症例『魔法少女』:マジカル•シンドローム   作:透亜九郎

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カルテNo.003:薄氷の上、隠された現実

 

 翌日、あたしはいつものように登校していた。

 結局あの後黒染さんと話すことは出来なかった。

 もうすぐ夜の時間になるからと彼女はあたしを帰したのだ。

 起こった出来事について色々聞きたいところだったけれど、緊張から解放されて気が緩んだのか心身の疲弊が一気に押し寄せてきたので、黒染さんの言う通りにその場はお開きとなった。

 モヤモヤしたものは残ったけれど、帰ってから中々眠れないぐらいに起こったことが鮮烈で、逆に聞いた情報で更に頭を抱えることになったかもと思えば、お開きになって正解だったかもしれない。

 夢であって欲しい。そう願いながらベットの上をごろごろして、いつの間にか眠っていたあたしは気が付けばアラームに起こされていた。

 

 そんなわけで、絶賛寝不足のあたしは教室に着くなり自分の机に突っ伏した。

 チラリと見た永山くんの席に(あるじ)は居ない。

 それが否応にも昨日の出来事を思い出させる。

 

「おはー。……どしたん?眠そうだけど」

「あはは、ちょっと寝不足で」

「白上が寝不足なんて珍しーこともあるなー」

 

 神奈とゆかなが登校してきて、声を掛けてきた。

 いつも通りの2人に安心感を覚える。対照的に2人は少し心配そうだ。あたしが基本的に朝に強いことを知っている2人からすれば今日のあたしの状態はある意味で異常事態ともいえるのだろう。

 

「なんかあったん?こういうとき大体梓、なんかしら抱え込んでるじゃん」

「話、聞くよー?お代はジュースでねー」

 

 神奈は正面から、ゆかなは戯けながら。心配そうな目であたしを見てくる。その気持ちはとてもありがたいけれど、流石にこれは話すわけにはいかない。

 だからあたしは努めて笑顔で2人に、大丈夫だよありがとうと伝える。

 ホームルームの時間を告げるチャイムがなったので、2人はそれ以上を追及することなく各々の席に戻っていった。

 ——永山くんは、まだ来ない。

 

「はーい、おはようございます。席に着いてくださいね。ホームルームを始めます」

 

 担任がやってきてホームルームが始まる。

 教壇に立った先生はどこか神妙な顔をしていた。

 

「さて、まずは悲しいお知らせです。クラス委員長の永山くんが昨日放課後に事故に遭い入院することになりました。面会謝絶状態なのでお見舞いなんかは控えるようにと保護者の方から。皆さんもくれぐれも注意するように」

 

 先生の言葉にクラスがざわつく。

 その中であたしは、別の意味で心がざわついていた。

 事故で入院?どうなってるの?だって彼は——。

 そこまで考えて思考を止める。もしかしたら本当に彼は事故に遭っていて、昨日の出来事はボーッとしていたあたしの見た白昼夢かもしれない。そう思いたかったから。

 ちらりと教室の隅に目を向けると、黒染さんが特に反応することもなく座っている。

 ……やっぱり聞かなきゃ、だよね。

 そう思ってあたしは一部欠けてしまったいつも通りの一日を過ごした。

 

 やはりというか授業にも雑談にも身が入らなかった。

 神奈とゆかなには一層心配されたが、その度に何とか誤魔化した。きっと2人にはあたしが何かしら抱えてることなんてお見通しで、それでもあたしを信じて誤魔化しに乗ってくれている。優しい子たちだ。

 そうして迎えた放課後。終礼が終わってすぐに黒染さんの席を見れば既に彼女の姿は無かった。まずい。早く追いかけないと。神奈とゆかながいつもの様に声を掛けてくるが、ごめん用事あるからと断って、慌ただしく教室から飛び出した。

 運が良かったのか、黒染さんは校門をくぐる辺りで見つかった。久しぶりに体育以外で全力疾走したから息も絶え絶えだったけれど、それを我慢して彼女に声を掛ける。

 

「黒染さん!」

 

 名前を呼ぶと、彼女は立ち止まってこちらに顔を向けた。

 前髪で目が見えないから彼女がどんな表情をしているか分からなかったけれど、どことなく驚いている様な様子だった。

 

「キミは……。ボクに何か用かい?」

「昨日のこと、聞きたくて」

「……何のことだい?昨日キミと何か話した覚えはないが」

 

 シラを切ったように黒染さん。

 しかしあたしは見逃さなかった。昨日のことと口にした瞬間にピクリと一瞬反応をみせたことを。

 だからあたしはぼかさずにはっきりと聞くことにした。

 

「永山くんが化け物になったことと、魔法少女って言ったあなたのことについて聞きたいの」

 

 今度こそ彼女は動揺を表に出した。とはいっても声を上げたりなんかはせずに身じろぎする程度のものだったが、黒染さんの普段の感情の見えなさからすればそれだけで十分だ。

 

「ねぇ、知ってるんでしょ?教えて、昨日起こったこと」

「……分かった。だからここでは声を落としてほしいな。人が多いから場所を変えよう」

 

 黒染さんは渋々と言った様子で承諾してくれた。

 そして彼女に先導されて向かったのは記憶に新しい場所、旧体育館裏。そこはまるで最初から何事も無かったかのように、昨日の痕跡は無くなっていた。

 

「さて。昨日のこと、だったね」

 

 意外なことに先に口を開いたのは黒染さんだった。

 あたしは無言で頷いて答える。

 

「正直なところあれは悪い夢を見たと思って忘れてもらいたいんだけど、そうはいかないんだよね?」

「うん。目の前でクラスメイトがあんなことになったんだもん。それに彼はあたしに、少し歪だったかもしれないけど真っ直ぐ好意を伝えてくれた。だからせめて彼に何があったのか知ることが、あたしから彼に送れる誠意だと思うから」

「じゃあ約束して。これから話すことは、絶対に秘密にすると」

 

 黒染さんの真剣な言葉にあたしはしっかりと頷く。

 

「まず簡潔に。ボク自身見てはいないが、キミの言う彼はウィアドになった。だから魔法少女であるボクが処理した」

「ウィアドになったって……あれって元からそういう化け物なんじゃないの?」

「知らないのも当然だ。ウィアドが元人間であることは都市防疫公社の情報工作によって秘匿されているからね」

「それで永山くんは入院したことに……」

「ナガヤマ……あぁ学級委員長の。彼がそうだったのか」

 

 つまりこれまでニュースでやっていたウィアドは全部、永山くんのように人間だったということで。実際に目の当たりにしたことではあるけれど、信じたくないというのが本音だった。

 

「でも、何で防疫公社が?」

「それにはまず魔法少女について話す必要がある。キミ……ええと、名前はなんだったか」

「梓だよ。白上梓。一応クラスメイトなんだけどな……」

「……すまない。人を覚えるのは苦手なんだ。改めてシラカミ、キミは魔法少女についてどこまで知っている」

「ええと、魔法少女症候群って病気に罹って、なんか超能力みたいなものを使える人たち。で、ウィアドを倒してくれてる——んだよね?」

 

 学校で教えられた範囲の知識で、あたしの認識をざっくりと伝えると黒染さんはふむと軽く頷く。

 

「その認識で概ね正しい。魔法少女は言うならば罹患者だ。ではそれを引き起こす原因については?」

「確か、マギアウイルスっていうのに感染したらなるん……だっけ」

 

 ——『マギアウイルス』。

 魔法少女症候群の原因といわれている謎の多いウイルスで、感染方法が判明しておらず予防の仕方が確立されていない。対処法として、都市防疫公社が開発したワクチンを年に最低2回接種することが都市法で義務付けられている。

 これは学校でも、ニュースでも度々周知されていることだ。

 

「そうだ。そして魔法少女たちを管理しているのが都市防疫公社。彼女たちの治療を通してマギアウイルスについての研究を行なっている。ここまでくればウィアドが元人間であることを隠蔽しているのが防疫公社である理由も想像つくんじゃないか?」

 

 魔法少女症候群の罹患者である魔法少女。それの原因であるマギアウイルスについて研究を行なう都市防疫公社。そしてウィアドが人間が変化したものだと隠蔽を行なっているのも防疫公社。

 これらのピースから導き出される答え、それは——

 

「もしかしてウィアドはマギアウイルスが関係している……?」

「関係どころか直接的な原因だ。ウィアド化、正式名称を『急性変異型魔法少女症』という」

「そんな……。でもそれじゃあまるで——」

 

 思い至った結論に息を飲む。

 あたしの至った考えが黒染さんには分かったのだろう。彼女は、ああと頷いて決定的な真実を、残酷な現実を告げた。

 

「——魔法少女(ボクたち)ウィアド(彼ら)は本質的に同じモノだ」

 

 あたしの立つ地面(日常)が、薄氷の様に不確かなものとなった瞬間だった。




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