ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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感想、評価ありがとうございます!!


甚爾とダンブルドアの夏休み。

次話から新章に入ります。


幕間:第二十話

 

 

 

 

 ホグワーツの夏休みが始まった。

 

  ホグワーツ魔法魔術学校 の夏休み――7月から8月31日までの約2ヶ月間。

 

 この期間、生徒たちはそれぞれの家族のもとへと帰り、校舎は一時的に静寂を取り戻す。

 

 普段なら夜遅くまで響く談笑や、寮の廊下を駆け回る足音、授業前のざわめきもなく、石造りの古城にはひっそりとした空気が流れていた。

 

 広い大広間も人気がなく、いつも満席だった長テーブルの上には、今はクロスさえ掛けられていない。

 

 教職員にとっても、この休みは数少ない“息抜き”の時間だ。

 

 もっとも、それは表向きの話である。

 

 魔法界の裏側――呪術界と不可侵の形で共存するこの国日本には、休暇など存在しない人間も少なくなかった。

 

 伏黒甚爾もその1人だった。

 

 「おいジジイ……俺が言うのもなんだが、ハリー・ポッターの守りはいいのか?護衛は?」

 

 夏祭りの夜、浴衣姿の人々で賑わう街中。

 

 屋台が立ち並び、金魚すくいの水面には光が反射し、焼き鳥とソースの匂いが鼻をくすぐる。

 

 そんな中、和装姿の伏黒甚爾と派手なローブを羽織ったダンブルドアが、まるで普通の観光客のように歩いていた。

 

 「ん? あぁ……モグモグ」

 

 ダンブルドアは焼きそばを頬張っている。

 

 口の端に青のりをつけたまま、まるで深刻さの欠片もない顔だった。

 

 「ハリーにはの、特別な……モグ……()()が施されておる。血の繋がった者の家におれば、その護りは強化され、確固たるものとなるのじゃ」

 

 「クリスマスは帰らなかったじゃねーか」

 

 「ふむ、確かにそうじゃ。この護りは色々と複雑でのぉ……たとえホグワーツにおっても、その加護が完全に失われるわけではないのじゃ」

 

 まったく焦る様子のない老魔法使いに、甚爾は眉をひそめた。

 

 「つまり……俺が護衛しなくても問題ねぇってわけか?」

 

 「そういうことじゃ」

 

 「だったらなんで俺が観光に付き合わなきゃなんねぇんだよ」

 

 「護衛対象がいなくとも、護衛担当は休暇を取るべきじゃろう? それに――日本観光、楽しそうじゃろ?」

 

 「楽しくねぇよ」

 

 心底うんざりしたように甚爾が吐き捨てる。

 

 その隣でダンブルドアは焼きそばを完食し、かき氷を買っていた。

 

 「おい、まだ食うのかよ」

 

 「夏祭りとはこういうものじゃろう?食べて、歩いて、楽しむのじゃ!」

 

 「……魔法界の大物がなに浮かれてんだよ」

 

 和装姿の甚爾と、異国情緒全開の老人――その組み合わせは完全に人目を引いていた。

 

 だが当の本人たちは気にする様子もなく、次々と屋台を回っていく。

 

 「ふむ……非術者(マグル)たちの世界も実に面白い。魔法も呪術もないのに、これだけの光と人の活気を生み出しておるとは」

 

 「だから言ったろ、魔法がねぇから頭使ってんだよ」

 

 「なるほど……確かに、これは人間の知恵の結晶じゃな」

 

 まるで観光客のように目を輝かせるダンブルドアに、甚爾はため息をついた。

 

 「……本物の魔法使いが偽物の明かりに感動してんじゃねぇよ」

 

 「ふふふ、偽物だからこそ、美しいというものもあるのじゃよ」

 

 ジジイは嬉々として射的屋に突っ込み、景品のぬいぐるみに目を輝かせた。

 

 甚爾は頭を掻きながら、その背中を追う。

 

 「はぁ……夏休みってのは、こんなもんかよ」

 

 ホグワーツでは静まり返った古城が、夜の祭りではまるで別世界のような賑やかさを見せている。

 

 魔法界と呪術界、そして非術者の世界。

 

 3つの世界が交わることはない――はずだったが、今、そこに確かに立っているのは、その境界を軽々と跨ぐ2人の異物だった。

 

 祭囃子が鳴り響き、夜空に提灯が揺れる。

 

 この日、伏黒甚爾は護衛でも戦闘でもなく、ただ「ジジイの付き添い」という、ある意味最も面倒な仕事をしていたのだった。

 

 

 

 

 祭りを一頻り楽しんだ(主にジジイが)俺たちは、とある場所にやってきていた。

 

 競馬? ジジイが「しばらくやめとこうかの」と言って今回の休暇では行かないことになっている。まぁ俺は隙を見て行くけどな。

 

 ジジイと今回やってきたのは、日本で競馬の次に盛り上がってると言ってもいいギャンブルだ。

 

 「ジジイ、ここがパチンコだ」

 

 「パ・チンコ……? ほう……」

 

 「パチンコな」

 

 自動ドアが開いた瞬間、あの独特の空気が俺たちを包み込んだ。

 

 タバコの臭いと耳をつんざく電子音、玉がぶつかる金属音――この世の地獄みたいな騒音が脳を叩きつけてくる。静寂なんて一欠片もねぇ。

 

 「これは……すごい活気じゃのぉ」

 

 ジジイが本気で感心してやがる。こいつ、ホグワーツでもこんなテンションになったことあったか? 俺は肩をすくめながら一歩踏み込み、視線を巡らせた。煌々と光る台、血走った目の客。空気がギャンブル特有の“熱”を孕んでいる。

 

 「あのな、ジジイ。いいか、ここには“魔物”が潜んでる」

 

 「魔物……」

 

 「ここでは金を増やせるが、それ以上に“消える”」

 

 「なんと!」

 

 ……反応がいちいち大げさなんだよ。まぁ事実だから否定はしねぇけどな。

 

 適当な台に座ると、ジジイもその隣に腰を下ろした。

 

 「ここに一万円札を入れるんだが、最初は千円でいい。ジジイは初心者だしな」

 

 「ふむ……では一万円入れるとしよう」

 

 「話聞いてたか?」

 

 止める間もなく、ジジイが一万円を突っ込んだ。……まぁいい。どうせすぐ溶かす。

 

 俺も一万円を投入し、ボタンを押す。金属音と共に玉が流れ始め、空気がさらにうるさくなる。

 

 「何をすればいいんじゃ?」

 

 「馬とは見る場所も聞く音も違う。まぁ最初は負けとけ」

 

 「そういうもんかの?」

 

 「そういうもんだ……」

 

 しばらく打ち続ける。電子音と光が脳を刺す。隣ではジジイがキョロキョロと辺りを見回し、まるで不審者だ。

 

 「フシグロ君、これは……“呪具”か?」

 

 「違ぇよ。遊戯台だ」

 

 「遊戯でこの魔力にも似たエネルギー……非術者(マグル)の世界も侮れんのぉ」

 

 ……ジジイの目が輝き始めた。嫌な予感しかしねぇ。

 

 俺の台が最初に動きを見せた。赤い保留、派手な音、群予告。

 

 「むっ!? 何か始まったぞ!!」

 

 「静かにしろ、ジジイ。今、熱いんだよ」

 

 「熱い……? 火属性の呪いか!?」

 

 「ちげぇよ!!」

 

 ガタガタ揺れて視界がブレる。集中しろ俺。

 

 派手な演出が走った――が。

 

 「……ハズレかよ」

 

 赤保留がまるで嘘だったみてぇにしれっと外れた。

 

 「むぅ……残念じゃのぉ」

 

 「うるせぇ」

 

 その後も当たらねぇ。3万、4万と俺の財布から紙が消えていく音がする。なんだこのクソ台。

 

 一方のジジイは――

 

 「おおお!?なんじゃこれは!?光ったぞ!」

 

 「……は?」

 

 俺が隣を見た瞬間、ジジイの台が爆音と共に虹色に光り輝いた。

 

 「来た!当たりじゃ!」

 

 「はぁ!?初心者のくせに……!」

 

 当たった瞬間、ジジイは本気で両手を突き上げて喜んだ。ローブ姿の老人がパチ屋で両手を上げてる図面、あまりにもインパクトが強すぎる。周りの視線が一斉に刺さった。

 

 「ジジイ、落ち着け。目立ってんぞ」

 

 「すまぬ、つい……!だがこれは……すごい!」

 

 その後、ジジイの台は連チャンを始めた。音がうるせぇ。止まらねぇ。玉がドバドバと溢れてくる。

 

 「ホッホッホッホッホ!!!」

 

 「……嘘だろ」

 

 ジジイの爆笑がホール中に響き渡る。対して俺の台は相変わらずの無反応。天国と地獄が隣り合わせに座っていた。

 

 「なぜだ……?」

 

 「フシグロ君、玉が……語りかけてきたんじゃよ」

 

 「は?」

 

 「“次も当たる”と……囁いておる!」

 

 「嘘だろ……」

 

 結果、ジジイは万発越えの大勝利。俺はただただ財布を軽くしただけだった。

 

 「ふぅ……よい遊戯じゃったな」

 

 「……ちくしょう」

 

 こうして、俺とジジイの夏のギャンブル戦争は、まさかの惨敗スタートとなった。

 

 次こそは――俺が勝つ。いや、勝たせろ。

 

 そうして俺は負け、ダンブルドアが大勝ちした。

 

 パチンコの神様ってやつがいるなら今すぐ顔面に拳を叩き込みたい気分だ。

 

 負けた俺は、勝者であるジジイの付き添いで換金所に向かっていた。

 

 カートに山積みにされた玉ケースを、なぜか俺が押している。

 

 「おいジジイ、自分で押せよ」

 

 「最近腰が痛くてのぉ……すまぬな」

 

 うぜぇ……なんだそのニヤケ面は!

 

 こっちは惨敗したってのに、隣でニコニコ笑いやがって。しかも杖もなしにあんな勝ち方しやがって、何なんだこいつは。

 

 換金所に入り、玉を現金と交換する。

 

 「お爺さん……すごいねぇ……」

 

 カウンター越しに店員が目を丸くして言った。

 

 「ビギナーズラック!ホッホッホ!」

 

 「チクショウめ」

 

 いや、ほんと何なんだよこのジジイ。

 

 店員が現金をカウンターに置いた。

 

 「じゃあ……56万円ね」

 

 「ほぉ!なかなかじゃな!」

 

 「異常だよ」

 

 ジジイが鼻歌交じりで札束を手に取る。俺はカートを片付けてドアを足で蹴り開けた。

 

 「……俺の金じゃねぇのに悔しいのはなんでだろうな」

 

 「フシグロ君、そう顔を曇らせるでない。こういうものは運じゃ」

 

 「運が良すぎんだろ、あんた」

 

 「ホッホッホ」

 

 いや、マジでムカつく笑顔だ。

 

 外に出た俺とダンブルドア。日が暮れ始め、繁華街の街灯が灯り始める。今日負けた俺と、大勝ちしてご機嫌なジジイ。並んで歩いてるのが妙に腹立たしい。

 

 「ではフシグロ君、このお金で何か食べにいくかね?」

 

 「……はぁ。なら寿司でもいくか?」

 

 「ほぉ!スシ!食べてみたかったんじゃ!」

 

 「いい所知ってるぜ」

 

 俺は踵を返して電車の改札へ向かう。ジジイは紙袋に札束を突っ込み、ルンルン気分で俺の後ろを歩いてきた。

 

 「まさか……ジジイがパチンコで勝つとはな」

 

 「玉がのぉ……語りかけてきたのじゃ」

 

 「またその話かよ……嘘だろ……」

 

 電車に揺られ、銀座へと向かう。人の波、ガラス張りのビル、ネオンの光が夜の街を彩っていた。

 

 「ここが……東京の“銀座”か……」

 

 ジジイが珍しいものを見るように周囲を見回す。

 

 「そうだ。金持ちが好む街だ」

 

 「なるほどのぉ……パチンコで手に入れた金で金持ちの気分、というわけじゃな」

 

 「やめろ、それ言われると惨めになる」

 

 ジジイの歩き方は完全に観光客。杖も持たず、ローブを羽織ったジジイが銀座を歩く。浮きまくってる。

 

 「着いたぞ」

 

 俺たちが立ち止まったのは銀座の一角、老舗中の老舗――最高級と名高い鮨屋だった。

 

 「……スシというのは……こういうところで食べるものなのか」

 

 「まぁ普通の庶民は回るやつに行くけどな。今回はあんたの奢りだし、いいだろ」

 

 「ふむ……存分に楽しもうではないか」

 

 店の前に立つだけで空気が違った。高級感というか、庶民を寄せつけねぇ圧力みたいなもんがある。俺もヒモしてた頃、一度だけ女に連れてこられたことがある。あの時も思った。ここは“寿司屋”じゃねぇ、“舞台”だ。

 

 引き戸を開けると、白木のカウンターと職人の鋭い目つきが俺たちを迎える。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 「予約してある」

 

 「フシグロ様ですね。本日カウンター席でお待ちしておりました」

 

 ジジイが小声で「フシグロ様……?」と呟いたが無視した。

 

 席に着き、職人が黙々と板場で包丁を握る。目の前には大理石のような艶を持つカウンター。木の香りと酢飯の香りがふわりと鼻を抜けた。

 

 「……これがスシ」

 

 「まぁ、見てりゃわかる」

 

 ほどなくして、最初の一貫が目の前に置かれる。赤身の鮪。余計な言葉は一切なし。

 

 ジジイは少し緊張したようにその一貫をつまんだ。そして――

 

 「……ほぉぉ……これは……」

 

 「うまいだろ?」

 

 「うまい……うまいのじゃ……!」

 

 大げさに目を見開いて感動してやがる。こいつ、パチンコの時より喜んでないか?

 

 「次は中トロです」

 

 職人の声と同時に置かれる艶やかなピンクの一貫。脂が光り、見るだけで分かる。これはうまい。

 

 「こ、これは……」

 

 「ジジイ、落ち着け」

 

 「……これがスシ……いや、スシとは芸術なのじゃな」

 

 「食いもんだよ」

 

 ジジイは一貫一貫をまるで魔法薬でも味わうかのように、目を輝かせて食べていた。

 

 パチンコの勝ち金で、銀座の高級鮨。

 

 俺は惨敗、ジジイは勝者。……なんか釈然としねぇ。

 

 「フシグロ君……今日はよき日じゃな」

 

 「そうだな……俺をボロ負けさせてな」

 

 「ホッホッホ、また勝負すればよいではないか」

 

 「次は絶対勝つ」

 

 ……俺の夏休み、なんか妙な方向に進んでねぇか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの2人……また来てるのね」

 

 マホウトコロ校長室。重厚な襖と障子に囲まれたその空間の中央で、一人の老婆が水晶を覗き込んでいた。真珠のような白髪を後ろで結い上げ、皺に刻まれた目元はまるで百年を生き抜いた老狐のように鋭く、それでいてどこか達観した静けさを湛えている。

 

 老婆――マホウトコロの校長は、透き通った水晶玉の中に映る映像をじっと睨みつけた。そこに映っているのは、和装姿の伏黒甚爾と、楽しそうに露店の甘いものを食べ歩くダンブルドアである。

 

 「パチンコ……まぁ、それぐらいなら許すか……」

 

 深いため息と共に呟く。

 

 あの2人の名前が日本の魔法界で囁かれ始めたのは、決して最近のことではない。空飛ぶバイクでの無許可飛行、街中でのド派手な競馬的中騒動――そしてその後始末で日本魔法省とマホウトコロ、さらには呪術界の一部が巻き込まれる羽目になった、あの忌々しい“事件”から、まだ一年も経っていないのだ。

 

 「目立つことだけはやめてと……あれほど言ったのに」

 

 老婆は眉間を押さえた。

 

 ダンブルドアにはすでに連絡済みだった。これ以上目立つ行為は控えてほしいと、丁重に、そして半分懇願するような形で伝えたのだ。それでも、あの老人は涼しい顔をして「気を付けるとも」と言いながら、あっさりと破ってくる。伏黒甚爾も甚爾で、「仕事じゃなきゃどうでもいい」という態度で好き勝手するから余計に厄介だった。

 

 「……呪術界の方にも連絡を入れておかねばならないかもしれんねぇ」

 

 彼の存在は、魔法界と呪術界の“線引き”を知る者なら知らぬ者はいない。特級呪霊すら平気な顔で狩る“術式なしの怪物”――伏黒甚爾。そんな男と、世界でも名の知れた老魔法使いダンブルドアが、連れ立って日本を歩き回っている。……厄災の種が転がっているようなものだった。

 

 老婆は立ち上がり、障子の外へ視線を向ける。湿った夏の空気が木の隙間を抜けて入り込み、鈴虫の声が微かに聞こえた。日本の魔法界は、この静かな調和を何百年も守り続けてきた。だからこそ――あの2人の存在は異物なのだ。

 

 「まったく、あの伏黒甚爾という男……呪術界の問題児がこっちまで来るなんてねぇ……」

 

 だが、老婆は同時にほんの少しだけ頬を緩めた。

 

 水晶の中の映像が切り替わる。2人は人混みの中を歩いている。伏黒甚爾は飽きたような顔をしながらも人混みを上手く避け、ダンブルドアは目を輝かせて屋台のたこ焼きに手を伸ばしていた。その様子は、世界的な魔法使いと恐れられた老人と、呪術界の怪物という肩書きからはかけ離れた、まるで普通の観光客だ。

 

 「……楽しそうね」

 

 呟きが思わず漏れる。

 

 もちろん、仕事上の彼らは恐ろしくもあり、厄介な存在だ。だが同時に、戦乱の中を生き、血で汚れた世界を歩んできた者たちが――こうして日本の夏の祭りを楽しんでいる光景は、どこか、奇妙に胸を打つものがあった。

 

 「……いやいや、情に流されちゃいけない」

 

 老婆は一つ咳払いし、再び真面目な顔になる。

 

 映像の中で、2人は次なる目的地に向かって歩き始めた。行き先は――銀座。あの“事件”の余韻が残る場所だ。

 

 「パチンコの次は鮨……贅沢なものねぇ」

 

 彼女の脳裏に蘇る、昨年の“空飛ぶバイク騒動”――伏黒甚爾が呪術的(魔術的)防壁を突破し、空から来たあの日。マホウトコロが緊急対応に追われたのも記憶に新しい。

 

 「また厄介ごとを持ち込まなければいいけれど」

 

 老婆は指先で軽く水晶を撫でる。すると映像が拡大し、2人が高級鮨屋の暖簾をくぐる姿が映し出された。

 

 「グ……美味しそうなお鮨ね……」

 

 口元がわずかに緩む。職務中でなければ、自分も行きたいと内心で思ってしまった自分に苦笑した。

 

 「まったく……この年になっても腹は正直ね」

 

 老婆は椅子に腰を下ろし、机の上の茶碗を手に取る。温かいお茶の香りが鼻をくすぐり、ほんの一瞬、厳格な校長の顔から人間らしい表情が零れた。

 

 「……でも、あの2人……放っておくと本当にロクなことにならない」

 

 マホウトコロの教師陣の顔が脳裏に浮かぶ。空飛ぶバイクで非術師達(マグル)に目撃された甚爾、競馬場で莫大な当たりを出し、テレビにすっぽ抜かれたダンブルドア。あの時の職員室の混乱は、まるで戦時中だった。

 

 「今度こそ、静かに帰ってくれるといいんだけどねぇ」

 

 老婆はゆっくりと水晶に手をかざし、魔力を流し込む。

 

 映像の中で、伏黒甚爾が鮨屋の暖簾をくぐったあと、僅かに表情を緩めているのが見えた。あの無表情な男が、わずかでも気を緩めている姿は、実に珍しい。

 

 「……楽しめる時ぐらい、楽しませてやるのも悪くないか」

 

 ぽつりと呟く。

 

 この夏、彼らが日本に滞在する限り、何かしらのトラブルは起きるだろう。それは確実だ。

 

 それでも――その裏で、ほんの少しだけでも平穏を感じられるなら。

 

 老婆は再び映像を見つめ、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

 「……さて、こっちも準備しておかないとね」

 

 あの2人がいる限り、“何も起きない”という選択肢は最初から存在しないのだから。

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