症例『魔法少女』:マジカル•シンドローム   作:透亜九郎

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さて、ここまでで都合一話みたいなものなので連続投稿してみました


カルテNo.002:あなたは、何者なの?

 

 帰ろうと自分の下駄箱を開けると手紙が入っていた。

 

 今までも時々こうして貰うことがあったから別段驚きはしなかった。ただ、今朝の永山くんからの告白があったから多少身構えてしまう。

 読んでみれば「旧体育館の裏まで来てほしい」とキレイな読みやすい字で書いてあった。

 みんな体育館裏が好きだな、と思う。果たしてその流行のルーツはどこにあるんだろうだなんて、手紙の主に真摯とは言えない感想。

 

 旧体育館は授業でもあまり使われることなく、一部の運動部が時々使う程度。人気(ひとけ)も少なく、人目に付かず告白するにはもってこいの場所。確か今日はどこの部活も使っていないはず。

 神奈とゆかなには、もっと用心しなよと何度か忠告を受けているが、相手は勇気を出して手紙を入れたに違いないのだ。だったらせめてその勇気には真摯でいたい。お決まりでそう返すといつも2人はため息をついて呆れる。

 ウチの学校に不良と呼ばれるような生徒はいないからそこまで心配することないよと付け加えたときは流石に警戒心がないと怒られたっけ。

 ともかくだ。あまり待たせてはいけないので靴を外履きに履き替えて旧体育館裏へと向かう。

 

 ——ある意味でこの状況は想定していた。

 旧体育館裏に居たのは永山くん。確かにあの字は見覚えがあるなと思い返す。

 緊張した面持ちで彼は今朝のように直立不動で立っていた。遠くで吹奏楽部員が管楽器を練習する音が聞こえる。いつ来てもこの空気感は慣れない。断るのも中々に気力を使うのだ。

 既に返す答えは決まっていながら、形式上永山くんに声を掛ける。

 

「お待たせ、来たよ。それで用件は?」

 

 少し冷たい言い方になってしまっただろうか。

 やっぱり今朝の彼とのやりとりが引っ掛かりになっているのかもしれない。

 

「き、来てくれてありがとう。それで……なんだけど、今朝のやり直しをさせて、ほしいんだ。す、好きです!どうか、俺と付き合って下さい!」

 

 それは朝の焼き増し。直角に曲げられた姿勢。一つ違うところがあるとすれば、今は手をこちらに差し出していることだろうか。

 とはいえあたしの答えは変わらない。無慈悲かもしれないがそれがあたしなりの誠意だから、はっきりと伝える。

 

「ごめんなさい。永山くんとはお付き合いできません」

「な、なんで……?あんな、俺に優しくしてくれたのに……」

 

 上げられた永山くんの表情はこの世の終わりを見たようなものだった。

 結局2人が言った通りだったのだ。あたしの普段の行いが招いた勘違い。あたし自身を改めるつもりはないけど、少しの申し訳なさを感じる。

 

「い、いやそんなはずはない!君は俺のことが好きなはずだ!」

 

 彼が急に大声を出したのでびくりと肩が跳ねた。永山くんが声を荒げたところなんて見たことがなかったから、思わず一歩後ずさる。

 そんなあたしに彼は詰め寄って、両手であたしの肩を掴んだ。

 

「君は俺が好きなはずだ!そうだろう?!あの2人に何か吹き込まれたんだな、そうだな、そうに違いない!!」

「い、痛い!やめて、離して!!」

 

 危機迫る表情で声を荒げあたしの肩を揺らす永山くんをなんとか振り解こうと全力で身体を揺すり、彼の胸に手を付いて抵抗する。偶然、地面から迫り出した木の根に彼の足が引っ掛かり、バランスを崩したところを両手で突き飛ばしてなんとか拘束から逃れることができた。

 地面に倒れた彼は全身を打ちつけて苦悶の声を漏らす。

 流石に心配が勝って覗き込もうとしたら、永山くんはブツブツと何か呟きながらゆらりと起き上がった。

 その目は虚ろで何処を見ているのかわからない。

 

「違う違う、そんなはずないそんなはずない彼女は彼女は俺のことがぁ!!」

 

 彼は早口に捲し立てて頭を掻きむしり始めた。

 明らかに正気じゃない様子に怖くなって、彼を刺激しないようにじりじりと後ずさる。

 

 ——メキャリ。

 

 音がした。肉を裂くような嫌な音。

 永山くんの背中がボコリと肥大化している。それを皮切りに再び嫌な音が彼の身体から鳴り始めて、呼応するように彼の身体がボコボコと歪に変化していく。

 何が起こってるの?これは何?何なの?あたしの頭の中は疑問と混乱で掻き乱されていく。

 声を上げようにも、喉から息が漏れるばかりで碌に声が出ない。

 みるみるうちに彼の身体は変貌していき、最後には深緑色の手足が生えた肉塊になって、そこから肋骨のようなものが肉を突き破って、完全に化け物へと変わってしまった。

 

「じぃぃらァァぁぁカぁぁぁぁ」

 

 悍ましい声を上げながら、ずり、ずり、と化け物があたしの方に歩いてくる。

 何とか逃げ出そうとするが、脚が硬直して動かない。完全に恐怖に呑まれてしまっている。

 

「う、ウィアド……?なが、やまくん……が、なんで」

 

 ようやく出たのはそんな言葉。

 なんで永山くんが?ウィアドって最初から化け物なんじゃないの?人を襲う動物みたいなものなんじゃなかったの?そもそもこれがウィアドなの?

 疑問、混乱、恐怖。それらがあたしを支配する。

 

「じぃぃぃラァァかみィィィィ……」

 

 しゃがれた声があたしの名前を呼ぶ。

 それが一層、この化け物が永山君であると自覚させる。

 迫る巨体が目の前に迫り、遂にあたしは腰を抜かして尻餅をつく。

 ぎちぎちと肋骨のような鉤爪が蠢いて、多分あたしを握り潰そうとしている。

 そして正に想像したことが現実になろうとして、目を強く瞑って——べキャッ。

 

 ……最期の瞬間がいつまでもこない。痛みすら感じる間もなく死んじゃったの?引き締めた瞼をゆっくり開けると、そこにはうちの制服を着た少女の背中。肩上で揃えられた黒髪が靡いている。

 彼女の背中越しに向こうをみれば、永山くんだった化け物が倒れた身体を起き上がらせようとしていた。

 

「大丈夫?」

 

 目の前に立つ彼女に声を掛けられる。低めの落ち着いた声。女生徒が顔をこちらに向けると、それは知った顔だった。

 

「黒染……さん?」

「立てるか?立てないようならそこを動かないで、じっとしていて。危ないから」

 

 そう言って、黒染さんは化け物に近付いていく。

 思わぬ行動に思わず今まで碌に出なかった声が出た。

 

「待って!!どうするつもり?!死んじゃうよ!!」

「死なないよ。残念ながらね」

 

 感情の見えない声で黒染さんは言って、化け物の前に立ち止まる。すっかり立ち上がった化け物が、有るかも分からない目で彼女を見下ろしている。そして化け物が右腕を掲げてそれを黒染さんに振り下ろした。

 起こるであろう惨劇に思わず目を瞑る。

 

「ギぃぃぃぃぃぃ?!」

 

 直後、聞こえたのは化け物の悲鳴だった。

 開けた目に映ったのは振り下ろした腕を失って苦悶する化け物。そして制服ではなく、紫がかった黒を基調とした衣装を見に纏った黒染さんの姿だった。右手には大振りのナイフ(マチェット)が握られている。

 ヘアピンで留められた前髪。普段見えない彼女の目が露わになっている。それは鋭い眼光を秘めた、吊り気味の目。

 

「残念ながら余り時間が無くてね。手早く済ませるよ」

 

 そう言ってヒュンヒュンと風切音をたてながらくるくるとマチェットナイフを回して、構えた。

 

「ジぃぃぃらぁぁぁぁぁッ!!」

 

 怒り狂ったように化け物が叫び、黒染さんに襲い掛かる。

 けれど彼女は落ち着き払っている。

 化け物の鉤爪が黒染さんを握り潰さんとしたその時。

 

「〈加速(アクセル)〉」

 

 黒染さんの姿が消えた。

 そして気が付けば、空を抱き締めた化け物の背中に乗って逆手に持ったマチェットを構えている。勢いよくそれを化け物の背中に突き刺す彼女。ぎっ、と化け物が鳴いた。

 背中の黒染さんを振り落とそうと暴れるが、彼女は平然とマチェットを突き刺したままそこに居る。

 

「〈ラジアル•ヴァイブレート〉」

 

 キィィィィィ——!

 甲高い音が耳を(つんざ)き、あたしは反射的に耳を塞いだ。同時に、化け物が苦しみ始める。その動きはぎこちなく固い。一体黒染さんは何をしたのだろうか。彼女が何か言った後に異変が起こった事から、それが原因であることだけは分かる。

 苦しむ化け物に変化が現れた。永山くんがああなってしまった時のように、化け物の身体がボコボコと脈打ち始め肥大化する。皮膚の所々が肉に押し出されて裂け、赤い血が噴き出す。

 そしてそれが最高潮に至った時——ボンッ。

 破裂音と共に化け物の上体が弾け飛んだ。深緑と生々しい赤黒い肉片が飛び散り、赤い雨が着地した黒染さんを汚していく。

 

 「じ、ラぁぁぁかぁぁ……」

 

 あとに残された化け物の下半身がよたよたとあたしの方に歩み寄って来た。思わずヒッと声を漏らす。しかし下半身はあたしの元に辿り着く事なく、数歩歩いたところでバタンと倒れた。

 ……死んだ?

 あたしの無言の問いに、物言わぬ肉塊と化した化け物は沈黙したまま。

 呆然と化け物の亡骸を眺めていると、視界に差し伸べられた手が見えた。視線を移すと、いつの間にか見慣れた制服に戻り前髪で目元が隠れたいつもの黒染さんが手をこちらに伸ばしていた。どういうわけか、全身を汚していた筈の赤はキレイさっぱりと無くなっている。

 

「立てる?」

「ぇ、あ。あり、がとう」

 

 彼女の手を借りて何とか立ち上がる。

 近くで接したことがなかったから気が付かなかったけれど、黒染さんはあたしよりも背が低く、163センチのあたしの目線が彼女のおでこぐらいだった。

 それなのに、黒染さんはとても大きく見えた。先程の光景を目にしたからだろうか。彼女には聞きたいことがたくさんある。

 

「聞きたいことはあるだろうけど、まずはここを離れるよ。すぐに公社の連中が来る」

「あっ、ちょっと……!」

 

 黒染さんはあたしの手を引いてこの場を去ろうと早歩きで足を進める。その小柄な身体のどこにそんな力があるのかと思う程、力強くあたしは手を引かれ彼女の後に続き、旧体育館裏から離れていく。

 ただどうしても聞きたいことがひとつあって、それを彼女に投げ掛けた。

 

「黒染さんは……一体何者なの?」

 

 あたしの方に顔を向けることなく、彼女は何でもないように答えた。

 

「ボクは、魔法少女だ」




はぁい!魔法少女に助けられたところで導入完了!

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