ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十八話

 

 

 

 

 それから少し時が過ぎ……6月。

 

 あと1ヶ月で学期が終わる。7月と8月の2ヶ月間は夏休みだ。コイツらは2ヶ月も休みがある。魔法使いのくせして2ヶ月も休むなんて、生意気な話だ。

 

 ここまでクィレルの野郎は何も事件を起こさなかった。俺やダンブルドア、それにスネイプとマクゴナガルが四六時中見張っているのが功を奏しているのかもしれない。奴がそのことに気づいているかどうかは分からんが。

 

 「フシグロ先生!」

 

 廊下を歩いていた俺に、いつもの3人が駆け寄ってきた。

 

 「あぁ?」

 

 息を弾ませたハーマイオニー・グレンジャーが前に出る。

 

 「さっき、ハグリッドに聞いたんですけど!」

 

 またアイツか。あの半巨人、口が軽いんだよな……今度は何を漏らした?

 

 「賢者の石の守りについて、クィレル先生に色々聞かれたって!」

 

 裾をまくって話すハーマイオニーの腕には、しっかりと筋肉が浮かんでいた。ちょっと見ないうちにずいぶん鍛えられたじゃねぇか。……まぁ、それはさておき、ハグリッド。お前、本当に隠し事ができねぇ奴だな。

 

 「お前ら……まだ賢者の石のことを調べてたのか?」

 

 ハリー・ポッターの護衛を引き受けてから、コイツらの動きは逐一把握していた。まさか、まだ諦めていないとはな。……いや、そういえばコイツら、透明マントを持ってたっけ。あれを使えば俺の目をすり抜けるのも容易い。あのマントの下にいられたら、気配を読む俺でも距離があれば察知できねぇ。

 

 「今夜、フラッフィーの下にある扉を開けてみようかと思います」

 

 ハリーが真剣な面持ちで言い放った。

 

 「待て待て。何言ってんだ?教師の俺がそんなもん見過ごせるわけねぇだろが」

 

 「だから先生も一緒に行こう!」

 

 ロンがニカっと笑う。……コイツ、バカだな。あ、いやバカだったわ、そういえば。

 

 俺が呆れ半分でため息を吐こうとしたそのとき、後方からゆったりとした声が響いた。

 

 「おや、フシグロ先生が生徒達と話しているなんて珍しいですな」

 

 スネイプだ。黒いローブを翻し、目を細めながらこっちを見ている。

 

 「そんなことを大きな声で話していたら……何か企んでいると思われますぞ。生徒達の言うことは聞くべきですなぁ〜〜フシグロ先生」

 

 スネイプの声色には、わずかに愉快そうな響きが混じっていた。……ダンブルドアに何か吹き込まれたな。あのジジイの顔が目に浮かぶ。

 

 スネイプは鼻で笑い、ローブを翻してそのまま廊下を去っていった。

 

 「ね!先生!行きましょう!」

 

 ロンが勢いよく言う。

 

 「……はぁ……」

 

 ため息が漏れた。こいつら、止めても絶対行くだろうな。しかも勝手に。だったら、教師として同行した方が被害は少なく済む。そういうことになる。

 

 「……俺が行くとは言ってねぇ」

 

 「行ってくれるってことですよね!」

 

 「なんでだよ」

 

 ハーマイオニーが目を輝かせ、ハリーも力強く頷いている。ロンは最初からその気満々だ。

 

 ガキ共の顔を見ていると、何を言っても無駄な気がしてくる。

 

 「はぁ……好きにしろ。ただし、俺の命令は聞いてもらう」

 

 「もちろんです!」

 

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。

 

 こいつら、どこまで首を突っ込むつもりだ?

 

 胸の奥に、鈍い予感が沈殿していった。

 

 賢者の石――クィレル――そして、その向こうにある“何か”。

 

 いよいよ、動く時が近づいている。

 

 そして夜。

 

 俺はグリフィンドール寮の前に立っていた。生徒はとっくに寝ている時間だ。廊下には冷えた空気が張り付き、石造りの壁からは湿り気を含んだ冷気がじわりと滲み出している。鼻の奥に埃っぽさが残る夜特有の匂いだ。

 

 扉の前の絵画のババアは、相変わらず大口を開けてグースカと寝ている。間抜けな寝息が廊下に響いている。

 

 「なんか騒がしいな……」

 

 談話室の方から子供らの声が漏れている。耳を澄ますと、ハリーたちの甲高い声とネビルの喚き声が混ざっていた。

 

 「僕も行くって!!」

 「いやなんでネビル!?寝とけよ!」

 「連れていかなきゃフシグロ先生に言いつけるぞ!」

 「ネビル?あのね?フシグロ先生もグルなのよ?」

 

 ……グル?勝手に共犯者扱いかよ。

 

 俺は小さく舌打ちをしてから、絵画に声をかけた。

 

 「おい、ババア起きろ」

 

 「へっ!?あら〜?フシグロ先生!こんな夜更けに何かしら?」

 

 「ここを開けろ」

 

 「分かりました〜」

 

 眠たそうにババアが絵画を揺らすと、奥の扉が音もなく開いた。

 

 談話室には暖炉の灯りがぼんやりと揺れ、生徒たちの影が床に落ちていた。ハリーは透明マントを手に持ち、ロンは笑いながらソワソワと歩き回っている。ハーマイオニーは早口で何かをまくし立て、ネビルは真正面から立ちはだかっていた。

 

 「先生!」

 

 ロンが俺を見つけて大声を上げた。

 

 「しっ……」

 

 俺は指を立てて黙らせる。夜の廊下でそんな声を出せば、それこそ教師に見つかる。

 

 「ちょっと話を聞かせてもらおうか」

 

 俺が部屋に入ると、ハーマイオニーが一歩前に出てきた。

 

 「先生……ネビルが行きたいって喚いてどかないんです。なんとかして下さい」

 

 「……あのな」

 

 ため息が漏れる。会話の内容は全部外から聞こえてた。だからこそ、俺は先回りしてここに来ている。

 

 「ネビル、寝ろ」

 

 「いやだ!僕も行く!」

 

 ネビルが拳を握る。震えてはいるが、その目は真剣だった。ロンが後ろで頭を抱えている。もういいか、めんどくせぇ。

 

 「……好きにしろ。ただし勝手な真似はするな。俺の指示に従え。それができねぇなら置いていく」

 

 「わ、分かりました!」

 

 ハリーが真っ先に頷き、ロン、ネビルも続く。ハーマイオニーは呆れたようにため息を吐いた。

 

 俺たちは談話室を抜け、夜の廊下へと足を踏み出した。

 

 石畳の床に足が触れるたび、硬い音が反響する。夜気は冷たく重く、城全体が闇に沈んでいる。昼間とはまるで別の顔をしていた。

 

 「騒ぐな。足音を殺せ」

 

 俺の低い声に、ガキどもが息を潜める。ネビルの足は少し震えているが、それでも踏み出すたびに覚悟が滲んでいた。

 

 窓から差し込む月明かりが床に長い影を作り、それが微かに揺れるたびに、4人の顔が緊張で固まる。

 

 「先生……フラッフィーって起きてると思いますか」

 

 ハリーが声を潜めて聞いてきた。

 

 「知らねぇ。寝てた方がありがたいな」

 

 「そ、そうですよね……」

 

 ロンが唾を飲み込む音がやけに響く。

 

 湿った石と獣の毛と藁の匂いが、鼻先をくすぐる。近い。

 

 「いいか、ここから先は俺の指示に従え」

 

 振り返ると、4人が真剣な顔で俺を見ている。俺は短く息を吐き、さらに一歩踏み出した。

 

 こうして夜の“侵入”が始まった。

 

 入ることを禁じられた3階の廊下。その先に例の扉がある。

 

 俺とガキ4人は誰にも見つかることなく、その扉の前に辿り着いた。まぁ他の生徒共は寝てるし、教員も一部は俺たちの動きを知ってるから、見つからないのは当然なんだが……。

 

 「よし、お前ら。この先にフラッフィーがいる。気配と息遣いから多分起きてる」

 

 「えぇ……起きてるの?」

 

 ロンが不安そうな声を漏らした。こいつ、顔に出すぎなんだよ。

 

 「ハグリッドから大人しくする方法を聞いたから大丈夫でしょ」

 

 すかさずハーマイオニーが口を挟んだ。……ハグリッド、マジでアイツ油断しすぎだろ。

 

 「大きなハープがあって、それを鳴らすとスヤスヤ眠るそうです」

 

 「へぇ……」

 

 いや、ザルすぎねぇか?もうちょっと守る気出せよ。

 

 「じゃあ、入るぞ」

 

 「はい!」

 

 扉を開けると、獣臭と湿った犬の唾液の匂いが一気に鼻を刺した。部屋の奥には、巨大な3つ首の犬――フラッフィーが鎮座していた。

 

 「ひっ……!」

 

 ネビルが反射的に1歩下がる。ハリーも少し顔を引きつらせていた。まぁ無理もない。鼻息1発で吹っ飛びそうなデカさだ。

 

 あの夜ぶりに見たな。あん時はぶん殴って気絶させたが、今回は大人しくさせる方法を知ってるから手間はない。

 

 「キャインッ!!」

 「クーンクゥーン!」

 「クィーン……!」

 

 めちゃくちゃ怯えてる。

 

 「やっぱ……まだ怯えてんじゃねぇか」

 

 「先生、なんか……フラッフィー、怖がってません?」

 

 ハリーが俺の袖を引く。確かに、よく見りゃブルブル震えてる。首も3つとも俺の方を向いて、まるで“野生の何か”に怯える犬みたいな目をしていた。

 

 「……なぁフシグロ先生」

 

 ロンが声を潜めて言う。

 

 「先生って……フラッフィー殴ったことあります?」

 

 「あるけど?」

 

 「やっぱり……」

 

 ロンが小声でうなだれる。ハーマイオニーが肘でロンを突っつきながら、目だけで「黙れ」と言っていた。

 

 フラッフィーの鼻がクンクンと俺の匂いを嗅ぎ、三首そろって情けない声を上げる。あの夜の記憶、相当トラウマになってんだろうな。

 

 「……まぁいい。楽で助かる」

 

 俺は無造作に部屋の隅へ向かい、ハープを持ち上げた。妙にキラキラした細工が施されていて、見るからに「守りを突破してください」と言わんばかりの仕様。守る気ゼロのザル仕様だ。

 

 「先生、弾けるんですか?」

 

 「弾けるわけねぇだろ」

 

 俺は適当にハープの弦をバラバラと鳴らした。

 

 「お、おい先生……それで大丈夫なのかよ」

 

 ロンが不安そうに俺を見る。

 

 「知らねぇ。ハグリッドが“鳴らしゃ寝る”って言ってたんだろ」

 

 その瞬間、フラッフィーの3つの首がだら〜んと垂れ、重たそうなまぶたが閉じていく。

 

 「……マジで寝たよ」

 

 ハリーが呆然と呟く。

 

 「“鳴らしゃ寝る”……ってハグリッドの言葉、意外と信頼できるのね」

 

 ハーマイオニーがぼそりと呟いた。

 

 「いいか、奴が起きる前に下に行くぞ」

 

 俺はフラッフィーの足元――床に空いた巨大な穴を見下ろした。そこから真っ暗な空間が口を開けている。鼻先にほんのりと草の匂いと湿気が混ざっていて、どう考えても安全な場所じゃない。

 

 「先生、下……ですよね?」

 

 「そうだ。お前ら1人ずつ順番に飛び降りろ。俺が最後だ」

 

 「ええええええええ!?」

 

 ロンの情けない叫び声が部屋に響いた。

 

 「……おい、声出すな。起きるだろが」

 

 「す、すみません……」

 

 ロンが口を両手で押さえる。ハリーとハーマイオニーは覚悟を決めたように顔を引き締め、ネビルは完全に涙目だ。

 

 「大丈夫だ。俺がぶっ殺すような相手じゃなきゃ、下には落ちねぇ」

 

 「安心できるような、できないような言い方……」

 

 ハーマイオニーが半眼になる。

 

 ハリーが真っ先に穴へと飛び込んだ。続いてロン、ハーマイオニー、そしてネビル。

 

 「ふぅ……ったく、夜中に何やってんだ俺は」

 

 俺も穴の中へと飛び降りた。

 

 なんだか柔らかい場所に着地した。

 

 床というより、ぬるりとした湿った感触。靴底が沈み込む。蔓だ――黒く光沢のある蔓が地面から天井まで所狭しと生い茂っていた。湿った土と青臭い草の匂いが鼻を突く。

 

 「うわーお!なんだこれ?」

 

 ロンが情けない声を上げた。

 

 「うわ!ロン!」

 

 ハリーがすぐに隣に駆け寄ろうとするが、その足に黒い蔓が絡みつく。

 

 「うわー!フシグロ先生ー!」

 

 「みんな落ち着いて!これは悪魔のワナよ!もがけばもがくほど死が早まるの!落ち着けば大丈夫!」

 

 ハーマイオニーの声が響いた。さすが優等生、知識量はピカイチだな。

 

 「何が大丈夫なんだよー!どんどん巻き付いてくるぞ!?」

 

 ロンの足首を蔓がギリギリと締め上げている。見ているだけで痛そうだ。

 

 「ふんッ!」

 

 「ネビルが引きちぎった!」

 

 隣でネビルが半泣きのまま腕力で蔓をぶっ千切った。アイツ最近筋トレがんばってたからな……意外と力はある。

 

 「ハーマイオニーが落ちた!」

 

 ハリーの視線が下に向かう。ハーマイオニーは既に下層に落ちたようだ。

 

 「先生ー!」

 

 ロンの情けない叫び。だが、俺の足元には何も絡まっていない。

 

 ……なるほどな。

 

 俺には魔力も呪力もねぇ。魔法に反応するタイプの罠なら、俺は対象外ってことか。便利っちゃ便利だな。

 

 「えぇ……先生……なんでー?」

 

 下からハーマイオニーの声が聞こえる。

 

 「お前ら、グレンジャーの言う通り落ち着けば平気だ。おい、ネビル。やってみろ」

 

 「はい!」

 

 ネビルは一度大きく息を吸い、目を閉じ、じっと動かない。すると、先ほどまで蛇のように巻き付いていた蔓がゆっくりと力を失い、ネビルの身体を手放した。

 

 「本当だ……!」

 

 ハリーも続くように深呼吸をして身を委ねた。絡みついていた蔓がずるりと滑り落ちる。

 

 「ロン、お前もだ」

 

 「む、無理無理無理無理!怖いって!!」

 

 「動かなきゃいいんだ。簡単だろ」

 

 「か、簡単じゃない!!!」

 

 ロンが半泣きになりながらもぎゅっと目を閉じる。足首に絡まる蔓が少しずつ力を緩めていく。

 

 「……な、なにこれ、マジで外れた……」

 

 「だから言ったでしょ!」

 

 下からハーマイオニーの声が響く。

 

 「落ち着けってのは、こういうときに使うんだよ」

 

 俺は肩をすくめながら地面を軽く蹴った。

 

 瞬間、俺の足元の蔓がずぶりと沈み込み、地面全体がふわりと落下するように感触が変わる。

 

 「え、うそだろおおおおおおおお!!!」

 

 ロンの絶叫が洞窟のような空間に響いた。

 

 身体が一気に下へと吸い込まれていく。空気の流れが変わり、蔓の匂いが薄れる。視界の端でロンがジタバタと足をバタつかせている。

 

 「暴れるなって言ったろ」

 

 俺は体勢を軽く整えて着地に備える。下からはほんのりとした明かりと、乾いた空気が上がってきていた。

 

 ズシン、と地面に着地する感覚。足元は先ほどよりも乾燥した石畳だ。湿気が少なく、代わりに埃っぽさが増している。

 

 「はぁ……死ぬかと思った……」

 

 ロンが地面にへたり込んで息を荒げている。

 

 「ちょっと大げさなんじゃない?」

 

 ハーマイオニーが呆れ顔で見下ろしていた。

 

 「ロン、下手に動くなって言ったろ。ガキが死んだら俺の給料が下がる」

 

 「そこですか!?」

 

 「大事なことだ」

 

 俺は周囲を見渡した。黒い蔓はもうない。代わりに古びた石壁と石畳が広がっていて、天井にはいくつものツタの切れ端が垂れ下がっていた。

 

 「……さて、次は何が出るかね」

 

 俺が呟いた瞬間、ロンがビクッと肩を跳ね上げる。

 

 「こ、怖いこと言わないでくださいよ……!」

 

 「怖がってる暇があるなら構えろ。ここから先は遊びじゃねぇ」

 

 ハリーが杖を構え、ハーマイオニーが頷く。ネビルは相変わらず震えてはいるが、それでも前を向いていた。

 

 まぁ、ガキにしては上出来だ。

 

 「行くぞ」

 

 俺は一歩前に踏み出した。

 

 先へ進み扉を開けて中に入ると、天井の高い部屋に出た。

 

 高い位置に設置された小窓から冷たい風が吹き込み、羽音が無数に鳴り響いている。白い羽根を光に反射させながら、鍵たちが狂ったように部屋の中を飛び回っていた。先には扉――おそらく、次の部屋へ繋がるものだ。

 

 「うわー……めんどくさそう……」

 

 最初に弱音を吐いたのはネビルだった。あいつは本当に分かりやすい。こういうゴチャゴチャした仕掛けには滅法弱い。

 

 「あ、箒がある。じゃあハリーが取れば楽勝だな!」

 

 ロンが目ざとく壁に立てかけられた箒を見つけ、ニカっと笑った。ハリーはロンの方を振り向き、ため息をひとつついたあと、少しだけ口角を上げた。こいつらの息の合い方は、ある意味感心するレベルだ。

 

 「きっとあの鍵だ」

 

 ハリーが指を差す。空中を旋回する無数の鍵の中で、ひとつだけ飛び方がぎこちなく、錆びた羽をパタつかせている鍵があった。他の鍵よりも古びていて、スピードも鈍い。どう見ても、あれが正解だ。

 

 「めんどくせぇな」

 

 思わず口から出てしまった。俺はこういうチマチマしたギミックが一番嫌いだ。面倒なことをさせるためにわざわざ考えられたような仕掛けが一番性に合わねぇ。

 

 「え?先生?」

 「行くぞお前ら」

 

 俺はガキ共を連れ、施錠された扉へと向かった。扉の表面には無駄に凝った装飾が施されていて、鍵穴だけが妙に目立つ。ああいう“いかにも開けろ”って顔をした鍵穴が、一番ぶん殴りたくなるんだよな。

 

 とりあえず普通にノブを回してみる。……当然ながら、びくともしない。

 

 「いや先生!鍵がないと無理なんですよ!」

 「流石に先生でも試練はクリアしないとねぇ〜」

 

 後ろでロンとハーマイオニーが言い合っている。うるせぇな、分かってるよそんなこと。……まぁ、正確には“分かってる”というより、“分かる”だな。触った感触で大体わかる。これ、蹴れば開く。

 

 「なんか蹴っ飛ばせば開きそうだな」

 

 俺は腰を軽く落とし、右足に力を込める。ゴン、と重たい音が部屋全体に響き、鍵たちがざわつくように飛び回った。羽音の波が渦になって、天井から床まで覆い尽くす。思ったより丈夫だが、ひびの入る音がかすかに聞こえた。

 

 「ちょっ!?先生!?」

 「おい!フシグロ先生!?」

 「いやいやいや!それ試練だから!」

 

 3人が慌てふためいて騒ぐが、俺の中ではもう答えが出ている。これ以上、空飛ぶ鍵を相手にグダグダ時間を食うのはまっぴらだ。全員で協力して鍵を取って……とか、そういう“成長イベント”は、俺の担当じゃねぇ。俺の仕事は護衛と安全確保。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 「おい、下がっとけ」

 

 俺は一歩後ろに下がり、今度は思い切り踏み込んだ。踏み込みと同時に体重と筋力を扉に叩きつける。石造りの床に衝撃が走り、鈍い破砕音とともに蝶番がギチギチと悲鳴を上げた。

 

 「ひっ……」

 「な、なんか……壊れそうな音してません!?」

 「してるな」

 

 俺は短く答え、もう一発。今度は足だけじゃなく腰ごと叩き込む。天井から小さな砂粒がぱらぱらと降り、鍵たちが慌てたように散開した。元々強化されてる扉ではあるが、生身で蹴破れるかギリギリの強度だ。

 

 「いけるな」

 

 俺は確信し、三撃目を叩き込んだ。ガキ共が悲鳴を上げ、羽音が爆ぜるように響き、鈍い破壊音と共に蝶番が吹き飛んだ。

 

 「…………開いた」

 

 ロンがぽかんと口を開けている。鍵は何一つ使われなかった。部屋の試練は華麗にスルーされた。

 

 「やっべぇ……これ絶対怒られるやつだろ……」

 「フシグロ先生……本当に試練、ぶっ壊しちゃった……」

 

 ハーマイオニーが呆れたような声を出す。だが俺にとっては何の問題もない。そもそも試練ってのは、通れりゃそれでいいんだよ。そこに“ルール”なんて存在しねぇ。

 

 「文句があるなら後で聞いてやる。行くぞ」

 

 俺は躊躇なく壊れた扉を押し開け、先へ進んだ。振り返ると、ガキ共が顔を見合わせながらも小走りでついてくる。ネビルなんて半分腰が抜けてたが、それでもついてきたのは偉い。

 

 部屋を出た瞬間、鍵たちが一斉に暴れ、羽音が狂気のように響き渡った。追ってくるのかと一瞬構えたが、扉を抜けた瞬間、まるで見えない壁でもあるかのように鍵はそれ以上こちらには来なかった。

 

 「はぁ……心臓に悪い……」

 「いやぁ……先生マジで容赦ないっすね……」

 「お前ら……“俺が鍵を取る”とでも思ってたのか?」

 

 俺が振り向いて言うと、ハリーが少し眉を下げながらも笑った。

 

 「ちょっと……思ってました」

 

 まぁそうだろうな。普通の教師なら箒を取らせて「さぁ頑張れ」ってやる場面だ。だが俺は普通の教師じゃない。生徒の“試練”を手伝うつもりなんてさらさらないし、俺自身も律儀に付き合うつもりはなかった。

 

 「先生……そういうとこですよ……」

 「うるせぇ、ロン」

 

 ロンが肩をすくめ、ハーマイオニーが小さくため息をつく。その横でネビルは安堵したようにへたり込んでいた。ハリーはそんな3人を見て小さく笑い、すぐに気を引き締めた顔になる。

 

 「次に行こう」

 

 俺は壊れた扉をくぐり、再び暗い通路を歩き出した。薄暗い石造りの廊下には湿気がこもっていて、石壁の間からはひやりとした冷気が流れてくる。フラッフィー、悪魔のワナ、そして今の鍵の部屋……少しずつ“石”へと近づいている。

 

 足音が響く。後ろではまだ小声でロンが「やべぇよな、マジで蹴っ飛ばすとは思わなかった」と愚痴っていた。

 

 ま、俺もな。

 

 俺たちは次の部屋へと進んだ。そこは他の部屋と違ってやけに広く、正面には碁盤のような巨大な盤が敷き詰められている。整然と並んだ石像の駒がずらりと両軍を作り、互いを睨み合うように立っていた。冷えた空気が肌を刺す。ピリついた空気が漂ってる。

 

 「チェス……ですね」

 

 ハーマイオニーが声を潜めた。視線の先、白と黒に色分けされた駒たちが、こちらを見据えているような錯覚すら覚える。魔力を持たない俺には動きの気配は感じ取れないが、それでも分かる。――この部屋は仕掛けが動き出すのを待ってる。

 

 「これ、勝った方が次に進めるんだ」

 

 ハリーが盤を見ながら呟いた。その声は少しだけ緊張を含んでいる。まぁ当然だな。これはただの遊びじゃない。仕掛けを間違えれば、ただのガキには危険すぎる。

 

 「俺は駒になれねぇ」

 

 俺は一歩下がって言った。魔力も呪力もゼロの俺は、魔法の仕掛けには反応しない。駒として盤に上がることもできなければ、指示を受けることもできねぇ。つまり、チェスに参加できるのはこの4人――ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルだけだ。

 

 「そうですよね……先生、魔力が……」

 「あぁ、だから俺は“見張り”と“保険”だ」

 

 俺は壁際に腰を下ろした。目は盤上の駒たちを見ているが、身体はいつでも飛び出せるように軽く構えている。いざとなればぶん殴って止める。それだけの話だ。

 

 「俺がやる」

 

 ロンが一歩前に出た。その顔は珍しく真剣だ。ハリーとハーマイオニーもロンを見つめる。ネビルは若干震えていたが、文句は言わなかった。

 

 「チェスなら俺、得意なんだ。任せてくれ」

 

 自信ありげな口調に、俺は少しだけ口角を上げた。コイツの脳筋バカっぽさの中に、たまーに光る得意分野がある。それがこの“魔法のチェス”ってやつらしい。

 

 「やれ。負けたら俺がまとめて壊す」

 「怖いこと言わないでください先生……」

 

 ハーマイオニーが引きつった笑みを浮かべる。まぁ冗談じゃねぇがな。

 

 ロンは全員の配置を即座に決め、ハリーとハーマイオニー、ネビルが駒として所定の位置へと進む。俺には仕組みは分からないが、足を踏み入れた瞬間、駒の石像と彼らが一体化するような感覚が空気を震わせた。重苦しい空気が、盤全体を覆う。

 

 「ロン……ほんとにいけるんだろうな」

 「任せとけ、ハリー!」

 

 ロンの声と同時に、黒の駒がギィ……と鈍い音を立てて動いた。駒が動くたび、床が震える。どうやらこの戦い、ガチの殴り合いではなく“魔法のルール”で進むらしい。俺は壁に背を預け、片足を立てて様子を見守る。

 

 「おいロン!変なとこ進むなよ!」

 「うるさいな先生!黙って見ててよ!」

 

 ロンが珍しくキレた。まぁ、こいつなりに集中してるんだろう。俺は肩を竦めて煙草をくわえた。……吸えねぇけどな、ここじゃ。

 

 次第に盤上では激しい攻防が始まった。黒い駒のナイトがハーマイオニーのルークを狙い、ロンの指示でハリーが受けに回る。ネビルは緊張で顔が真っ白だが、それでもきっちりと前へ進んだ。声は震えてても、脚は止まらない。根性だけはある。そこは褒めてやる。

 

 「ロン!このままじゃハリーが……!」

 「大丈夫!一手先を読んでる!」

 

 ロンが吠えるように言い、素早く次の手を叫ぶ。黒いビショップが切り込み、ハリーがギリギリで回避する。たかがチェスとはいえ、実際には石の塊が襲いかかってくるんだから洒落にならねぇ。

 

 「……よくやるじゃねぇか」

 

 俺の口から素直にそんな言葉が漏れた。ハリーもハーマイオニーも、いつの間にか身体の動きがしっかりしてる。こいつら、ほんの数ヶ月前まで軟弱なひょろガキだったのにな。

 

 黒のキングの駒が不気味に動いた瞬間、ロンが深く息を吸い、声を張った。

 

 「これで……チェックメイトだ!」

 

 ロンの声と同時に、白い駒たちが一斉に動き出す。ハリーのビショップ、ハーマイオニーのルーク、そしてネビルのポーン。黒の陣営が一瞬で封じられ、黒のキングが音を立てて崩れ落ちた。

 

 「やった……」

 「勝った……?」

 「ロン……すごい!」

 

 歓声が上がった。ネビルは安堵のあまり尻餅をつき、ハーマイオニーは大きく息を吐き、ハリーはロンの肩を叩いて笑っている。ロンはちょっとドヤ顔だ。

 

 「俺、やったぞ……!」

 

 その瞬間、部屋全体が低く鳴動し、次の扉が重々しく開いていった。試練は突破だ。

 

 「フシグロ先生……俺、ちょっとかっこよかったですよね!?」

 「調子乗んなよガキ」

 

 ロンのテンションが上がっていたので、軽く頭を叩いておいた。アイツのこういう顔、見てると妙に笑えてくる。

 

 「さっさと行くぞ。あとどれだけ部屋があるか分かんねぇ」

 

 俺は先に立って暗い廊下を見据える。空気が一段と冷たくなってきた。試練の“本番”は、この先にある気がする。

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