やっと着いたって思いながら丘をゆったりと下る。別に急ぐ必要はない。旅をして分かったけど一番重要なのはしっかり長く歩くことだ。急いで歩いても疲れてあとで遅くなる。
タンポポみたいな綿毛が飛んでいく。前を歩くファルブラウが手にしたタンポポに息を吹きかけて飛ばしている。白いそれがすうと空に昇っていく。異世界だからタンポポっていうのかはわからないけどのどかだなぁ。
それにしても平和だ。実際ここまでの旅路で妙な敵と戦ったりしたけどおおむね平和だった。そういえばずっと疑問に思っていたことがある。
俺はラムを呼び止めた。
「なに?」
ぬいぐるみを持って俺を見てくる。なんかここ最近ラムの性格がわかってきた気がする。不機嫌そうな顔は別に不機嫌じゃない。
「魔王ってどういう性格なの?」
「はあ? 魔王様がどういう性格かって……。優しい人に決まっているじゃないか」
「決まっているの……? じゃあファルブラウからみたらどういう風に見えるの?」
「我からみたら?」
ファルブラウは少し立ち止まって腕を組んで考えてから言った。
「我は……よくわからん。仲はいいが」
仲がいいってずっと言ってるもんな。でもわからないって結構複雑な人なのかな。
「私も仲良くなれたりしないかなぁ」
俺が不意に言うとラムがぎょっとした顔をして。ファルブラウは少しだけ目を開いてからくくっと笑った。
「聖天使は魔王様にとって敵なんだから無理に決まっているでしょ。僕だってそのうち君を裏切るんだから」
裏切ることを普通に言うってどうなんだろうか。悪い意味じゃなくてそこまではっきり言うなら正直であろうとしてくれている気もする。
そもそも俺は別に魔王と戦いたいわけじゃないし。キックボードにひき肉にされて元の世界に帰ることを前提に戦っているというか、俺を勝手に巻き込んでくる気がする。
「そもそもラムに王都の人たちを操らせていたし、意外と戦いは嫌だったりして」
「…………」
貴族を操っていたり、領主を魔物にすり替えたりするのは狡猾な気もしたけど、そうすれば戦わないようにしていたのかもしれない。いやぁ、なんか智将な気もするし、優しい気もするし、でも違う気もする。
ううう。
俺が一人で悩んでいるとファルブラウが俺のおしりを蹴った! なにすんだ!
「我は飛んで世界を見て回った」
「竜の時のこと……?」
ラムから見ればいつも飛んで行って四天王として何の仕事をしているかわからないって言ってたな。勝手にいつも遊びまわっていたイメージがある。
「この世界の端まで行こうとしてもどこまでも空が続くのを我は見た。空と海の境目も近づいてみればさらに向こう側があるだけだった」
「何を言っているのかよくわからないんだけど」
ファルブラウは頭を掻いてうなる。なにか言いたそうだった。
「何を言えばいいのか我もよくわからないのだが……。魔王にその話をしたときにあいつは寂しそうな顔をしていた」
「寂しそうな顔……」
どういう気持ちだったのかわからないけど、なんか思ったより恐ろしい人って感じではなさそうな気もする。
「そういえば魔王の名前」
そう俺が言いかけたとき遠くで声が聞こえた。「おーい」と呼ぶ声が声がする。どこかで聞き覚えのある声だった。見れば丘を下る一人の女性がいた。銀髪をなびかせて走る彼女は知っている人だ。
「セシリアさん!」
王都の騎士団の団長さんだ。俺を逮捕して裁判に突き出した人でもある。そういえばラムを開放した時もいつの間にかいなくなっていたな。……というかなんでここに。
「はあはあはあ。やっと追いつきましたよ聖天使様」
「セシリアさん。どうしたんですか?
セシリアさんは息を整えている。そしてコホンと咳払いをした。
「いやぁ、魔王様のためにここで死んでもらおうと思いまして」
「えっ?」
その瞬間俺の体が浮いた。ファルブラウが俺の腰にしがみついていた。押されて後ろに下がる一瞬。俺の眼前を剣が通り過ぎた。ファルブラウは立ち上がってセシリアさんを睨みつけている。
ラムは固まっていた。困惑している。
「あれ? 仕留めそこなってしまいましたね。しっぱいしっぱい」
いつの間にか抜いた剣を手にしているセシリアさん。居合のように俺の首を狙った。魔王のため……?
「な、なんでセシリアさん?」
「ふふふ。大いなる計画のためっていうことですよ。人間を滅ぼしてこの世界をやり直すために王都の貴族たちを支配下に置いて至っていうのにセナ様の大活躍でそれもだめになってしまったじゃないですか?」
セシリアさんはニヤッと笑う。
「ということで少し趣向を変えて魔王様直々に魔物の大軍を率いて王都を攻めることにしました。その時に一番邪魔そうなのはあなたな気がしたからですねぇ」
真っ黒な魔力がセシリアさんを包んだ。鎧が形を変えて禍々しく変わっていく。黒と赤の混ざった文様が刻み込まれ、その手にする剣が黒く大きくなる。
ごごごごと地面が揺れている。魔力がとめどなくあふれていく。彼女の銀の髪の上に黒いティアラが乗る。その顔にも文様が浮かんでいる。
「セシリアという名前は魔王様が私に与えた仮の名前。……私は四天王一人『白のヴェリエール』。騎士団長の職は結構楽しかったですけどねぇ。……甘いラムちゃんの監視役もしていたんですよ」
四天王……! こいつが。それに白というよりこいつこそ黒に見える。セシリアさん、いやヴェリエールが言った。俺にじゃない。ラムとファルブラウに対してだ。
「ラムちゃん。まさか本当に聖天使と友達のつもりじゃないわよね? さあ、今から私と王都に戻って貴族どもをもう一度洗脳しましょう?」
「ぼ、僕は」
「それにファルブラウ。あなたは竜の力を今は失っているみたいだけど、魔王様は気っと許してくれるわ。そこにいる聖天使を倒してしまえばもう怖いものなんてないじゃない」
「…………」
ファルブラウが俺を睨んだ。えっ?! ふぁ、ファルブラウ!?
赤い目をした彼女が俺に迫る。鬼気迫る表情に俺は固まってしまう。後ろからヴェリエールの声がする。
「いいわ。ファルブラウ。聖天使をやっちゃいなさい」
「…………」
ファルブラウの両手が俺の顔に伸びる。まさか……首を絞める……? とっさに「変身」と言おうとしたが、ファルブラウと戦いたくないと思ってしまった。
顔をつかまれてひきよせられ……んん。ファルブラウの唇が俺の……ん。んん。強気引き寄せられてすわれる……ん、やわ、らかい。
数秒が長い時間に感じる。ファルブラウが俺を投げ捨てるように離した。ひどい。
俺の目の前に炎が広がる。
ファルブラウの頭に竜のような角が2つ生え、赤い魔力を体に纏わせる。
「我に指図をするなヴェリエール! 友に手を出させはしない!」
「……昔からほんと意味が分からない……、まあいいわ。中途半端なあなたが勝てると思っているのかしら?」
ファルブラウとヴェリエールが対峙する。
「ぼくは……ぼく」」
ラムはぬいぐるみを手にして座り込んでいる。