「起きなさい」
ううん。声が聞こえる。俺は眼を開けようとしてなんだかすごく眠たくて目が明かない。
「起きなさい」
もう少し寝かせてほしい……最近いろんなことがあったので少し休ませてほしい。すやすや。
「起きろって言ってんのよ!」
ぶへっっ!? ほっぺたがひっぱたかれた!! 誰だよ。いきなり暴力を振るったのは! か弱い少女だぞ……いや、俺はか弱い少女じゃない。あああああ。なんか最近もう、自然と、やばい気がする。
「やっと起きたわね」
目の前にキュリオの顔があった。この世界に俺を送った元凶である天使の少女だ。紫の髪のツインテールが印象的な彼女の大きな瞳が目の前にある。
俺はあおむけに寝ている。彼女の膝の間に俺の頭がある。俺は何が起こっているのかよくわからず目をぱちくりとさせる。
「う、うわあ! でた!」
「出たって幽霊かって」
あいた! またたたいたぁ。涙目になるぞ! と、というかここはどこ。周りを見れば白い空間……ここは最初に来た場所だ。俺が電動キックボードでミンチになった後に……え? まさか。
「また死んだの?」
「……くす。死んではないわ。気絶しているだけよ」
「気絶するとここに来るの……? 知らなかった」
「今回は私が呼んだだけよ」
キュリオが立ち上がる。ハーフパンツの彼女をしたから見るようになる。
「何、その目。へんたい?」
「変態じゃないです! あ、そうだ」
俺は慌てて起き上がる。両手をついて彼女を見上げたままに聞いた。髪がすこしぼさっとなってるから手で払う。ぱらりと金の髪が流れる。
「正直あの世界に行っていろいろ頑張っているけど説明不足過ぎて、魔王と過疎の部下が悪い人に思えないんだけど! 本当に戦うしかないの?」
「……」
キュリオは両手を組んだまま俺を見下ろした。その瞳から感情が読み取れない。うっと引きそうになるけど、俺は耐えた。
「し、知りたいんだ。魔王って本当に悪人なの?」
「悪よ」
キュリオはきっぱりといった。彼女は俺を見たままもう一度言った。
「悪よ。間違いないわ。いい? 先に言っておくけど、本人に会っても変な同情はしないことよ。魔王の手下どもをどうしようとどうでもいいけど、魔王だけは許してはいけない。それだけは忘れないで」
「で、でも。そんなこと言ってもいい人だったらどうすればいい?」
「……私の言葉はね。きっと魔王に会ったら意味が分かるわ。納得なんてしなくていいから、覚えておいて。魔王を倒すことが聖天使セナに与えられた使命。それに、あなただって生き返りたいでしょ?」
「そ、そうだけど」
なんでそこまで言い切れるんだろう。でも、俺、魔王って人が本当に悪人だったとしても戦えるんだろうか? ファルブラウもラムもアドレイドもまあ、残りの一人は殺しにかかってきたけど……。魔王の四天王はそう悪い人には見えない。
「そうだ」
俺は顔を上げた。
「アドレイドに聞いたんだけど、ヴァルドランドは他の世界から逃げてきた人たちが作った世界だって本当?」
「…………本当。そんなことどうでもいいでしょ」
「そ、そうかもしれないけど、でもさ。意外と歴史の短い世界だって聞いて驚いたんだけど」
「……」
キュリオはふんと鼻を鳴らした。
「魔王と言われるやつは正確に言うと128年前にヴァルドランドにやってきたの。そろそろ引導を渡してやりなさい」
「いんどうって……キュリオは魔王になんか恨みでもあるの?」
「恨み? あははは」
キュリオは笑った。それからにっこりと笑う。
「あいつのことなんて大っ嫌いよ! セナ……何度も言うけど、あいつに会ったら容赦しないで」
「そんなこと言っても」
「これは」
キュリオは少し寂しそうな顔をした。その表情に俺はえ? と困惑した。こんな顔をするとは思わなかった。
「これはただのお願いよ。……顔でも見ればわかるわ。さ、そろそろセナ。起きなさい。あなたの旅はまだ終わってないのだから――」
☆
「おい起きろ」
ぱちんぱちんぱちん!! 往復びんた!!
「いたい!! なんで起こすときみんなびんたなの!?」
俺が起き上がるとファルブラウが「おお、起きた」と驚いた顔をしている。ほっぺたが痛いんですけど!!
「キュリオといい、ファルブラウといいなんで……」
「…………」
え? なに? ファルブラウが俺の顔を見ている。
「え? どうしたの?」
何を驚いてるのかわからない。ファルブラウは俺の顔をじっと見て、ふいと顔をそむけた。
「いや、何でもない。我の気にしすぎだ」
なんか気になるな……ファルブラウにもう少し聞こうとしたけどその前に彼女は言った。彼女は指でどこかを指して言った。
「なんかお前のキスした相手がとんでもないことになっているぞ」
「はあ? きすって」
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!?????」
びくっ!! なに!?
図書室が魔力であふれている。白い清らかな魔力だ。見れば桃色の髪の学生の少女がその中心だった。煌めく光の中で彼女の体から無限に魔力があふれている。すごい! なんかとんでもないことになっている!
「なんですかれこれぇええ。止めてぇええ」
アイリスって言った彼女が叫んでいる。さっき俺を気絶させた一撃をくれた子だ。そういえばさっき何があったっけ、彼女が俺の上に倒れてきてキスをぁああああああああああ思い出したあぁああああ!
俺はその場にうずくまる。アイリスが「止めてぇ」と声を出す。その中でファルブラウが漏れ出した魔力をもしゃもしゃと食べてる。……食べてる!?
「魔力だから少しくらい食べてもいいだろう。それにしても何の味もしない。パンケーキについてたはちみつが欲しい……」
「何言ってんの?! ……ていうか! 私が裁判でとんでもない目にあった時にはちみつ舐めていたのか!!」
今更腹立つ!!
そもそもこのアイリスって子はなんで俺とキスしたくらいでサイヤ人みたいになってんだよ! わけわかんないよ。説明不足だろ! 周りに生徒も集まってきてなんだなんだと増えてきているし。
「おお」
その声がしたほうを見ればアドレイドだった。
黒の髪の彼女はアイリスのそばに近寄っていく。あ、危ないんじゃないのか。そう思ったけど彼女は近づいていく。
「アイリス。気をゆるやかに意識しなさい。君の中の勇者の力が目覚めたんだ。大丈夫。それは君の味方だから」
「あ、あう、アドレイド先生」
「さあ、大丈夫。心を穏やかに保ちなさい」
アドレイドの声にアイリスはだんだんとその魔力を収めていく。すべてが消えた後、ふっと気を失うようにアドレイドに寄り掛かった。
「はあはあ」
「いきなり力を開放したから疲れたんだろう。誰か? この子を保健室に連れて行ってくれないか?」
アドレイドがそういうと何人かの生徒が駆け寄ってきてアイリスを連れて行ってくれる。アドレイドはそれを見てから、俺に向かい合う。
「やれやれ。彼女の力を開放したのは君だな」
「……そ、そうなのかな。不可抗力だったけど」
「まあ、いずれ彼女の才能は花開く時が来たはずだ。聖天使の君と触れ合うことでその時が早まったんだろうな」
「そうなのかな」
アドレイドはかつかつと俺の横に来る。俺を見ていない。
「勇者という存在は魔王を倒すといわれる。その力が目覚めた以上は私は任務を全うしなければならない。私はやるべきことを為すだけだ。聖天使セナ。止めるのであれば、向かってきてくれ。……私は勇者を殺す」
「え?」
「そうだな。明日かな……」
「待って、アドレ……」
俺の言葉に振り返らずにアドレイドは図書室から出ていく。彼女がわざわざ俺に言ったことの意味は馬鹿な俺にでもわかる。
止めてほしいのだ。