの鼻をさした。
「先輩! ほら、一本おすそ分けです! ……あれ? この人は?」
「……怪しい押し売りだ」
「怪しくないです! 私は真面目な販売員です!」
少女には悪いが、ポキフは彼女の行動を見て思い浮かぶものはそれくらいしかない。中には情に訴えかけて売りつけてくる奴もいるのだ。
パムはきょとんとした顔で少女とポキフを見比べ、そして首をかしげた。少女の涙目が朝の薄光に静かに輝きく。彼女がごりっとスーツケースを動かすと、車輪が埃の地面を擦る音が響いた。
「販売員さん……ですか?」
「そうです! 私は“幸運を呼ぶクリスタル”を売っているんです!」
少女は胸を張り、スーツケースをガバリと開けて見せた。やはり、中にはぎっしりと例の安っぽい結晶が詰まっている。ガラスの欠片が路地の薄暗い光を乱反射し、静かな虹を散らした。パムは思わず目を丸くし、ポキフは大きくため息をついた。
「……だから、どう見ても売れないだろ」
ポキフが呆れ声を漏らすと、少女はむっとして言い返した。頰が紅潮し、目がくるくると動く。
「う、売れます! ……たぶん!」
パムは思わず吹き出した。串焼いの熱気が、手のひらに優しく染みる。
「先輩、この人ちょっと面白いですね」
「面白いじゃなくて厄介なんだよ」
そう、厄介だ。誰かに似ているせいで。
少女は慌てて両手を振った。スーツケースの車輪が埃を優しく巻き上げ、路地の影を静かに揺らす。
「ち、違います! 私は怪しくありません! 名前だってちゃんとあります! ルクです!」
唐突な自己紹介に、ポキフは眉をひそめる。少女の瞳が路地の薄光に静かに輝き、黒いスーツの裾が風に微かに揺れる。
「……ルク、ね」
「はい、ルクです! よろしくお願いします!」
その元気さに、ポキフは頭痛を覚えた。パムと同じ匂いがする。図々しくて、妙に人懐っこい。こんな奴が二人もいたら、胃がもたない。ため息が頰を撫で、かすかな油の霧が視界をぼやかす。
「で、ルクさんはどうしてこんな所で?」
パムが串焼きを抱えたまま尋ねると、ルクはしょんぼりと肩を落とした。串の煙が、少女の黒髪を優しくくすぐる。
「……実は、その、これ買ってから売りに来たので、帰るためのお金が無いんです。交通費も宿代も……だから、クリスタルを売って稼ごうと思ってたんですけどー……」
「オプレクでそんなもん売れるか」
ポキフの冷たい一言に、ルクは涙目になった。少女の小さな手がスーツケースのハンドルを強く握り、かすかに軋む。
「なので、おねがいです! 少しでいいから交通費を……あわよくば買ってください!」
「断る」
「ひどい!」
ポキフは踵を返した。路地の影が、背後に静かに伸びる。
「……行くぞ、パム。こんな奴に構ってる暇はない」
「えっ、でも……」
「パムみたいな奴は二人もいらない」
「いや地味に言ってることが酷い!」
パムは文句を言いながら、ポキフに腕を引かれて歩き出す。ルクは慌てて後を追おうとしたが、足がもつれて転ぶ。
「ぶへっ」
路地の埃が、スーツケースと共に舞い上がった。パムにはもう哀れな人にしか見えなかった。というか、もうスーツも土埃まみれで普通に可哀想。
「先輩……やはり置いていけません!」
そう言うや否や、ポキフの腕を振りほどき、駆け戻ってルクの手を取った。少女の指先が冷たく震える。
「ほら、行きましょう、一緒に!」
「えっ、いいんですか?!」
「はい! 困ってる人は放っておけません!」
ポキフは額を押さえた。やめろ、捨て猫とは訳が違うぞ。ホントにやめろ、マジで、いい加減に。
「お前な……ほんと、会った頃から変わらないな」
その言葉に、パムは一瞬だけ表情を曇らせた。ポキフはスーツケースと共に転がり込んできてしまった少女と、串焼きを抱える少女を眺める。
「……で、どうするつもりだ?」
「“迷子センター”に連れて行きましょう!」
パムは力強く言った。路地の奥から、かすかにトラムの軋みが響く。ポキフはまた深いため息をついた。何か、今日こういうことが多い気がする。おかしい、休暇の筈なのだが心労が溜まっていく……
「お前、迷子センターがどこにあるか知ってるのか?」
「えっ……?」
「ここから最速でも一週間はかかる。すぐに行ける場所じゃない。そもそも、あれは学園管理機構の管轄施設だから、審査にも時間がかかるぞ」
「そ、そんなに……」
パムは途方に暮れたようにルクを見た。ルクは不安げに視線を泳がせ、ケースをぎゅっと握りしめる。手放す気は微塵もなさそうだ。ポキフはその様子を見て、再び置いていく選択肢を排除した。多分、彼女がその気になれば第3機動艦隊まで付いてくるだろう。
「今日の寝床もないんです……」
「だからって、私たちが面倒を見る義理はない」
「でも……」
パムは手にしていた串焼きをぼきっと半分に割り、ルクに差し出した。油の熱気が少女の頰を優しく温める。
「とりあえず、これ食べてください」
「……あ、ありがとうございます」
ルクは涙ぐみながら受け取り、かじりついた。串の煙が、路地の喧騒に静かに溶け込む。
その様子を見て、ポキフは再び頭を掻いた。少女の小さな手が串を優しく握りしめ、かすかな笑みが浮かぶ。
「……仕方ない。アルーダのところに行くか」
「アルーダ?」
「オプレクで工房をやってる知り合いだ。あいつなら、寝床くらいは貸してくれるだろう」
パムはぱっと顔を明るくした。
「本当ですか! それなら安心ですね!」
「安心かどうかは知らんが……まぁ、野宿よりはマシだろう」
ルクは嬉しそうに頷いた。涙目がキラキラと変わり、スーツケースの車輪が静かに転がる。
「ありがとうございます! 私、絶対に恩返しします!」
「期待してない」
ポキフは吐き捨てるように言い、歩き出した。路地の影が三人を静かに包み込む。
「そうだ、今ならこれ60パーセントオフですよ!」
「え、いくらですか?」
「やめろ買うな」
今すぐ頭痛薬が欲しいと思ってしまったポキフに罪はないだろう。