症例『魔法少女』:マジカル•シンドローム   作:透亜九郎

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カルテNo.006:舞い降りた魔法少女

 

 ——私、最近人の目が怖くて外に出るのが怖いんです。

 

 ——はい。なんだか皆が視線で私を馬鹿にしてる様な気がして。

 

 ——家の中でも視線を感じる気がするんです。

 

 ——ビタミン剤……ですか?

 

 ——そうですね、帰り道に大通りを通るので……。

 

 ——はい、ありがとうございます。がんばってみます。

 

 

「ぅウゥゥゥうぁぁぁ……」

 

 棘のウィアドはこちらに背を向けて、苦悶する様に身を抱えて唸っている。

 ……もしかして東雲さんはこのウィアドに襲われて?しかし少なくとも空き地に彼女の姿は認められない。

 とにかくこの場から逃げなくては。ウィアドはまだあたしに気付いていない。ゆっくりと静かに後退して距離を離していく。

 ——カラン。

 

「あっ……」

 

 あたしの足元から硬質な音が音が鳴る。

 暗くて気が付かなかった。視線を下にやればそこには打ち捨てられた資材の鉄パイプ。

 やらかした。所謂お決まりのパターン。

 棘のウィアドは音に反応してぎゅりんとあたしに身体を向けた。

 

「あ……アァァぁあ……ミぃたぁぁぁ……」

 

 見つかった。そう知って、走って逃げ出そうとした瞬間。

 

「ミナいでェェェェェェ!!!」

 

 絶叫が聞こえると共に頬を何かが掠めた。

 手をやると、生温かいぬるりとした感覚。遅れてヒリヒリとした痛みがやってくる。

 

「アァァぁぁぁあぁぁッ!!!」

 

 咄嗟にしゃがんだのは奇跡だった。

 ズドドドドと空き地一体から土煙が上がる。先程まであたしの頭があった場所を風切り音が駆け抜けて、目の前の地面からも土煙が上がる。すぐに晴れた土煙の中、目を凝らすと地面には十センチ程の長さの“棘”が突き刺さっていた。

 ウィアドを見れば、最初身体から生えていた棘が無くなっている。あれが射出されたんだ。

 

「ミナイデみないでミナイデぇぇぇぇ」

 

 苦悶するウィアドの身体からはうぞうぞと無数の棘が迫り上がる様に生えてきている。

 ——あれが生えきる前にどうにかしないと。

 思考を巡らせるが、路地を引き返したのであれば曲がり角を曲がる前に背中に棘を打ち込まれて終わりだと直感する。

 どうすればいい。暗い空き地を見渡して——。

 

「ッ!」

 

 あたしは駆け出した。

 “あそこ”ならあるいは。

 瞬時に判断して全力で走る。

 目標地点まであと数メートルといったところで、ウィアドの絶叫が耳を(つんざ)いた。

 

「ミないデェェェェェェっ!!!」

 

 再び棘が射出されようかという瞬間、あたしはイチかバチかヘッドスライディングでそこに突っ込んだ。

 同時に空き地中から無数に聞こえる着弾音。

 吹き荒んだ棘の暴風の後に残されたあたしはといえば。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ、間に合った」

 

 高めに積まれた鉄骨の壁の裏で胸を撫で下ろしていた。

 あの時もしも路地を引き返していたのであれば全身から棘を生やして悪趣味なサボテンになっていただろう。

 この資材の山を見つけた瞬間に駆け出した自分を褒めてあげたい。

 とはいえだ。一先ず棘を防いだもののここからどうしたらいい。身を晒せばあっという間にサボテンのオブジェ。

 黒染さんに助けを求めたいけれど、彼女の連絡先は知らない。交換しておくべきだったと後悔する。

 

「ゥぅぅうぅぁぁぁぁァァ……」

 

 資材の僅かな隙間から様子を窺う。

 ウィアドはあの場所から動く気配はない。加えてあたしを見失ったのか、苦悶するばかりで既に生え揃った棘を撃ち出す素振りも見えない。

 とにかくこの状況から抜け出さない事にはどうにもならないと、打開策を見つけるべくウィアドに目を凝らす。

 何か、何かないか。観察する内に段々と目が慣れて、夜目が効くようになってきた。

 

 棘のウィアドは、永山くんが変化したそれとは違って細身で女性らしいフォルム。大きさもあたしと同じぐらいだろうか。顔の目に当たる部分は帯の様なもので隠れている。異形の人間と言える見た目をしていた。

 そしてウィアドが身を捩ってこちらに正面が来た時に気付いた。気付いてしまった。

 ウィアドの首からぶら下がっている布切れ。それはリボン。見覚えのある赤いリボンだった。

 

 空き地までの落とし物。その持ち主。そして赤いリボン。

 あたしの中で、ピースが当て嵌まってしまった。

 

「東雲さん……」

 

 ——あれは、東雲さんだ。

 永山くんのように急性変異型魔法少女症を発症した、彼女の成れの果て。今日すれ違っただけとはいえ、人間だった頃の彼女を知っている。それだけで心が痛み、恐怖が心臓を握る。

 黒染さんは確か、マギアウイルスは強いストレスに反応して活性化すると言っていた。

 そして保健室のベッドで聞いた事を思い出す。

 

 ——人の目が怖い。

 

 ウィアドと化した彼女は苦しげに「見ないで」と呻いている。ああ、つまり感染していた彼女のそういうストレスが限界に達して発症したんだ。

 

 関わるなと言われて、関わりたくないと思い直した矢先にまた知っている人がウィアドになって襲われている現状。

 誰かが気付いて通報してくれて防疫公社から魔法少女が来るまで耐えるしかないのか。

 自分で通報しようにも声を出せば居場所がバレる。ひたすら息を殺して資材の裏に身を潜めて、恐怖に怯えながらウィアドがどこかへ去ってくれないか願う。

 しかし東雲さんのストレスが、「人の目に晒されたくない」というものである以上あのウィアドは空き地から動くことはないだろうという確信めいたものがある。

 打つ手、なし。その言葉が頭に浮かんだ瞬間あたしは致命的なミスを犯す。

 

「——ゲホッ!」

 

 風邪が治り切っていない喉から咳を溢してしまった。

 同時にウィアドがあたしに再び気付いた気配がしっかりと分かる。

 

「あァァぁぁぁぁッッ!!!」

 

 絶叫。それはきっと東雲さんの悲鳴。

 再び棘の嵐が吹き(すさ)ぶ。背にした資材が棘の着弾でガタガタと揺れる。そしてその衝撃に耐えられなかったのか資材の山がぐらりと傾いた。

 がしゃあんと轟音を立てて資材の山が崩れる。

 あたしとウィアドを隔てていた城壁が失われた。すぐに離れないと。立ち上がろうとして、気付く。

 

「痛っ!!」

 

 左足が崩れた資材と地面に挟まれて動けない。

 ウィアドはギチギチと棘を(ひし)めかせながらあたしに狙いを定めて近付いてくる。確実に“他人の目”を消し去るために。

 

「〈ガンド•プレッシャー〉!」

 

 突然、上から見えない“何か”に撃ち抜かれたようにウィアドは体勢をブレさせた。

 そしてあたしとウィアドの間に、ひらりと人影が舞い降りる。桃色の髪にポップな意匠のコスチューム。手には新体操で使う様なバトンをステッキのように持っている。その姿はまさしくアニメに出てくる様な——。

 

「魔法少女リリィ、現着! そこのあなた、早く逃げて!」

 

 リリィと名乗った魔法少女。今の見えない何かは彼女の魔法なのだろう。ウィアドと相対したままあたしに避難を促してくる。

 

「あ、その、足が挟まってて動けないんですっ!」

「なんですって?! いいわ、待ってて。すぐにこの子を倒して助けてあげる!」

 

 そう言ってステッキを構える魔法少女リリィ。

 立ち直ったウィアドが目の前に現れた“他人”に反応して絶叫を上げる。

 

「ァァぁぁぁぁッ! みぃナイでぇぇぇぇぇっ!!」

「そいつ、全身の棘を発射してきますっ! 気をつけて!」

「ありがとう! でも大丈夫!」

 

 あたしの口からついて出た警告に大丈夫と自信満々の声色で応えるリリィ。

 次の瞬間、ウィアドから棘が高速で射出される。

 

「〈ラジアル•プレッシャー〉!」

 

 リリィがバトンを振って呪文を唱えると、前面から押し寄せる棘の嵐が全て地に落ちた。まるでその一帯だけ重力が強まったように。

 棘を処理したリリィは真っ直ぐウィアドの元へ跳び、バトンを振りかぶって呪文を唱える。

 

「〈マギ•プレッシャー〉! それっ!」

 

 至近まで近づいた彼女は、ウィアドの頭目掛けてバトンを横薙ぎに振り抜く。ゴシャという鈍い音を響かせて、ウィアドは大きく体勢を崩した。

 リリィはバトンを振り抜いた勢いそのままにしゃがみながら回転して蹴りを繰り出し足払いを掛ける。体勢を崩したところへ綺麗に決まる。

 転んだウィアドは全身を強かに打ち付け苦悶の声を漏らす。果たしてそれは痛みによるものか“他人”によるものか。

 

「これで終わりよ。〈ハンマ•プレッシャー〉!!」

「ぁァァ——」

 

 倒れたウィアド目掛けて、両手で握ったバトンをハンマーの様に振り下ろすと、地面を揺らす轟音とべきゃりと骨が砕ける音の二重奏が奏でられた。

 ウィアドの——東雲さんの最期に思わず目を逸らす。

 バトンが振り下ろされる瞬間に聞こえた声がどこか安心した色を持っていたのは果たしてあたしのセンチメンタルなのだろうか。もう彼女が他人の目に怯えることはないんだと、あたしは自分に言い聞かせる様に東雲さんの死を想った。

 

 ——いつか、あたしもああなる日がやってくるのだろうか。身近で二人もウィアドになった現実はあたしの心に深い傷を遺したのだった。

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