アドレイドさん……確かあの人は俺に自分のことを「オーク」って言っていた。本気を出せばその姿になれるってことも俺にわざわざ言っていた。つまり本気でアイリスを殺しに来ているってこと……?
ズン、ズン
地響きを立てながらアドレイドさんは向かってくる。ハルバードを握りしめてその赤い目をこちらに向けている。すごい迫力だ。それにその体から迸る魔力はバカな俺でもわかりやすいくらいに感じられる。強い。
目の前のラムが一度俺を振り返った。その目は俺にどうするかを聞いているってわかった。
?
いつの間にか手が震えている。ファルブラウともラムとも違う威圧感にビビっているのかもしれない。
「そ、そうだ。アイリス」
俺が振り返るとアイリスは尻もちをついて驚きと怯えの混ざった表情をしている。
「あ、あ、あ、学園になんで化物が……」
「化物……」
その言葉に胸をえぐらるような気がした。アドレイドさんを見れば巨大な体をした豚やイノシシのような顔をしている。でも俺は……あの人が優しい人だってことは知っている。
『勇者アイリス……ココデ死んでもらう』
アドレイドさんが言った。ああ、あの人の本心を知らなければ恐ろしい言葉だ。……違うな、あの人自体は本気だ。
「あ、あ、ああ」
アイリスはおびえ切っている。俺は目を閉じた。アドレイドさんに頭をなでられた時のことを思い出した。
――「いろいろと大変な役目ではあるが、頑張るでござるよ」
あの時の優しい顔の彼女にアイリスを殺させるわけにはいかない。俺は剣を握ってアイリスの前に立った。
「せ、聖天使様」
「アイリス……あそこにいるのは化物なんかじゃない。でも……貴方を攻撃してくる」
「ば、化物じゃない……? そ、それにわ、私をですか。勇者の末裔だからですか」
「そうだよ。……大丈夫」
振り返った。やせ我慢だけど俺はニコッと笑ってみる。アイリスは一瞬惚けたように俺を見た。
「私が守るから、アイリスも、あの人も」
俺は前に出る。
「ラム! お願いだから手伝って!」
ラムが横に来る。
「はあ~やれやれ。僕も妙なことを約束しちゃったなぁ」
いいながらも俺にふっと笑いかけてくれる。頼もしい。
「あれ? ていうかファルブラウは」
そう思った時、がらがらと音がした。見れば瓦礫の中からぺっぺっと吐きながらファルブラウが立ち上がった。口から火が出ている。そうか前の戦いの力が残っているのか。……いや、アイリスの力を食べてたなこいつ。
「我のことを呼んだか。聖天使」
「うん。あの人を止めるのを手伝って」
「ああ~」
ファルブラウはアドレイドさんを見てふんと鼻を鳴らした。
「あの姿は久しぶりに見るなあいつ。いいだろう、我も体がなまっていたところだ。聖天使。あれに手加減は必要ないぞ。強いからな!」
ぱんと右の拳で左手を打ってにやぁとファルブラウはぎざぎざの歯をむき出しにした。
俺はラムとファルブラウの真ん中で剣を構える。
「セイクリッド・シンフォニア!」
俺の体を光が包み。 両手を白いロンググローブが包む。手首に宝石のついたリング。そして足にはニーソックス。
白いドレスの衣装が形作られて。首元に宝石のついた赤いリボン。頭に天使のリングをつけて大きな羽を広げる。
そしてアドレイドさんに剣を向ける。
「望み通り。ここで止めてあげますよ!」
☆☆
『グオオオオおお!!』
アドレイドさんが全力で突進してきた!! い、いきなりすぎる。俺は飛んで逃げようとして後ろにアイリスがいることに気が付いた。確かにあの突進で俺たちは避けることができるかもしれない。でも彼女の目的は俺たちじゃない! ただ避けるわけにはいかない。
あわあわあわ、かっこつけたけどどうしよう、どうしよう。
アドレイドさんは全力で向かってくる。数秒の時間しかない。俺は反射的に前に出た。走り出す。そして羽を動かして飛んだ。なんでって言われても自分にもわからない。そうするべきだって思ったからだ。
アドレイドさんに俺は向かう。彼女は踏み込んだ。踏み込んだ足が地面に埋まるほどの踏み込み。そして腰をまわしてハルバードを俺に向って振る。俺は剣を握る。
キュリオは言ってたんだ。俺の力は人を救うことを心に想った時に溢れるんだ。そうだ、俺はアドレイドさん貴方を救いたいって思うよ! それは本心だ!
剣が光る。
「うおおお!」
俺の剣とハルバードがぶつかり合う。すさまじい衝撃波に俺は吹き飛ばされる。だけど空中で羽を使って体勢を立て直す。はあはあ。なんとか防ぐことができた。だけど正面から打ち合うのはどう考えても得策じゃない。
「セナ、上出来だよ」
ラムだ。蝙蝠のような羽を広げた彼女の体から赤黒い魔力の糸が伸びる。それはアドレイドさんの体を縛る。
「ファルブラウ!」
「おお! 我に、まーかーせーろー!!」
ラムの声にファルブラウは全速力でダッシュしてそして思いっきりアドレイドさんを蹴飛ばした。ドロップキックだ。アドレイドさんがのけぞったからおそらく魔力を込めたんだろう。
「何ぼさっとしているセナ。今!」
ラムの声にはっとする。そうだあの程度でアドレイドさんがやられるわけがない。俺は羽を動かして彼女に向かう。ラムの糸で体が拘束されている彼女なら今なら倒せるか。
『ブモオオ!!!!』
咆哮とともにアドレイドさんは体の筋肉を膨張させた。それがラムの糸が引っ張る。
「くぐ、や、やる。僕の力を……ファルブラウ! セナ、逃げて」
ぶちっと体中の魔力の糸をアドレイドさんが引きちぎった。俺は止まらない。剣を構えて飛び込もうとする。
「やあああ!」
さっきもやれたんだ。だから大丈夫。そう思った。でもアドレイドさんは体を深く沈めてハルバードに強力な魔力を溜めている。
あ
やばい
このままあれを振られたら死ぬ。それが分かる。
「聖天使!」
突っ込む前に俺に飛びついてきたファルブラウ。ファルブラウと俺は地面に一緒に転がる。その一瞬後にアドレイドさんがハルバードを振るう。
魔力を込めた斬撃が校舎を切る。紫の魔力の衝撃波に「斬られた」校舎が崩壊する。ガラガラと轟音のなる中で俺は地面から立ち上がってアドレイドさんを見る。見上げると大きい。恐ろしい顔をしていた。
その時後ろで音がした。
「う、うう、うう」
そこには眼に涙を溜めて、そして震えながら斧を両手で持っているアイリスがいた。
「わ、わたしもた、たたかいまず」
「アイリス」
「せ、聖天使様たちだけに任せておくなんでできまぜん」
怖がっている。それでもこの子は立ち向かおうとしているのか。俺はアドレイドさんを見た。アイリスを見るその目が本当に、本当に一瞬だけ優しくなった気がした。
やっぱりこの人にアイリスを殺させるわけにはいかないよ。
俺の傍でファルブラウも立ち上がる。
「ふん。聖天使、今のは借りだ」
「わかった。みんなで食事をするときにおごるよ」
「おう。肉だ」
「うん」
目の前にいるアドレイドさんに対して俺は言う。俺の変身の限界も迫っている。
「行くよ!」