ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十九話

 

 

 

 

 チェスの部屋の先には暗く下に続く階段があった。

 

 「おい、怖かったら前の部屋で待っててもいいぞ」

 

 俺は後ろに並ぶガキ共に言った。夜の冷気が下から流れてきて、階段の隙間を吹き抜けていく。ちょっとした肝試しみたいな空気になってるのが腹立つ。

 

 「いきます」

 「俺も」

 「私も」

 「ぼ、僕も!」

 

 声は震えてるくせに、目だけは妙に真っ直ぐだ。……まぁ、ここまで来たらビビって引き返す方が難しいか。なんだかんだで鍛えられた連中だしな。

 

 「そうかい。なら俺がこれまで教えたことを思い出せ。杖がなくても生き残る方法だ。お前らは鍛えてきた。入学当初の軟弱なガキじゃねぇ。わかったな」

 

 「はい!!」

 

 「声がいいな。ちょっと軍隊っぽいぞ」

 

 「先生、それ褒めてるんですか!?」

 

 そんなバカな掛け合いをしながら階段を降りていく。足音が石を叩き、空気がじんわりと湿っぽくなってきた。

 

 降り切った先は、まるで決戦用の舞台みてぇな広場だった。真ん中に巨大な鏡。周囲に余計な障害物はなし。そしてそこに立つ一人の男。匂いでわかる――クィレルだ。後頭部から漂う気配がいつもよりずっと濃い。まるで「ようやく本番だ」とでも言っているみてぇだ。

 

 「よし、お前ら撃て!」

 

 俺はガキ共に声をかけた。

 

 「よっしゃ!インセンディオ!」

 「エクスペリアームス!」

 「ボンバーダ!」

 「コンフリンゴォ!」

 

 ロンがテンション高めに先陣を切り、ハリー、ハーマイオニー、ネビルと続く。四方向から飛ぶ呪文。俺には呪文そのものは見えねぇが、空気の流れ、音、光のきしみで軌跡が読める。こいつら、ちょっと前まで転びながら走ってたガキ共とは思えねぇな。よく鍛えたもんだ。

 

 「おおおぉぉぉ!?!?」

 

 クィレルが情けない声を上げ、慌てて杖を振る。驚かせてから一発かましてやろうって魂胆だったのかもしれねぇが、こっちが先にぶっ放したんだ。逆にビビってやがる。防御の呪文はギリギリで、杖の軌道も雑だ。髪がちょっとチリチリになってんぞ。

 

 「撃ち続けろ!!」

 

 「ヒャッハー!」

 

 ロン、お前ちょっと楽しんでるだろ。だがまぁ、勢いがあるのは悪くねぇ。クィレルの外套に呪文が掠って火花が散るたび、奴の顔がひきつっていく。額の汗が床にぽたぽた落ちた。

 

 俺は一歩下がり、腹に仕込んでいた格納型呪霊を吐き出した。

 

 「おえぇ」

 

 掌に乗ったそれは、小さく丸まった芋虫みたいなやつだ。俺が指で軽く合図を送ると、むくむくと膨らみ、胴体をくねらせて俺の身体に巻きついてくる。気持ち悪い? 俺もそう思うよ。でもこいつ便利なんだよな。

 

 冷たい皮膚が背中を這い、筋肉を締めつける。呼吸と体幹が自然に揃っていく。俺はその感覚が嫌いじゃない。戦場の感覚だ。

 

 口に手を突っ込み、刀を引き抜いた。特別なもんじゃない。派手な呪具もいらねぇ。肉と骨を断つには十分だ。

 

 「お前らはそのままやれ。当たるまで止めんな」

 

 呪文が飛び交い、床が焦げ、空気が爆ぜる。小さな戦場だが、ちゃんとした“戦い”になってる。クィレルの余裕はもうねぇ。ガキ共の成長と、アイツの焦りが、はっきりと形になっていた。

 

 ハリーの目は獲物を睨む獣みてぇだったし、ロンのテンションはお祭りみてぇだった。ハーマイオニーの精密さとネビルの勢いも悪くない。

 

 ガキ共の放つ呪文の嵐に、クィレルはもう防戦一方だった。

 額の汗は滝のように流れ、ローブの袖を振るうたびに呼吸が乱れていく。

 最初こそ余裕の笑みを浮かべていた顔も、今では目を見開き、歯を食いしばって必死に弾き返している。

 

 「エクスペリアームス!」

 

 ハリーの放った呪文が、クィレルの杖を弾き飛ばした。カラン、と乾いた音が石床に響く。

 ちょうどいい音だった。緊張感とバカ騒ぎが混ざる中に、ひときわ通る音。

 

 「やるじゃねぇか」

 

 俺は口の端をわずかに上げた。

 数ヶ月前なら考えられねぇ成長ぶりだ。筋トレと実戦形式の訓練を積めば、ガキでも人一人くらい追い詰められるってわけだな。

 

 「うわ……当たった……当たったぞ!?」

 「ハリー!すごいじゃない!」

 「おいロン、今の顔マヌケすぎるぞ」

 「うるせぇ!今ビビってんの俺だけじゃねぇだろ!」

 

 馬鹿みたいなやり取りをしながらも、全員の目つきは鋭い。ガキ共なりに戦場の空気を理解してやがる。

 それは……悪くねぇ。

 

 ただ――その時だった。

 

 「ふっ……ふふふ……」

 

 うつむいていたクィレルの肩が小刻みに震え始めた。

 笑っている。だが、さっきまでの腰の抜けた小物笑いとは違う。底のない井戸の奥から、湿った風が吹き抜けてくるような、そんな“何か”を孕んだ笑いだった。

 

 「先生……なんか、やばくないですか」

 「ロン、黙っとけ」

 

 空気が――変わった。

 湿った冷気が広場を這い、背筋を冷たく撫でる。

 ただのビビリ教師だったクィレルの立ち姿が、まるで別物に変わっていくのが分かる。

 

 奴はゆっくりと震える手を頭にやり、巻き付けられていたターバンをほどき始めた。

 ロンが「え、ちょっ……やだ……」と小声で漏らしたが、俺も同感だ。どう見てもロクなもんじゃねぇ。

 

 ターバンが床に落ちる。

 次の瞬間、クィレルがくるりと背を向けた。

 

 「……なんだ、こりゃ」

 

 その頭の後ろ――皮膚の上に“顔”があった。

 黒い霧を吐き出すように薄靄を纏い、異様に白い皮膚と真っ赤な目、蛇のような鼻筋。

 人間とは到底思えねぇその顔が、俺たちを見た。

 

 「我が名は……ヴォルデモート」

 

 声が二重に響いた。

 いや、さっきまで聞こえていた“奥の声”が今、直接俺たちの鼓膜を叩いている。

 ハリーの顔が一瞬で強張る。あのガキの傷がまた疼いてやがるな。

 

 「……へぇ」

 

 俺は目を細め、刀を軽く握り直した。

 「お前が、ヴォルデモートねぇ」

 

 こんな化け物じみた顔がターバンの下に隠れてたってわけか。そりゃちょっとしたホラーだな。

 ロンなんて後ずさりして、ネビルとぶつかって転びかけてる。空気は最悪なのに、こいつらは相変わらずで笑える。

 

 「お前ら下がれ。……ここからは俺の仕事だ」

 

 「……はい」

 

 ハリーが唇を噛み、ロンとネビルが慌てて下がる。ハーマイオニーも杖を握ったまま一歩引いた。

 逃げようとはしない。震えてるけど、ちゃんと“構えてる”。

 

 「ほう……お前はやはり教師ではないな」

 「おいおい、失礼だな。教師“も”やってんだよ」

 

 ヴォルデモートの目が細まり、蛇のように舌が揺れた。

 気配が変わる。殺気とは違う、呪霊に似た……もっと禍々しい“圧”だ。

 髪の毛の先まで総毛立つ。

 

 「人間ごときが我に刃を向けるか……愚かだ」

 

 「人間ごとき、ねぇ……」

 

 俺はゆっくりと踏み込んだ。

 空気が軋み、床が小さく鳴る。

 芋虫呪霊が背中でうねり、呼吸が一段深くなった。

 

 「俺はな、そういう舐めた口きく奴、嫌いなんだよ」

 

 その瞬間、空間が震えた。

 ヴォルデモートの“気配”が爆発的に膨れ上がり、吹きつけるような圧が全身を叩く。

 ロンが尻もちをつき、ネビルが「ひぃっ」と声を漏らす。ハーマイオニーも立ってるのがやっとだ。

 

 「下がってろって言ったろ」

 

 俺は一歩前に出た。

 ヴォルデモートと俺の距離が一気に詰まる。

 蛇のような目と、俺の目が真正面からぶつかる。

 

 「来いよ、化け物」

 

 静かな挑発と共に、俺は刀を構えた。

 奴の周囲に集まる瘴気はまるで巨大な呪霊のそれと同じ。いや、もしかすると――それ以上だ。

 でも、怖くはねぇ。俺にとっちゃこういうのが“日常”だ。

 

 空気の張り詰める音が耳をつんざき、夜の静寂が崩れ落ちていった。

 

 俺は一気に踏み込んだ。石床が砕け、一瞬で奴に近づく。

 

 奴は両手を翳し何かを放とうとした。

 

 だが俺にとっちゃ遅すぎる。

 

 「遅えな」

 

 刀を振るい、奴の両腕を斬り裂いた。ザクリとした音と共に血が噴き出し、腕がボトリと床に落ちる。石畳に黒い飛沫が広がり、生暖かい匂いが鼻を刺した。

 

 「ぐあああああああ!!」

 

 クィレルの叫びが地下の広間に木霊する。だが俺はそんなものに構ってやる気はさらさらない。叫び声ごときじゃ、この足もこの腕も止まらねぇ。

 

 胴体めがけて刀を振り抜く。刃が肉を裂き、骨を断ち、断面から再び血が噴き出した。クロスに刻まれた傷は深く、クィレルの体はグラリと揺れる。

 

 「グボォッ!!」

 

 そのまま蹴りを叩き込む。腹を突き抜けるような重い音と共に、奴の体は後ろへ吹き飛び、巨大な鏡に叩きつけられた。鏡面がバリバリと割れ、鋭い破片が宙を舞う。クィレルはそのまま崩れ落ち、割れた鏡と一緒に床へ転がり込んだ。

 

 「めちゃくちゃ弱えなおい」

 

 肩の力を抜いて呟くと、後ろからガキ共の声が飛んでくる。

 

 「先生が強すぎるんです!」

 「やっぱフシグロ先生カッコいい……好き」

 「あんな人になりたいな……」

 

 ロンのはしゃいだ声と、ハーマイオニーのやたら真剣なトーンが混ざる。おいおい、こんな血まみれの状況で何言ってんだこいつら。

 

 「静かにしろ」

 

 俺は刀を握ったまま、倒れたクィレルに近づいた。床一面が黒い血で汚れ、鏡の破片の上に薄く広がっている。血が石の隙間に染み込む音まで聞こえそうだった。

 

 「終わりだな」

 

 短く呟き、心臓めがけて刀を突き刺す。刃が胸骨を貫く鈍い感触が伝わり、黒い血がさらに広がった。

 

 「ウッ……ありがとう……」

 

 クィレルの口からかすれた声が漏れる。呻きと共に、なぜか感謝の言葉。意味は分からねぇ。だが――その声と共に奴の身体が崩れ、塵となっていった。

 

 「……限界だったか」

 

 静かに呟きながら、俺は刀を引き抜く。血が床に垂れ、クィレルだったものは完全に消え去った。あの後頭部の顔の気配も、今はもうない。

 

 「ひとまず終わりだな」

 

 肩の力を抜いて吐き出すように言った瞬間、背後からロンの軽い声が響いた。

 

 「ひゅー!先生!流石っす!」

 

 ロンが指笛を鳴らし、ネビルが「うわ……」と半分引いた顔で拍手している。おいバカ、お前ら何見てんだ。ハーマイオニーに至っては「か、かっこよすぎる……」とかブツブツ言ってるし。お前ら状況分かってんのか。

 

 「というか賢者の石どこだよ」

 

 俺が呟くと、ロンが「確かに」と頷く。

 

 「なんか普通にクィレル先生と戦ってた……」

 

 ネビルが呆けた声を漏らした。お前、それは俺も少し思ってたよ。

 

 「てっきり、もっとこう……なんかこう、魔法バトル的な?いやでも最初にしたか……」

 「ロン、今その口閉じとけ」

 

 俺は眉をひそめながら部屋の中を見回す。血と鏡の破片と焼け焦げた床……ガキ共が撒き散らした呪文の痕跡が、まるで戦場みてぇに残ってる。だけど肝心の“石”らしきモノはどこにも見当たらない。

 

 「先生、石……本当にここにあるんですよね?」

 「さあな。俺が知るかよ」

 

 ハリーが不安げに俺を見上げる。額の傷が少し赤くなってる。さっきのあの顔――“ヴォルデモート”が現れた時に反応してたんだろう。

 

 「おいハリー、顔色悪ぃぞ」

 「……だ、大丈夫です」

 

 ハリーは強がった声でそう言い、よろめきながらも立っている。思ったより根性あるガキだ。ロンはビビり散らかしてるくせに口だけ元気だし、ネビルは半泣き、ハーマイオニーは戦闘直後なのにまだ夢見心地。バランスがいいんだか悪いんだか。

 

 「おいロン、ふざけてねぇで辺りを探せ。お前らもだ」

 「えぇ〜今の見たら普通動けねぇっすよ……」

 「動け。動かなきゃ“筋トレ100回”な」

 「了解しましたぁぁああああ!」

 

 ロンが悲鳴を上げて走り出す。それを見てネビルとハーマイオニーも慌てて動き出した。

 

 ハリーは少し遅れてから鏡の残骸を見つめた。眉をひそめ、まるで何かに引き寄せられるように一歩ずつ近づいていく。

 

 「……なんだ?」

 

 俺は刀を肩に担いだまま後ろから見守る。鏡は粉々に砕けているが、中央の一部はまだかろうじて形を保っている。その破片に、ハリーの顔がぼんやりと映った。

 

 ガキの肩がビクッと震えた。何かを見たのか、あるいは何かが“見せた”のか。

 

 「先生……」

 「どうした」

 「……なんか、鏡の中に、僕が……」

 

 声が震えている。いつものハリーならこんなふうに話さない。これは単なる鏡じゃねぇな。壊れてても、まだ“何か”が残ってやがる。

 

 「おい、そこから離れろ」

 「でも……」

 

 近づこうとした瞬間、俺はその襟首をつかんで後ろに引き戻した。

 

 「余計なことすんな。石を探すのは後でいい。今は全員、生き残るのが先だ」

 

 ハリーは驚いたように目を見開いたが、やがてコクリと頷いた。ロンとネビルも慌てて俺たちのところへ戻ってくる。ハーマイオニーだけは名残惜しそうに鏡を見ていたが、俺が睨むとすぐ顔を逸らした。

 

 「ま、クィレルは終わった。残るは石の所在か」

 

 血の匂いがまだ濃く漂っている。まるでこの部屋そのものが、石を守るための仕掛けだったかのようだ。クィレルもそれを取りに来たが、こうしてこのザマってわけだ。

 

 「……さっきの顔、なんだったんでしょうか」

 「知らねぇ」

 

 ハーマイオニーの問いに、俺は即答した。知らねぇもんは知らねぇ。知る必要もない。俺にとって重要なのは――このガキ共を生かすことと、仕事を終えることだけだ。

 

 「さーて、面倒な後始末は……ダンブルドアに丸投げだな」

 

 誰に聞かせるでもなく呟いて、俺は肩を竦めた。ガキ共の誰かがクスッと笑った。血の匂いがする場所で笑える神経は、正直嫌いじゃねぇ。

 

 「さっさと帰るぞ」

 「はーい!」

 

 こうして、戦いは終わった。

 だが、鏡の破片に映るわずかな影が、まだこの先の波乱を予感させていた。

 

 来た道を戻っていった俺たちは、そのまま校長室へと向かった。

 

 「え!校長室入っていいんですか?」

 

 ロンが慌てた声を上げる。

 

 「そりゃあんなことがあったんだ。お前らと一緒に報告しないといけない」

 

 俺が言うと、ネビルが「これ絶対減点だなぁ」としょぼくれた声を出し、ハーマイオニーが眉をひそめて呟いた。

 

 「寮杯取れないわね」

 

 「うるせぇ行くぞ」

 

 ため息をつきつつ、俺は歩を進める。そういやコイツらは1年中、成績やら寮の点数やらで競い合ってるんだったな。俺の授業ではそんなもん一切やらねぇが、マクゴナガルの授業じゃ「10点差し上げましょう」とか「残念です、−5点です」とかやってた。くだらねぇとまでは言わねぇが、まぁ俺には縁のない話だ。

 

 そんなことを考えながら、不死鳥の像の前に立った。

 

 「ほい」

 

 拳で軽く小突くと、不死鳥がブブっと震え、螺旋階段が音を立てて現れる。いちいちカッコつけた仕掛けだな、まったく。

 

 「うわ、階段出た……」

 「校長先生って、ほんと変なとこ凝ってるよね」

 

 ガキ共がひそひそ話すのを無視して、そのまま上に上がった。

 

 校長室に入ると、金色の調度品とふわふわしたクッション、怪しげな魔法道具がずらりと並んでいる。そして中央の椅子では――

 

 「おや、フシグロ先生に生徒達……どうしたのかね?」

 

 紅茶を優雅に飲む爺さん。そう、ダンブルドアだ。こいつ、マジでこういうときの空気が読めねぇ。

 

 「いやどうしたのかねじゃねぇよ」

 

 俺はズカズカと入っていき、椅子の前に立った。

 

 「試練突破したら賢者の石のとこにクィレルがいたからぶっ殺してきたぞ」

 

 「マジ?」

 

 即座にロンが素っ頓狂な声を上げ、ネビルが「え、そんな軽く言うこと?」と青ざめた。ハーマイオニーは両手を胸の前で組んで「あの……本当に……」と困惑している。

 

 「ダンブルドア先生!賢者の石ありませんでしたー!」

 

 ハリーが勢いよく叫ぶと、ダンブルドアは紅茶を置き、少しだけ目を細めた。

 

 「ふむ……そうか、クィリナスが……」

 

 声のトーンがほんのわずかに落ちる。普段のとぼけた爺さん声と違い、低く、よく通る声だった。

 

 「てめぇ最初から気づいてただろ」

 

 俺が睨むと、ダンブルドアは「ホッホッホ」と喉を鳴らして笑った。

 

 「気づいておったとも。クィリナスの挙動が妙だったからのう。だが――わしが出るまでもなかったようじゃな?」

 

 「いや、ほんと怖かったんですよ!?クィレル先生が……こう、ターバン取って、後頭部に顔があって……!うわぁぁって!」

 

 ロンが身振り手振りで必死に再現してるが、全然怖くねぇ。

 

 「先生、後頭部が喋ってました……」

 

 ハリーが真剣な顔で言うと、ダンブルドアは眉を動かさずにうなずいた。

 

 「ヴォルデモート、じゃな」

 

 「へぇ……やっぱ有名人なのか」

 

 俺がぼそっと言うと、全員が振り向いた。

 

 「先生……知らなかったんですか……?」

 

 「知らねぇよ。興味もねぇしな」

 

 嘘だ。ヴォルデモートの名は禪院の蔵書の中でチラホラと見たことがある。見ただけで詳しくは知らねぇがな。

 

 ハーマイオニーが「信じられない」と小声で呟いている。なんだその目。俺は別に魔法界の歴史マニアじゃねぇ。仕事ができりゃ十分だ。

 

 「まぁ……とにもかくにも、賢者の石が無事ならよしとしよう」

 

 「いや、無事じゃねぇっつってんだろ」

 

 俺がそう言うと、ダンブルドアはゆっくりと立ち上がり、杖を軽くひねる。すると、部屋の隅の空間がぐにゃりと歪み、小さな赤い石が光を放ちながら現れた。

 

 「……なにそれ」

 「……あるじゃん……」

 

 ロンとネビルが同時に呆けた声を出した。

 

 「クィリナスが賢者の石に辿り着くことはなかった。石は常にここにあったのじゃ」

 

 「つまり……最初から試練突破しても取れないようになってたってこと?」

 

 「その通りじゃ、ミス・グレンジャー」

 

 ハーマイオニーの質問に、ダンブルドアはにこやかに答える。

 

 ロンが力なく崩れ落ち、ネビルも「俺たち……意味あったのかな……」と頭を抱えた。

 

 「意味はあるぞ」

 

 俺が口を挟むと、全員がこっちを見た。

 

 「ガキ共がヴォルデモートとかいうやつの相手して生きて帰ってきた。それだけで十分意味あるだろ」

 

 「先生……」

 

 ハリーが少しだけ目を細めた。ロンは「カッコいい……」と変な顔で俺を見てくるな。やめろ。気持ち悪い。

 

 「さて……事情はわかった。皆、よくやった」

 

 ダンブルドアの声が柔らかく響く。次の瞬間、杖を軽く振ると、俺たちの服についた血や埃が一瞬で消えた。

 

 「うわっ……!」

 「便利だな魔法って」

 

 俺が呟くと、ダンブルドアは「ホッホッホ」といつもの笑いに戻っていた。

 

 「この件については、寮への減点はせん。むしろ……」

 

 「むしろ?」

 

 ハーマイオニーが身を乗り出す。

 

 「勇敢な行いには相応の評価をせねばなるまいの」

 

 ロンの顔がパァッと明るくなる。ネビルも胸を張った。俺はどうでもいいと思いながら、校長室の窓の外に目を向ける。

 

 夜が明けようとしていた。長い夜が終わる。あの化け物の顔も、あの血の匂いも、しばらく夢に出てくるかもしれねぇが……まぁ、これも仕事のうちだ。

 

 「お前ら、さっさと寝とけ」

 

 「え、もうちょっと褒めてくれても……」

 「筋トレ増やすぞ」

 「すみませんでした!」

 

 夜明け前の校長室に、ガキ共の声がこだました。

 

 ガキ共が校長室から出ていき、俺とダンブルドアだけが残った。

 

 外は少しずつ夜が明け始めている。薄い光が窓の外から差し込み、校長室の金色の装飾をぼんやりと照らしていた。血の匂いはもう残っていない。あの爺さんが杖をひと振りして消しちまったからな。

 

 「フシグロ君、今回はよくやってくれたの」

 

 ダンブルドアが紅茶を置き、にこにこと笑っている。いつもののんきな顔だが、こういうときの笑顔が一番胡散臭ぇ。

 

 「ちゃんと金さえ払ってくれればいい……」

 

 俺は肩を回しながら、視線を爺さんに向けた。

 

 「そうだ、さっきも言ったがクィレルを成り行きで殺しちまった。ガキ共も見てる。殺しは仕事に含まれてねぇが、勿論弾んでくれるな?」

 

 「ふむ……あぁ、勿論だとも」

 

 爺さんはさらりと言いながら、テーブルの引き出しを開けた。ギシリと音を立てて引き出しが開き、中から革袋がひょいと出てくる。

 

 チャリン……と小さく鳴る音が、この部屋でやけに澄んで響いた。

 

 「ほれ」

 

 テーブルの上に革袋を置く。袋の口から、ちらっと金貨の光が漏れた。

 

 「いい音だ」

 

 俺はにやりと笑った。金は裏切らねぇ。

 

 「じゃが……フシグロ君」

 

 ダンブルドアが急に声のトーンを落とした。

 

 「なんだ?」

 

 「鏡を壊したかね?」

 

 「は?」

 

 俺は眉をひそめた。鏡……?あぁ、あの賢者の石があった部屋の──

 

 「あ?鏡?あぁあそこにあったデカい鏡か?クィレルをぶっ飛ばした時に割れちまったな」

 

 「そうじゃそうじゃ、その鏡じゃよ、フシグロ君……」

 

 ダンブルドアがゆっくりと顔を上げ、口の端をくいっと吊り上げた。にやりとした笑顔。……嫌な予感しかしねぇ。

 

 「おい、なんだその意味深な笑みは」

 

 「いやのう……あれは【みぞの鏡】といっての……」

 

 またさらっととんでもないことを言いやがった。

 

 「魔法界に二つとない貴重な魔法具なんじゃよ?」

 

 「……」

 

 俺は一瞬、耳を疑った。

 

 「それを壊してしまった」

 

 「そんなの知らねぇよ、あんなとこに置いてあったのが悪い」

 

 俺が即答すると、爺さんは「ホッホッホ」と喉を鳴らした。

 

 「弁償じゃな」

 

 「はぁ!?」

 

 声が裏返った。おいちょっと待て、それ冗談だろ!?

 

 「いやいやいや、待て待て爺さん。あれ壊したのクィレルだからな?俺はちょっと蹴りを入れただけで──」

 

 「クィレルを蹴り飛ばして、鏡に叩きつけたのはフシグロ君じゃろう?」

 

 「……まぁ、そうだが」

 

 「つまり犯人じゃな」

 

 「理不尽!!」

 

 思わず両手を広げて叫んでいた。

 

 「貴重な品なんじゃよ?古代の魔法使いが残した唯一の……」

 

 「知らねぇっつってんだろ!!!」

 

 俺の声が校長室に響き渡った。外の不死鳥が「クエッ」と鳴いた気がした。

 

 「ちょっと待て、そんな高級品みたいなノリで言われても困るんだよ。あんなとこに鏡置いとくのが悪い。そもそも“試練”だろ?壊れるようなもん置くなよ!」

 

 「壊れるとは思ってなかったんじゃよ」

 

 「お前……俺を何年見てきた?」

 

 「まだ1年も経っておらんのう」

 

 「はっ倒すぞ爺さん」

 

 爺さんは愉快そうに肩を揺らして笑っている。俺が真剣に怒ってんのを見て面白がってやがる。

 

 「まぁまぁ、安心せい。あれはわしが“なんとか”する」

 

 「“なんとか”ってなんだよ」

 

 「なんとかじゃよ」

 

 「説明になってねぇ!!」

 

 俺が机をドンッと叩くと、不死鳥の羽がふわりと舞った。爺さんは楽しそうにそれを見て、紅茶をまたすすり始めた。

 

 「本当に腹立つなこのジジイ……」

 

 「ホッホッホ、褒め言葉じゃな」

 

 「誰が褒めてんだよ」

 

 爺さんのこういうところが一番厄介なんだよな……本気で怒っても効かねぇ。

 

 「ま、とにかく……報酬はしっかりもらったし、石も無事。ガキ共も生きてる。これ以上文句は言わねぇ」

 

 「うむ、それで良い。それでこそフシグロ君じゃ」

 

 「だが鏡の件は絶対払わねぇからな」

 

 「ふむ……では給料から天引きということで」

 

 「テメェ!!」

 

 俺の怒号が校長室に響いた。

 

 「ホッホッホっホッホー!冗談じゃよ、冗談」

 

 ダンブルドアが腹を抱えて笑う。

 

 「クソジジイ……」

 

 俺は頭を掻いて椅子にドサッと腰を下ろした。怒鳴ったのに不思議と悪い気はしねぇ。なんでこいつと話すとこうなるんだろうな。

 

 「まぁ……よくやってくれたのう、フシグロ君」

 

 爺さんの声が少しだけ優しく響いた。

 

 その瞬間だけ、戦いの血の匂いがほんの少し遠のいた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 91年度、学期末。ホグワーツ魔法魔術学校の石造りの校舎を包む風は、ひときわ柔らかく、どこか浮き立つような色を帯びていた。

 

 賢者の石を巡る騒動――あるいは“事件”と呼ばれるものは、静かに、だがあまりにも強引な形で幕を閉じた。

 少年達の勇気と、ひとりの“怪物”の存在によって。

 

 その結末を、何人の教師が正確に理解しているだろうか。

 そして、何人の生徒が本当の裏側を知っているだろうか。

 

 ──それは、ほんの一握りだけだった。

 

 ホールに集う生徒達の顔は、明るく、屈託がない。

 長く続いた学期の緊張と、突き刺すような寒さの冬を抜けて、夏の休暇へと向かう高揚感が、そこには満ちていた。

 

 壇上に立つ校長、ダンブルドアが笑顔で語る。

 「今年の寮杯は――グリフィンドールじゃ!」

 

 歓声が爆発する。

 

 深い闇に勇気を持って挑み、試練の数々を突破した……そうダンブルドアは語った。

 しかし他寮の生徒達には、何一つとして意味が分からない。

 

 「え?いつの間に点が……」

 「うそだろ、スリザリン結構リードしてたじゃん」

 「グリフィンドールだけいきなりドカンと……」

 

 混乱と不満の声が漏れたが、それ以上の抗議は起こらなかった。

 なぜなら、校長が笑っているから。

 そして――ハリー・ポッターが勝ち誇ったような笑みを浮かべているから。

 

 (いや実際、勝ったのは俺だろうが)

 

 そんな心の声を胸の奥で吐き出している男が、1人だけいた。伏黒甚爾である。

 

 式を一歩引いた場所から見下ろすように眺めるその表情は、祝福でも感動でもなく、ただ“呆れ”だった。

 (魔法界の採点基準、ガバガバすぎんだろ……)

 

 歓声の渦の中、ロンがハリーの肩をがっしと掴んで叫ぶ。

 「やったなハリー!寮杯ゲットだぜ!」

 「うん……あの夜のことを考えると……変な気分だ」

 「私達、本当に“やった”のよ」

 

 ハーマイオニーが柔らかく笑う。その笑顔には、自信と達成感、そしてほんの少しだけ、恐怖が混じっていた。

 ネビルも、いつものおどおどした顔ではなく、少しだけ胸を張っていた。

 

 あの夜。

 フラッフィーの部屋を抜け、悪魔のワナを突破し、空飛ぶ鍵を掴み(甚爾が扉を蹴破り)、チェスに勝ち、そして――最深部へ。

 そこで見たもの。クィレル、ヴォルデモート、そして圧倒的な力を持つ“教師”。

 

 (……フシグロ先生、あの人は一体……)

 

 ハリーはふと壇上から少し離れた場所を見やる。

 黒いロングコートに手を突っ込み、だるそうに立っている伏黒甚爾の姿が目に映った。

 変わらず不機嫌そうな顔をしているのに、不思議と背筋が伸びる。

 ハリーは自分でも気づかないうちに、ぎゅっと拳を握りしめていた。

 

 そうして終業式は拍手と歓声のうちに幕を閉じた。

 この瞬間、1991年の学期が終わりを告げた。

 

 ──翌朝、ホグワーツ特急《ホグワーツ・エクスプレス》が、プラットフォームを震わせながら発車した。

 

 窓際に座るハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてネビル。

 4人が並んで座っている車内は、笑い声とざわめきに満ちていた。

 

 「それにしても……今年、色々ありすぎたな」

 「うん。入学初日なんて緊張してただけだったのに……」

 「俺たち、あの試練、全部クリアしたんだぜ」

 「というかほとんど先生がぶっ壊してた気がするんだけど」

 「……それ言っちゃダメなやつ」

 

 ロンが茶化し、ハーマイオニーが呆れ、ハリーが小さく笑う。

 ネビルはしみじみと外を眺めていた。

 

 「()……ちょっとだけ、強くなれた気がする」

 

 その言葉に、3人は顔を見合わせ、自然と笑顔になった。

 確かに彼らは変わった。

 入学当初の小さな、頼りない子供達ではなく、少しだけ前に踏み出すことを覚えた“魔法使いの卵”になったのだ。

 

 一方その頃――。

 

 「おいダンブルドア、2ヶ月の休みだろ。金はどうなる」

 

 校長室。扉を開け放ち、伏黒甚爾がずかずかと入ってきた。

 2ヶ月。つまり、働き口がなくなる2ヶ月。

 

 金の話は、彼にとって何よりも最優先だ。

 

 「ふむ……教職員給与はホグワーツにいる間だけ発生するものじゃ。それはフシグロ君だけでなく、わしもそうじゃし、他の先生もそうじゃ」

 

 「……暇になっちまうな」

 

 だるそうに肩を落とす甚爾に、ダンブルドアはゆったりと笑みを浮かべる。

 「まぁ、そうとも言えるが……わしの()()()()を少し聞いてくれるなら、報酬を出すぞい」

 

 「なんか嫌な予感がするが……」

 

 「ふふ、心配せんでもよい。命までは取らんよ」

 

 「それを安心できるって思う奴はこの世にいねぇよ……」

 

 ダンブルドアは紅茶を揺らしながら目を細める。その笑顔は柔らかいが、何を企んでいるのかさっぱり分からない。

 

 「さて、夏休みじゃな」

 

 ホグワーツの外では、汽笛が遠くに響いている。

 少年達はそれぞれの家へ帰り、それぞれの時間を過ごすだろう。

 

 しかし――この物語は終わらない。

 

 嵐の前には、静かな季節がある。

 そしてその静けさの裏で、何かが確かに動き始めていた。

 

 1991年の学期が終わり、伏黒甚爾と、ひとりの“選ばれし少年”の物語は、次の幕へと静かに歩き出す。




あったかもしれない話



 試練を強引に突破し、賢者の石があるであろう部屋へと辿り着いた伏黒甚爾の足音が、薄暗い石床に小さく響いた。冷たい空気が流れ、湿った石の匂いが鼻をくすぐる。

 部屋の中央には巨大な鏡が鎮座していた。歪んだ反射面に、静かに自分の姿が映る。だが鏡の前には、もう1人いた。

 「へぇ……やっぱお前だったか、クィレル」

 甚爾の声に、背中を向けていた男がゆっくりと振り返る。蒼白い顔。血走った目。震える唇は、あの授業中のビクビクした教師のそれとはまるで違う。

 「フシグロ先生……やはり、あなたが来ましたか。ハリー・ポッターは……来なかったようですねぇ……」

 「ガキが来るようなとこじゃねぇだろ」

 甚爾は唇の端を歪めた。そして――

 「おえぇ!」

 「な、何を……?」

 クィレルが目を細める中、甚爾はおもむろに喉奥に手を突っ込み、唾と共に何かを吐き出した。床に転がったのは、小さく丸まった芋虫のような呪霊。

 「気持ち悪いですな……」

 「うるせぇよ」

 甚爾は指を軽く鳴らした。小さな芋虫呪霊はずるずると伸び、巨大化していく。その身体を迷いなく巻き付けると、甚爾は芋虫の口の中に手を突っ込んだ。掌に握られたのは十手のような形をした短剣。

 「まぁ仕事なんでな、サクッと殺してやる」

 「その武器は……」

 「あ?これか?」

 刃に光が反射し、クィレルの顔に冷たい影が落ちた。

 「禪院家からパクってきたやつでな、【天逆鉾】ってんだ」

 「それがなんだというのです?」

 「テメェを殺す武器だよ」

 その一言と共に、甚爾は一歩踏み出した。

 クィレルが杖を抜き放ち、吠えるように叫ぶ。

 「死ねッ!アバダケダブラ!!」

 緑の閃光が杖先から走る。蛇のように空気を裂きながら、一直線に甚爾の胸元を狙う。

 甚爾には魔力は見えない。だが天与呪縛で研ぎ澄まされた五感が、その殺意をはっきりと捉えていた。

 「遅ぇ」

 天逆鉾を振り抜いた。

 緑の閃光は一瞬で弾かれ、まるで霧散するように空気に消えた。

 「な……!」

 クィレルが目を見開く。その表情は、恐怖と理解不能が混ざった間抜けな顔だった。

 「次は俺だな」

 甚爾が石床を蹴った瞬間、轟音が響いた。足元の床が蜘蛛の巣のように割れ、粉塵が舞い上がる。姿が消えたかのように一瞬で間合いを詰め――

 「なっ……どこだ!?」

 クィレルが慌てて周囲を見回したその横には、既に甚爾が立っていた。

 「遅い」

 短く呟き、天逆鉾を一閃。

 刃が首筋を裂いた。瞬間、熱い血が噴き出し、クィレルの叫びが響く。

 「ぐあああああああ!!」

 続けざまに両肺を刺し、そのまま深く裂きながら太ももに突き立てた。クィレルは体勢を崩し、血の海に膝をつく。

 「どうした?魔法とやらはもう終わりか?」

 冷ややかな声が響く。甚爾は呼吸を乱すこともなく、ただ獲物を狩る獣のように立っていた。

 「き、貴様ァァァァ……!」

 クィレルが震える手でターバンを掴む。そして――

 ターバンが床に落ちた。

 「……っ!」

 クィレルの後頭部が、ゆっくりと顔を形作っていく。白く、不気味なその顔がこちらを睨んだ。

 「……伏黒甚爾……」

 「へぇ……お前がヴォルデモートねぇ」

 「愚かな……その肉体、その反応……まさかただの“人間”か?」

 「まぁ……そうだな」

 甚爾は刃を軽く回す。血が飛沫のように散った。

 「だが俺にとっちゃ、魔法使いも呪詛師も、みんなまとめて“人間”だ。殺すことに変わりはねぇ」

 「調子に乗るなよ……!」

 後頭部の顔が口を開き、冷たい空気が一気に広がる。クィレルの身体がバキバキと音を立て膨張し、禍々しい魔力が部屋を満たしていく。鏡がギシリと軋んだ。

 「さっきのとは違うな」

 甚爾は構えを取る。天逆鉾の切っ先が真っ直ぐクィレル――いや、ヴォルデモートの宿主に向けられた。

 「フシグロォォォォ!!!」

 魔力の塊が放たれる。雷鳴のような衝撃と共に、部屋中を緑の閃光が走った。

 だが甚爾はそのすべてを見切っていた。踏み込み、跳躍、回転――たったそれだけで、すべてを紙一重でかわしていく。彼の動きは、魔法という“遠距離の暴力”をまるで紙細工のようにすり抜ける。

 「なっ……なぜ当たらん……!」

 「当たるわけねぇだろ」

 足元を砕いて一気に距離を詰める。刀身が閃光を裂き、クィレルの胸に深く突き刺さった。

 「グハァッ……」

 「終わりだ」

 冷たく吐き捨てるように言い、刃を引き抜く。血が床に線を描くように流れ落ちた。

 クィレルがまた膝をつき、床に崩れ落ちる。背後のヴォルデモートの顔が苦悶に歪んだ。

 「お前……まさか……!」

 「悪いな」

 甚爾は天逆鉾を頭部に突き立てた。

 ――グシャリ。

 音と共に、肉と骨が砕ける感触が伝わる。クィレルの体が痙攣し、そのまま血を撒き散らして崩れた。

 「……よし」

 甚爾は刀を払って血を落とし、床に転がるターバンを無造作に踏みつける。

 「このくらいで“最強の闇の魔法使い”って言われてんのか?笑わせんなよ」

 静まり返った部屋に、甚爾の低い声だけが響いた。

 鏡の前に立つと、そこには血と死臭、そして淡い朝焼けの光。

 誰もいないこの部屋で、ただ1人、彼だけがその戦いの結末を見届けていた。
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