翌朝。
カーテンの隙間から漏れる朝日が眩しい。
柔らかな光が部屋の中を満たし、海の輝きが白いカーテンを照らす。
それらと鳥ポケモンの鳴き声が今日もミオシティに朝が来た事を教えてくれた。
「……ふあぁ……」
大きな欠伸をひとつ。
波の音、潮の匂い。馴染みのあるいつもの朝だが、昨日と違うのは──
枕元で、ぐっすりと眠っている“相棒”がいることだった。
すっかり安心しきった顔で、寝息に合わせて尻尾の先がぴくぴくと動く。あの後、ゲットした後は二人ともすぐ眠り込んでしまった。昨日までの疲れもあるんだろうか。
……まだ起きない。よし。
そーっと手を伸ばし、ゾロアの頭を撫でてみる。
ふわふわの毛並み。その間から伝わる温もり。手の動きに合わせてに聞こえる息遣い。そしてたまに耳がピクピクと動いている……
……たまらん。
もう少しだけ──そう思った時、不意に耳が大きく動いて、ぱちりと目が開いた。
一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、ゾロアはすぐに状況を察したらしい。じとーっとした視線が突き刺さる。
「……おはよう」
出来る限り自然に、いや、何事もなかったかのように挨拶をしてみる。
……何してるの……
そんな声が聞こえてきそうな顔だった。あからさまに眉をひそめ、耳をぴんと立てている。寝起きとは思えないほどの警戒態勢。
「いや、その……寝ぐせ、ついてたから」
……苦しいな。自分でもそう思う。
ゾロアはしばらくじっとこちらを見ていたが、やがてふんっと鼻を鳴らして背中を向けた。尻尾の毛が少し逆立っているあたり、どうやら完全には許してくれていないようだ。
「悪かったって……な?」
恐る恐る声をかけると、ゾロアはちらりとこちらを振り返る。
その青い瞳の奥に、まだ拗ねた色が残っていた。
……気まずい。
けれど次の瞬間、ゾロアのお腹から可愛らしい音が鳴った。
「……ははっ、腹減ったろ」
誤魔化すように尻尾をぱたぱたさせているが、耳の先まで赤くなっているのが分かる。
台所へ向かうと、ゾロアもとことこついてきた。
その歩みは昨日よりも少しだけ近く、そしてどこか弾んでいた。
フライパンを火にかけると、すぐに香ばしい匂いが立ちこめた。魚が焼ける音がぱちぱちと弾け、スープの鍋からは白い湯気が上がる。ゾロアは最初、テーブルの上に座って静かに見ていたが、やがて落ち着かなくなったのか、足元をうろうろと歩き回りはじめた。
「熱いから、近づきすぎるなよ」
声をかけると、一瞬こちらを見て耳をぴんと立てる。だがその直後には、調味料の瓶をつついてみたり、流れる水音に反応して首を傾げたり、まるで人間の子供のように興味を示していた。
……料理をすることはなかったんだな。あの二人。
「熱いから、近づきすぎるなよ」
やがて、コンロの上で魚がパチパチと音を立てた瞬間──ゾロアはびくっと体を震わせて、ふさふさの尻尾を逆立てている。
「ははっ、驚いたのか? 大丈夫、爆発とかしないって」
笑いながらしゃがみ込み、頭を軽く撫でてやる。
ゾロアはむすっとした顔でこちらを見上げたが、そのままエイジの手を避けるように尻尾でぺちんと叩いた。
けれどその目の奥には、わずかに安心したような色も見える。
食卓に皿を並べると、ゾロアはすぐに椅子へ乗る。
昨日までは一人だったのに、こうして並んで食事をしている。なんだか不思議で──ちょっと嬉しい。
ゾロアはもぐもぐと口を動かしながら、ちらりとこっちを見上げる。
……まぁまぁ。
そう言っているようで、思わず笑みがこぼれた。食事も済んだ。さあ……後は冒険の支度をするだけだ。
外に出ると、日はすっかり高くなっていた。
通りには市場の喧噪が響き、行き交う人の声、ポケモンたちの鳴き声、潮の匂いが混ざり合う。
ミオシティの昼は、いつもより少し賑やかに感じた。
「さて……ボールと傷薬、それから……」
手帳を開いて、必要なものを指でなぞる。道具屋に入ると、店主の老人が驚いたように声をかけて来た。
「おや、珍しい子を連れてるじゃないか。もしかして新しいパートナーかい?」
「ええ、昨日捕まえたばかりなんです」
「ほう、ゾロアとはまた……手強い子を選んだねえ」
老人の言葉に、ゾロアは少し胸を張ったように見えた。
……多分褒めているんじゃないぞ。
買い物を終え、紙袋を抱えたエイジが外に出ると、潮風がまた頬を撫でた。
ゾロアはその風に耳をぴくりと動かし、港の方を見つめている。
青く光る海。遠くには、船がゆっくりと出航していくのが見えた。
「……行くか」
エイジがそう呟くと、ゾロアは短く鳴いて、尻尾をぴんと立てた。
まるで「早く行こう」と言わんばかりだ。
──ミオシティを出て、新しい旅が始まる。
昨日までは一人だった道。けれど今日は隣に、頼もしくも生意気な相棒がいる。
夜。
さあ……寝るか。電気を消すと、すぐに胸元のあたりがもぞもぞと動いた。
「……おい、そこ俺の寝る場所」
……丸くなった。しょうがないのでそのまま寝ることにする。
しばらくして、静かな寝息が聞こえた。
波の音と混ざり合い、部屋の中に穏やかな空気が流れる。
「おやすみ、ゾロア」
答えはなかったけれど、手の甲に柔らかい尻尾の感触が触れた。
それがまるで「おやすみ」と言っているようで、嬉しかった。
これから始まる長い冒険の前の、穏やかな一日。
けれど、そんな穏やかな日の裏。
遠く離れた海の向こうでは、空に奇妙な光が一瞬だけ走った。
それに気づいた者は、まだいなかった。
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