馬車に揺られてどれくらいたっただろうか。馬車は1頭立てで遅い……。
いつの間にか天気が崩れて、曇り始めていた。馬車から見れば山の上に寂しくただ廃城があった。崩れた塔、壊れた門。いつかの栄華を思うと悲しみが胸にあふれてくる。
「ひい、ひいひい」
体が熱い。……ほおっておいたら自分がとんでもないことをしそうで、そういう風に気を紛らわさないといけない! あの廃城に竜がいるらしいが、こんなコンデションでこんなところに来たのは俺が初めてだろうよ!
がたん、ごとん。馬車が止まった。
俺は馬車から顔を出す。頭にかぶった白いケープを手でよける。
城の前には大きな石橋がある。そこまで行くと馬車の御者をしてくれていた村人のおじさんは手筈通り逃げ出した。走って逃げたというか、馬車を引いてきた馬にまたがった。
「はいよー!! セナ様ご無事で!」
ぱしーんって鞭を馬に当てて颯爽と駆け抜けていった。
あの村の連中濃ゆすぎじゃない? ともかく……俺は一人取り残された。さて、竜に対して俺の策は効くのか……。
あれ?
待てよ。
ぴこーんっと俺の頭に電球が付く気がした! ぽんと手をたたく。
俺これ逃げればよくない?
誰も見てないんだから生贄なんてことはほっぽり出して逃げればいいじゃん。そうだそうだ。そう思って俺は踵を返した! にげよにげよ!
そう思ったら足が軽いわ。
スキップで城に背を向けて歩き出した私は山を下りようとした。ふふーん。とりあえずどうしようかなっ。町に降りて男の子とあそぼっかな。
はっとした。
わた、私。いや俺はなんか頭がおかしくなっている。薬のせい?
――「天使として美少女に転生させてあげる。さあ、使命さぼったら心まで女の子になる契約を此処に締結する。セナ、世界を救いなさい!」
ふと、あの天使の言葉を思い出した。キュリオとかいうあいつ! ま、まさか。俺が逃げようとしたことをさぼりってことで急速に「女の子」になっちまうってことか? 逃げたら俺は完全に女の子になるの?? 何それ???
立ち向かうしかないのか……竜に。
……正直に言うけどさ。少しだけワクワクしていることもあるにはある。アニメの主人公みたいではある。
「仕方ない。救ってやるかぁ。あのへんてこな村を」
俺ははあとため息をついて振り返る。少し気取ったセリフで自分を奮い立たせる。ほかのやつがいたら絶対言わない言葉だ。
――空が陰った。急に真っ暗になったんだ。俺はあわてて顔を上げる。
空にあるのは羽を広げた巨大な影。赤い竜。牙をむきだしして俺を睨んでいる。
『グオォオオオオオオ!!』
すさまじい咆哮に空気が振動する。なぜか俺は口を開けてそれを見ている。いやぁ、無理だろ。死ぬよぉ。これは。象さんよりも数倍も大きいもん。
竜の名前は確かファルブラウ。なんかかっこいいから覚えていた。あいつは石橋の上にどぉおんと降りてくる。そしてもう一度空に咆哮する。世界を震わせるような声だった。
竜の前の俺は虫けらだよ。羽が生えているのがさらにそれっぽいよ。さっきまでちょっと調子に乗ってすみませんでした。
「い、いや。俺は死にたくない」
そ、そうだ! 俺は秘策を用意していたんだ。急いで馬車に戻って中に持ってきた樽を外に蹴飛ばした。ツボもある! それをいくつも必死に外に運ぶ。体が熱い。あの薬はずっと邪魔だ。
「りゅ、ファルブラウ様! これをお飲みください」
ツボのふたを開ける! 中身は酒! 村中の酒を集めたんだ!
そう日本神話のヤマタノオロチを退治した話をもとに考えたんだ! 酒をしこたま飲ませてから酔っぱらったところを倒すという秘策だ!
ファルブラウは俺をじっと見てくる。ひ、ひい。近い。怖い。漏らしそうだけど、この姿で漏らすのはやばい気がする。
酒をクンクンとにおいをかいでいる。するとファルブラウはツボごといくつも丸呑みする! 全部の酒を一瞬で飲み干した!
赤い竜は首を振って。ふうと息を吐く。そして俺を見てくる。なんか食べたそうにしている気がする。いや、間違いない。涎垂らしているし……。
うん、全然酔ってないみたいだ! 俺の策終了!
……いやああああ!! どぼじで! なんでごんなにあっざり!!
俺は逃げだした。よく考えたら羽があるから飛べばいい気がするけど、パタパタするだけで全然とべない。背中越しに竜の咆哮が聞こえる。
「いやああぁ!」
美少女の声で俺は叫んだ。
「なんでいきなり異世界に来てこんな目に合うのぉ。帰して、家に帰して! ていうか異世界なんだからチート、チートをくださいぃ!」
ただ羽の生えた美少女になっただけじゃ生き残れないぃ!! チート能力とかないのぉ。
「あえっ」
石に躓いて転ぶ。う、うう。弱い。俺、すごく弱い。涙が出てくる。
ずうんと音がする。竜が一歩こちらに向けて歩いてくるのがわかる。後ろを振り返れない。怖い。怖い。
「うああ、うああああん」
マジで泣いた。秘策がどうのと言ってた自分がすごい恨めしい。こんなに竜が怖いなら来なかった。リラックスしているクマを本当のクマみたいに思っているのと同じだった!
「神様ぁ」
手を合わせて本当に祈る。
その瞬間だった。
『力が欲しいか?』
目の前に現れた紫の髪をしたツインテールの少女が言った。天使キュリオ。すべての元凶の女の子が椅子にふんぞり返って麩菓子を食べながら言ってる。いきなり現れて、しかも少し透けている。
「げ、幻覚」
『いや、幻覚じゃない。あんたが本当に神様に祈った時だけ私とあんたは交信できる。しかしいきなり竜退治とはねあんたもやるじゃない」
「そ、そんな悠長なことを言っている場合じゃ……」
『安心しなさい。私と交信している間は時間の流れが4分の1になって、あんたの声は誰にも聞こえないわ」
「4分の1……竜に喰われるのそんな時間がかからないんじゃ」
『妙に鋭いわね。12秒後に喰われる予定だったからあと……48秒いや、あと20秒くらいかな』
「じゃ、じゃあ早く助けてよ」
『仕方ないわねぇ』
ぼりぼり麩菓子食べながら立ち上がるキュリオ。俺を見下ろしていった。
『いい? あんたの本当の力の使い方を教えてあげるわ、まずは―」
☆
現実世界に一気に引き戻された。
祈りの時間だけキュリオとつながることができる。いや、そんなことを思っている暇はない。俺は立ちあがって叫んだ!!
『セイクリッド・シンフォニア!』
その言葉とともに俺はまばゆい光に包まれた。自然と立ち上がる。光は形を成して俺を包み込んでいく。
両手を包む白いロンググローブ。手首に宝石のついたリング。
足にはニーソックス。
そして体を包むような白いドレスの衣装。胸元が少しだけ開いてる。そして首元に宝石のついた赤いリボン。
頭に天使のリングをつけて大きな羽を広げる。
そして俺の手には光とともに剣が舞い降りる!
俺はそれを構えてウインクする。
「悪は絶対許さない。聖天使セナ! 参上!!!」
これこそキュリオにもらった天使の力の真の姿。悪を滅ぼし、正義を成す。可憐な変身ヒロインの姿だ。よし!
俺を殺せ!!