症例『魔法少女』:マジカル•シンドローム   作:透亜九郎

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無言の無法一日二話投下
レゼ篇観てきたので古傷が抉れてゐる


カルテNo.004:あたし、どうなっちゃうの

 

 あたしが生きる世界観が大きく揺らぐ。

 誰もがウィアドに、あの化け物になってしまうかもしれないという恐怖に身体を震わせる。

 

「そうなるのは当然のことだ。『都市』が、公社が情報統制を行なう理由も分かるだろう」

 

 黒染さんの言葉は否応にもあたしに嫌な未来を想像させる。恐怖によって混乱する人たち。差別、迫害が今以上に膨れ上がり社会秩序の崩壊を招くだろう。

 誰だって化け物になりたくはない。感染の疑いが持たれた時点で隣人によって私刑に合う可能性だってある。そんな世界はまっぴらごめんだ。

 

「で、でもいくら事実を隠したってあたしみたいに目の前でウィアドになるところを見た人は居るはずだよね?それなのにそんな話……噂も聞いたことがないのはなんで?」

「まず、この『都市』全域には認識阻害を引き起こす魔法が掛けられている。ウィアドが出現しても人々がすぐに日常を送ることが出来るのもこれの影響だ。そして直接見てしまった人間がいた場合、認識阻害ではなく記憶処理が施される。記憶処理はウィアドになった人間の関係者——例えばナガヤマの家族なんかも『処置』を受けることになる。酷い事故に遭って、というようにな。そしていつの日か彼は“事故”によって“死亡”したことにされる」

「そんなことって……」

 

 余りにも残酷じゃないか。可哀想じゃないか。この口振りだと認識阻害によって、物言わぬ化け物の肉片になった我が子の最期を知ることなく、看取ることも出来ないのだろう。

 

「知らない方が幸せなことだってある。これはそういったモノだ」

 

 あたしの心情が読み取れたのか、黒染さんはそう諭す。

 確かにそうかもしれないけれど、あたしの中には表しようのないモヤモヤが残った。

 

「でも、防疫公社が記憶処理をするっていうんだったらどうして昨日黒染さんはあたしをここから連れ出したの?そのまま残していけばあたしは何も知らずにいつも通りの日常を送っていたってことでしょ?」

「それに関しては二つの理由がある。まずボクは防疫公社に『管理』されていない魔法少女だ。公社から出動した魔法少女が到着した時に既にウィアドが処理されていたとなればキミは公社から事情聴取の為に任意同行、運が悪ければ拘束されていた可能性がある。ボクとしても情報が漏れるのは避けたいからね」

「防疫公社ってそんなに……?」

「彼らは魔法少女症候群の研究と隠蔽に躍起になっているからね。ボクの存在だってそうさ。検体に飢えているんだよ。なんだったか——そう、何かで読んだ秘密結社みたいなものだ」

 

 当たり前にワクチン接種を受けて、その存在を当然のものに思っていた防疫公社の裏を知って愕然とする。知らず知らずのうちにあたしたちは陰謀めいた工作が横行する日常に身を置いていたのだ。

 

「でも……どうせ記憶処理されるんだったらあたしを連れ出す必要なかったんじゃない?どうせあたしは何も知らない状態だったんだし、黒染さんが管理外の魔法少女ってことも今知ったんだから」

「言っただろう。彼らは研究熱心なんだよ。ともすれば自白剤を使ってでも君から情報を引き出そうとするだろう。だからボクの方で『処理』することにしたんだ」

 

 防疫公社はそれほど手段を選ばない組織なのか。それならば確かに連れ出してくれたのは幸運だったのだろう。

 しかし彼女は言った。自分が『処理』するつもりだったと。

 

「ボクも記憶処理……とまではいかないけど似たような効果の魔法が使えてね。それで昨日のことを忘れてもらうつもりだったんだ」

「だったらなんで昨日のうちにそうしなかったの」

「それが二つ目の理由だよ」

 

 あたしの疑問に、少々困惑を滲ませて黒染さんが『処理』しなかった二つ目の理由に言及する。

 

「実はね、もう処理はしたんだよ。昨日の別れ際にね」

「えっ」

 

 全く気が付かなかった。いつの間にかあたしに魔法を掛けていたらしい。

 でも、だとするとおかしい。あたしは昨日の出来事を鮮明に覚えている。忘れたくても忘れられてない。

 

「ボクも正直なところ驚いているんだ。シラカミには確かに処理用の魔法を使った。だというのにキミはしっかりと覚えていて、ボクに接触を図ってきたんだから」

「失敗、あとは不発だった……とか?」

「どうとも言えない。前例がなくてね」

 

 もはや困惑を隠さない黒染さんだったが、あたし自身も困惑している。あたしとしても裏を知ったせいで防疫公社に目を付けられたくはない。出来ることなら是非記憶処理をしてほしいとさえ思う。

 そんな思いから、あたしは黒染さんに提案をする。

 

「だったらもう一回、今記憶処理の魔法試してみてよ」

「……いいのかい?随分と知りたがっていたからてっきり忘れたくないものだと思っていたのだけど」

「それは……そうだけど。永山くんに何が起こったのかは確かに知りたかったし。でもそれはあたしが昨日のことをなんでか覚えてたからで、話を聞いた今はむしろ消してくれた方がいいって思ってる」

 

 永山くんには申し訳ないけれど、普通の女子高生が抱えるには余りにも重い真実だ。どこでボロを出して防疫公社に目を付けられるかも分からないし、なにより周りを巻き込んでしまうことになるかもしれない。それは避けたいところだ。

 

「わかった。じゃあ、改めて魔法を掛けよう」

 

 黒染さんの身体が一瞬光に包まれて、次の瞬間には昨日見た魔法少女の姿になった。

 昨日は目を瞑っていて見えなかったけれど、こんな風に変わってたんだ。

 

「変身……」

「うん。なるべく魔法の効果をあげようと思ってね。じゃあ使うよ。リラックスしていて」

 

 黒染さんの手に光が集まって、それをあたしに向ける。

 そして昨日聞こえたような魔法の呪文らしきそれを唱えた。

 

「〈ディア•ヘイズ〉」

 

 一際強く発光した彼女の手の光があたしの視界を覆う。その光はあたしの意識を靄に包んでいって——光が収まったとき、あたしの記憶は……。

 

「……ごめん、覚えてるみたい」

 

 消えていなかった。

 魔法少女の姿になって露わになっている黒染さんの吊り上がり気味の両目がまん丸に開かれる。それを可愛いと思ってしまったが、真面目な空気なので心の中にしまっておくことにした。

 

「確かに真正面から全開の魔法を掛けたのに……」

 

 前例がないと先程言っていたように、これまでなかった事態に動揺しているようだ。

 

「え、えーと……。どうしよっか……?」

 

 なんだか居た堪れなくなって、曖昧に苦笑いを溢しながらあたしは言う。

 

「何回か試してみても?」

 

 キッと目を鋭くさせて聞く黒染さんは、どこかムキになる子どものようで微笑ましさがあった。まぁ、口にはしないけども。

 とにかくあたしは彼女の提案に乗っかることにして、再び魔法を掛けてもらうことにした。

 

 ——それから数分経って。

 

「なんで、効かないんだ……。全力で掛けているのに……」

 

 都合7回、黒染さんは〈ディア•ヘイズ〉の呪文(覚えちゃった)をあたしに掛けたが全て失敗。掛けられた瞬間に少し眠くなるぐらいで、記憶にはなんの影響もなかった。

 流石に疲れたのか、黒染さんはしゃがみ込んで息を切らせていて、あたしはその小さな背中をさすって労わる。

 呼吸を整えた彼女はゆっくりと立ち上がって、気を取り直して言う。

 

「こうまで効かないとボクにはどうしようもない。かといって自ら公社に赴いて『処理』を受けるのもリスキーだ」

「じゃあどうしたらいいの」

「“関わらない”これに尽きる。難しいだろうけど、昨日のことは悪い夢だったと割り切って過ごすしかない。時間が記憶を風化させるまで」

「それは……でも、怖いよ。永山くんがウィアドになったのはマギアウイルスのせい。そのすぐ近くにいたあたしだって感染してる可能性高いし、ウィアドになるかもしれないって不安抱えて生きるってことでしょ……?」

 

 抱える恐怖と不安を零す。

 現実を知ってしまったあたしの世界は薄氷の上。いつ割れてしまうか分からない、不確かな日常には戻れそうにない。

 弱ったあたしはふとした瞬間に神奈とゆかなに不安を吐露してしまうかもしれない。そしたら二人にもこの恐怖は伝播してしまう。それが何より怖い。

 

「分かるけどね。でもどうにかその恐怖を制御しなければウィアドになってしまうんだ。マギアウイルスは強いストレスに反応して活性化する。急性変異型魔法少女症は特に、怒りや恐怖といった強い感情によって引き起こされる」

 

 黒染さんは淡々と事実を述べる。

 それが一層あたしの不安を煽るが、それもウィアド化の引き金になりかねない負のスパイラル。

 あたしはついにどうしていいか分からなくなってへたり込んでしまう。

 

「そうだな……。気が休まるかは分からないけど、ボクからひとつ言えることがある」

「……なに?」

「シラカミからは抗原の匂いがしない。ボクの特性でね、抗原であるマギアウイルスを嗅ぎ分けることが出来る」

 

 スンッと鼻を鳴らして黒染さんは言う。

 つまり昨日もマギアウイルスの匂いを辿ってここまで来たのだろうか。

 

「記憶処理の魔法が効かないのと、もうひとつキミには不思議なことがあるんだ」

「不思議な、こと?」

「抗原の匂いがまるでしない。普通は大なり小なり匂いがするんだ。マギアウイルスは蔓延しているからね。だけどシラカミからは全く匂いがしない」

「つまりあたしは感染してないってこと?」

「そういうことになる。少しは気が楽になったかい?」

 

 黒染さんが嘘をついているようにも見えないし、嘘をつくような人にも感じない。だからあたしは多少気を持ち直すことができた。

 そんなあたしを見て、ほんの僅か口角を上げた黒染さんの姿はいつの間にか制服に戻っていた。

 

「さて、そろそろ雨の時間だ。降る前に帰ろう」

「え?今日雨の予定日だっけ。最近ボーッとしてて週間天気予定表見てなかった……」

「だったら尚更急がないと。降雨時間は待ってくれないんだ。濡れて風邪を引くのも面白くないだろう」

 

 スマホを開いて天気予定を見れば確かに18時から雨になっている。現在時刻は17時半。走ればギリギリで降雨開始に間に合うかぐらいだ。

 

「あたし、帰るね!」

「うん、気をつけて。それから今後、ウィアドには関わらないようにするんだよ」

「難しいこと言うなぁ!また明日ね!」

 

 そうして黒染さんに別れを告げて、旧体育館裏から駆け出すあたし。

 思えば、今日の出来事が分水嶺だったのをこのときのあたしには知る由もなかった。

 

 ちなみにこの後、結局降雨時間に間に合わずにずぶ濡れになって帰宅したのだった。

 何も今日に限って土砂降りの設定にすることないじゃん。

 

 

 梓が旧体育館裏から去って、しばらく。

 黒染真澄(ますみ)は未だそこに立っていた。

 

「——魔法が効かない、抗原の匂いが全くしない」

 

 呟くのは梓の不可解な点。

 実際のところ、昨日のように間近でウィアド化した罹患者と接触して防疫公社の除染も受けていないにも関わらず感染どころか抗原の匂いすらしないことは有り得ないといってもいいことだったからだ。

 故に真澄は思案する。

 白上梓に纏わる“不可解”が偶然の産物ではないとしたら?

 

「彼女は、鍵になるかもしれない」

 

 呟きを残して、真澄は旧体育館裏から姿を消したのだった。

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