ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十二話

 

 

 

 

 

 およそ2日間に渡る“戦略的情報収集”――つまり、観光とジジイの胃袋満たし――を終え、12月22日14時。

 

 有馬記念のレースが始まる1時間前、俺とダンブルドアは競馬場に到着していた。

 

 「見ろ、あれがレースを走る馬だ。ここから馬を観察して勝ち馬を導く」

 

 「ふむふむ……」

 

 この2日間、ダンブルドアを引きずり回して東京中を歩き回った。情報収集と言えば聞こえはいいが、実際には馬を見に行った以外の時間のほとんどを観光に使っている。

 

 ラーメン屋を教えたり、餃子屋に連れて行ったり、ジジイの奢りで酒も飲んだ。

 「フシグロ君、これは非常に美味いのぅ」とか言いながら替え玉を頼む姿は、もはや世界最強クラスの魔法使いとは思えないほどの緩さだった。

 

 それでも、肝心な馬の情報はしっかり集めた。

 俺はこの勝負に全てを賭けている。

 

 「筋肉の動き、歩き方、汗、呼吸、そして騎手との絆も重要だ」

 

 「ほぉほぉ」

 

 パドックを歩く馬たちを前に、俺は真剣そのものだ。

 馬体を見るときの集中力は、呪霊を狩るときと大して変わらない。

 

 「まずは歩様。重心がしっかりしてる馬を探す。次に耳と目だ。緊張してる馬は、レースで潰れる」

 

 「ふむ」

 

 「あと騎手の顔色も重要だ。勝つ奴は目の奥が違う。狩人の目をしてる」

 

 「なるほどのぅ」

 

 隣でいちいち頷くジジイが妙に楽しそうだった。

 魔法でも呪術でもない、ただのギャンブルにここまで付き合う校長。普通ならありえない話だ。

 

 「……おい、真面目にやれよ」

 

 「いやいや、真剣じゃ。これは“観察眼”の訓練にもなる」

 

 こいつ本気で言ってやがる。

 

 そうして馬をじっくりと観察した俺とダンブルドアは、施設内の券売機に移動した。

 

 「ここにお金を入れるのかね?」

 

 「そうだ」

 

 ジジイは初めての馬券購入に少し戸惑っているようだった。

 目の前の機械を珍しそうに覗き込むその様子は、まるで田舎から出てきた観光客のジジイそのものだった。

 

 「まぁジジイは初心者だから1口100円からでも良いと思うぜ」

 

 「そうかの?なら10万円入れるとしよう」

 

 「話聞いてたか?」

 

 こいつ、一発目から何を考えてやがる。

 

 俺は3連単と単勝にぶち込んだ。

 これまでの馬の状態、流れ、騎手の目、全てを見た上で選んだ完璧な組み合わせだ。

 

 「これで外すはずがねぇ」

 

 「ほっほっほ」

 

 「なに笑ってやがる。バカにしてんのか」

 

 「いやいや、楽しみでの」

 

 ダンブルドアはわざとらしく目を細め、ひょいっと馬券を懐にしまい込んだ。

 

 そうして時間が過ぎ、スタートのファンファーレが鳴る。

 競馬場全体が揺れるような大歓声。馬がゲートに収まり、一斉に飛び出した。

 

 レースが始まる――

 

 「よし……行け……!俺の馬!」

 

 叫びたくなる気持ちを抑え、目で追う。

 パドックで見た時と同じ軽い走りだ。スタートは完璧。あとは直線の伸びだけだ。

 

 ――が。

 

 「あ?」

 

 なぜか伸びない。

 

 「おい、嘘だろ……!?」

 

 最後の直線、俺の本命馬はまるで力を使い果たしたようにズルズルと順位を落とした。

 

 「……は?」

 

 ゴールしたのはまったく予想外の組み合わせだった。

 

 「な、なんでだよ……!」

 

 「ホッホッホ」

 

 隣でジジイが笑ってやがる。

 

 「なに笑ってやがる。おい券を見せろ……嘘だろ?」

 

 ダンブルドアが懐から馬券を取り出した。

 

 その数字を見た瞬間、俺は固まった。

 

 的中――しかも超大穴。

 

 倍率3000倍。

 

 「う、うそ……だろ……?」

 

 「ふむ……わしの直感も、まだ捨てたものではないようじゃな」

 

 ジジイはまるで上機嫌、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 「……ど、どうやって選んだんだ」

 

 「ふむ、羽虫が止まったところを選んだだけじゃが」

 

 「羽虫!?」

 

 冗談じゃねぇ。

 俺が2日間かけて観察した馬でもなく、緻密に予想した騎手でもなく――羽虫。

 

 「運……だと?」

 

 「フシグロ君、人生において運は大事じゃぞい」

 

 「クソが……!」

 

 俺の口から、自然と舌打ちが漏れた。

 まさか、この俺がギャンブルでジジイに負けるとは。

 

 「ホッホッホ。さぁ、払い戻しに行こうではないか」

 

 「てめぇの顔が腹立つ」

 

 3000倍の払い戻しを手にして意気揚々と歩くダンブルドアの背中を見送りながら、俺は確信した。

 

 ――俺はギャンブルに向いてねぇ。

 

 いや、分かってたんだ。ずっと前から。

 それでも「次こそ勝つ」と思ってしまうこの性。

 

 そして今回、よりにもよって羽虫のジジイに負けた。

 

 「くそっ……次は……次こそ……!」

 

 俺は悔しさを噛み殺し、夜空を仰いだ。

 

 ああ、よりによってクリスマス前に地獄を味わうとはな。

 

 

 「ではフシグロ君、これだけの大金だ。どこかオススメのお店はあるかね?」

 

 「……待て、お前、帰らないのか?」

 

 「ホッホッホ、何を言っておる。まだまだ休暇は終わっとらんぞ」

 

 ムカつくほど上機嫌なジジイ――ダンブルドアは、紙袋に詰め込まれた現金を手にニヤリと笑っていた。競馬の払い戻し所で受け取ったのは、まさかの億単位の札束。レース終了後、あの3000倍という狂った倍率を叩き出したジジイは、当然のように払い戻し所に直行した。

 

 俺はただ隣で口を半開きにして、その光景を見ていただけだった。

 

 あの羽虫のせいで――いや、ジジイの“運”のせいで、俺の計画は粉々に砕け散った。

 

 「どうしたんじゃ、魂が抜けたような顔をして」

 

 「うるせぇ」

 

 俺が何十時間もかけて情報を集め、万全を期して負けたその裏で、ジジイは羽虫を基準に賭けて大勝ち。これが現実だ。

 

 「……焼肉だな」

 

 「ほぉ、ヤキニク?」

 

 「日本にはな、“叙◯苑”っていう超有名な高級焼肉屋がある」

 

 「ジョウジョエン、ふむ」

 

 「だが……更に上が存在する。“游◯亭”だ」

 

 「ユウゲンテイとな?」

 

 「俺もな、ヒモやってた時に一度だけ連れてってもらったことがある。あそこより美味い焼肉屋は知らん」

 

 「ヒモ、とは何じゃ?」

 

 「知らなくていい」

 

 俺は踵を返し、駅に向かって歩き始めた。ムカつくが、ジジイが勝った以上、奴の金で腹一杯飯を食うくらいは許されるだろう。

 

 「では、そこへ行こうではないか!」

 

 やけに張り切った声を背後で響かせながら、ジジイがついてくる。金を持った年寄りはテンションが高い。

 

 電車に乗り、目的地に着いた。

 

 「ここが……ユウゲンテイ」

 

 重厚な木の扉を前に、ジジイがまじまじと店を見上げていた。東京の繁華街の一角。高級感しかない佇まい。俺ですら入るのは数年ぶりだ。

 

 「……値段を見たら驚くなよ」

 

 「ふむ、いくらでも払うぞい」

 

 本当に腹が立つ。

 

 中に入ると、和風モダンな内装が広がっていた。香ばしい肉の匂いと炭火の煙がほんのりと鼻をくすぐる。通された個室のテーブルの上には、綺麗に磨かれた鉄板と、白い皿と箸が揃えられていた。

 

 「なんと……いい匂いじゃ」

 

 「まぁ、ここはマジで美味いからな」

 

 ジジイが座ると同時に、店員が丁寧にメニューを差し出す。

 

 「この“特選”というやつが一番高いのかの?」

 

 「そうだ。一番高ぇ肉だ。脂の入り方が違う」

 

 「なら、それを全部持ってきてもらおうか」

 

 「おいおい待て、全部って言ったかお前」

 

 この店で“全部”なんて頼んだら、一体いくらになるか分からねぇ。

 

 「金ならあるぞい」

 

 さらりと現金の紙袋を取り出してみせるジジイ。テーブルの上に積まれた札束は、焼肉屋の雰囲気とあまりにもミスマッチだった。

 

 「……俺の負けが余計に腹立つ」

 

 「そう言わずに楽しもうではないか。勝った者が奢る、負けた者が食う。いいじゃろう」

 

 「勝ったのは俺じゃねぇけどな」

 

 「ホッホッホ」

 

 肉が運ばれてくる。美しいほどに霜が降りたサシ。表面の艶と脂身の光沢が、もう“勝ち組の食い物”って感じだ。

 

 「これは……肉なのか?」

 

 「肉だよ。最高級のな」

 

 焼き網の上に乗せると、ジューッと音を立てて脂が弾ける。煙が鼻腔を刺激し、香ばしい匂いが一気に広がった。

 

 「これは……!」

 

 ジジイの目が輝いていた。あの真面目くさった老魔法使いが、まるで子どもみたいな顔をして肉を凝視してやがる。

 

 「焼きすぎんなよ。これくらいがベストだ」

 

 俺は肉を裏返し、両面を軽く焼いてから皿に移した。ジジイが箸で恐る恐る持ち上げ、一口かじる。

 

 「…………」

 

 次の瞬間――

 

 「ほっほっほっほっ……!!!」

 

 爆笑に近い笑い声を上げた。

 

 「これは……素晴らしい!!」

 

 ジジイが大声を出し、店員が一瞬びくっとした。

 

 「落ち着けよジジイ……」

 

 「いや、これは……魔法じゃ!肉の魔法じゃ!!」

 

 「焼いてるだけだ」

 

 だが、分かる。久しぶりに食ったが、ここの肉は本当に別格だ。舌の上でとろけるって言葉が、まさにこれだ。

 

 「フシグロ君、もっと注文しよう!」

 

 「おい、どれだけ食う気だ」

 

 「勝者の特権じゃ!」

 

 調子に乗ったジジイが次々と肉を頼む。高い肉、高い酒、高いデザート。俺も腹立つが食う。勝ち負けはどうあれ、目の前に高級肉があるのだ。食わなきゃ損だ。

 

 「ふぅ……食ったな」

 

 「いやぁ、良い店じゃった。来年もまた来ようではないか」

 

 「……もう二度と勝たせねぇ」

 

 店を出た夜の街で、俺は固く拳を握った。ジジイは上機嫌で、満腹の腹を撫でながら歩いている。あの顔を見るたびに、レースの敗北が脳裏に蘇る。

 

 「くそ……次は俺が勝つ」

 

 「ほっほっほ、期待しておるぞ、フシグロ君」

 

 夜風が冷たい。だが、俺の心の中は、次の勝負に燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「皆さん!おはようございます!土曜朝のニュース番組ドバサタ!始まりました〜!」

 

 明るいBGMが流れる中、軽快な声で女性アナウンサーがオープニングを告げた。スタジオの照明が反射し、テーブルの上に並んだ資料がきらりと光る。横にはスーツ姿の芸人と、コメンテーターの面々が笑顔を浮かべている。

 

 「いやぁ日曜はすごい盛り上がりでしたね〜」

 

 「有馬記念……ですよね?」

 

 「そうです!なんと今回の有馬記念では驚きの配当が出たんですよぉ!」

 

 「いやぁすごいですねぇ」

 

 スタジオの後ろにある大型モニターが切り替わり、競馬場で撮影された映像が流れる。アナウンサーたちが食い入るようにモニターを見つめる中、視聴者にも鮮明に映し出されたのは――

 

 紙袋いっぱいの現金を抱え、満面の笑みを浮かべた白髪と長い髭の老人の姿だった。

 

 「ご覧くださいこちら!的中馬券の払い戻しでこの紙袋ですよ!」

 

 その背後には、どう見てもやさぐれた顔で睨むように立つ甚爾の姿もある。

 

 「このお爺さん、何者なんでしょうか!?日本人…ではなさそうですねぇ」

 

 「いやいや、どう見ても外国人でしょ。何この雰囲気。世界観が違うよ」

 

 芸人コメンテーターがモニターを指さしながら茶化すように言った。

 

 「取材スタッフがインタビューしようとしたところですね〜、まさかの()()()()のような速さで逃げられてしまったんですよ!」

 

 「いやいやいや!それどういうこと!?この人、魔法使い!?」

 

 「まるで消えたように姿が見えなくなったとか……」

 

 笑い混じりのトークでスタジオは盛り上がり、画面には“謎の大穴的中お爺さん”というテロップがデカデカと映し出されていた。

 

 「これ、すごいですよ。倍率3000倍。史上でも滅多にないですよ」

 

 「お爺さん、一体いくら当たったんですかねぇ〜」

 

 「札束の量からすると……億単位ですね」

 

 「羨ましい〜〜!!」

 

 芸人が両手を広げて大げさに叫ぶと、スタジオに笑いが起きた。アナウンサーが笑顔のまま話を続ける。

 

 「ちなみに後ろに映っているこの方も気になりますよね〜」

 

 「うん、この人の顔ヤバい。めっちゃ不機嫌そう」

 

 「この人、たぶん一緒に馬券買って負けたんじゃないですか?」

 

 「あるある〜〜!」

 

 番組は完全にバラエティと化し、映像は繰り返し再生される。大勝ちした老人と、敗北して魂が抜けたような顔をした甚爾。その対比が視聴者の興味を惹きつけていた。

 

 その放送を――

 

 日本、南硫黄島の山頂にあるマホウトコロの校長室。

 

 テレビの前で湯呑を手にしていた老婆が盛大にお茶を吹き出した。

 

 「ブフォ!!!ダ、ダ、ダンブルドア校長!?そ、それに後ろにいるのは()()甚爾!?」

 

 慌てて机の上の書類を拭き取りながら、震える声で呟く。

 

 「なんで……なんで日本のテレビに映ってるんだい、あの二人がぁ……!?」

 

 マホウトコロの校長――日本魔法界でも一目置かれる老魔女の顔に、深い皺が刻まれた。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……あれ、有馬記念じゃないの……?」

 

 手元の新聞の日付を見る。22日。有馬記念当日だ。

 

 「何やってるのさあの人たちはぁ……」

 

 彼女は震える手でリモコンを操作し、テレビの音量を上げた。番組のコメンテーターがにこやかに続ける。

 

 「この老人の正体が気になりますねぇ。関係者からも正体不明としか……」

 

 「もしや、国外から来た伝説の馬券師かも〜」

 

 「それともタイムスリッパーとか!?」

 

 「うそでしょ〜〜!」

 

 テレビは完全にお祭り騒ぎになっている。

 

 「いやいやいや、ダンブルドア校長が“伝説の馬券師”て……!」

 

 校長は額を押さえた。魔法界と日本のマグル社会の橋渡し役である彼女にとって、これは軽く洒落にならない。

 

 「まずい……これは非常にまずい……!」

 

 さらにテロップが切り替わる。

 “この正体不明の外国人、巨額の払い戻しを手に夜の街へ消える”

 

 「夜の街って!!!」

 

 老婆の悲鳴にも似た声が校長室に響いた。

 

 「まさか……あのジジイ……日本で遊び倒すつもりじゃないだろうね……!」

 

 ダンブルドア校長の名は日本魔法界にも知られている。もちろんマホウトコロにも。その彼が堂々とテレビに映るなど前代未聞だ。しかも横にいるのは、“術師殺し”と呼ばれる伏黒甚爾――いや、かつての禪院甚爾。

 

 「この二人の組み合わせが日本に来てるとか……本気で勘弁してよ……!」

 

 校長は椅子に崩れ落ちた。

 

 「この件……魔法省にも報告しなきゃいけないじゃない……」

 

 この日、日本魔法界の水面下は、ちょっとした小さな騒ぎに包まれ始めていた。

 

 「……ったく、なんで有馬記念なんかに行くのよあの二人……」

 

 テレビでは再び「伝説の外国人馬券師」の映像が流れ、スタジオは盛り上がり続けている。

 

 マホウトコロの校長は頭を抱えながら、深いため息を吐いた。

 

 「……あの人達、絶対あとで面倒事を残していくに決まってるじゃないか……」

 

 そうして2人の知らぬまま、魔法界は少しどころか確実にざわつき始めていた。

 

 マホウトコロの校長室ではテレビを見終えた老魔女が、湯呑を握りしめたまま立ち尽くしている。先月の空飛ぶバイク騒動でさえ、日本魔法省支部とマホウトコロが血眼になって裏で火消しをしたばかりだ。

 

 今回は、よりにもよって公衆の面前で正体不明の白髭ジジイが札束を抱え、日本中のテレビに映ってしまったのである。

 

 「よりによって……よりによって有馬記念……!」

 

 校長の震える声が部屋に響く。

 

 「前回は空を飛ぶバイク、今回は札束抱えた魔法使い……この国、崩壊させる気かい……」

 

 額に青筋を浮かべ、彼女は壁際の黒電話を手に取った。

 

 「……もしもし?魔法省支部?至急、対策会議だよ。大至急。いえ、洒落にならないレベル」

 

 受話器の向こうで慌てる官僚たちの声が響く。

 

 「はい、ええ、あの老人……そう、“例の白髭”。しかも後ろに()()()()が一緒に映ってるのよ!これはまずい、非常にまずい!」

 

 廊下の外では、既に緊急出動の準備が進められていた。スーツ姿の日本魔法省支部の術者たちがバタバタと走り回り、魔法庁の外回りを担当する“記憶改変チーム”が呼び出されている。

 

 「空飛ぶバイクでさえ大騒ぎだったのに……」

 

 誰かが小声で呟いた。そのときの地獄のような作業量を全員が鮮明に覚えている。

 

 マグルが数百人単位で目撃していたため、オブリビエイト要員が総出で動いた。山奥で済んだだけまだマシだった。しかし今回は――テレビの生放送。全国放送。

 

 「全国レベルの記憶改変なんて、数十年ぶりじゃないか……」

 

 魔法省の広報部門の男が蒼白な顔で呟く。

 

 校長が電話を置き、深いため息をついた。

 

 「日本全国オブリビエイト(忘却)祭りをするしかないわね……」

 

 その声は、老魔女の疲れと諦めが入り混じったものだった。

 

 「マグル側に“集団妄想”として処理させるのが精一杯だな。あとは夜のうちに各局の映像データを消去、現場を封鎖、証言者に個別の処置……」

 

 部下のひとりが作戦計画を読み上げる。

 

 「それでも数は多すぎる……地方局、新聞、週刊誌、スポーツ紙……全部相手にするのか?」

 

 「あの白髭がもっと目立たない場所で買ってりゃよかったのに……」

 

 「だって中央の払い戻し所だろ?札束抱えて逃げたら、そりゃカメラ向けるわよ……」

 

 会議室の空気が重い。全員が心の底から“勘弁してくれ”と思っていた。

 

 「……あのジジイ、本当に魔法界の厄災ね」

 

 校長がぼそりと呟いた。

 

 「いや、むしろ一緒にいた禪院甚爾の方が怖ぇよ……あいつ、術師殺しだろ。下手に関わったら俺たちが消される」

 

 「ダンブルドアと禪院甚爾……なんでそんな組み合わせで日本に来るんだよ……」

 

 愚痴が止まらない。だが時間は待ってくれない。

 

 「よし……総員、即時展開。対象地域、全国」

 

 作戦責任者の女性が号令をかけた瞬間、チームが一斉に動き出した。

 

 「ニュース局、特に生放送を抑えろ!記録を消すのが最優先だ!」

 

 「報道陣への“忘却”は慎重にやれよ、やりすぎると社会問題になる!」

 

 「庶民には“酔っ払いの外国人の勘違い”で押し通せ!」

 

 まるで災害対策本部だ。

 

 一方――そんな事態など露ほども知らず、本人たちは都内のホテルの一室で爆睡中である。

 

 ダンブルドアは高級ホテルのキングサイズベッドの真ん中で大の字になって寝息を立て、甚爾はその隣のソファでふてくされたようにタバコを咥えながら、天井を睨んでいた。

 

 「……俺の金があれば、焼肉も競馬も全部俺のもんだった」

 

 「スースー……」

 

 「ジジイが夢見てんじゃねぇ……」

 

 甚爾は深く煙を吐き出し、心の中で毒づく。

 

 その頃、マホウトコロの校長は机に突っ伏し、ため息を何十回と繰り返していた。

 

 「……マジで、あの二人、災厄でしかない……」

 

 夜の日本魔法界では、静かに、そして壮大な規模の火消し作戦が始まっていた。

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