ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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伏黒甚爾と愉快な者共
第一話


 

 

 

 

 1995年12月24日、遂に来た。例のアレだ。1年の締め括りにして、最も効率良く、そして最も確実に金を稼げる日。そう、有馬記念だ。12月といえばそれしかねぇ。クリスマス?知るか。神様の誕生日を祝ってる暇があったら、俺はオッズを睨む。祈る相手がいるとすれば、それは神じゃなく数字だ。

 

 外は雪がちらつき、ホグワーツの敷地も白く薄化粧している。吐く息は白く、空気は冷たいが、俺の内側は妙に熱い。血が騒ぐ、指先が落ち着かねぇ。年に一度の祭りだ。命を張る戦いとは違うが、勝負事としては同じくらい緊張する。外せば終わり、当てれば笑いが止まらん。

 

 ドビーには今回の有馬記念対策を徹底的にやらせた。騎手の癖、馬の調子、調教内容、直近数走のラップ、天候、馬場状態、果ては厩舎内の空気までだ。あいつは有能すぎる。たまに倫理観がズレてるのが玉に瑕だが、情報収集能力だけなら魔法省の情報部より上だろう。

 

 「ジジイ、準備はいいか?」

 

 校長室の暖炉前でコートを羽織りながら声をかけると、ダンブルドアは既に外出用のローブ姿で、妙に楽しそうな顔をしていた。こいつ、絶対分かっててやってる。

 

 「もちのロンじゃよフシグロ君。あちらでシリウスとコーネリウスも待っておる」

 

 「なぁ……もちのロンは流石につまんねぇよ。というかコーネリウスも来んのか?あいつ、魔法省の後始末で死ぬほど忙しいんじゃねぇのか」

 

 俺がそう言うと、ダンブルドアは肩を竦め、白い髭を軽く撫でた。その仕草だけで、嫌な予感がする。

 

 「コーネリウスは此度の()()を理由に大臣を自主退職しておる。今はルーファス・スクリムジョールという優秀な者を後任に据えて、全て任せておるようじゃ」

 

 一瞬、耳を疑った。あのコーネリウスが?魔法省大臣を?辞めた?

 

 「……ギャンブルと酒で、遂に大臣まで辞めちまったか」

 

 「そうとも言えるし、本人は『肩の荷が下りた』と言っておったの」

 

 「クビじゃねぇだけマシか」

 

 そう呟きながら、俺は窓の外を見た。雪の向こうに広がるホグワーツの森、その先にある現世。魔法も呪術も関係ねぇ場所で、今日は金が動く。血も呪いも飛ばねぇが、代わりに人間の欲と期待が渦巻く日だ。

 

 暖炉の火が揺れ、煙突飛行の準備が整う。今回は煙突で行く。シリウスの笑い声が、向こう側から微かに聞こえた。あいつも相当気合い入ってるな。どうせ今回も大金を突っ込む気だろう。止める気はねぇ。勝てばいい。

 

 俺はコートの内ポケットを軽く叩いた。そこには、ドビーが用意した最終予想がある。数字が並んだ紙切れ一枚だが、下手な呪具よりよっぽど信頼できる。

 

 「今年の締めは、派手に行くぞ」

 

 誰に言うでもなく呟き、俺は暖炉へ足を踏み出した。赤い粉が宙を舞い、視界が歪む。次に立つ場所は、日本。戦場じゃないが、俺にとっては十分に血が騒ぐ場所だ。

 

 そしてこの夜、俺は再び確信することになる。戦い方は違えど、勝負に必要なのは――冷静さと、ほんの少しの狂気だけだ。

 

 日本の拠点、中山競馬場近くに用意させているアパートの一室へ、煙突飛行で移動した俺とダンブルドアは、煤の匂いがまだ残る床に足を下ろした。日本の冬の空気は冷たく乾いていて、肺に入るたび頭が冴える。壁の薄さ、安物の家具、遠くから聞こえる車の走行音、その全部が魔法界とは別の現実を突き付けてきて嫌いじゃない。勝負事はこういう場所の方が似合う。

 

 部屋には既にシリウスとコーネリウスがいた。ソファにだらしなく座るシリウスは缶ビールを片手に笑っており、コーネリウスは安物のテーブルに競馬新聞を広げ、顔を赤くして上機嫌だ。だが――そこに、いるはずのない影があった。

 

 「おい、なんでテメェがここにいる。胡散臭男」

 

 思わず声が低くなる。拳に力が入り、骨が鳴った。背後でジジイが一歩前に出て、静かに杖を抜く気配が伝わってくる。室内の空気が一段重くなり、魔力と呪力が微かに干渉して、安アパートの壁が軋むような錯覚が走った。

 

 「フフ……」

 

 ソファ脇に立っていた男は、相変わらず撫で付けた茶色の髪と草臥れたスーツのまま、両手を軽く上げて見せた。その額の縫い目は室内灯の下でやけにくっきりしていて、魂の歪みがこちらの感覚を逆撫でする。

 

 「おっとおっと、落ち着いてくれたまえよ。私はね、ただ競馬をしに来ただけさ。いやはや、コーネリウス()()に誘われてね。この愉快な会に混ぜてもらったんだ」

 

 笑顔は柔らかいが、底が見えない。魔法省で嗅いだあの湿った気配が、ここでも微かに漂っている。俺は視線を逸らさず、男の重心、呼吸、指先の癖を観察した。戦う気は今はなさそうだが、油断できる相手でもない。

 

 「あぁ?おいコーネリウス、コイツが何者か知ってるのか?」

 

 俺の声に、コーネリウスは酒臭い息を吐きながら振り返った。ネクタイは緩み、顔は完全に出来上がっている。

 

 「おぉ?おぉ、知っておるとも。彼は優秀な職員じゃよ。実に気が利く男でな、わしの趣味も理解しておる。競馬の話も通じるし、誘わん理由がないだろう?」

 

 「職員、ねぇ……」

 

 俺は鼻で笑った。優秀だろうが何だろうが、神秘部で盗みを働いた事実は消えねぇ。だが、この場で事を荒立てる理由もない。今日は勝負の日だ。血を流すのは馬だけで十分だ。

 

 ダンブルドアが俺の横に立ち、低く囁いた。

 

 「フシグロ君、今日は剣を振るう日ではなさそうじゃな」

 

 「分かってるよジジイ。だが、目は離さねぇ」

 

 そう言って俺は男に一瞬だけ笑ってやった。警告だ。余計な真似をすれば、ここが日本だろうが関係なく叩き潰す。その意思を込めた視線に、男は肩を竦めるだけだった。

 

 窓の外では、中山競馬場の方向から微かな喧騒が届いてくる。金と欲と期待が渦巻く音だ。俺は深く息を吸い、拳を開いた。

 

 ――さぁ、舞台は整った。

 

 あとは当てるだけだ!

 

 「さて、戦いの前の腹拵えと行こうかの?」

 

 アパートの玄関を出て、冷えた冬の空気を吸い込んだところでジジイがそう言った。中山の街は夕方に差し掛かり、駅へ向かう人の流れと競馬場へ吸い寄せられる連中の気配が混ざり合っている。吐く息は白く、アスファルトから立ち上る冷気が靴底を通して足の裏に伝わってきた。確かに、頭を使う前に腹に何か入れねぇと判断も鈍る。賛成だ。

 

 「異論はねぇ。脳に糖分入れとかねぇと、外した時に言い訳できなくなるからな」

 

 「おっ、いいねぇ!私は牛丼が食べたいな。日本の庶民食というやつだろう?」

 

 横から縫い目の男が当然のように口を挟んできた。コートの襟を立て、夜風を楽しむみたいに歩調を合わせてくるその様子が、どうにも鼻につく。牛丼自体は嫌いじゃねぇ。だがコイツの距離感の無さは別だ。

 

 「なんだお前、というか馴れ馴れしいなホントに」

 

 俺は足を止めず、横目だけで男を睨んだ。魂の歪みは相変わらず分厚く、街灯の下で見ると余計に不気味だ。通り沿いの店からは油の匂いと甘いタレの香りが漂い、腹が素直に鳴りそうになるのが腹立たしい。

 

 「いやいや、同じ釜の飯を食う仲になるかもしれないじゃないか。こういうのは大事だよ?」

 

 「釜の飯も賭け金も共有する気はねぇ」

 

 俺は一段低い声で言った。背後ではシリウスが笑いを堪えきれず肩を揺らし、コーネリウスは既に看板の文字を読もうとして首を伸ばしている。酒臭い息が風に乗って漂ってきて、頭が痛くなりそうだ。

 

 「お前は誰なんだよ?」

 

 俺は歩きながら、少し前を行く縫い目の男に投げた。ここまで来て、まだ名乗らねぇのはどう考えてもおかしい。神秘部での一件も、魔法省での顔も、全部が繋がってる。名も無いまま同じ卓に着くのは御免だ。

 

 「ふむ……名前か。名というのはね、時に重い。軽々しく出すものでもないんだよ」

 

 「理屈はいい。聞いてんのは名前だ」

 

 そこでジジイが一歩前に出て、杖ではなく視線を男に向けた。柔らかいが逃げ道のない眼差しだ。

 

 「コーネリウス、こやつの名は?」

 

 「ん?なんだったかな?」

 

 コーネリウスは本気で思い出そうとする顔をした後、へらっと笑った。完全に役に立たねぇ。

 

 「ダメだコイツ」

 

 俺が吐き捨てると、縫い目の男は小さく肩を竦めた。

 

 「まぁまぁ、そう怒らないでくれ。今は“縫い目の男”でいいじゃないか。どうせ今日は競馬だ。名よりも重要なのは――」

 

 「当てるか外すか、だろ?」

 

 俺が遮ると、男は楽しそうに笑った。街の向こうに牛丼屋の明かりが見え、湯気と肉の焼ける音が風に乗って届く。胃が現実を思い出し、思考が少しだけ冴えた。

 

 「話は飯の後だ。腹が減ってると、ろくな結論が出ねぇ」

 

 そう言って俺は暖簾をくぐった。

 戦いの前の腹拵え――賭場に向かう前の、短い休戦だ。

 

 そうしてテーブル席に座った俺たち5人は各々注文を済ませ、湯気の立つ厨房の方を横目に見ながら、お冷を口に運んで料理が来るのを待っていた。店内は年末特有のざわめきに満ち、競馬新聞を広げた連中の指先が忙しなく動き、カウンター越しには鉄板に肉を落とす乾いた音と甘辛いタレの匂いが漂ってくる。その匂いが鼻腔を刺激するたびに腹の奥が静かに鳴り、自然と肩の力が抜けた。

 

 「にしてもお前からはやっぱり濃い呪力の臭いがする。日本の庶民食がどうたらこうたら言ってたが……お前、日本人だろ」

 

 俺はコップを持ったまま肘をつき、据えた目で縫い目の男を見た。テーブル越しでも分かる。こいつの呪力は粘ついていて、古い血と湿った土を混ぜたみたいな臭いがする。魔法使いの魔力とは根本から違う。

 

 「ふむ……まぁそうだね。《中身》は確かにそうだよ」

 

 男は否定もせず、氷の溶けかけた水を一口飲んだ。その仕草は妙に落ち着いていて、長く生きたという言葉に嘘がないように見える。

 

 「これは別に隠しているわけじゃない。私は人の死体に移って生き延びる術式を持っているんだ」

 

 「ほぉ……それはまた」

 

 ダンブルドアが面白そうに眉を上げたが、俺は鼻で笑った。

 

 「気色が悪い術式だ」

 

 「……」

 

 シリウスは言葉に詰まり、コーネリウスは想像したのか顔を青くして口元を押さえた。

 

 「うぇっぷ」

 

 分かりやすい反応だな。だが俺にとっては腑に落ちる話でもあった。こいつの魂は一人分じゃない。何枚も皮を重ねたみたいに厚く、継ぎ目だらけだ。死体を乗り換えてきたなら説明がつく。

 

 「どんだけ生きてる?」

 

 「そうだね……軽く千年はいってるかな」

 

 「千年……」

 

 数字にすると馬鹿げているが、目の前の男を見ていると不思議と現実味があった。千年分の呪力が圧縮され、澱のように溜まっている。生半可な呪詛師じゃねぇ。

 

 「その術式、制限は?」

 

 俺は視線を外さずに聞いた。こういうのは腹が減ってる時に聞く話じゃねぇが、放っておくともっと厄介になる。

 

 「当然あるさ。器が弱ければすぐに壊れるし、その肉体の基準になる。魂の摩耗も激しい。だから私は常に“良い身体”を探す必要がある」

 

 「なるほどな。だから神秘部に潜り込んでたわけか」

 

 「察しがいいね」

 

 そのタイミングで、店員が盆を持ってやってきた。牛丼、定食、山盛りの飯。湯気が立ち上り、さっきまでの陰気な話題を強引に現実へ引き戻す。箸を割る音が揃い、俺は一口目を口に運んだ。甘辛い味が舌に広がり、脳が一気に覚醒する。

 

 「で?千年生きて、今さら競馬か?」

 

 「人間の欲望は時代が変わっても面白いからね。金、運、偶然。全部が凝縮されている」

 

 「くだらねぇ」

 

 そう言いながらも、俺は新聞を引き寄せた。結局、こいつが何者だろうが今日やることは変わらない。有馬記念で勝つ。それだけだ。

 

 「だが一つだけ言っとく」

 

 俺は箸を止め、男を睨んだ。

 

 「俺の邪魔をしたら、その千年分の魂ごと叩き潰す。死体だろうが何だろうが関係ねぇ」

 

 男は一瞬だけ目を細め、それから愉快そうに笑った。

 

 「怖いねぇ……だが嫌いじゃない」

 

 店内の喧騒の中、俺たちはそれぞれ飯を掻き込みながら、これから向かう賭場と、もっと厄介な未来を思い描いていた。

 

 

 「お待たせしました。こちらが牛丼並とネギ増し牛丼と温玉牛丼、辛旨豚丼と生姜焼き定食ですね〜」

 

 「お!きたきた!」

 

 テーブルに次々と置かれる丼と定食から、湯気と一緒に甘辛い匂いが立ち上った瞬間、さっきまで頭の中を占めていた呪力だの千年だのという話が、腹の底に押し流されていくのを感じた。人間の脳ってのは単純だ。空腹の前じゃどんな胡散臭い話も一時停止になる。俺は箸を取って、まずはネギ増し牛丼に顔を近づけた。刻まれた青ネギの瑞々しい匂い、脂の乗った牛肉、白米の湯気が混じり合って、鼻腔を直撃する。

 

 「うお……これは美味そうだ」

 

 思わず独り言が漏れた。

 

 「ほぉ、これが温玉牛丼というやつか。なかなか豪快じゃの〜」

 

 ジジイは温玉牛丼を前に、興味深そうに箸を構えながら言った。黄身の膜がぷるりと震え、今にも割れそうだ。

 

 「ジジイ、最初は黄身を崩さないで一口食え。途中で混ぜるのが通ってもんだ」

 

 かれこれ3〜4年日本に通ってるジジイは、毎回新鮮そうな反応をする。

 

 「なるほど、儀式のようなものかの?」

 

 「違ぇよ、味の話だ」

 

 シリウスは既に豚丼にがっついていて、口の端にタレを付けたまま親指を立てている。

 

 「最高だなこれ。戦争の後に食う飯じゃないみたいだ」

 

 「戦争の後でも腹は減るんだよ」

 

 俺はそう返しつつ、一口目を噛み締めた。肉の繊維が歯でほぐれ、甘辛いタレが米に染み込んでいる。ネギの辛味が後から追いかけてきて、思わず喉が鳴った。こいつは当たりだ。

 

 向かいの縫い目の男は生姜焼き定食を前に、妙に行儀よく箸を揃えている。千年生きた呪詛師が、庶民食を前にして静かに待つ姿は、どうにも噛み合わなくて気味が悪い。

 

 「どうだ、千年分の舌に合うか?」

 

 俺がそう言うと、男は一口肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼した。目を閉じるわけでもなく、だが確かめるように噛み、飲み込む。

 

 「……悪くない。いや、正直に言えばかなりいい」

 

 「だろ」

 

 「生きている実感がある味だ」

 

 その言葉に、コーネリウスが少し肩をすくめた。

 

 「生きている実感、か……私は最近それが分からなくなってきていてね」

 

 「酒飲み過ぎなんだよ」

 

 即座に切り捨てると、コーネリウスは苦笑いを浮かべて豚汁を啜った。

 

 飯を食い進めるうちに、テーブルの上の空気が少しずつ緩んでいくのが分かる。さっきまで漂っていた呪力の話題も、競馬の話題に置き換わっていった。

 

 「で、フシグロ君。今回の有馬記念、何が本命じゃ?」

 

 ジジイが箸を止めて聞いてきた。

 

 「秘密だ。言った瞬間に外れる」

 

 「それは迷信じゃろう」

 

 「俺の中じゃ真理だ」

 

 シリウスが笑い、縫い目の男が静かに肩を揺らした。

 

 「賭けというのは面白いね。未来を信じる行為だ」

 

 「違うな」

 

 俺は丼を持ち上げ、残りを一気に掻き込んでから言った。

 

 「信じるんじゃない。掴みに行くんだ」

 

 空になった丼を置くと、腹の奥に熱が溜まっているのが分かる。頭も冴えてきた。有馬記念、呪詛師、魔法使い、全部まとめて相手にしてやる準備は整った。

 

 「食ったな。じゃあ行くぞ」

 

 俺は立ち上がり、伝票を手に取った。

 

 「さぁて……今年の締めに相応しい勝負といこうじゃねぇか」

 

 そう言って店を出ると、冬の冷たい空気が一気に肺に入り込み、腹の熱とぶつかって心地よかった。

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