ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾” 作:物体Zさん
「シリウス!」
「ハリー、気を抜くな」
死のアーチの部屋に降り注いだ白い閃光は、まるで夜空を引き裂く流星群のように空間を塗り替え、重苦しく淀んでいた空気を一瞬で押し流した。無数の魔力の残滓が弾けるたび、乾いた雷鳴に似た音が石壁を震わせ、予言球の欠片が床の上で鈴のように細かく鳴った。闇に包囲されていた五人の周囲に、白い外套と黒衣が次々と着地する。足が床を打つ衝撃は確かに重いのに、動きはしなやかで、迷いがない。
駆けつけたのはシリウス、ムーディ、リーマス、トンクス、キングズリー。空間に現れた瞬間から、戦場の重心が明確に変わったことを死喰い人たちは肌で理解していた。
ムーディが義足で床を踏み鳴らし、大杖を地面へと叩きつけた瞬間、円形に広がる衝撃波が空気を圧縮し、前方にいた三人の死喰い人の胸骨を内側から砕きながら壁まで吹き飛ばした。ぶつかった背中が石に叩きつけられ、鈍い破裂音と共に血が霧状に散る。
リーマスは杖を振るう軌道に無駄がなく、呪文が発動するたびに足首、膝、肩と関節だけを的確に断ち、倒れた相手が起き上がれないことを冷静に確認しながら歩を進めていく。
トンクスは髪色を戦闘中に刻々と変えながら、敵の死角に滑り込み、腹部を抉るような蹴りで肋骨を折り、同時に杖の先端から放たれた呪文で床へと縫い止める。
キングズリーは最小限の動きしか見せない。それでも放たれた魔力は重く、直撃した死喰い人の首が不自然な角度に折れ、膝から崩れ落ちた瞬間、部屋の空気が一段階静まった。
「いいぞ、ジェームズ!」
シリウスはハリーの横で笑っていた。亡き親友の名を呼びながら戦う。だがその声は浮ついていない。杖を握る指には確かな力が込められ、放たれた呪文はハリーの動きと噛み合い、二人の間に自然な連携を生んでいた。ハリーが前に踏み込み、
だが、戦場の端で空気の温度が変わった。
折れた腕をだらりと垂らしながら、ベラトリックス・レストレンジがふらつく足取りで立っていた。片目は血に濡れ、唇は歪んだ笑みを刻んだまま、それでも残った手に握られた杖は確かにシリウスへと向いている。魔力が凝縮していく過程で、周囲の埃が微かに宙へと浮き、空気が張り詰めた。
「アバダケタブラッ!!!」
緑の閃光が一直線に走った。シリウスはそれを視界の端で捉え、反射的に杖に魔力を集めて受け流そうとしたが、間に合わない距離だった。
その瞬間、ハリーが一歩前に出た。踏み込んだ足が床を砕き、筋肉の収縮と同時に振り抜かれた青白い魔力の剣が、空間を裂くような音を立てながら緑の閃光を真正面から断ち切る。ぶつかり合った魔力が爆ぜ、衝撃波が二人の外套を激しく翻し、砕けた床石が周囲へと飛び散った。
静寂が、ほんの一拍だけ落ちた。
ベラトリックスの笑みが、初めて揺らいだ。
「エクスペリアームス!!!」
ハリーが息を吸う間もなく杖を振り抜いた。赤い光が一直線に走り、ベラトリックスの胸元へ深々と突き刺さる。呪文が触れた瞬間、空気が破裂したように鳴り、彼女の身体が弓なりに折れた。喉の奥から粘ついた呼気が漏れ、折れた腕がぶら下がったまま石床を転がり、背中から壁へ激突する。鈍い衝撃が骨を伝い、壁面の埃がふわりと舞い上がった。口の端から血が糸を引き、笑みだけが遅れて崩れ落ちる。
「……助かった。ハリー……強くなったな」
「うん……!」
シリウスの声は掠れていたが、瞳だけは燃えていた。ハリーは頷き返し、胸の奥でまだ暴れる心臓を押さえるみたいに肩で息を整える。魔力で作った刃は砕けた床石の上に淡く残光を落とし、切り裂いた緑の閃光の残り香だけが焦げた金属みたいに鼻腔に刺さっていた。勝ったわけじゃない。生き延びただけだ。そう理解した瞬間、背筋を舐める冷たさが増した。
広場に、闇が落ちた。
天井のないはずの空間が一気に沈み、空気が鉛になって肺を押し潰す。たいまつの火が縮み、予言球の欠片の反射が濁り、遠くの死のアーチからは水底の泡のような囁きが湧き上がる。耳の奥を直接掻き回される感覚に、ハリーとロンの顔色だけが一段と悪くなった。死んだことのない者には、ただの風音にしか聞こえない。けれど彼らには、誰かが名を呼び、何かを約束し、引きずり込もうとする声に聞こえた。
「……ぐあっ!」
ハリーが額の傷を押さえ、膝をついた。指の間から熱が滲み、視界が一瞬白く弾ける。床石の冷たさが膝に食い込み、痛みの輪郭だけがはっきりする。
「ハリー!?」
シリウスが駆け寄ろうとして足を踏み出したが、見えない重圧が肩を叩きつけるようにのしかかり、身体が前に出ない。ムーディが歯を剥いて大杖を構え、キングズリーは静かに片手を上げ、リーマスとトンクスが子供たちの前に滑り込んで壁を作る。誰もが同じ方向を見た。闇の中心が、そこにある。
「おやおや、ポッター」
声が落ちてきた。甘くもなく、怒りでもなく、ただ冷たい。蛇が石を擦る音に似ていて、聞いた者の胃が反射で縮む。闇が薄くほどけ、黒いローブが空気の裂け目から滲み出るように姿を現した。白い指が杖を握り、赤い瞳が淡く光る。ヴォルデモートだった。
「俺様の予言を返してもらおう」
その言葉だけで、周囲の死喰い人たちが息を吹き返すように背筋を伸ばした。倒れていた者が這い、壁にぶつかって気絶していた者が痙攣し、誰もが主君の到来に縋る。ベラトリックスも血塗れの口角を吊り上げ、折れた腕を抱えたまま笑い声を漏らした。
シリウスは杖を構え直し、ハリーを背に庇うように半身をずらす。ハリーは痛みに歯を食いしばりながら顔を上げ、赤い瞳と正面から目が合った。頭蓋の内側で釘を打たれるみたいに疼きが跳ね、同時に死のアーチの囁きが濃くなる。足元の石床が冷たく、汗が背中を伝い、空気が鉄の味を帯びた。
ヴォルデモートが一歩、ゆっくりと進む。ローブの裾が床を撫で、擦れる音がやけに大きく響く。杖先がわずかに上がっただけで、騎士団の全員が同時に魔力を張り、子供たちの喉が鳴った。
そして、ヴォルデモートの視線がハリーの額から離れず、次の言葉を吐き出そうと唇が開きかけた。
だが、言葉は続かなかった。ヴォルデモートの唇が開きかけたところで、空気が一段冷たく沈み、闇そのものが呼吸を止めたみたいに静まる。赤い瞳がわずかに細まり、次の瞬間、浮いた身体のまま白い指が翻った。杖先が狙いを定める前から、緑の光だけが生まれると確信できる圧が走り、シリウスの背筋は反射で硬直し、喉の奥が鉄の味で満たされた。死の呪文。避けても、逸らしても、触れたものは終わる。だからシリウスは逃げなかった。後ろのハリーを守るために、身体の向きだけを少しずらし、胸で受ける覚悟を決める。
迸った緑の閃光は、熱ではなく冷たい刃のように空気を裂き、音もなく一直線に伸びた。予言球の欠片がその光に照らされて毒々しく瞬き、石床の埃が舞い上がる。シリウスの目には、世界が緑一色に塗り潰される直前の瞬間がやけに遅く見えた。ハリーの息づかい、リーマスの呻き、ムーディの義足が床を擦る音、トンクスの髪が逆立つ気配、キングズリーの低い呼吸。全部が一つに重なって、死の直前の静けさになった。
だが、死は来なかった。
緑の線とシリウスの間に、何かが落ちた。落ちたというより、上から突き刺さるように差し込まれた。空気が叩かれ、衝撃波が輪になって広がり、ローブの裾と髪が一斉に煽られる。緑の閃光はその「何か」に触れた瞬間、ガラスが砕けるみたいに散り、光の破片が壁へ飛び散った。壁の石が一部だけ黒く焼け、焦げ臭さが鼻を刺す。
「おいおい、ご挨拶に死の呪文たぁ行儀が悪いな、蛇野郎」
声は軽いのに、場の空気がさらに重くなった。
落ちたそれは男だった。伏黒甚爾。黒い革のジャケット、肩から肘までの筋肉がきしむように張り、目だけが妙に冷たい。片手に握っているのは短い刃物で、刃は黒く鈍く、光を吸うように見えるのに、周囲の魔力の流れだけを不自然に断ち切っていた。特級呪具《天逆鉾》。その先端に触れた緑の呪いが弾かれたのだと、誰の目にも分かった。
ヴォルデモートの赤い瞳が、初めて感情を帯びた。驚きではない。苛立ちでもない。計算を崩された者の、冷えた怒りだ。死喰い人たちの背筋が同時に粟立ち、倒れていたベラトリックスが血の混じった唾を吐いて笑おうとして、喉の奥で咳き込み、折れた腕を抱え直した。
「伏黒甚爾!……スクイブが、何をした」
ヴォルデモートの声が低く響く。杖先が再び上がる。
甚爾は肩をすくめるだけで、足の裏で石床を軽く擦った。たったそれだけで、床の粉塵がふわりと浮き、次の瞬間にはその距離感が狂う。シリウスは反射で一歩下がりかけ、ハリーは目を見開いた。教師が中庭で見せる踏み込みだ。速さを見せびらかすものじゃない。相手の判断を遅らせ、恐怖を先に投げつけるための動き。
「魔法使いの喧嘩に割り込む趣味はねぇがな」
甚爾が天逆鉾をわずかに寝かせる。刃先が床に近づき、石が削れて白い粉が線を引いた。
「ガキがいる。俺の授業の生徒だ。勝手に殺されると、面倒なんだよ」
ヴォルデモートの視線がハリーへ滑り、額の傷へ吸い寄せられる。ハリーが痛みに顔を歪めた瞬間、甚爾の体温のない声が割り込んだ。
「見てんじゃねぇ」
言葉だけなのに、空気が切れた。シリウスは気づく。甚爾は守っているようで、守り方が違う。盾になるのではなく、相手の目線そのものを折る。
ヴォルデモートの杖が動く。今度は緑ではない。不可視に近い圧が走り、石床の欠片が浮き、刃のように飛ぶ。甚爾は天逆鉾を横に払った。金属が風を切る高い音、衝突の瞬間に空気が破裂し、石の欠片が粉砕されて霧になる。霧が肌に貼りつき、砂のざらつきが舌に乗る。
「……面白い」
ヴォルデモートが呟いた。赤い瞳が、次の手を選び直す光になる。
その背後で、騎士団と子供たちが息を詰めたまま動けない。助かったのに、終わっていない。甚爾が一歩、さらに前へ出る。天逆鉾の先端が闇を指し、死のアーチの囁きが一瞬だけ遠のいた。そして、次の瞬間に何が起きるかを誰もが理解してしまう。ここから先は、もう「魔法省の騒ぎ」では済ましようがない。
かなり捻り出しました。ちょっとまた投稿空くかもしれません。