症例『魔法少女』:マジカル•シンドローム   作:透亜九郎

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カルテNo.007:病院で言ってみたいセリフ

 

 沈黙が空き地を支配する。

 

 悲しげに物言わぬ死体となったウィアドを見下ろすリリィ。彼女も元人間を手に掛ける事に対して思う事があるのだろうか。いや、そもそも彼女はウィアドが人間であることを知っているのだろうか。

 黙祷のような静寂の後、リリィはあたしの方に駆け寄ってきて声を掛けてきた。

 

「お待たせ、今助けてあげるから動かないでね」

 

 そう言って彼女はあたしの足を挟んでいる資材に手を掛けて、力を入れた。少し持ち上がった資材は足の拘束を解いて、あたしは出来た隙間から足を引き抜く。

 それを確認してリリィが手を離して、ガシャアンと音を鳴らして資材の山は再び地に落ちた。パンパンと手を(はた)いて、フゥと一息入れてからリリィはしゃがんであたしの足を診る。

 

「わ、やっぱり内出血が酷いね……。痛いでしょ」

「はい……。なんだか緊張が解けて段々と痛みが……」

「すぐに救急車も来るから安静にしててね。もしかしたら折れてるか(ひび)が入っているかもしれないから」

 

 言葉通りサイレンの音が近付いてくるのが聞こえる。

 

「あの、助けてくれてありがとうございます。えと、リリィ……さん」

 

 あたしの言葉にリリィは目を丸くした。

 何かおかしな事を言ってしまっただろうか。

 

「お礼なんて。私は魔法少女なんだからコレが仕事なのよ」

「仕事だとしても助けられたのは確かだから、やっぱりありがとうございます……でいいんじゃないですかね」

 

 またも面食らった様な表情を浮かべるリリィさん。

 そこであたしは神奈の言葉を思い出した。

 

 ——ウィアドも怖いけど魔法少女も大概じゃんね。言うてあいつらだってやべーチカラ使える感染者じゃん? どっちもどっちじゃんね。

 

 そうか。あたしは黒染さんという身近な魔法少女を既に知っているから今はなんとも思わないけど、『魔法少女』はマギアウイルスの感染者だ。そんな彼女たちが更に“魔法”という超常的なチカラを持っているのだ。

 もしかしたら助けた人に怖がられたり、石を投げる様な行為を受けた事があるのかもしれない。

 あくまでこれはあたしの憶測だけど、もしそうなら……それは悲しい事だ。死に至る病気に罹って、その命を張って化け物と戦って。助けた人から返ってくるのは恐怖の感情。果たして彼女たちはどんな気持ちで戦ってるんだろう。

 

「君、変わってるね? 普通“私たち”に会うような状況下でお礼なんて言えないよ」

「そう、ですかね? 助けてもらって感謝するのは当たり前だと思いますけど——ゲホッゲホッ」

 

 風邪がぶり返してきたのか咳き込むあたしの背中を、リリィさんが優しく摩る。

 

「大丈夫? ウィアドから他に何かされたの?」

「い、いえ。元々風邪引いてて。(おさま)ってたのがぶり返しちゃったみたいです、ゴホッ」

「んー、足と一緒に診てもらったほうがいいわね。拗らせちゃったら大変だし。あとは、ほっぺの傷。痕残らないといいんだけど……こんなに可愛いんだから」

 

 リリィさんはあたしの傷に触れないように頬に手を当てて撫でる。彼女のあたしを見つめる目は優しくて、温かいものだった。

 

 路地の方からサイレンとエンジンの音。赤い光の明滅が空き地を照らして救急車が入ってくる。

 それに続いて黒灰色の厳つい車両が停まった。中から化学防護服を着た人たちが現れ、無言でウィアドの亡骸に取り掛かる。

 あたしの方には救急隊員の人がやってきて、怪我の状態を確認と応急手当てをし始める。

 そしたらリリィさんはあたしから離れて、笑顔で手を振って「バイバイ」と言ってから空へと飛んでいった。

 

 ……黒染さんもあんな風に飛べるのかな。

 

 ダメだ、痛みと復活してきた怠さで意識が朦朧とする。

 ボヤける視界の中、救急隊員さんにひと言「すみません眠ります」と伝えてあたしは意識を手放した。

 

 

 リリィは防疫公社のオフィスに戻る途中、映し出された偽りの夜空を下を飛ぶ。

 

 今日も今日とてウィアド退治という名目の“殺人”を行なった彼女の表情は決して明るくはなかった。

 歯車が掛け違っていれば自分も“向こう側”だったという事実はいつもの事ながら気を重くさせる。

 

「ありがとうなんて最後に言われたのいつだっけ」

 

 魔法少女症候群によって手に入れたチカラで、ウィアド退治(人殺し)をして市民を助ける。

 そして助けた市民からは恐れられる。超常的なチカラを使える化け物。魔法少女症候群の罹患者で感染者。この二つの要因から、助けた誰かにありがとうを伝えられた事はなかった。——今日までは。

 

「〜〜♪」

 

 ただのお礼の言葉。ありふれた単語。ありがとう。

 たったそれだけ貰えただけでこんなにも心が軽くなる。

 沈んだ気持ちは幾分消えて、思わず鼻歌を歌ってしまうほどにリリィは珍しく晴れやかな気分で防疫公社への帰路に着いていた。

 

 

 「——見慣れない天井だ」

 

 あの空き地での一件の後、眠りについたあたしが次に目覚めたのは都市防疫公社附属病院の病室、そのベッドの上だった。寝ている間に怪我の処置などが行われて、風邪をひいていたことから点滴が腕から繋がっていた。

 その後やってきたお医者さんから、マギアウイルスに暴露した可能性があるから諸々の体調も加味した上で二日間の検査入院となることを告げられて、今日はその二日目。

 いよいよマギアウイルス周りの検査を行なうらしく、ベッドの上で看護師さんを待つ。

 昨日は血液検査だとかを病室で行なったが、今日は何をするんだろう。

 ふとスマホを見れば、神奈とゆかなからそれぞれ体調を心配するメッセージが届いていた。昨日聞いてきたばかりだというのにあの二人は友達思いだなぁ、なんて思いながらも「今日はまた検査。早く二人に会いたいな」と返信する。少しあざといかな、なんて。

 ちょうど返信が終わった頃に看護師さんが病室に入ってきた。手には検査着を持っている。

 

「じゃあ白上さん。これから検査に行くので検査着に着替えてもらうんですけど、お手伝いしますねー」

「一人でできますけど……」

「お手伝いしますねー」

「……よろしくお願いシマス」

 

 看護師さんの圧に屈して、大人しく検査着へ着替える。

 上を自分でやり、下を看護師さん。流石の手つきでスルスルと着替え終わった。彼女は満足げな顔をしている。……得意分野なのかな?

 そんなこんなで着替えたあたしは、看護師さんに先導されて院内を歩く。松葉杖なんて使った事がないから、腕がやけに疲れる。やっぱり少しは運動したほうがいいよね……、と自戒しながら歩いていると目的地に到着したようだ。

 ちょうど先約が終わったところだったらしく、部屋の中から同じ検査着を着た女性が出てきた。彼女はあたしの顔を見て何かに気付いたように目を丸くしたが、その後すぐに軽い会釈を残して去っていった。

 長い黒髪をポニーテールに束ねた、目が大きめな大学生ぐらいの患者さんだった。身長はあたしよりも高い。確かリリィさんもあのぐらいだったなぁ、なんて思い出す。

 また会えたら改めてお礼言えたらいいんだけどな。

 そのためにもまず目の前の検査で正常を確かめなくては。看護師さんに促されるままあたしは検査室の中へ入っていった。

 

 検査を終えて病室に戻ったあたしを待ち受けていたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男性だった。

 着替えを待ってもらって入院着を纏ってベッドの上に戻ると、彼は会釈と共に名刺を差し出してきた。

 

「どうも。初めまして白上梓さん。私は防疫公社から来ました加納と申します」

「ど、どうも」

 

 手渡された名刺を見ると、“都市防疫公社5課 加納(かのう)主税(ちから)”と書いてある。

 

 これが、あたしと防疫公社のファーストコンタクトだった。

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