症例『魔法少女』:マジカル•シンドローム   作:透亜九郎

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カルテNo.005:路地裏の怪物

 

 『ここ最近ウィアドの出現が増加しています。市民の皆様は外出の際くれぐれも注意するよう——』

 

 朝のニュースを流し聞きながらトーストを齧る。

 あたしの意識はいつになくボーッとしていて、少し怠い。

 もしかしたら風邪を引いたかもしれない。

 降雨時間に帰宅が間に合わず濡れ鼠になったのがやはり原因だろうか。一応体温は測ったが、36.8℃。平熱より少し高いかな、ぐらいではあるが発熱とはいえない。

 学校を休む程でもないかと気だるい身体を動かして家を出た。

 

 のろのろとゆっくり登校したせいか、時間はあと5分ほどでホームルームの予鈴が鳴る。

 基本的に早めの登校が常だから、昨日のこともあって神奈とゆかなにはまた心配されるんだろうなぁと教室の引き戸を潜る。

 

「黒染さん、おはよー」

 

 扉からすぐの席に、いつもの様に静かに着座していた彼女にあいさつをする。

 それに反応して振り返った黒染さんは怪訝な雰囲気だ。というより呆れてる?

 

「昨日関わるなと言っただろう」

「そりゃ、“アレ”には関わんないつもりだけど。“黒染さん”に関わるななんて言われてないもん。クラスメイトだし」

 

 悪びれもなく言うあたしに黒染さんは溜息をついた。

 その後に小さく「おはよう」と返してくれたので、あたしは満足して自席に向かう。

 窓際のあたしの席には先客が二名。いわずもがないつもの二人だ。

 

「はよー。珍しいじゃんこんな時間に」

「寝坊でもしたかー?」

 

 いつともと変わらない二人の様子を見て、“日常”が強く意識できて安心する。

 そうだ、いつも通りに過ごせばいい。何も変わらない。

 自分にそう言い聞かせて席に着く。

 

「昨日雨なの忘れててさぁ……ずぶ濡れになっちゃって風邪気味なんだ」

「最近ボーッとしてっからだよ。で、熱は?」

「6度8分。だから休むのもなーって」

「真面目だねー。私なら休むねーゼッタイ」

「あーしも休んじゃうわ」

 

 そう言って笑う2人。

 あたしもつられて笑ってしまう。そしたら咳が出た。

 

「梓、気をつけなよー?拗らせるのもよくないかんね。辛かったら保健室行きなよ」

「うん。わかったよママ」

「誰がママじゃい」

「ママー、ジュースとパン買ってきてー」

「ゆかなはただのパシリじゃんかよ!」

 

 ひとしきり盛り上がったところで予鈴が鳴って、今日も学校での一日が始まる。

 

「ゲホッゲホッ!うぇぇぇ……」

 

 昼休みの終わり頃、あたしの風邪はピークを迎えていた。

 用意していたお昼ご飯のパンも中々喉を通らずに机に突っ伏している。

 

「梓さぁ、やっぱり保健室で横になってきなよ」

「そーだぞー。私たちに感染るんだからなー?」

「ごめん、ゲホッ!そーする……」

「先生にはあーしらから言っておくから。お大事にー」

「にー」

 

 神奈とゆかなに見送られてふらふらと保健室へ向かう。

 終わり際とはいえまだ昼休みのせいか人が多くて、あちらこちらから聞こえる賑やかな話し声がぐわんぐわんと頭に響く。これは思ってたよりも重症かもしれない。

 なんとか保健室に辿り着いたのは、昼休みの終わりを告げるチャイムと同時だった。

 

「あら、どうしたの白上さん。随分顔色が悪いけど」

「昨日雨に濡れて風邪ひいちゃったみたいで……」

「大変。待ってて、今風邪薬出すから。お薬でアレルギー起こしたことは?」

「ないですぅ〜……けほっ」

 

 保健室に入ったあたしを出迎えたのは、養護教諭兼スクールカウンセラーの阿佐美(あざみ)(みやこ)先生。

 去年赴任してきた若い女性で元々は『防疫公社附属病院』に勤めていたらしい。当時保健委員だったあたしとは知己の間柄だ。

 美人で優しく、男子生徒から人気が厚い。もちろん女子生徒からも、年齢が近めなこともあってか気軽に相談できる先生として頼りにされている。

 阿佐美先生が薬を取りに行っている間、ソファーに腰掛けている女子生徒と目が合って、直ぐに目を逸らされた。後頭部の制服に赤いリボンから一年生、後輩であることが窺える。

 あたしの通う中高一貫の学校、『如月学園』は学年によって色の異なる装飾品を付けている。一年生は赤、あたしたち二年生は緑、三年生なら青といったように。中等部と高等部では制服が違うので、制服と装飾品の色で学年を判別できるのは中々便利だと思う。

 

「お待たせ。一回二錠ね、はいお水も」

 

 渡された錠剤シートから青いカプセルを二錠出して水で流し込む。これで少しは落ち着くといいんだけど。

 

「多めに渡してあるから、もしも良くならなかったら飲んでね。ベッドは空いてるから好きなところ使っていいわよ」

「はーい。失礼します……」

 

 ふらふらと隅のベッドに横たわる。保健室特有の、少し硬めで薬品っぽい香りのするベッドがやけに気持ちよく感じる。

 

「お待たせ東雲(しののめ)さん。それじゃあ続き、話しましょうか」

「……はい。私最近、人の目が怖くて——」

 

 閉められたカーテンの向こうから、二人の会話が薄っすらと聞こえてくる。他人の相談事に耳を立てる趣味もないから、布団を目深に被ってしばらく、あたしの意識は眠りへと落ちていった。

 

 

 目を覚まして身体を起こせば、怠さは殆ど無くなって軽くなっていた。

 カーテン越しに窓から差す茜色が眩しい。

 枕元に置いていたスマホで時間を見ると17時を示している。ちょうどホームルームが終わった後だ。

 昼から放課後まで、随分と寝てしまったなと凝り固まった身体を解すように伸びをする。

 今日はもう帰ろうと、ベッドから立ち上がってカーテンを開ければ保健室内は無人だった。阿佐美先生は会議か何かだろうか。机の上に「ありがとうございました」と書いたメモ書きを残して保健室を出て、荷物を取りに教室に向かう。

 途中、担任とすれ違って調子を聞かれたりしたものの無事教室に着いて荷物を回収する。

 窓の外はすっかり夕方で、向こう側から少しずつ空が暗くなってきている。もうそろそろ夜の時間だ。帰らないと。

 

 昇降口を出て、ふと思い付く。

 ドラッグストアに寄って、ゼリーでも買って帰ろう。

 身体は幾分楽にはなったけれど、喉の痛みなんかはしっかりと残っている。今日の夜ご飯と、ついでに明日の朝昼分も買ってしまおう。確か冷却シートも切らしていたはずだから、これを機に衛生用品を買い込むのもいいかもしれない。

 そうしてあたしは、ドラッグストアに寄り道してから帰ることにした。

 

 買い物を終えて自動ドアから外に出るとすっかり夜になっていた。店内を物色するうちにあれもこれもとカゴに入れていたら、すっかり背負ったカバンが重くなってしまった。

 これ以上遅くなるわけにもいかないので、足早に帰路に着く。すると途中、道端に見覚えのある手帳の様なものが落ちていた。

 

「あれ、これって……」

 

 拾い上げると、それは如月学園の学生証だった。

 一応中身を見てみると、女子生徒の写真と学籍、名前が載っている。写っている生徒の顔はどこかで見覚えがあるような気がする。そう思って名前の欄を見ていると持ち主は——“一年B組 東雲(しののめ)充花(みつか)”。

 

「東雲……一年……あっ」

 

 思い出した。今日の昼に保健室に居た子だ。

 こんな偶然もあるんだなと思いながら、明日職員室に届けようと学生証をポケットに仕舞う。

 それから少し歩いたところに、今度はハンカチが落ちていた。落とし物が多い日だなとそれを拾うと、ハンカチの隅にMitsukaの刺繍が施されているのを見つけた。

 

「まさかこれもあの子の?」

 

 そそっかしい子なのだろうか。

 二つの落とし物をした東雲さんは気付いていないのかな。もしかしてまだ近くに居ないかと辺りを見回すと、裏通りへ入っていく路地にローファーが片方だけ落ちていた。

 不審に思いながらも地面に落ちたローファーの近くまで行くと、路地に点々と落とし物があることに気が付く。

 ポケットティッシュ、髪留め、キーホルダーの付いた鍵……カバン……。

 

「なに、これ……」

 

 昔読んだ童話の様に、道導が如く様々な物が路地に落ちている。不気味ではあったが、もしも彼女が何かしらの事件に巻き込まれたのではという心配が勝って、あたしは路地を進むことにした。

 段々と大通りの喧騒から遠ざかり、ネオンの灯りが届かず薄暗い人気(ひとけ)のない路地を行く。

 

「——……ぃで」

 

 路地の突き当たり、その曲がり角の向こうから何か聞こえた気がした。くぐもった女性の様な声。

 もしかして誘拐?!そう思い至るや否やあたしは駆け出して、路地の突き当たりを曲がった。

 そこは都会のエアスポットの様な空き地だった。所々に工事の資材なんかが積まれている。

 そしてその空き地の中央に居たのは——。

 

「みィナぁぁぁいいでぇェェ……」

 

 身体から棘を生やした歪な人型をした化け物——ウィアドだった。

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