ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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評価、感想ありがとうございます!モチベ爆上がりです!


久々の訓練回というやつです。


第十七話

 

 

 

 

 そうして俺の仕事は増えた。金を貰えるならまぁなんだってやろう。殺しよりも楽に稼げるのは非常に良い。殺しで得た金でギャンブルをするからこれまで当たらなかったのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。

 

 今日の授業は1年生だ。グリフィンドールとスリザリンの混合授業。ハリー、ロン、ハーマイオニーだけじゃない。ネビル・ロングボトム、ディーン・トーマス、シェーマス・フィネガン、そしてドラコ・マルフォイを筆頭に、スリザリンの小僧どもも勢揃いしている。ざっと20人近くか……まぁちょうどいい運動になる。

 

 「よし、お前らここに整列しろ」

 

 「はい!」

 

 5月。入学から8ヶ月が経ち、ガキ共の雰囲気は明らかに変わってきた。最初のふにゃふにゃした魔法使いの卵共はもういない。全員がそれなりに“戦える”姿勢を身に付け始めている。魔法の訓練だけじゃない、俺の体育の成果だ。立ち方、重心の置き方、間合いの取り方。見るだけで違いが分かる。

 

 「今日は俺からこれを奪ってもらう」

 

 俺はポケットから紐で括った鈴を取り出した。チリ、と甲高い音が空気を裂く。風に揺れるそれは、まるで挑発の合図だ。

 

 「鈴ですか?フシグロ先生」

 

 ハリーが真っ直ぐに俺を見て言う。少し肩幅が広くなり、動きにも芯が出てきた。あのガキもようやく“地”を踏めるようになってきたな。

 

 「そうだ。この鈴を俺の腰帯に括る。お前ら全員で俺から奪えたら勝ち。奪えなかったら筋トレな」

 

 「えぇ〜マジかよ〜」

 

 ロンが頭を抱える。ハーマイオニーがすかさず怒鳴った。

 

 「ロン!文句言わない!」

 

 スリザリン側ではマルフォイがふんと鼻で笑い、パーキンソンが小声で何か囁く。ネビルはちょっと引き気味に俺を見ていた。こういう反応の違いも面白い。

 

 「じゃあ始めだ」

 

 俺は鈴を腰帯に結び、軽く膝を落とした。全員の視線が鈴へと集中する。空気が一瞬、張り詰める。

 

 「ルールを言うぞ。全員でかかってこい。ただし俺に直接攻撃は禁止。触る、引っ掛ける、奪う。好きにやれ。杖も使()()()()()。だがやられたらその分、筋トレで返してもらう」

 

 「おぉ〜!」

 

 ガキ共が声を上げる。緊張と興奮が混ざったいい声だ。

 

 最初に飛び出したのはマルフォイだった。いかにも“俺が一番”という顔で、真っ先に距離を詰めてくる。杖を構え、低く踏み込み――まぁ悪くないフォームだ。俺は軽く腰を引き、右手で肩口を押すだけで奴の突進は空を切った。転倒はしなかったが、体勢が大きく崩れる。

 

 「マルフォイ、動きに力が入りすぎだ」

 

 その直後、ハリーが横から突っ込んでくる。素直な踏み込み、でもスピードがある。俺は軽く足を引いて流す。鈴は揺れもしない。

 

 続けざまにロンとシェーマスが左右から来る。ロンは力任せ、シェーマスは少し慎重だ。俺は踏み込みと同時に腰を捻り、ロンの勢いを受け流しながらシェーマスの手首を掴み、逆方向に投げた。ごろん、と地面に転がる音。ロンはそのまま自分の勢いで前のめりに転けた。

 

 「ぎゃあああ!」

 

 「ロン!なにやってんのよ!」

 

 「うるせぇ!」

 

 その隙を突くようにハーマイオニーが俺の背後に回ってきていた。杖で下から鈴の紐を持ち上げようとする。やるじゃねぇか。頭の使い方が前よりも遥かにいい。俺は片足で地を蹴り、半回転。杖を軽く手首で弾くと、ハーマイオニーはよろめきながらも倒れなかった。体幹がしっかりしてきた証拠だ。

 

 「前よりいい動きしてるな、グレンジャー」

 

 「くっ……!」

 

 ネビルが恐る恐る近づいてくる。目は怯えているが、足は止まっていない。成長してやがる。あのネビルがだ。俺はわざと力を抜いて、彼に少し触れさせてやった。ネビルの手がほんの一瞬、鈴の紐に触れる。チリ、と音が鳴った。

 

 「っ!!」

 

 「よし、いいぞネビル!」

 

 ロンがなぜかネビルを称賛する。ハリーもニヤリと笑った。スリザリン側はちょっとざわついている。

 

 「いいか。触れたぐらいで安心すんなよ」

 

 今度はスリザリンの小僧どもがまとまって突撃してきた。マルフォイを先頭にクラッブとゴイルが押し込んでくる。後ろで女子が杖を構え、牽制を飛ばす。……ちょっとは連携するようになってきたじゃねぇか。

 

 俺は大股で一歩踏み込み、まずクラッブの腕を掴んで横へ弾く。同時にゴイルの突進を膝で受け流し、マルフォイの伸びてきた手を指先で弾いた。ゴイルが盛大に転がり、クラッブは吹っ飛び、マルフォイは転倒は免れたものの体勢を大きく崩した。

 

 「へへっ、やるなぁ先生……!」

 

 「負けねぇ!」

 

 今度はグリフィンドール側が総がかりで来る。ハリーが先頭、ロンとシェーマスが横、ハーマイオニーが後ろで指示を飛ばしている。ネビルもついてくる。小僧どもなりに考えた隊列だ。最初に比べりゃ随分とマシになってきた。

 

 俺は腰を沈め、足をずらし、ハリーの突撃をいなす。同時にロンの腕を捉えて引き寄せ、背中を押して転がす。シェーマスはその隙を突こうとするが、俺の膝が一歩踏み込むだけで逆に距離を失った。ハーマイオニーの杖の牽制も、すでに読み切っている。

 

 「ほら、来いよ。全員まとめてだ」

 

 「いっけええええ!!」

 

 ロンの雄叫びと共に、全員が一斉に飛び込んできた。俺の周囲に20人近くの1年生が殺到する。上から、下から、左右から。視界が一気に埋まる。これが本当の“数”の圧力だ。

 

 だが、俺は負けない。腰を軸に全身を鞭のように使い、流す、弾く、押す。ぶつからないように絶妙に力加減を調整する。鈴が揺れ、ガキ共の指が何度も触れかけるが、誰一人奪えない。

 

 「あと少しだ!!」

 

 「いけ!!」

 

 ハリーの手が一瞬、鈴をかすめた。だがその瞬間、俺の身体が自然に動いていた。腰をひねり、右手で彼の手首を払う。同時に背中側から伸びてきたマルフォイの手を肘で弾く。音が鳴る。鈴はまだ俺の腰にある。

 

 「……今のは惜しかったな」

 

 「ちっくしょぉぉぉ!!」

 

 地面には何人か転がり、息を切らしたガキ共が散らばっている。それでも全員の顔が輝いていた。負けても、今までにない“感触”を掴んだ顔だ。こういうのが、身体を覚醒させる。

 

 俺は腰の鈴を外し、指でくるくると回してみせた。チリチリと音が鳴る。全員の視線がそれを追う。

 

 「悪くねぇ。全員の連携、最初に比べりゃ段違いだ。まぁ、俺から取れるにはまだまだ足りねぇがな」

 

 「うわぁ〜〜〜筋トレだぁ……」

 

 ロンが地面に突っ伏した。ハリーは悔しそうに唇を噛み、ハーマイオニーは苦笑し、マルフォイはふんと鼻を鳴らす。

 

 俺はその全員を見渡しながら、鼻で笑った。

 

 「いい身体になってきたな、1年坊主共。今日の筋トレは倍だ。泣くなよ」

 

 「えぇえええええええええええ!!!」

 

 悲鳴と笑いが混ざった声がグラウンドに響く。俺は鈴をポケットに戻し、どこか心の奥で「悪くねぇな」と思っていた。

 

 そうして筋トレが始まった。

 

 コイツらに教える筋トレも、最初にやらせていた“超基礎”から少しずつステージアップしている。とはいえ、まだ11歳のガキ共だ。負荷をかけすぎりゃ成長を潰す。そこはちゃんと加減する。

 俺は殺しの現場で学んだことを、今じゃガキ共の成長に使ってる。人生分からねぇもんだ。

 

 「よし、まずは腕立て100回だ」

 

 「ひ、ひゃ、100!?」

 

 「なんでそんな驚くんだよロン。前より少し増えただけだろ」

 

 「少しのレベルじゃねぇだろハリー!?」

 

 グリフィンドールのガキ共の中でも、筋肉バカに一番近づいてるのはやっぱりハリーだな。こいつは箒に乗ることで自然と身体の軸ができてる。魔法使いなのに体幹がしっかりしてやがる。ロンは……まぁ口が先に動くタイプだ。ハーマイオニーは毎回ちゃんと回数をこなしてる。頭の回転だけじゃなく、根性もあるタイプだ。

 

 「おい“純血”腕が震えてるぞ」

 

 「う、うるさい!僕を純血と呼ぶなぁ!」

 

 「純血が好きなんだろ?」

 

 「ちょっと!本当に黙って下さい!」

 

 マルフォイが顔を真っ赤にしながら腕立てを続ける。だが腕はプルプル震え、肘の角度が甘い。あと少しで潰れるな。クラッブとゴイルは横でうなり声をあげながら床をきしませている。こいつらは筋肉だけは無駄にある。持久力がねぇだけだ。

 

 「いいぞネビル、あの“純血”よりもよっぽど鍛えられてるじゃねぇか」

 

 「あ、あ、あ、ありがとうございます!」

 

 ネビル・ロングボトム。最初は俺の声を聞いただけで固まるようなガキだったが、今はこうして震えながらも回数をこなしている。汗だくで、顔も真っ赤だが目だけは死んでいない。ああいう目をするヤツは、ちゃんと伸びる。

 

 「あと20回!」

 

 「えええええええ!!」

 

 ロンの情けない悲鳴がグラウンドに響く。ハーマイオニーは歯を食いしばって静かに数を数え、マルフォイは見栄を張って早く終わらせようとして肘の角度をごまかしていた。

 

 「おいマルフォイ、サボってんじゃねぇ。今の3回、ノーカウントだ」

 

 「なっ……!」

 

 「お前が貴族だろうが何だろうが、身体は嘘をつかねぇんだよ」

 

 マルフォイの顔がひきつる。スリザリンの女子達が小声で笑った。クラッブとゴイルはすでに地面に這いつくばり、虫のように腕を震わせている。

 

 「よし、次は腹筋だ。腕立てよりもキツいぞ」

 

 「ひいぃぃぃ!」

 

 ハリーとネビルは息を荒げながら仰向けになり、両手を頭の後ろに回した。ロンはすでに床に転がって「ちょっと休ませろ……」と呟いていたが、俺が無言で近づくだけで勝手に起き上がった。教育の賜物ってやつだ。

 

 「腹筋はなぁ、腕と違って誤魔化せねぇ。力の抜けた回数なんて、全部無駄になる」

 

 「ロン、それ聞こえてるか?」

 

 「……はい……」

 

 「おいクラッブ、その腹の肉は装備じゃねぇ。削れ」

 

 「うぐぅぅぅ!」

 

 ロンが情けない声を出しながらも腹筋を始める。マルフォイは腕立てのときよりはマシな顔をしている。あいつは変な見栄を張る癖さえなけりゃ、案外素質はある。ハーマイオニーは数を黙々とこなし、ハリーは息を切らしながらも俺の目を見てニヤリと笑っていた。……いい目つきだ。

 

 「いいぞ、全員そろって50回。こなせば終わりだ」

 

 「50って!先生、ちょっとは優しくしてくれよ〜!」

 

 「優しさで強くなれんなら、とっくに全員最強だ」

 

 「ぐぬぬ……」

 

 ネビルは汗をだらだら流しながらも、ロンの倍のペースでこなしていた。最初の頃じゃ考えられねぇ話だ。筋肉と一緒に根性も育ってる証拠だ。クラッブとゴイルは……まぁ、あれだ。筋肉だけでどうにかしてる。

 

 「残り10!」

 

 「い、いち……じゅ……!」

 

 「おいロン、数えるのもサボるな!」

 

 「やってるってぇぇ!」

 

 マルフォイの腕は限界、ネビルの呼吸は荒く、ロンは叫び声をあげ、ハーマイオニーは最後まで丁寧に腹筋を締めていた。ハリーは――気合で動いている。筋肉が悲鳴を上げてもまだ食い下がる目をしていた。

 

 「よし、終了!」

 

 一斉にガキ共が床に倒れ込んだ。グラウンドに響く荒い息と、汗の匂いが漂う。全員が限界ギリギリまでやった顔をしている。情けねぇ声もあったが、逃げた奴はいない。そこが重要だ。

 

 「お前ら、最初の頃は腕立て10回もまともに出来なかったの、覚えてるか?」

 

 俺が言うと、ネビルがハッとした顔をした。マルフォイは視線をそらし、ロンは目を丸くしていた。ハリーは笑ってうなずく。

 

 「今じゃほとんどの奴が50回以上こなしてる。筋肉は裏切らねぇ。やった分だけ、強くなる」

 

 「……先生」

 

 ハリーの口から絞り出すような声が漏れた。声にならない声。それだけで十分だった。

 

 「いいか、覚えとけ。魔法使いでもなんでもな、身体が動かねぇ奴は戦えねぇ」

 

 「「はいっ!!」」

 

 声がそろった。ハリーも、ロンも、マルフォイも、ネビルも、女子も全員。

 俺は鼻で笑いながらも、ちょっとだけ口元が緩むのを自覚した。

 

 「よし、ラストだ。補強走だぞ。全員グラウンド10周」

 

 「ええええええええええええええええ!!」

 

 「泣くな。泣くくらいなら走れ」

 

 「う、うわあああああ!!」

 

 夕方のグラウンドに、1年坊主共の悲鳴と足音が響き渡る。

 この音を聞いてると、なんだか懐かしい気分になる。俺も昔はこうして、地獄みてぇな訓練を乗り越えてきた。

 それを今は、教える側になってる――不思議なもんだ。

 

 「走れ、ガキ共!倒れても、這ってでもゴールしろ!」

 

 「「はいっ!!」」

 

 その声は、初めてこいつらに会った時よりもずっと強かった。

 

 そうして授業が終わった。

 

 どいつもこいつも疲れ果てて、立っている姿は産まれたての子鹿みたいにフラフラしてやがる。それでも顔だけは、どこかやり切ったような顔をしていた。身体は限界ギリギリでも、心は前を向いてる。そういうのは悪くねぇ。

 

 「はーい、お疲れ。今日はここまでだ。大広間行っていつものメニューを腹に詰め込んでこい。次の授業は……“闇の魔術に対する防衛術”だな。“しっかり”やれよ」

 

 「はい!!!」

 

 まだ声はしっかり出る。筋肉は悲鳴を上げてるくせに、声は力強い。やっぱ若いってのはいいな。

 1年坊主共がゆっくりと列を作り、汗と泥にまみれた服をそのままに、城へと戻っていく。その後ろ姿は、最初に出会ったときの“甘ったれた魔法使いの子供”じゃない。少なくとも“戦う意志”だけは持ち始めている。

 

 「先生!」

 

 小走りで俺に近づいてきたのはハーマイオニー・グレンジャーだった。顔は汗で濡れ、頬も真っ赤。けど瞳だけはやたらキラキラしてる。

 

 「グレンジャー、どうした?」

 

 俺は視線を合わせるために腰を落とした。

 ガキに上から見下ろすように話すのは好きじゃねぇ。話す時は目線を合わせる。それだけでだいぶ“伝わり方”が違う。

 

 「え、目が合って……あ、あの!フシグロ先生に伝えたいことがあって!」

 

 「あ?伝えたいこと?」

 

 なんだ?ロンの愚痴か、あるいはマルフォイの嫌味か、それともスネイプがまた何かやらかしたのか……いろいろ浮かぶ。

 

 「最近、魔法の反応がすごくいいんです。呪文の発射スピードとか、正確さが以前よりも増して……筋トレってそういう効果もあるんですか?」

 

 「……ほう?」

 

 ちょっと意外だった。いや、考えてみりゃ当然かもしれねぇ。

 俺がコイツらに体育を教えてるのは、ダンブルドアの「杖がなくても生き残れるように」という妙にざっくりした指示のせいだ。だから俺はひたすらに“身体”を鍛えさせてる。筋力、体力、反応速度。それさえあれば杖がなくても最低限“生き延びる”ことはできる。

 

 呪術的な観点で言えば、身体を鍛えれば鍛えるほど呪力で強化される土台も上がる。基礎体力が高ければ、戦闘で使えるリソースも増える。

 俺は天与呪縛で例外中の例外だが……この世界の“魔法”も似たようなもんかもしれん。杖に頼る前に身体の土台が強けりゃ、反応速度も精度も自然と上がる。つまり、筋トレは馬鹿にできねぇ。

 

 「効果は……あるだろうな。ま、頑張れ」

 

 適当に言ったわけじゃない。だが真面目に説明するほどのことでもねぇ。身体を鍛えりゃ、それに見合った結果が出る。それだけの話だ。

 

 「は、はいぃぃ!!」

 

 ハーマイオニーは目を輝かせて走っていった。あの勢い、下手すりゃもう一周走れそうだな。……と思ってると、その横でロンがぶっ飛ばされて転んでいた。どうやらマルフォイと口論してたらしい。馬鹿共が元気なのはいいが、ケンカすんなよ。……ま、止めねぇけど。

 

 「さて……俺も“護衛”をするかな」

 

 授業は終わったが、俺の仕事はまだ終わっちゃいねぇ。

 “体育教師”と“護衛”は別。教師は表の顔で、護衛は裏の仕事。しかも護衛対象は――あのハリー・ポッターだ。

 

 「まったく、俺がガキの護衛とか……世も末だな」

 

 ハリーは“何か”に狙われている。それはもうハッキリしている。禁じられた森の騒動もあったし、あの黒い影、クィレルの動き……あれらは偶然なんかじゃない。

 そして今、あのクィレルが担当しているのが――闇の魔術に対する防衛術の授業だ。

 

 「クィレルのやつ、元気かなぁ?クク……」

 

 クィレルとは、一度派手にぶちかました仲だ。

 図書室で捕まえて、ぶん殴って、気絶させた。あれ以来、あいつが俺の顔を見るたびに目をそらすようになったのはちょっと愉快だったな。

 ただ――あの黒い気配は、あいつの“奥”から出てる。本人がどうこうって話じゃねぇ。だから余計に厄介なんだ。

 

 俺は1年生が次に受ける闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう。

 石造りの廊下は少し冷たく、風が抜ける音がわずかに響いていた。夕方の光が差し込み、長い影が床を伸びていく。その影の中を、俺はゆっくりと歩く。

 

 階段を上る途中、窓から外を見れば、大広間に向かう1年生たちの姿が見える。泥と汗まみれの服で、笑いながら肩を並べて歩くガキ共。ロンが文句を言い、ハーマイオニーが呆れ、ハリーが笑っている。ネビルはなぜか両腕をぶんぶん振りながら走っていた。……平和だな。

 

 「その平和が長く続くかどうかは……まぁ、あいつ次第だ」

 

 俺は口の端をわずかに歪めた。

 このままハリー・ポッターってガキが“普通”に学生生活を送れるわけがねぇ。あの額の傷と、背後に潜む何かがそれを許さないだろう。

 

 「ったく、めんどくせぇ……」

 

 そうぼやきながら、俺は教室の前に立った。

 この先でまた、何かが起こる。そんな空気が、肌に張り付くように感じられる。

 

 「……さて、“護衛”の仕事、始めるか」

 

 静かにドアノブを握り、俺はそのまま闇の魔術に対する防衛術の教室へと足を踏み入れた。

 クィレルの顔を見て、最初に笑うか、最初に殴るか。……その時の気分次第だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1年生の闇の魔術に対する防衛術の授業が始まった。

 

 伏黒甚爾は授業開始前にすでに教室への侵入を済ませ、天井の梁の上に身を潜めていた。音も匂いも残さず、まるで空気の一部になったように。気配を完全に消している以上、教師であるクィレルはもちろん、生徒の誰一人としてその存在に気づかない。

 

 薄暗い教室の空気は、どこか淀んでいる。窓から差し込む光は弱く、部屋全体がくすんだ灰色に沈んでいた。その中心で、クィレルはいつものようにびくびくと震えながら授業を始めた。

 

 「こ、このじゅ、呪文に対する対応は……こ、こ、この呪文で行います」

 

 いつも通りの吃り声。生徒たちはそれにもう慣れたらしく、特に笑う者もいない。全員、真剣な顔で杖を構え、呪文の発音と動作を確認している。

 彼らはもう、最初の頃の頼りなさはなかった。反応速度、姿勢、杖の握り方、呼吸。すべてが数ヶ月前とは比べものにならないほど洗練されている。間違いなく、伏黒甚爾による“体育の地獄”の成果だった。

 

 「分かりました先生!」

 

 元気な声が響く。ハリー・ポッターの声だった。ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、ドラコ・マルフォイ、ネビル・ロングボトム、クラッブとゴイル、その他の1年生たちも同様に声を上げ、各自で構えをとる。

 

 「ディフェンド!」

 

 「プロテゴ!」

 

 教室中に防御呪文が響き渡り、杖先から淡い光の膜が展開された。揺らぎながらも形を崩さない。彼らの体幹と呼吸がきっちり合っている証拠だ。

 梁の上からその光景を見下ろしながら、甚爾は薄く鼻で笑った。戦場ならまだまだ未熟なレベルだが、1年坊主にしては上出来だ。

 

 「なぁ……クィレル先生さ、なんか前よりも痩せてるし、ちょっとニンニク臭くね?」

 

 梁の上に潜む甚爾の耳に、下の席のロン・ウィーズリーの小言がはっきりと届いた。

 

 ——確かにクセェな。体臭を誤魔化してんのか?それとも……ラーメン屋にでも行ったか……いや、それはねぇな。

 

 ニンニクとも違う、もっと生臭い。肉が腐ったような、血と鉄が混ざり合ったような不快な臭いだ。鼻にかすかに引っかかるその臭気は、森で嗅いだ“黒い影”と同じ系統の匂いだった。人間の臭いに紛れ、奥の奥に潜む、何か“別のもの”の臭い。

 

 クィレルは表面上いつもと変わらないように授業を進めていた。だが伏黒の目は、奴の肩越しの“見えない何か”に釘付けになっている。

 首筋から背中にかけて、微かに黒い靄のようなものが立ち上っている。普通の魔法使いでは感知できないレベルの薄さだ。だが伏黒には、それがはっきりと見えていた。

 

 ——隠れてやがるな。森の黒い影と同じ臭い……あれは、間違いなく“本体”だ。

 

 クィレル自身はただの“器”だ。あの時殴った感触を思い出す。肉体としてはひ弱そのものだった。だがその奥に、何か禍々しいモノが潜んでいるのは間違いない。

 梁の上で、伏黒は静かに呼吸を整える。無駄な動きは一切ない。だが次の瞬間には、天井から地面に飛び降りられるよう、全身が戦闘態勢に入っていた。

 

 「じゃ、じゃあみなさん……ペアになって、実戦形式の防御れん、練習を……!」

 

 クィレルが生徒たちに声をかける。声はいつも通り震えていたが、よくよく聞けば、その震えの裏に妙な“ざらつき”が混じっていた。喉から滲み出るような、不自然な揺れ方だった。

 

 「ハリー、一緒に組もうぜ!」

 

 「いいよ、ロン!」

 

 「マルフォイ、こっち来なさいよ!」

 

 「……ちっ、仕方ないな」

 

 生徒たちは自然とペアを作り、それぞれの位置に立つ。杖先が一斉に構えられ、緊張と興奮が教室を満たした。

 その瞬間、伏黒の嗅覚がふっと鋭さを増す。臭いが濃くなった。まるで、森でユニコーンを喰らっていた“それ”が、奥から顔を覗かせたかのように。

 

 ——今、ちょっと動いたな。

 

 伏黒は梁の上から微かに視線をずらした。クィレルの背中の“奥”。そこに潜む気配がわずかに震えたのを感じ取った。誰も気づいていない。生徒たちもクィレル本人も、それが背後で蠢いていることすら知らない。

 

 「よし、始め!」

 

 クィレルの声と同時に、生徒たちが一斉に呪文を放つ。

 光が飛び交い、教室内の空気が震える。だが伏黒の視線はただ一点、クィレルの後頭部――いや、その奥にある“何か”から外れなかった。

 

 ——奴は、まだ表には出てこねぇ。だが間違いなく、ここにいる。

 

 そうして授業は進んでいった。

 

 何事もなく、実に平和だった。

 

 ハリーはいつも通り呪文の練習をこなし、ロンは途中で少しふざけ、ハーマイオニーは真面目に黒板を写していた。生徒たちは誰も異変を感じることなく、授業は粛々と進む。

 

 梁の上からそれを見ていた伏黒甚爾は、内心で小さく息を吐いた。

 

 ——こんなとこで奴を殺せばガキ共が驚くな……まぁ別に関係ねぇけどな。

 

 ただ、今回は違う。殺すのが仕事じゃない。護衛だ。

 奴を仕留めるなら“本番”の時でいい。

 

 呪術界で過ごした過去が、こういう時の判断を鈍らせない。

 幼い頃から術式を持たないがゆえに呪霊の巣へ放り込まれた。

 腐った空気と血の臭いは、日常そのものだった。

 

 だからこそ、この程度の静けさなど、彼にとっては退屈でしかない。

 

 授業が終わると、生徒たちはそれぞれ談笑しながら教室を出ていった。

 その中には護衛対象であるハリー・ポッターの姿もある。

 

 クィリナス・クィレルはというと、生徒たちの背中が見えなくなると、いつものようにそそくさと自室の奥へと引っ込んでいった。あの落ち着きのなさは相変わらずだ。

 

 伏黒は梁の上からゆっくりと身を起こした。

 何の音も立てずに床へと飛び降り、靴音ひとつ響かせず着地する。

 そのまま誰もいない教室を一瞥し、扉へと向かった。

 

 護衛対象には一切悟られずに護衛する——それがダンブルドアから課せられた条件の一つだった。

 

 「楽勝だ」

 

 短く呟き、伏黒は廊下へと歩き出す。

 背筋はまっすぐに伸び、視線は前。だが聴覚も嗅覚も、後方と左右を逃さない。

 

 この程度の仕事なら、造作もない。

 それで金が貰えるのだからなおさらだ。

 

 「いい仕事じゃねぇか」

 

 石造りの廊下に小さな独り言が溶けた。

 松明の火が揺らめき、廊下には夜の冷たい空気が入り込んでいる。

 伏黒はいつものように、音もなく歩き続けた。

 

 護衛は、まだ始まったばかりだった。

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