「最初はぐーからがルール」
俺はアイリスに向けてそう言った。右手をぐーにして突き出す。アイリスも同じようにぐーにして俺の手と同じ高さに腕を上げる。キラキラとしたグリーンの瞳がまっすぐに見てくる。
「すべての始まりは大地からということですね」
……ごめん。ごめんね。俺がじゃんけんの話を盛ったことでとんちきなことを言わせてしまって本当にごめん……。じゃんけんの始まりに大地から始まるという要素はないよ……。
「そうだよ」
だけど話を合わせないといけないから俺は罪悪感を振り払って頷いた。すうと息を吸って彼女を見る。
「それじゃあいくよ! 最初はグー!」
「ぐー!」
アイリスが合わせてくれる! いい子だなこの子! 勝敗次第で俺に斧を振るけど。
「じゃーんけーん! ぽん!」
「ぽ、ぽん!」
……俺はパー。アイリスもパー。あいこだ。
「ふふふ」
不敵に笑ってしまった。特に意味はないけどアイリスははあはあと息を切らしている……な、なんで。アイリスはそのまま片膝をついた。
周りの生徒たちも「おぉー」と歓声を上げる。
「よ、余裕ですね。このじゃんけんというものにに負けたら、斬られるかもしれないというのに……心臓バクバクです」
「ふっ」
俺たちの前には交差する剣と斧。そういえばそうだった。まあ、俺は負けた瞬間に逃げるし……。あんまり深くは考えないようにしている。
「この勝負……。心の戦いだよ」
何言ってんだ俺は。アイリスが立ち上がる。その目には闘志が浮かんでいた。
「私は負けるわけにはいきません」
「いろいろとあったことは本当に悪いと思っているし謝りたいけど……」
アイリスは俺にだけ聞こえる小さな声で返事をしてくれた。
「天使様にこの勝負に勝ったらお願いがあります」
「お願い……?」
「勝ったらです! さあ、行きましょう! じゃーんけーん!」
わわわ、先手を取られた。アイリスは何を出す! さっきはパーだ。次に出すのはなんだ。えーい。わからん!
「ぽん!」
「ぽーん!」
少し間延びした俺の声。アイリスはぐー。俺は……ぐー! あいこだ。
「はあはあはあ」
アイリスは両手を膝につく。汗がだらだらと流れている。
「す、涼しい顔をしてますね。聖天使様」
「…………」
これ、もしかしてだけど中途半端に剣をだしたから脳内麻薬が出ているかもしれない。前にキュリオも変身したらそんなこと言ってたし……。
「ふふふふ」
「笑っている……流石です」
いや……テンションがおかしくなってきた。体が熱い。俺は両手を組んで顎を上げて笑う。なんかこう、楽しくなってきた。やばいかもしれない。これは俺の意志というより脳内麻薬がぱぁって出てない? 大丈夫? 俺の体。
「私はこんなところで負けるわけにはいかないんだよ。魔王をなんとかしないとけないし」
「魔王…………」
ぎりとアイリスが俺を睨みつけた。彼女は言う。
「それは私の役目です!」
「……?」
周りもざわめている。彼女は自分の胸に手を当てて言う。
「私は勇者の血族で魔王を倒すために努力をしてきました。でも、でも全然才能がなくて……それでも貴方に昨日、き、きき……す……い、いえ! あの接触をしてから力が溢れてきたんです! この力なら魔王を倒すことができるはずです。きゃあ!?」
ファルブラウがなんか石を投げてきた。や、やめなさい!
「な、なんですか!?」
「ら、ラム! ファルブラウを抑えておいて!」
「はあ? 僕が? こいつを?」
ラムにお願いした。ファルブラウを抑えようとして「放せ!」ってラムが殴られてる。わ、わあぁ。ラムもキレている。やめて、そちらで争わないで! 顔を引っ張り合うのをやめて。
「あ、あの人たちも聖天使様の仲間ですよね」
「え? うん。と、友達」
「友達?」
アイリスの目がきらりと光る。
「2人とも人間じゃないですよね」
「……!?」
周りがファルブラウ達に注目している中、俺とアイリスだけがお互いを見た。
「な、なんで」
「明らかにその纏っている気が違います……。どちらかというと魔物に近いような……聖天使様がなぜあの人たちを連れているかはわかりませんけど……。いいえ。きっと深い考えがあるのでしょう」
ないんだよ……。でもアイリスが見抜いているなんて。
「人間以外はその『気』を見ればわかります」
キラキラ光る緑の瞳。その時俺ははっとした。見たらわかるならアドレイドさんもわかっているのか? それを聞こうとして、もしばれてないなら余計なことを言うことになると思って言葉を飲み込んだ。
アイリスは右手を上げる。
「いずれにせよ決着をつけてからの話です」
「……」
俺も腕を上げる。掛け声は俺。
「最初はぐー!」
「ぐー!」
「じゃーんけーん」
「じゃーんけーん」
「ぽん」
「ぽん!!」
アイリスの手がチョキ! 俺は……パー!
アイリスの瞳が光る。斧を掴んで振り上げる。俺は反射的に剣を握った。次の瞬間にがきんと剣に衝撃が走る。後ろに飛ばされた。ごろりと転がる。アイリスの攻撃を何とか防いだ……いやむしろ剣を狙ってくれた?
見ればアイリスが斧を手にたたずんでいる。周りもやっとそれに気が付いて彼女に注目している。
「今のはまだ勝負がついていません!」
「……」
俺は剣を杖に立ち上がる。本当は逃げるつもりだったのに反射的に防御してしまった。手がいてぇ。剣を落とさなかったのは奇跡な気がする。じんじんする~。
「な、なんでアイリスはそこまで」
「私は勇者の血族です。魔王を倒す。魔物も倒す。そういう使命を持っています。子供のころから期待されて、期待に応えられずにいたのに……突発的にやってきたあなたに力をもらって! それでそれで」
アイリスは斧を下ろしてぎゅつと両手を握って目をつぶる。
そうか……アイリスもラムたちみたいに生まれで悩んでいたんだな。そりゃあ俺みたいな何の覚悟もないないのが魔王とかがどうのというならむかつくよな。
「聖天使様がかっこよくてぇ、キラキラかわいいのにきりっとした顔もするし、いつでも余裕があってクールで……でも悔しい気持ちもあってぇ。すごい頭の中ぐちゃぐちゃなんですよ……どうしてくれるんですか?????」
………????????
????????????
だ、誰の話をしているの? クール? 誰が?? 俺が??? この子の目節穴なの???
周りもざわざわしているよ。その中でアイリスが「あ、あ……あ」とか口をパクパクさせながら赤くなっていく。
「ともかく……」
アイリスは顔を真っ赤にして目に涙を溜めて俺を指さす。
「ともかくぅ! 私はこの気持ちに決着をつけたいんです。そして私はこの力を使って使命を果たします! 魔王も四天王も全員……このグランドアクスで打倒します!」
四天王も……。魔王も……。アイリスは俺についてすごい勘違いをしているのはわかった。でも、四天王の3人はもう俺の友達だし知り合いだし!
「わかりました。アイリス。この勝負を負けるわけにはいかないようですね」
やっとわかった。このじゃんけんに負けるわけにはいかない。
アイリスは一歩後ろに下がる。
「その表情、やっと本気になったってことですね。この勝負に勝てばアドレイド先生の……!」
どがああああああああん!!!
突如として轟音が響いた。すさまじい突風が吹き荒れる。俺は倒れそうになりつつもなんとか踏みとどまる。周りの生徒たちもなんだと驚いている。ファルブラウは転がっていく。……ま、まって、今ころころローリングしながら転がっていったぞ!
俺はそれも気になるけど振り返る。見れば赤いレンガの建物。校舎の一部が半壊していた。な、なんだ。何が起こったんだ。
その瞬間に強大な魔力を感じた。黒い魔力があたりに広がっていく。空間をゆがませるほどの魔力の波。な、なんだこれ、気持ち悪い。
「大丈夫!? セナ」
ばさっと蝙蝠の羽が視界をふさぐ。ラムがだった。彼女は振り返って俺に聞いてくれる。
「ら、ラム。これは」
「まさかいきなり仕掛けてくるとはね。びっくりした」
「まさか」
「そのまさか……僕もあの姿は久しぶりに見るよ」
崩壊した校舎の煙の中で巨体が動く。手には黒いハルバードを持った大柄の化物。顔は豚のようで巨大な牙を突き出している。太った体に破れた法衣を着ている。
「化物だぁ!」「先生たちを呼べぇ」「きゃああ」
混乱が広がっていく。生徒たちは逃げていく。ただ俺はその「化物と言われた人」を見て唇を噛んだ。
『ぐおおおおお!!』
その豚の姿をしたアドレイドが咆哮する。校舎の窓がガラガラとひび割れて壊れていく。ガラスの降る中で俺は立ち上がる。
「いきなりすぎるよ。アドレイドさん」