俺の新しいフォームは変身時間が長いみたいだ。そのせいで光と闇の力の交差するはざまの法廷で珍妙な言い合いが始まったのを俺は眼にしている。
「貧乳というものは確かに小さなものかもしれないが可能性を秘めているということですよ」
眼鏡をかけた頭のよさそうな青年というかお兄さんが眼鏡をくいとあげながらなんか言っている。正気か? それに呼応するように裁判長がかんかーんとハンマーをたたいている。何をたたいているんだ!?
法廷がざわざわし始めていた。俺とラムの二人は何が起こっているのかわからずに呆けた顔をしていた。
「これだから素人は困る」
傍聴席から品の良いタキシード姿のおじさんが前に出た。すらっとした体系で背丈が高いその人はかっこいいと俺も思うくらいにいいおじさんだった。
「巨乳の良さを知らぬとは。小僧と言わざるを得ません」
法廷の中で大勢が「そうだ!」と相槌を打っている。
おじさんがわけのわからないことを言い始めて俺は頭を抱えそうになった。い、いけない。俺は祈りをささげる。ここで負ければラムの闇がみんなを包み、また操られることになる。
「こ、この、聖天使がぁ」
ラムも力を開放している。俺たちの力はぶつかり合い、人々の心の闇と光を混ぜ合わせている。その結果なんでかわからないが妙なことを口走るおじさんたちが暴走し始めた。
あの眼鏡の青年が叫んだ。
「小僧だと!? 無駄な脂肪の塊になんの趣がある!?」
イケおじもなんか言ってる。
「古の言葉にも『大は小を兼ねる』という格言があることをご存じないようですね……そもそも無駄な脂肪ということが事実誤認と言わざるを得ません……あれは……夢です」
「夢だと……! 幻想だ!」
「小さきものに執着する愚か者こそ幻想に囚われているのです」
世界一不毛な言い争い。聞いているだけで恥ずかしくなる。眼鏡の青年が俺を指さした。ひっ。何!?
「見ろ! 聖天使様の清らかなる体のラインを……。美しいフォルムというのは貧乳でこそあるのだ」
き、きもい。そ、そんな目で見ないで。
ぐ、ぐううう。きもいとか思ったらラムの圧力に負けそう。あのめがねぇ!
「きゃははは。わけのわからない奴に気を取られたね。いっきに僕の力で……」
そのラムの前にイケオジがきた。
「ぬいぐるみに隠されてはいますが私の目はごまかせません。ラム様は夢を胸に蓄えておられる」
その言葉を聞いたラムはすごい顔をしている。……闇の力が弱まった。いまだ!
「ぐぐぐぐ、せ、聖天使。ひ、卑怯……」
「ラム。もうやめよう。この法廷の状況は私たちの力のぶつかり合いで起こっている。というか全員混乱しまくっていると思います!」
「……そ、そんなことで僕は負けられない……人の心の闇を僕があぶりだしているのに……お前の光がわけのわからないほうに誘導しているんだ!」
「そ、そんなことを言っても」
俺とラムが焦っているのに眼鏡がさらにいう。
「聖天使セナ様の裁判ですが、私は無罪を主張します。貧乳に悪はいません」
とんでもないことを言っている。傍聴席からも「そうだ!」と何人か賛同している。う、うれしくね~。あとちょっとだけ、ちょっと、ほんのちょっとだけど小さいって言われてむっとしてしまう。たぶんそこまで小さくない……
なーに言ってんだ俺は!
『これが人間の……男の掛け値なしの欲望の声よ』
きゅ、キュリオの声が頭に響く。変身しているといつでもつながるはずがずっと黙っていた彼女が俺に声をかけてきたってことはこの状況を打開する何かをくれるってこと?
『闇の力で表に出た欲望を光の力で浄化した結果純粋な性癖議論になっているということで。きも。あとは自分でなんとかしなさい』
キュリオの声が消えていく。俺だけ置いていくな、こんな空間に!
代わりにあのイケおじが声を上げた。
「いえ、ここは極刑にするべきです。ラム様の大きさに照らせば当然でしょう」
イケおじ……が俺をとんでもない理由で極刑にするとか言っているし。ラムは「まじきもい」とか少し涙目で力を開放している。多分俺に集中している関係で近くにいるおじさんをどうにもできない。
言い争いが進む。
小さいがいいとか。大きいがいいとか。俺のこととかラムのことをずっと法廷で議論されている。きつい。聞いているだけで鳥肌が立ってくる。
「はあはあ」
「く、くそぉ」
俺とラムは精神的に消耗していく。お互いに力を開放しているからだけでじゃない。ラムは俺を見てにやりと笑った。その瞬間に彼女の闇の力が増大した。し、しまった。
「きゃはは! こんなくだらない裁判終わらせてやる。裁判長! 判決を言いなさい。気持ち悪い議論をすっ飛ばして、この聖天使に死刑を言い渡すだけでいいわ! あとはこの国の法律と騎士団にこの女を始末させてやる。あとここにいるきもい連中も始末する!」
さ、裁判長。ま、まずい。さっきからずっと黙っているあの人ならラムに操られても気持ち悪い言動なしに俺を始末しそう。俺は何とか対抗しようとする。
「天使様かわいいなぁ」
突然の眼鏡の青年の一言に俺はぞぞぞぞぞぞぞとする。見てる。俺を見てるぅ。見ないでぇ。し、しまった。ラムの放った闇の力が裁判長を包んでいく。裁判長は立ち上がり俺を見た。
ま、まずい。目が血走っている。
「聖天使セナ……し、し、しけ。く、くう。わしは何を」
裁判長があらがっている! がんばれ! 俺は力を強める。
「わしは……セナを無、むざ、むざ……」
ラムの体が赤黒く光る。彼女も俺も限界が近い気がした。眼鏡の青年が俺を「むーざいー。あそれ、むーざーい」とか言っているけどうるさいし。イケおじのほうは「ラム様美しい」とかラムの耳元でささやいている。
「……うぇえええん。きもちわるいよぉ」
ラムも泣いている。ぬいぐるみを左手でぎゅうううってしている。
「せ、聖天使セナ……聖天使セナを有罪」
ゆ、有罪……。し、しまった。
「領主を害した罪でおしりを30回…ぺんぺん……」
白目をむきながら裁判長が言って倒れた。
嘘だろ? う、嘘だろ!? ……おしり?!
「きゃ、きゃはは。はあはあはあ。ざ、ざまぁみろ聖天使」
すごい涙目でへたり込んだラムが俺を見ている。憔悴しきった顔で両手でぎゅうっとぬいぐるみを抱きしめている。力を使い果たしたのか彼女の周りには魔力を感じない。
彼女はふらふらと立ち上がった。足がフルフル震えている。
「と、とにかくお前はもう終わりね。きゃはは。ぼ、僕とこれだけやりあえたことはほ、ほめてあげる。くくく。あはは」
「く、くう。終わりかどうか微妙だけど……」
ラムは高笑いをする。
『今よ。聖天使セナ。必殺技よ。変身の時間ももう少ないわ。あれだけ弱っているからには一発で倒せるわ』
へ? 悪魔の声がする。い、一応天使の声なんだけど俺には悪魔に聞こえた。
頭の中にキュリオの声がする。ラムはすごく弱っているし、確かにチャンスかもしれないけど……あんなに勝ち誇っているのに。
『情けは無用よ。手でハートを作ってウインクするだけでビームが出せるわ。『らぶらぶ、ラブリービーム』と言いながら始末しなさい』
そ、それを俺が言うの? それにラムもあれだけ頑張ったのに……? なんかすごく申し訳ない気がするんだけど。うう。ううううう。
「きゃはは」
笑っているラムに向けて。俺は手でハートを作ってウインクをする。あの妙な呪文は言いたくない。
一瞬の閃光が走り。ラムをはじきばした。ピンク色のビームが輝く。
「きゃ、!???」
セリフを言わないことが中途半端だったからかラムを弾き飛ばして飛んでいく。彼女は倒れて目をぐるぐる回していた。服が破けてところどころ肌が見えている。ぬいぐるみだけは守ったのか無傷のようだった。
「ば、馬鹿な。ひきょうぉ……こ、この僕が」
おじさんたちの気持ち悪い言動で弱ったところを攻撃して勝った……。卑怯とか言われても何にも反論できない……。だ、だけどとりあえず四天王の2人目を倒したぞ!
がしぃと俺の両肩を誰かがつかんだ。
頭に黒い布をかぶった上半身裸の人が左右にいる。だ、だれ!? あんたら!
「我らは刑の執行官だ。さあ。刑の執行だ。安心しろ女性執行官もいる」
ほんとにやるの!? おしりぺんぺん!? 助けて、連れて行かないで!
連れていかれるときにあの眼鏡の青年と目が合った。
「やはり貧乳が勝ったようですね」
眼鏡をくいとあげている。……ち、小さくはない! いや。そんなことはどうでもいいから助けて! ラムに勝ったのにこんなのないだろ! あ。あ。あ。へ。変身も解けそう。やばい。はなじでぇ!
☆☆
一方そのころファルブラウはよく食べ、よく寝て、起き上がった。
「ふぁあああ」
お腹もいい感じに満ちて、眠ったことで元気いっぱいだった。
「そろそろ聖天使のところに戻るか! 王都についたのだから決着をつけねば」
遠くから天使の悲壮な声がした気がしたがファルブラウは大きく伸びをした。
「いい天気だ!」