1:何もこの世界じゃなくても
「あなたは足を滑らせて岩に頭をぶつけて死んでしまいました。まるでギャグ漫画みたいなかわいそうな最期だったのであなたを転生させます」
目が覚めると、なんだか神々しい光に包まれた白い空間にいて、目の前に立つ女性らしき人からいきなりそう言われた。
一応事情を説明されたことになるんだろうが、すぐに受け入れられる話じゃない。
俺は自分でも驚くほど動揺していて、色々なことを納得できずにいる。
「し、死んだ? 俺が……?」
「最期の言葉はおふっ⁉ でした」
「いや言葉っていうか悲鳴でしょ⁉ いいですよそれ、言葉としてカウントしないで!」
声は女性で間違いないと思うんだが、やけに強い後光が差していて全く姿が見えない。
もしかしなくてもこの人は神や女神といった存在なのか?
さっき俺を転生させるって言ってたし。こういう展開は聞いたことくらいはあるぞ。
「それではサクッと話を進めますね」
「えっ。そ、そんななんか、情緒がないというか作業みたいな……」
もしかしてこの神様、ちょっと冷たくない?
神様転生なのは間違いなさそうなんだがこんなにあっさり話を進められるんだ……。まだ俺は状況を呑み込めたわけじゃないのに。
「あなたが転生するのは『ボボボーボ・ボーボボ』の世界です」
「ええっ⁉ よりにもよってなぜそこ⁉」
そのタイトルには嫌というほど覚えがあった。
内容は支離滅裂。とにかく勢いとギャグとバトル。なのになぜか面白い。かつて一世を風靡した伝説的な漫画だった。
もちろん俺も内容を知っているが、しかし、どうして、転生先に選ぶ世界じゃないだろう?
「安心してください。このままあなたを送り出してはきっとまたすぐ死んでしまうでしょう。今度はきっとおふっ⁉ では済みません。私が力を授けましょう」
「あ、あぁ、そうなんですか? それならまだよかった……っていうかなんかバカにしてません? 俺の断末魔」
「あなたに与えられるのはこちら。ツッコミトリガーです」
「変なのもらっちゃった⁉ なんですかそれは! 銃ですか! それともツッコミですか!」
「あなたがツッコミをすると自動的にそのワードを文字化してボケた相手に放つ能力です」
「変な能力だった⁉ ツッコミ能力⁉」
う、嬉しいんだか悲しいんだか……。
冷静に考えてみれば『ボボボーボ・ボーボボ』はギャグ漫画。当然その世界には基本ギャグ漫画のルールが敷かれているわけで、登場人物は大抵ボケている。
“ボケ殺し”なんていう存在が漫画の中の最強格として扱われていたはずだ。
ツッコミ能力……もしかしてボーボボの世界でだけはチートか?
「よかったですね」
「冷たっ⁉ さっきからなんなんですか! 妙に俺に冷たいでしょあなた!」
顔も素性もわからない、神様だか女神様だかわからないこの人が妙に素っ気ない。
今回の俺みたいに死んだ人間を転生させる役割なのか?
もしかしてこのやり取りに飽きてるのか?
理由はわからないがちょっと寂しい気持ちになる。
「では送ります」
「判断が早い⁉ 俺のこと嫌いですか⁉ ねぇ!」
「嫌いではありませんがあまり興味もないっつーか……」
「口調変えるなよ! 仮にそうでもまだ仕事中でしょうが!」
「さようなら」
「最後まで素っ気なかったァ⁉ ちょっと! なんか納得いかない――!」
そして俺は、その人の声が聞こえなくなり、目の前が真っ白になって。
気付いた時には異世界に転生していたみたいだ。
教室の中には、髪型をリーゼントに揃える不良然とした生徒たちがいた。
最も教壇に近い席に座っているのはオレンジ色の体にいくつもとげが生えている、金平糖のような謎の生物。その名も
あたりめを噛んでくちゃくちゃと鳴らし、誰よりも覇気を感じる渋い顔をしていた。
「おーい席につけ~。授業始めるぞー」
異様な雰囲気に包まれている教室に一人の男が入ってきた。
地味なスーツを着て上背が高く、黄色いアフロとサングラスが目に付く人物である。
彼の名こそボボボーボ・ボーボボ。静かに教壇に立つと教室内に居る生徒たちを見回した。
「え~まず出席取るぞー。あらびき」
「はーい」
「イワシ」
「はい」
「うどん屋」
「うーい」
「なんだこの教室は~ッ‼」
突如ボーボボが教壇を勢いよく蹴り飛ばした。
目の前に居た首領パッチに直撃して吹き飛ぶが彼は気にしない。
「転校生を紹介します。ネバダ州から来たイーザンバロン田中君です」
「あれぇ⁉ ここどこ⁉」
独りでに教室の扉が開くと、その先に制服を着ていない青年が現れた。
彼は普段着を身に着けていて見るからに生徒ではない。それどころか彼はなぜ自分がこの場所に立っているのかさえわかっていなかった。
「そしてボーボボがいる! もう出会っちゃった!」
「はい、静かに。ボーボボ先生と呼びなさい。虫けらめ」
「虫けら⁉」
「おいおい先生よォ~、こいつが転校生か~い?」
首領パッチがにやけた顔で青年の前に立ちはだかった。
つい先程顔面に教壇をぶつけられたばかりだが全くの無傷である。
「ド、首領パッチだ……俺の知ってる見た目じゃないけど」
「へっへっへ、この教室に来たらまず俺に挨拶しなきゃいけないってルールがあるんだよぉ」
首領パッチが大声を出しながら、右手を高々と掲げて持っていた物を見せつける。
「今からお前を可愛がってやるぜ! この角材でなァ!」
「それハチミツですけど⁉」
首領パッチは左手でしっかりと蜂蜜の入った容器を握り、右手でその容器を撫で始めた。恐ろしい形相で素早く容器を擦っているように見える。
呆気にとられた青年はぽかんと口を開けたまま何も言えなくなってしまう。
「オラオラオラオラァ‼ 可愛い可愛い可愛いッ‼ 可愛い奴だなァお前はァ‼」
「うるせ~ッ‼」
「ぎゃああああああ~っ⁉」
あまりに騒ぎ過ぎたせいか、ボーボボが首領パッチの顔面を蹴り飛ばした。まるでピンボールのように壁や天井に激突して教室の中を跳ねまわる。
いきなりの行動で青年はびくっと驚きはしていたが、その行為自体に疑問は抱かなかった。
そうだ、この世界はこういうものなのだ。
青年は口には出さずにそう思って覚悟を決める。
「こんなことしてる場合じゃないぞボンクラども! 体育祭だ‼」
「いきなり⁉ なんの準備もなしで⁉」
「体操服に着替えて校庭へ出ろ! 3秒以内に来れなかった奴は俺が処刑する!」
「罰が重過ぎる⁉ しかも時間短過ぎ! それじゃ誰も間に合うわけないって!」
生徒たちが一斉に席を立ち、服を脱ぐと同時に全員が体操服姿になった。
そして気付かぬ間に生徒と同じ体操服を着ているボーボボが先頭となって窓へ走る。
彼らは迷わず跳び、窓ガラスを割って頭から外へ飛び出した。
「それ行けェ~‼」
「間に合いそうだぁあああああああっ⁉」
青年は絶叫した。全く体の反応が間に合わず、ただそれしかできなかったのだ。
ボーボボと生徒たちが窓の外へ落ちていくのを見送った後、ハッとすると慌てて窓に駆け寄り、外を確認する。その時になってようやく自分が校舎の3階に居ることを認識した。
外へ飛び出したボーボボと生徒たちは、地面に激突したようで血を吐いて倒れている。
「やっぱり無理だったか……」
「待ってよぉ~! みんな待ってよぉ~!」
声に気付いて青年が振り返ると、すっかり風貌が変わった首領パッチが慌てていた。
自分の鞄から次々に荷物を取り出し、放り捨てて、とにかく急いで準備をしている様子だ。
「僕もすぐに行くからさぁ~! 早く体操服に着替えなきゃ! えーっとえーっとまずシャンプーハットでしょ? ごぼうでしょ? ラジカセでしょ? それから歯ブラシと毬となまはげと……」
青年は何も言わなかった。ただ冷めた目で首領パッチの行動を見つめていた。
「準備完了だぜ」
気付けばそこには、女性もののパンティーを頭に被り、丸い形のサングラスをかけている変態が立っていた。
青年は敢えて何も言わなかった。
「さあ! 祭りの始まりだぜ!」
割れていない窓を突き破り、首領パッチが外へ飛び出した。
重力に従って落下していくと地面に激突し、べしゃっ、という音がする。
一応見送りはしたが、青年は「そりゃそうだろうな」と思っただけだった。
「それじゃあ授業を始めます」
「あれぇ⁉ いつの間に⁉」
教壇に立つボーボボの冷静な声を聞き、青年は驚愕して絶叫した。
ついさっき外へ飛び出していったはずなのにもう教室に居る。一体どうやって戻ってきたかが全くわからなかった。
しかし深く考えてはいけない。
驚き、動揺しながらも青年は自らに言い聞かせようとする。
ここはギャグ漫画の世界。
何よりもギャグが優先されて、自分が知る常識が通用しない世界。
ギャグ漫画は世の中に数多くあれども、その中でも次の展開が予想できないのが『ボボボーボ・ボーボボ』だ。
主なストーリーの流れはともかく、洪水のように襲い来るギャグに流れなど存在しない。
「さっきから思ってたけど田中君はしゃぎすぎ」
「俺が怒られるの⁉ っていうか田中じゃありませんよ! 俺の名前は
望まない転生だったが、この世界に来てしまった。
来てしまった以上は順応するしかない。
そう判断した青年、
「授業始めるから早く自分の席座って」
「どこなんですか! ここはどこなんですか!」
「授業なんてさせないぞ!」
教室の扉を勢いよく開けて首領パッチが現れた。
やはり外傷は一切なく、今度は頭に鉢巻きを巻いている。そして妙に目が凛々しい。
「僕たちには輝かしい未来が待っているんだ! 勉強することが本当に将来のためなのか! 僕は今を生きて今すぐ遊びたい!」
「人間は勉強すべきなんだ! 勉強しない奴は社会のクズだ! 社会に出れば人間としてすら扱われないんだよォ!」
「またそうやって! 大人のエゴを僕たちに押し付けてくる!」
「俺たち大人は全て経験してきた! 子供は大人の言うことに従っていればいいんだ!」
「ええい、このわからず屋ァ!」
「お前は子供だ! 坊やなんだよォ!」
新しい何かが始まってしまったが津山は口を挟まなかった。
全てにツッコんでいると身がもたない。
彼はこの世界で生きていくため、ボケとの向き合い方を学ぼうとしていたのだ。