夜風が気持ちいい。なんていうか、夜に外に出るとなんかわくわくするってわからないかな。昔から夜に散歩するのは好きだった。こっちの世界に来てからは街灯もなんもないし、いろいろ死にかけたからできなかったけど、今日は久々だ。
死にかけたから散歩できなかったってすごいな。自分で言っててつっこみかけた。まあ、俺の今の人生にツッコみまくったらもうツッコむところしかないよ。まず聖天使ってなによ。
「おそいんだけど、聖天使」
ラムが振りむいた。かわいらしい寝巻。ワンピース型のやつを着ているからスカートが揺れる。ぬいぐるみを抱いているのもかわいい。
「なに? 僕の顔になんかついている?」
「いや。らむってかわいいなって」
「……!?」
「へぶっ!?」
ラムがいきなりびんたしてきた。な、何するの!?
「い、いきなり何を言い出すんだよ。聖天使!」
「そこまでむきにならなくてもぉ。ほっぺた痛い」
「ふん」
そっぽを向いたのは多分照れ隠しだ。そういえばファルブラウにもかわいいって言ったらビンタされたな……。
ともかく夜の学校を歩く。月は明るいし、レンガ造りの校舎の周りをぐるりと歩く。これ見回りの人とかいないのかな。大丈夫だろうか。
ほうほうとどこからか鳥の声がする。虫の声もりーんりーんと響く。あ、これ日本の秋っぽいや。すごくいい気持ち。
「……あんたさ」
「ん?」
ラムが俺に話しかけてきた。彼女は俺を見ている。
「今更だけど、自分を殺そうとしていた相手と友達みたいなこと言っているのどうなの?」
「どうって言われてもなぁ。私はこの世界にやってきたときから生贄にされかかったし、それからファルブラウに焼き殺されそうになったり……服だけ溶かすスライムに襲われそうになったり……、感覚がマヒしているのかも」
「なんか悲惨……」
「そ、そんな風に言われると! な、なんだかなぁ。そそれにスライムはラムの部下がやったことだからね!」
うーん。でもまぁ。
「確かに出会った頃ならなんかいろいろ言えそうだけど、短い間でも一緒にラムとファルブラウと旅をしたのは楽しいし……」
「…………」
「それこそ、ラムはどうなの?」
「どうって……僕が?」
「そうだよ。楽しくなかった?」
「いや……。……それは、変なことを聞くなよ聖天使」
ラムは答えずつかつかと歩いていく。実際どうなんだろう。ラムもこの度でカニに殺されそうになったりしてたし……大変そうだったといえばそうなんだけど。そういえばあのカニおいしかったなぁ。
「何考えているんだよ。聖天使」
「カニおいしかったなぁって……」
「カニ……? 僕を殺そうしていたカニのことか! あの時はよくもこの僕をおとりにしてくれたなぁ」
ラムが人形を手に俺に向かってくる。わ、わぁ。逃げる。
「こら、待て!」
「待たないって。殴られてばっかりだし」
昼も追いかけっこしたな。あれはファルブラウから本気で逃げていただけなんだけど。俺はラムから逃げて、走る。二人で夜を走るとなんか楽しくなってきた。ラムがむきになって追いかけてくるから、変にいたずらっぽい気持ちが沸き上がって笑ってしまう。
「まてこら~」
「やだね~」
ラムの声に軽く答える。中庭の花畑の間を走る。花びらが少しだけ舞っている。はあはあ、ふ、普通に息切れしてきた。ラムを見たらラムのほうがすごい疲れている顔をしている。
「ま、まて~」
「いや、いやだ~」
のろのろと追いかけっこする。噴水の周りを走ってぐるぐるして、ラムが先回りしそうになったら反対側に逃げる。それでもラムは追いすがってきた。
「こ、このぉ」
ラムが俺の腰に抱き着いた。わ、わぁ。
「捕まえた!」
「あー」
俺とラムははあはあ言いながら止まった。
「な、なんで追いかけられていたんだっけ」
聞くとラムも言った。
「覚えてないよ。あんたが逃げるから追いかけてたら……忘れちゃったよ」
「……そっか。ふふ」
「……あは」
「あははは」
「はははは」
俺にラムが抱き着いたまま二人で笑う。なんか無性におかしくなっただけで別に理由はないと思う。たんに追いかけっこしただけなんだし。……俺って精神年齢が小学生程度かもしれない。
俺とラムはとりあえず噴水のふちに座り込んだ。はあはあ、汗かいたな。お風呂入りたいや。ラムも首元をパタパタしている。少し胸元が見えそう……あわてて首を振る。
「何してんの?」
「べ、べつにぃ」
口笛が吹ければとぼけながら吹くのに……それをすると空気を吸ってタコの口で息をは吐くだけになる。そうやって少し目線をそらすとラムの首につけられた拘束具が目に入る。
「それ、どうにかして取りたいね」
「僕の首輪のこと? 力技はごめんだよ」
「あんなことファルブラウしかしないって」
「そりゃあ……そう」
もう一度二人で笑う。なんか居心地がいい気がする。ラムはどうなんだろう。
「ラムがさっき言ったことだけど、ラムのことを友達って思っているから。別に理由なんていらない気もする……うーん。違うなぁ。私は頭が悪いから……理由なんてよくわからないや」
自然とそんな言葉が出てきた、かなり頭の悪い発言だなぁって俺自身驚くよ。なんだよ理由がよくわからないって言っているだけじゃん。
「…………理由がいらない?」
ラムがなんか驚いた顔をしている。ぬいぐるみを抱きしめて、目をそらす。
「……ねぇ、聖天使」
「なに?」
「少しだけ昔の話をしてもいい?」
「昔? いいよ」
何の話か分からないけど、全然聞くよ。
それにしても静かな夜だ。