突然だけど、聞かせて欲しい。
パートナー、相棒、親友……呼び方は人によって違うけど、君にそんなポケモンっているかい?
俺には……まだいないんだ。
いる人にもう一つ質問だ。その子との出会い、覚えてる?
人からもらった?自分で捕まえた?それとももっと別な出会い?
……へえ、それは素敵だね!羨ましいよ。
じゃあ最後に、ひとつだけ教えてくれ。
学校から帰ってきて、玄関の前にポケモンがいて……そいつがボールを差し出してきたら……君はどうする?
補足……そいつはこの地方──シンオウにはいないポケモンだった。
***
わるぎつねポケモン ゾロア。
『人間や他のポケモンに化ける力を持ち、外敵との遭遇時はその力で驚かせた隙に逃げ出したり、敵の目を欺いて身を守る。人間に化ける場合は無口な子供に化けることが多い』
知識として持っていた図鑑の説明だ。が、そんなことより……
もふもふとした尻尾の毛並み。イタズラ好きそうな大きな瞳。これまたもふりと大きな耳。深い灰色を彩る、ちょっぴり癖っ毛の赤いアクセント。
か……かわいい!!
……思わず見惚れてしまった。時間にすれば30秒も経っていないだろうが、俺には長く、本当に長く──そう、さっきの終業式なんか比べ物にならないほど、この瞬間が長く感じたんだ。
しかし、こちらが動かないことを拒絶と捉えたのか、ゾロアの表情が急速に曇ってゆく。
「なんで…?受け取ってくれないの?」
そんな声が聞こえて来るようだ。
大きな耳はへにゃりと垂れ、青い瞳に涙を溜めて……。
こんな顔をされて、平気でいられる奴がいるだろうか?
笑って手を伸ばす。向こうも満面の笑みを浮かべ、ボールを渡してくれる……はずだった。
顔面に衝撃が走る。
それは柔らかい体毛でも、12.5kgの重さでもない、モンスターボールの味がした。
目に映ったのは別人、いや、別ポケモンのような意地の悪い笑顔のゾロアだった。
……自己紹介が遅れたけど、俺の名前はエイジ。
俺は結構ポケモンを見てきてる。親の仕事がポケモンの研究関係だったから、家には小さい頃からポケモンがいたんだ。世話したり、遊んだり一杯してきた。バトルも……経験ある方だと思う。
なのになんでポケモンがいないんだって?
……笑わないで欲しいんだけど、憧れてたんだ。
見たことない?漫画やテレビで、自分からゲットするんじゃなくてポケモンの方からボールに入ってくれるゲットの仕方。
話を戻すけど、色んなポケモンを見てきた。人に慣れていない奴や、人をナメてる奴、そっぽを向いて知らん顔のやつ……。でも、いきなり“だましうち”を貰ったのは初めてだった。
ケタケタと楽しそうに笑っているゾロア。
でも、こんな事をされても何故か怒る気にはならなかった。
やっぱり……かわいい……って違う、そうじゃない!
すぐさまボールを手に取る。その時、中に……手紙だ。両親からの──詳しく言うと仕事の都合で離れて暮らしている両親からの手紙が入っていた。
あまり気が進まない。進まないが、仕方ない。ボールから手紙を取り出し、ゆっくり封を切った。
エイジ! 14歳の誕生日と夏休みおめでとう!
久しぶりで早速だが……お前に頼み事とプレゼントがある。
唐突かもしれんが、今シンオウで不可解な現象が確認されているんだ。
丁度一ヶ月ほど前から、空や海、洞窟や山脈。人が住んでいない場所を中心に空間の亀裂の様な物が現れている。
その周辺では過去のシンオウ──ヒスイと呼ばれていた時代のポケモンが確認されているんだ。
私達夫婦はそれを調査していた所、ボロボロだったその子を見つけてな……。どうやら家族とはぐれてしまった……らしい。色々と検査してみたのだが、その子は記憶が曖昧なようなのだ。
……ヒスイにもゾロアが生息していたという記録はある。事実、ヒスイ種のゾロアやゾロアークが捕獲された報告も上がっている。
だがその子は原種……普通のゾロアに間違いない。
無論知っているとは思うが、現在のシンオウにはゾロアは生息していない。誰か心無いトレーナーが捨てて行ったのかとも思ったが、様子から見るとそう言う訳でもないらしい。
念の為、ポケモンセンターに登録されているか調べてみたのだが、案の定登録はされていなかった。
二つの現象と無関係とは思えないし、関わったのなら責任を持つべきだと思ったんだが、とてもその子の世話まで手が回らなくてな……。困っていたが、丁度お前の顔が浮かんだのだ。
母さんにも話したら賛成してくれてな。母さんからもプレゼントがあるらしい。だが用意に少し時間がかかるそうだ。
この手紙……もといその子が着いてから2、3日もすれば着くと言っていた。それまで家の事をまとめておいてくれ。
長くなったが、頼みというのはその子と一緒にシンオウを……この現象を調査してもらいたい。
それにその子も冒険に興味があるようなんだ。記憶を取り戻すきっかけになる……かもしれん。
ちょっとイタズラ好きな所もあるがとても可愛い子だ!
物扱いするのはどうかと思うが、これも何かの縁だ。誕生日プレゼントとして受け取ってくれ!
お前なら大丈夫だ。その子の為にも頑張ってくれ。……幸運を祈る。
父より
……なるほど、話は分かった。
手紙から顔を上げるとゾロアと目が合った。
ぺしぺしとドアを叩きながらじっとこっちを見ている。
……記憶が怪しいと書いてあったが、早くしろと催促している辺りどうやらコミュニケーションや知識は問題ないらしい。
やはり誰かのポケモンだったのか?そんな事を考えながら玄関のドアを開ける。
いつものように階段を登り、部屋に入ろうとする。
くいくいと足を引かれる感覚。済ました顔で背中を向けているが、運べと言う事だろうか。
手を伸ばしても逃げない。そのまま抱き抱えてみる。
重い。あつい。ちょっとくさい。……何故か不快じゃなかったが。
俺が着替えている時も慣れた様子だった。ベットの上でキョロキョロとはしていたが走り回ったり、暴れたりはしなかった。
どうしたもんかな。そう思っていた矢先だった。
ガチャン。
ドアの開く音が聞こえた。幻聴であって欲しかったが、顔を見合わせた所そうではないらしい。
誰だ?知り合い?配達?まさか。
少なくとも、無言で入ってきたってことはロクな客ではないだろう。その直後、ガチャガチャと何かを物色する音が聞こえてきてしまった。
スマホロトム?ポケギア?ポケッチ?……持ってない。
落ち着け。深く、深く呼吸する。隣から、同じように深呼吸が聞こえた。
「来て早々、大変だね」
不思議そうな顔。通じたのかな?どっちでもいいか。
……腹は括れたんだから。
一応、音を立てないよう、静かに二人で部屋を出る。上から見える居間のドアが開いていた。まだこちらの存在に気付かれてはいないらしい。さらにゆっくり慎重に階段を降りる。
一番下の段まできたその時、不意に覗いてきた何かがいた。それは泥棒じゃなかった。人間ではなく、古代の祭事に用いる道具──銅鐸に類似した姿。ドータクンと呼ばれるポケモンだった。
指示する間もなくゾロアが飛び出した。
ドータクンの下側、丁度顔の様な模様に爪を振り下ろす。ギャリギャリと不快な音が響く。大きくよろめき、後ろに飛び退く。まともに入った?
「ジャイロボール」
聞き覚えのない声がした。直後にドータクンが回転しながら突っ込んでくる。さっきのはふらついたんじゃなく、これの為か!
「危ない!」
叫ぶと同時にゾロアに向かって、飛び込む。
「ぐっ……」
かろうじてかわせたが、視線の先の大穴がその威力を雄弁に物語っていた。
直後、奥から現れたのは──最高級のアンティーク人形だった。
顔の大部分はマスクで見えなかった。だが隠されていない目元、鼻筋。それだけでも極めて整った顔立ちがわかる。しかし、なによりも強く特徴づけているのは、美しい銀色の長髪、それより暗く深い瞳。
この地方の人間ではない……のか?
そいつは俺に気付くと、少し驚いた様子を浮かべる。
「おや、人がいたんですか。情報とは違いますが、そのゾロアは渡して頂きますよ。」
⁉︎ 何か知ってるのか?
その時だ。微かにだが腕の中で震えが起きた。
また、目が合う。表情は変わっていない。いや、一つだけさっきと違った。ちょっと、ほんのちょっとだけ口の端が下を向いている様に見えた。
急に、ゾロアがたまらなく愛おしく思えた。
「人の家に土足で入ってきて、いきなりポケモンよこせとはどういう事だ?ドロボウさんよ?」
「ドロボウは認めますが、その子はアナタのポケモンじゃないでしょ。
それにこちらの身分を明かす義理など有りませんよ。……ドータクン。」
壁の中からドータクンが飛び出すと同時に、黒い光弾──シャドーボールが放たれた。
今度は玄関に転がってどうにかかわす。このまま外に──
「逃げられちゃ困るんですよ。じゅうりょく」
突然ドアノブが重くなった。いやドアノブが重くなったんじゃない。指が、腕が、全身が──重い。立って、いられない。
思わず膝をつく。
ゾロアがよろめきながらドータクンに飛び掛かる。
爪を今度は連続で振り下ろすが、びくともしない。ドータクンが鬱陶しげに両腕を振りかぶる。
鈍い音がした。聞き覚えのある音。硬い物に頭をぶつけた時に中で響くあの音──それがゾロアから聞こえた。
アイアンヘッド。その技がポケモンにとって、進化する前のポケモンにとって、どれほどのダメージになるか、エイジは不幸な事に知っていた。
ゾロアが崩れるように倒れ込んだまま動かない。
ドータクンが再びジャイロボールの体勢に入る。あんなのをあの状態で食らったら──。
「やめろ!」
「ほら、早くその子を渡して下さいよ。その様子だとその子の事情も知らないんでしょ?そんなに苦しい思いをする必要も、させる必要も無いじゃないですか。 なんだったらもっと良い子な個体をあげても良いんですよ。ほら……早くボールを渡して下さいよ」
全身にかかっていた重圧が消える。
何も言わずボールを差し出す。出来るだけ力無く。迫真の演技だったと我ながら思う。
「そう、それで良いんですよ。手荒な真似はしたくないですからね。」
勝ち誇ったような表情を浮かべ、ドロボウが寄って来た。
そして、顔面を──思い切りぶん殴った。
この反撃はドロボウもドータクンも完全に予想外だったらしい。
だが、1人だけすでに臨戦体制に入っていた者、ゾロアはドータクンに生じた隙を見逃さなかった。
黒い衝撃波が放出され、無防備のドータクンに直撃する。ゴトリと地面に落ちたと同時に動きが止まった。今なら逃げられ……。
その時、視界の中で花火が光った。直後に強烈な痛みと熱をこめかみから感じた。
……殴られたのか。
「アナタも見ず知らずのポケモン1匹によくここまでやりますよ。暴力は好まないんですが、一回は一回って事で。……お別れの覚悟はいいですか?」
再起動したドータクンがこちらを射程に捉える。
さっきよりは動きが鈍い。大分ダメージはあったらしいが、それ以上に怒りがその無機質な表情から見て取れる。
……どうしよう。
ボヤける頭でそんな事を考えていると、藍色の瞳が見つめていた。
ゾロアは……笑ったんだ。そして逃げるそぶりも見せず正面に向き直ったんだ。
俺はポケモンの気持ちや言葉が分からない。
……でも、この時はゾロアの気持ちが分かったと思う。
「任せろ」……ってさ。
最後に覚えていたのは、巨大な黒い閃光だけだった。