大きなお風呂にひとり……。
見上げた天井には絵画が刻まれている。竜と王様が戦っているようなすごい絵。
大理石の湯舟に満たされたお湯は暖かい。湯気が白く立ち上っていく。
私は……あ、いや俺はお風呂の中でぼんやりしていた。大理石の支柱の並ぶ城のお風呂に入ることになるとは思ってなかった。背中を壁に預けて足を延ばす。
「泳げそう……」
ちゃぷちゃぷと俺が動くとお湯の音がする。俺は腕を上げて、ああーって伸びをする。お腹いっぱいご飯を食べて、それからお風呂に入る。ここ最近のとんでもない目にあったことの疲れが飛んでいきそう。
髪を指でつまむ。金色の髪。つやつやだけど少し濡れている。……髪を結んできたほうがよかったかなぁ。……そういえばここのメイドさんに聞いたけどどこかでとれる魔法の石を溶かしてお湯に入れているってことで肌にいいらしい。
自分の腕を見る。細い、白い腕。そこにお湯をつけて少しもむ。……はっ!? 俺は何をしているんだ。……はあ、なんかやっぱりおかしくなりそうだ。だんだんと女の子みたいなことをしてしまう気がする。
気をしっかり持て俺! 俺は男だ!
ちゃぷ。
水音がしてそちらをみるとお湯から顔の半分だけを出したファルブラウがすいーと俺のほうに向かってきた。彼女はちらっと俺を見て泳いでいく……。
なんだあれ、竜の習性か?
まったく……お風呂で泳ぐなんて。何を考えて……る……ファルブラウ!? なんで女の子のあいつがここに!? ひ、ひえ。ど、ど、どどうすれば。慌てて逃げようとしてお風呂からあがろうとする。
すいーっとファルブラウが近づいてきてぷはぁと顔を上げる。褐色の肌にお湯が流れる。スレンダーな体を見て俺は硬直する。ゆっくりと湯舟に戻って肩までつかる。顔が熱い。恥ずかしい。
「まあまあだな」
何がまあまあだ。なんでここにいるんだ。ファルブラウは俺の横に座ってくる。あっち行けよ! 混乱が広がる。
いたぁ!?
びんたされた!?
「どうしたんだ。聖天使」
「ふぁ、ファルブラウこそ何をするの!? なんでビンタしたんですか!?」
「顔を赤くしてうつむいているから気合を入れようとしたんだ」
気合なんていれなくて……見ないで。ファルブラウの赤い目が俺を見ている。ていうか……目の前に裸の女の子がいるのがすごく恥ずかしい。俺は両手で目を隠す。
「まあいい。聖天使。我との勝負はどうするんだ。人間どもの王都に来たんだからそろそろお前との決着をつけよう」
「……そ、それはお風呂を上がってから」
「……ええい。まどろっこしい。そもそもなんて顔を隠している!」
わあぁ、やめでぇ。抱き着かないでぇ。ばしゃばしゃ俺たちは暴れる。はあはあ。ファルブラウは「なんだお前」と言っているが、こっちのセリフだ!
俺はそっぽを向いた。はあはあ。上がるに上がれない。ていうかファルブラウが上がるまで俺は動けない。
「そういえばラムが負けたらしいな」
背中を向けたファルブラウが言った。ラム……そういえばどうしたんだろう。俺のふざけた必殺技で倒した後、俺は生き恥をさらすことになったからよくわからない。
「あの人は……人を操っていろいろとやってたみたいだし。王様も偽物にしていたらしいから」
「フーン」
ふーんって……同じ四天王なのにこいつ何も思わないのだろうか?
「ラムとは仲が良かった?」
「いや。あいつは我のことをよくバカとかいろいろ言ってきたからな、まあ、我も苦戦した聖天使相手なら厳しかったのだろうな」
負けたとは言わないのな……まあ、あれは必死だったし。
俺の背中にファルブラウが触った。ひゃ。真後ろに立っている。今振り返ると全身が見える。あわ、あわわわ。慌てる俺とは反対にファルブラウが静かに言った。
「ラムは吸血鬼と人間の混血だからな。昔から弱いものから攻撃されていたからな。……我も同じ四天王として別に好きではないが……」
……そっか。こいつとほんの少しだけ一緒にいてわかったことがあるけど、好きじゃあにとか言っているのは実際は違うかもしれない。
「まあ、闘争の結果の討ち死には当然だ。我もそのうち聖天使を討ち取るが……」
「こ、怖いことを言わないで」
……だけど実際ラムはどうなるんだろう。混血だからいじめられていた……『弱いものから攻撃されていた』ってファルブラウらしい言い回しに少し思うところはあった。
別に俺はファルブラウともラムとも戦いたくて何かしているわけじゃない。キックボードにひき殺されてここにいるだけだ!
そうだ! 俺は立ち上がった。なんとなく胸を片手で隠して、振り返る。
「じゃあラムもファルブラウみたいに仲間にしよう」
「我は仲間じゃない!」
びんたっ!? 俺はかわす。あぶなっ。
「よけるな!」
「よけるよ! じゃあ、ファルブラウとの勝負は私がラムを仲間にできるかどうかでどう!?」
「お……?」
ファルブラウの目が俺をじっと見る。ぱちぱちを瞬きをする。整った顔立ちに俺は少し気圧される。黙っていると美少女だ。
ファルブラウはにやりと笑ったぎざぎざの歯をむき出しにして笑う。
「くくく、なんだその勝負は……あははは」
屈託なく笑うファルブラウ。片手で口を押えて笑いすぎて涙が少し出ている。俺も自分で言って恥ずかしい。片手で胸を隠しているけど背筋を伸ばしてふんと鼻を鳴らす。
そして、俺はファルブラウの姿を見て。俺の体を見てから顔が熱くなった。恥ずかしくなって湯舟に肩までつかる。
☆☆
「あーいいお湯だった」
俺は片手にコップに入ったミルクを持って歩く。メイドさんに頼んだらくれた。コーヒーはさすがにないらしい。残念。コーヒー牛乳飲みたかった。
それにしてもお風呂のことを考えると壁に頭を打ち付けて「あーあーあー」って言いたくなる。恥ずかしい。なんか妙なテンションだった。ラムを仲間にする勝負ってなんだよ……ううう。
城の廊下。窓から見えるのは夜の景色。今日は部屋を用意してもらっていた。
部屋に入ると大きな天蓋のついたふかふかのベッドのある部屋だった。ミルクは一気飲み。近くの机にコップは置いて、俺はたまらずダイビングする。ぼふんぼふん。
「あああ、ああああ」
ごろごろする。疲れた体にお風呂上がりのベッド……とろけるぅ。ぐー。
「我も寝る」
部屋になんか入ってきた。まあ、いいか。寝よ。
ぐーぐー。